ー基地格闘訓練場ー
喬によって連れ出されたのはこの基地に作られている野外格闘訓練場だ。
訓練場とは名ばかりで、雑草は生えているし石はゴロゴロと転がっている。申し訳程度に『格闘訓練場』と看板が立っているだけで、ハッキリ言って荒れ地と言われても納得できてしまう。
それもそのはず。
軍隊における格闘というのはスポーツ格闘技のような安全な場所で、リングや道場のような場所で行われるような物ではない。このような場所で、実戦に則した破壊や殺人を目的とした格闘の事を指す。
ちなみに、この場所は戦闘訓練所の一部である。
ましてや、このウェールテイでは銃撃や砲撃、更には魔法等も飛び交うが、やはり戦いの主軸は近接戦闘だ。
現代のヴェレヴァムの軍隊以上に、格闘のウェイトが高い。
更に一言で格闘と言っても、なにも徒手空拳で行うものが全てではない。剣や棒、果てはスコップだとて格闘の武器として扱っていたりする。
「よっ♪遅刻だ。ペナルティ1、追加だな」
「格闘はあたし達二人が担当だよ?」
「野田伍長を倒したと聞いてはいたから、わたしは役にたたないと思うけどね」
待っていたのは明と麻美、そして支援要員なのか昨日、ヴェレヴァムでキャンピングカーの乗員をしていた織山美代少尉だった。
「改めてはじめまして。わたしは八龍士支援部隊第1作戦中隊所属の第1歩兵小隊長、織山美代少尉よ。まぁ、一中一小隊長と呼んで頂戴。問題児達さん」
織山少尉は簡単な自己紹介をした。
淡い茶髪をショートに纏めたカワイイ美女だ。
「腹減った……」
「………で、ここで俺らは何をするんだ?」
「そうだな……まずはこの広大な格闘訓練所を散歩でもしようじゃないか。なぁ」
軽く見積もっても半径二キロはありそうな格闘訓練所。
「散歩って……一部の開括地を除いてはほとんど森だろ、これ」
「というか、山だな……」
健斗と信が言うように、これはもはや未開の山である。しかも、基地の中だというのに整備されている様子がない。
それもそのはずで、もう一度言うがここは戦闘訓練所の一部である。
基地内の簡単な演習場も兼ねているのだ。
簡単に散歩と言うが、普通に進むだけでも結構キツメなハイキングである。
「じゃあ、お前らはまず…………旭はどうした」
少し目を離した隙に旭の姿が無くなっていた。
「瞬移で逃げた。多分腹が減りすぎたから飯でもパクリにいってるんじゃねぇか?」
「アイツは……ホントに常識破りの奴だな!もちろん悪い意味で!」
「ペナルティ追加だ!あのバカ!」
喬と美代は食堂の方へと走っていった。
「はぁ……仕方がねぇ……取り敢えずお前らだけでも……」
ヒュウウゥゥゥ………。
いつの間にか健斗と信の姿も消えていた。
「………行動力だけは無駄にありやがるな……あのバカ共は……」
もはや呆れを通り越して感心すらしてしまう。
「…………取り敢えず、基地内の狩りを始めよっか」
「だな。自分達の立場くらいはわかっているだろうから、基地の外には出ていないと思うが……」
おそらくは旭と同じく食事の調達だろう。
「麻美は宿舎の方を。俺は他を探すわ……」
「了解♪初日から楽しませてくれるねぇ♪」
「鬼ごっことかくれんぼ気分だな…お前」
ただでさえスケジュールが押しているのに余計な事を…と明は溜め息をついて走り出した。
「行ったか?」
「みたいだな」
ガサゴソ。健斗と信は茂みから顔を出す。
灯台下暗し。二人は明達が目を離した隙に訓練所の森の中に逃げ込んでいたのである。
普通ならば訓練から逃げるのに、訓練所の中に逃げ込む奴はいないだろう。二人はその盲点を付いていたのである。
「旭の奴は?」
信が早速調達した蛇を軽く火で炙って肉を食べる。
「多分、この中だな」
健斗も同じように蛙らしき両生類を捕まえて信に焼いて貰っている。
「間抜けだな。瞬移が使える旭ならともかく、俺らでは近場で隠れるのが精一杯だってのに」
