八龍士   作:本城淳

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初日の終わり

訓練場

捕縛された三人は地面に正座させられていた。

この格好が異世界でも採用されている理由。

それは辛い体勢だからなのである。

もっとも日本という国はそれを正式な場での姿勢とされているだけあり、旧家の出である三人にとっては慣れきっている事もあってさほど苦痛ではないのだが。

「さぁて、じゃあペナルティを課す前にだ……」

明はめちゃくちゃになった山を指さす。

「まずはこの山に仕掛けた罠の後始末だ!このバカども!」

明がお冠になるのも当然だろう。

明達が所属している特殊部隊は新設部隊である。八龍士三人組のこれまでの功績や、剥奪されているとはいえ元王族の明の人脈などにより装備や人材、予算等を融通してもらっているが、面白く思わない既存の部隊はたくさんある。

訓練施設を滅茶苦茶にしたとなればより肩身の狭い事になるだろう。そうさせない為にもなるべく元の形に戻さねばならない。

明が信に対して言ったように、ヴェレヴァムの実際の部隊でも同じで演習場を使用すれば極力元の状態に戻すのは当たり前である。

「…………」

押し黙る三人。その額にはだらだらと汗が流れている。

「どうした?」

喬が静かに尋ねる。猛烈に嫌な予感がする。

「いやぁ、どこにどんな罠を張ったのか詳しく覚えてなくてな……」

「ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!」

明の絶叫が響き渡った。

この作業が相当遅くまでかかったことは言うまでもない。

意外な事だったのは三人の問題児達が逃げもしなければ逆らいもせず、素直に撤収作業に参加したことだった。

もちろん、昼食は抜き、午後の訓練は全てテストの時間に充てられたのは言うまでもない。

 

 

「は、腹減った………」

「摂った食材も全部没収されたしな……」

「このままでは餓え死ぬぞ……」

地獄のテストを終わらせ、もう間もなく消灯の時間である。昼・夜と食事を抜かれ、三人は流石に元気がない。

そんな時……

ガチャ

突然扉が開かれ、喬が部屋に入ってきた。

「おい。夜食だ」

見れば喬がプレート三枚を持ってきて3人に渡す。

それは三人が山で採取してきた食材を丁寧に調理された物だった。

「は?どういう風の吹き回しだよ」

三人はプレートを受け取るも、何でこんなことをしてくれるのかわからなかった。

「バカ。元々初日の今日でお前達がまともにペナルティ無しで生活できるとは思っていない。食堂の飯をありつけない事も。最初から軍用レーションを準備していたんだ。あんなことになるとは思っていなかったがな」

喬はプレートとは別の、紙包みにくるまれたパンのような物をいくつか出して投げ寄越した。

「訓練内容によっては食料や水を制限したものや、あまり休息を取れないような状況下の訓練もあるが、基本は三食の食事はきちんと取らせ、休息を与える方針だ。栄養、休養、運動による体調と体力管理は軍人の基本だ。軍隊というのを勘違いする者も少なくないが、ただただ厳しいだけが軍隊じゃない。そうでなければ組織というものが成り立つわけがないだろ?」

現実において飯抜き等といった事をやるような真似はしない。訓練や勤務、作戦などによって不規則になることはあったとしても、意味もなくわざとやることはないのである。

「だったら最初から言えよ……」

「言っていたらお前らは真面目にやらんだろう。言わなくてもあの様だったしな。あと、そのプレートは塚山大尉の計らいだ。どんな理由であれ、これはお前らが自力で手に入れた食料だ。食べる権利はお前らにあるだろう。もっとも、今回だけの特別措置で、今後は遠慮なく没収すると言っていたが」

丁寧に焼かれていたり、ソテーのように炒められたりとしている今日の戦利品。

野戦料理しか出来ないと本人が言っていたように特別手の込んだ物ではないが、だからと言って雑に作られたわけでもない。

野菜を使ったスープもしっかりと作ってくれてあるあたり、彼女なりの優しさが込められているようにも見えた。

「……飯さえしっかり食わせてくれるんなら、それなりに言うことは聞いてやるさ」

「俺達なりにな」

信と旭がスープを啜る。

「お前らにそれは期待していない。だが、知識と技術を吸収し、そして邪教徒の抑止力となってくれればそれで良い。八龍士やそれに匹敵する戦力は貴重だからな」

喬はそう言って背中を向ける。

「明日からも訓練はある。早く食べて寝る支度をしろ」

「あいよ。精々鍛えてくれよ。助教官殿」

健斗が代表して応える。とても目上に対して取るような態度ではないが、今日一日で喬はそう言うことを彼等に求めても無駄だということがイヤというほどわかった。

矯正するにも長い時間をかける必要があるだろう。もっとも、直ることがあるのかどうかは甚だ疑問でもあるのだが。

「ああ、食ったら最低限、食器の洗浄と整頓くらいはしておけよ?消灯までにな」

「あとどのくらいの時間だ?」

信が尋ねると、喬は懐中時計を取り出して答える。

「あと5分だ。急げよ?消灯を過ぎたり散らかしっぱなしにしたならば、ベナルティだからな」

意地悪く笑って喬は部屋を出る。

扉越しに聞こえる三人のわめき声。

(この様子では消灯を過ぎるし整頓も中途半端だろう。明日のテストを用意しておかなければな)

先程とは別の種類の笑みを浮かべた喬。

小憎らしいガキどもではあるが、実力はピカイチだ。

いずれは自分の技術を完全に盗まれるだろう。

(まぁ、こういった事を積み重ねて強さとは別の色々な事を叩き込んでやるよ。いつ、命を落とすかわからない商売だからな。俺達は)

時間の使い方を敢えて厳しいものにしているのもわざとだ。そうすることで効率的な時間の使い方や要領の良さを覚えさせる事も教育の一環だったりする。

三人の訓練の日々は始まったばかりだ。


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