「さぁて、どう逃げるか…」
(何らかの魔力が動いた気配があった……健斗か信がみつかったと思って良いだろうな……)
姿勢を低くし、辺りの様子を探っている旭。
真樹や明が予想したように、砲撃をつぶしに行った信とは逆に、旭は宿舎とは反対側の方向に逃亡を開始していた。
旭もわかっているが、ここで逃げきったところで無意味なのはわかっている。どうせ帰る場所はあの宿舎なのだ。どのみちそこで御用となるだろう。
なのに何故逃げているのか。
健斗はわからないが、信と旭にとってはこれは既に本気のサバイバルゲームだった。
飯の確保は終わった。後はシレッと出ていって形だけの反省をし、ペナルティでも何でもやれば事は終わる。それで済むのはわかっているが、旭達は試したくなった。
八龍士やその仲間たちを。そこで勝負を仕掛けたのである。
勝負と言っても色々ある。それこそ戦いだったり。
今回、旭が勝手に考えている勝負の勝敗の付け方はこうだ。
逃げ切れれば自分達の勝ち。捕まれば負け。
この結果次第で明たちへの態度をどうするかを旭達は決めようとしていた。
プロが……それも自分達の庭であるこの基地で自分達に敗れるようならば、全面的に信頼を置くのは危険であるだろう。逆に自分達を山から逃がさずに捕まえることが出来たのならば、真面目に訓練するのも悪くはないかも知れない。
今より自分が強くなるのなら大人しく学ぶものは学んで吸収する。
それを見極める為だ。
「っ!!」
旭は嫌な予感を感じ、その場に伏せる。
第六感……。というよりはただの勘なのだが、長年培ってきた勘というものはバカに出来ない。理屈抜きにそれが命を救ってきた事は何度もある。
ガッ!ガッ!ガッ!
頭上を……先ほどまで旭の頭があった位置に何かが通過し、木にぶつかる。
やはりここぞという勘には従うのに限る。
(見つかったか?殺意を感じさせずに…)
やるな。と旭は思う。
暗殺者のような生活を送ってきた旭達。それ故に殺意に対しては敏感だ。それを感じさせない明達はやはりかなりのものだろう。
(来るッ!)
左からまた何かが飛んでくる。
そう直感した旭は左耳の横に手を置く。
パシッ!パシッ!
旭は飛んできたそれをキャッチする。
「石?」
おおよそ人類にとって最初に武器にしたであろう原始的な武器、石。
原始的だが音もなく遠間の敵を攻撃するには一番適した武器である。
(チッ!)
旭は音も気にせず藪から飛び出し、次の薮の中に隠れる。二度もピンポイントで投石が来たことを考えると、偶然はあり得ない。既に完全に位置がばれていると考える方が自然だ。
そして、ほぼ時間を開けずに45°の角度を変えての攻撃。
(かなり接近されていたって事か!)
これは旭も驚いた。張大人の敵対組織のプロの暗殺者と戦った時でさえそんなに接近ことはなかった。
ガサガサ!
逃げながら旭は背後を確かめる。敵も気配を隠す気が無くなったのか、時々姿を見せながら追ってくる。
追跡者は喬と美代だ。
(幸い八龍士はいない。迎撃するか?)
地の利は向こうにある。土地勘のない旭では多少足が速くても、振り切る事は不可能であろう。
瞬移もそうそう多用できない。あれは結構魔力を使うのである。
(無言で攻撃を仕掛けて来ていると言うことは話をしようとしていても無駄だな……)
追ってくる課程で時々姿を晒しても、基本的に二人は低い姿勢を保ったまま隠れながら追ってくる。極力位置を知られないようにしているのだ。そうなると、話しかけたところで応答してくるとは考えにくい。声や音というのは最大の情報源なのだから。
スピードを緩め、迎撃体勢に入ろうとすればそれに合わせて二人は同じようにスピードを緩め、更に姿勢を低くしながら投擲による攻撃をしてくる。
(本物のゲリラ戦って事かよ……ならば…)
(待って野田伍長)
美代はハンドサインで止まれ……と喬に指示を出す。
旭の動きに変化があったからだ。
和田旭は三人の中でも一番こういう場面では油断ならない相手だと美代は聞いている。何をしてくるのかわからない……と。
力は健斗の方が上。単純な戦闘センスは信の方が上だ。対して旭はといえばこういう遊撃としてのセンスが高い。今の場においては旭が一番厄介なのだ。
(そもそも、土地勘のない場所で我々を相手にここまで退却を続けられるのもただ者じゃない。それも素人が)
二人が何故旭を発見出来たのか。それは真樹の作戦により山の逃げ場所を絞り、そしてその範囲で隠れられる場所を喬達が熟知していたからに過ぎない。
実際の訓練でも大抵は旭が潜む位置に隠れるからだ。身を低くしても全身を隠せる場所が少ない地点だったということもある。旭の小さな体をもってしても。
だから位置がわかった。見つからないというならそこだろう……と。
(下手な兵士よりも才能があるな)
動きがほぼ完璧だ。姿勢を低く、気配と音をなるべく消しながら……。普通の新兵ならこうはいかないだろう。
(それ故に気配を消さなくなったのは不気味だ……)
姿を隠しながらも気配を……正確には気を解放し、自分の位置を晒す真似を始めたのは却って不気味である。
(何を狙っている?)