ついでに言うなら、旭の瞬移もそんなに遠くへはいけない。精々百メートルくらいが移動可能範囲だ。
結局は旭も森の中に逃げ込んだのである。
「正解。信、これも頼むわ。毒があるかもわからねぇから健斗は解毒も頼む」
ひょっこり現れた旭がいくつかのキノコとしめた兎を二人に投げ寄越す。
「食料の山だな?ここは」
スパスパっと毛と内蔵を抜いて兎を焼き始める信。
「日本のようにアスファルト化されてないし、けっこう町中だっての野生の動物がいるみたいだぜ?ここ」
宝の山だ…まともに調理さえ出来れば。
良く飯抜きとかやられていた信達は、こうやって近場の山に入っては現地の植物とか動物、魚を採って、焼いて食べていたのである。
「こっちは焼け頃っぽいぜ、食っちまおう」
信が焼けたキノコや動物の頃合いを見て口に運ぶ。
「おう、中々行けるぜ?塩とか無いのが惜しまれるがな」
「よし、こっからは各自でサバイバルだ。派手に火を使うなよ?」
旭が言って、再び瞬移で姿を消す。本当に便利な技である。
「奴らもそろそろ気が付くだろう。早く散らばるぜ!」
信も再び食料を調達するべく山の中へと姿を消す。
「俺も急ぐか。あんなペナルティだらけじゃ、まともな生活なんて出来ないからな」
健斗も闇に乗じて暗い山の中へと姿を消した。
二人ほどサバイバルに慣れているわけではないが、下手な軍人よりは得意だ。
伊達に黒社会を相手に立ち回ってはいないのである。
ー一時間後ー
最初のキャンプの位置に明と麻美、喬、美代が集まっていた。
「おいおい。いつかは訓練させようと思っていたレンジャーの野外調達をいきなりこなすかよ……」
明が三人の食事の痕跡を見つける。隠し方も巧妙で、微妙に残っていた焼けた匂いで察知することが出来た。
軽い基礎体力訓練や野外戦場の歩き方を教えるつもりだったのが、実際は更にその上の実践的な行動を彼らはやっていたのである。
「食事の痕跡もほとんど消しています。食べかすとか燃やした枯れ枝を地面に埋めていますし、並のレンジャーとかでも痕跡を見つけるのは難しいでしょう」
「これをほとんど訓練なしとかでやってるのだから大したものだわ。行動理念は誉められたものでは無いけど」
「となればだよ?」
麻美は明の棍を借りて適当に振り回して見る。すると、何かに引っ掛かった感触を感じたと思った瞬間……
バサバサ!
つるの植物で適当に作ったのであろう簡易ロープに巻き取られ、棍棒が釣り上げられる。
更に……ゴオン!
同種のロープで作られたであろう物に吊るされていた枯れ木の丸太が棍棒に直撃した。
「…………ここの食事の痕跡、見付かることも想定に入れてブービートラップを仕掛けてやがったか……マジでレンジャーの素養があるじゃないか……かなり殺意が高いけど」
常人ならば、あんなのを食らえば下手をしたら死ぬ。
あの常識が外れているバカコンビの言い分ならば、魔霊石を使った本気の殺意を向けていないだけ軽い罠であるつもりなのかも知れない。
しかも、このトラップはアラームトラップも兼ねているのだろう。今のでここに三人がいることを察知した事がバレた合図になってしまった。
中々姑息で効率的なやり口である。しかも称賛すべきはそれを現地の自然の物でこしらえている所だ。
「楽しい山狩りになりそうですね」
美代が皮肉を交えて言う。
分隊クラス同士のゲリラ作戦となりそうだ。
「骨が折れるな。レンジャーやゲリラ部隊の分隊と模擬戦かよ。案外実のある訓練になりそうじゃないか」
「一人は八龍士で残り二人も八龍士クラス……笑えないわね」
暴走した信と旭は間違いなく八龍士クラスかそれ以上の力を横浜で見せている。
これはとんでもない山狩りになりそうだ。
「慎重に行きましょう。相手はプロの傭兵と同等と考えた方が良いです。油断してると……」
ボコッ!ドスン!
一歩歩いた喬の足元が突然消え、1メートルくらい下に落ちていた。
「………」
「大丈夫かー?」
見事に嵌まった喬。
心配して明が声をかける。
「………この短時間でどうやって落とし穴を作りやがったんだ?」
「それも道具も無しに……ホントに油断がならない」
本当に骨が折れそうな山狩りになりそうだ。
明が丸太の直撃にあった棍棒を抜き取る。
棍棒のジョイントは、見事に壊れていて使えそうに無くなっていた。
「三節棍って意外に使い手がいないから、案外高いんだよなぁ……」
こんな特殊な近接武器を愛用する物は普通はいない。
故に軍用の支給品に三節棍があるわけがなく、自費購入するにしても特注になるため、案外高い。
明はそれを軍の給料で作っているわけなのだが…。
「初任給は……俺の三節棍の弁償で決まりだな。あのバカども!」
王族としての年金を打ち切られている明は、案外お金に関してはシビアでけちんぼだったりする。
「ちっ、一時間か……持った方だな」
簡易焚き火でトカゲを焼いていた信が罠の発動に気が付く。その口の中からは蛇のしっぽがプラーンと垂れ下がっていた。
「腹ごしらえは終わったし。ボチボチ本気で逃げるか?」
どこで調達したのか、OD色の少し大きめのずだ袋を肩に掛けた旭が言う。所々に穴が空いており、中身は泥だらけだったことを考えると、土嚢か何かの残骸だろう。それを入手した食糧袋代わりにしているようである。
このままだと確実に昼食もありつけないだろうからだ。
「これを宿舎の床下にでも放り込んでおけば何日かは持つよな」
つるのロープで数珠繋ぎにした兎や鳥を肩に掛けた健人が立ち上がる。
「この野犬、変な病気を持っていなければ良いけどな」
大物を仕留めた信は野犬の死体の尻尾を持って立ち上がり、予め掘っていた穴に食事の痕跡を捨てて土を被せ、更に枯れ葉や草で偽装する。
「じゃあ、散会して山を脱出だ。一時間後に宿舎で。捕まるなよ?」
健人の号令で散る三人。
まずは旭が瞬移で脱出方向とは反対側の方に兎の骨等をわざと見つかりやすいように適当な偽装を施す。
こうすれば少しくらいの時間稼ぎになるだろう。
「つるのロープはいくらでもあったからな。ブービートラップも仕掛けておくか」
「甘いな………」
旭が残した痕跡を発見した喬。
これがわざと残された食事の跡だとすぐに気が付いた。
「つまり、この辺にもトラップが仕掛けられていて、この方向とは別の方向から逃げた……と」
喬とて特殊部隊の隊員だ。このくらいの分析は簡単に出来る。
(やはり、本格的な訓練を受けていない素人だな。だが、それ故に恐ろしい。我々から一時間以上も逃げている上に、現地調達の物でこれだけの真似をするとは…)
これが装備を持っていて、本格的に攻撃を仕掛けて来ていたら…と考えると喬は身震いする。
(やはり彼らの戦いの才能はとんでもない)
もし、これがボーガンや投げナイフを装備して襲われていたら、喬は死んでいただろう。
「罠はこれか?」
喬はロープをナイフで切断する。
すると、目の前を邪霊石をくくりつけた物が通過していく。
邪霊石は黒くて禍々しい気を発しており、当たっていたら何らかの呪いに苦しむ事になっていただろう。何の呪いを込めてあるかは不明だが、恐らくは嫌がらせの類いの簡単な呪いだろう。例えば鈍足の呪いだったり、数分間は意識を失う類いの……。
「ふ………舐めた真似をしてくれる……こんな物に引っ掛かる俺だとでも……」
ボンッ!
突然邪霊石が弾けた。
「うわっ!」
破片が飛来し、喬に命中する。咄嗟に致命傷となる目や喉などの部分をガードする辺り、喬も流石といえる。
「……やってくれるな和田旭……」
邪霊石を使って来たことから犯人は旭と目星を付けた喬。
「二段構えの罠とは。邪霊石版の手榴弾なんか普通は考えんぞ…」
してやられた事と成長後の旭を想像した喬は、悔しさと嬉しさを混ぜた複雑な顔をして、旭が逃げたであろう方向へと走り出した。
「魔力!?」
上空からの魔力を感じ、危険を察知した健人は横跳びで咄嗟に茂みの中に隠れる。
ビシャアアアアン!