旭が隠れている岩影に注視する美代と喬。
岩影から小さな気の塊がフヨフヨフヨ……といくつも出てきた。
(??)
喬も気付いており、美代と目配せする。
すると……小さな気の塊は周囲の木々へと向かい始め…。
「まずい、奴は木に何かするつもりです!」
「まさか爆発でもさせて即席指向性散弾にでもするつもりなの!?」
指向性散弾とはジュネーブ条約により対人地雷を使えなくなった各国が、地雷に代わる対人罠として開発したものである。地雷のように踏めば爆発する……という物ではなく、看板のように立てて人が遠隔操作し、ベアリングのような物を一定方向に向けて発射させる物である。
旭は気をぶつけて樹木を破裂させ、攻撃しようとしているのか……。旭ならやりかねない。ただの呪石を破裂させて即席手榴弾を作ってきたのだ。
そして旭は呪いと気のスペシャリスト。そういう真似をしてきても不思議ではなかった。
「野田伍長!魔力でバリアを!」
「了解です!織山少尉!」
二人は防御の為に魔力を展開してバリアを張る。
そして小さな気は木に命中し……
コ……
良く聞かなければ聞こえない程度の小石でも当たったかのような音を立てて消えた。
「「は?」」
沢山放出された全ての気の弾が同じように間抜けな音を立てて消える。
「………見た目通りの小さくて弾速がシャボン玉並の何の仕掛けもない弾?」
「…………はっ!織山少尉!和田は!?」
気が付けば旭の気配も無くなっており、姿も消えていた。
「………やられた。ブラフだったのね」
何をするのかわからない奴……。そのイメージを逆手にとった
深読みさせて喬達が対処している間にこっそり逃げ出したのである。
やることがセコイと言うか……。
「これはもう追い付けないですね」
喬が美代に言う。実質敗北宣言。
二人は感心するやら呆れるやら…。
「これでみっちり鍛えれば、どうなるのか……」
「少なくとも、我々は舐められそうですがね」
「ケケケケケ!サボテンじゃあるまいし、木を破裂させるなんて真似が出来るかっての!」
ペテンで見事に喬と美代を撒いた旭。
そのまま気配を隠すことも姿勢を低くする事もせずに上機嫌で山を降りていく。
もう完全に勝ちだろう。
昔から、こんな故事成語がある。
『勝って兜の緒をしめよ』
とある作品ではこんな名言がある。
『相手が勝ち誇った時、そいつは既に敗北している』
つまりは………勝ったからと言って油断するなという事である。
この時、いつものように警戒していれば旭は勝っていたかも知れない。
その油断のツケが回って来たのは旭が目論見通りに森を脱出した瞬間だった。
キュイーーン!
「ぐはぁ!」
上機嫌で森を出た瞬間に何かが旭の額に直撃する。
完全に不意討ちだった。
キュイーーン!キュイーーン!キュイーーン!
ドスッ!ドスッ!ドスッ!
立て続けに腹、足、喉と直撃して旭はダウンする。
「ここまで逃げて来たのは大したものだったよ?旭。だけど、ツメが甘かったね?こう見えてあたし、狙撃って得意なの♪」
200メートル先の積み上げられていた藁の中から姿を
見せる麻美。
その手には魔霊石が握られていた。
「水の塊で良かったね?銃弾だったら死んでたよ?」
「………何でお前が先に下山出来てるんだ……?」
「ハッハー!喬、美代と鬼ごっこを始めてからどれだけ時間が経ったと思ってるの?とっくに回り込んで待ち伏せしてたんでーす♪そこしか出口はないからねー♪」
身を隠しながら移動すると言うのは簡単ではない。
喬と美代、二人の手練れを撒くのに要した時間は少なくなかった。
その間に健斗を捕縛した後、万が一を考えた麻美は信を明と真樹に任せ、森の出口に回り込んで待ち伏せしていたのである。
「楽しい鬼ごっこだったよ?次は逃げ切れるといいねー♪次があればだけどね♪じゃ、おやすみ♪」
麻美が容赦なく頭に圧縮水弾を数発撃ち込んできた。
流石の旭もここで気絶した。
(おのれ……やるじゃないかよ……ガクッ!)
和田旭……捕縛
3バカトリオ……全滅。
はい、最後の最後で油断して旭、KOです。