人間サイズの水の塊が先ほど健人が立っていた地点よりも20メートルほど離れた位置に落下してきた。
「曲射弾道射撃……だと?どうやって俺の位置を!?」
見れば雷の魔力で浮かんでいる幾つもの監視カメラがドローンのように三ヶ所に浮いていた。
(電気と水とくれば真樹と麻美……何て奴だ……器材も無しに曲射射撃をこんな精密に出来るのかよ!)
健人は驚愕していた。榴弾や迫撃砲等の砲迫射撃。
映画等では簡単にやっているように見えるが、実はそこに至るまでにはかなりの情報と計算が必要になる。
様々な条件の計算をやった上で、やっと最低限の方向と角度がわかる。
それを真樹は恐らく瞬時に計算して逃げる健人の動きを加味した射撃指示を麻美に伝えたのだ。
通常、動かない相手に対して曲射射撃をする場合でも、数分の時間がかかる。それも、各種データを算出して計算機やパソコンを使った上で……だ。
(人間業じゃ無いぞ!こんな離れ業!)
健人がわかったのはここまでたった。
凄いのは真樹だけではない。麻美もだったのだ。
健人と真樹達の距離差は約三キロ。これだけ離れていれば真樹が指示した角度が1度でもずれていたならば、弾着点はそれこそ百メートル以上も離れている。
一キロ先で一度のズレは、直接照準でも20メートルは離れてしまう。曲射ならば尚更だ。それが三キロ先の、それも曲射での射撃を少しのズレもなく、更に適切な力で発射したのだ。
この凄さが分かるだろうか?
そして、ここで健人は致命的なミスをしている。
「素人の知識ではここまでね」
「何で3台も高価なカメラを使ってるかわからない辺りは素人だね」
健斗を見つけるだけならば3台も要らない。
「真樹、修正は?」
「待ちなさい。3ヶ所の観測を同時にやった上での修正計算をしてるのよ。すぐに出来るわけないじゃない。上に2、右に1。力はそのまま」
「3ヶ所交会の修正を暗算ですぐに出すなんてできないって!やっと一ヶ所の観測結果を出すので精々だよ!ドガーン!」
分かるだろうか?
これは歩兵砲中隊数十人分の仕事をたった二人でやっている。
また、健斗が気付かなかったミス。それは監視カメラを放置していた事だ。
一ヶ所から見ているよりも、2ヶ所や3ヵ所から見た方が目標と弾着の誤差の修正はより確実な物になる。
「避けられたわね。野生の勘かしら?」
「知らなければ次は当てて来るって思うからね。実際は狭差法で徐々に当てる物なんだけどね?」
どんなに計算が完璧でも、誤差というものはどうしても出てしまう。
「………あと2発、お願い」
「はいよ♪」
麻美は同一の角度で2発の水弾を撃った。一見無意味に思えるこの動作。それにも意味はあるのだが、それを語るには1話分の文章量が必要になるため、割愛する。
「いいわ。下に3、左に4。次は右に2。逃がさないわ。チェックメイトよ健斗」
「真樹の本領が発揮だね♪ドガーン!」
「うわっ!段々と狙いが精密になってくる!どうなってるんだ?まさか………」
ここでやっとドローンのように貼り付く監視カメラの意味に気が付いた。交会法という意味は知らなくても、その効果に段々と気が付いて来たのである。
そして……
「やばい!ここは………」
ガサッ!ドシーン!
健人が自ら掘った穴である。真樹はこうするために健人を追い込んでいたのだ。
「ざけんな!あんな量の水の塊を砲迫射撃のようにぶつけられたら!ぐへぇっ!」
穴に嵌まった健斗に、人の胴体ほどの水の塊が落下してきた。
その水量がこれだけの距離と高さから落下してきて、それが直撃しようものなら………
普通は生きていない。良くて重症である。
木藤健斗…気絶後、捕縛される
安部信…逃亡中
和田旭…逃亡中
とあるお二方にはもっと精密な曲射条件を伝えましたが、公開版はこの程度の雑な描写です。
砲弾による射撃は……まともに当てることはできません。ある一定の範囲内に収まれば命中扱いになるのです。
はっきり言えばこの射撃の説明をするには1話や2話では済みませんし、少なくとも私は詳しく説明する気はありません。
ただ狙ってボーン!で済む射撃では無い…とだけ理解してください。