あれから一月経った。
意外な事であるが、ヴェレヴァム3人組は比較的まともに訓練を受けていた。あくまでも
世間一般的のそれと比べてはいけない事は想像に難くないだろう。
毎日のように何かしらのトラブルを起こしてはペナルティが課せられ、喬を筆頭に胃と頭にダメージを与えている。それでも当初に予想されていたよりかは遥かに被害は少ない。
予想被害の半分くらいに抑えられている。そして、課されたペナルティの効果の為か、3人のウェールテイの知識もだいぶ蓄えられてきている。
特に法律に関しては信と旭は貪欲に知識を蓄えていた。
こう言っただけならば少しはまともになったのだろうと思うだろう。しかし、そう思った諸君は甘いといえる。
この二人、貪欲に法律に関する知識を求めたのはなんの事はない。どこまでがアウトでどこまでがセーフ、どの辺りがグレーゾーンなのかを模索するためだ。
もちろん、そんな事を見抜けない真樹では無いのだが、対策はそれほど立てていない。
理由はいくつかあるが、大きなところ立てても無駄……というのがある。法律を変えるというのは簡単な事ではないし、立てたところで更にグレーゾーンをついて来るのは目に見えている。そうでなければ信と旭はとっくの昔に日本で捕まっていただろう。そして、三つ子の魂百までというが、幼い頃からそういう生活をしてきた二人だ。
以前、喬はその生き方を矯正してみようと試みた事がある。しかし、旭から返ってきた答えを聞いた喬は息を飲んだ。
「犯罪は悪?それは誰にとってだ?」
「いや、それは当たり前だろ」
そういうと、旭は鼻で嗤った。
「違うな。為政者にとって都合が悪いからだよ。人が少なくなれば絞り取れる税金が少なくなって甘い汁が啜れなくなる。治安が悪くて政治に対して求心力が無くなれば色々と面倒な事になる。世のため人のため……そんな意識の高い政治家なんていやしねぇんだよ。いたとしてもほんの一握りだろ。後はどれだけ洗脳が上手いかどうかだな。いずれにしても法律なんてものはいかに甘い汁をすする側が搾取するかを考え、維持する為の物か」
と言っていたらしい。
それを聞いた真樹は考える。
旭が言ったことはほぼ確かな事だろう。思想や程度の違いはあれ政治家というものはどこも同じで腐っている。この流星王国だとて例外ではない。
学は無いものの、それぞれの実家の事情や横浜の裏の世界というものを見てきた信と旭の二人。そこから政治の世界の何かを見たのではないか?と真樹は見立てている。
真樹のそれはある意味で正解である。
人となりと言うものは目である程度わかる。正確には目の奥とでも言うべきだろうか。
信と旭の幼少期は血で血を洗う幼少期だった。
この二人は少なくとも誰も飼い慣らす事は出来ないだろうと。
それならそれで上手く付き合えば良い。
目的が一致している内は少なくとも敵にはならないだろう。なったらなったでその時に何とかすれば良い。
現在はカリキュラムが大幅に進んでいる。何かとトラブルを起こす彼らではあるが、戦うもののスペック
もっともその生活力は一切改善されておらず、ヴェレヴァムでの生活において家政婦が悲鳴をあげて逃げ出すのも頷ける程だ。エリカの存在がどれだけ貴重だったのかがわかる。
そして今日は晴れてウェールテイにおける初めての休日だ。基地の外へと外出が許される日なのだが……。
「引率外出?いらねぇよ。適当にブラブラするから」
「休日くらい自由に動かせろよ」
「プライベートくらいは自由に行動したいんだが?」
上から信、旭、健斗だ。
「いや、土地勘が無いだろ。その上でお前らを自由にしたら絶対にトラブルが起きる。起きなくても無用なトラブルを絶対に起こす。お前達はそういう奴等だ。特に安倍と和田は確実に。この一月で良くわかった」
喬はこめかみに青筋を浮かべて答える。実際初日の山狩りを始め、この3人は必ず何かしらしでかした。
信と旭は言うに及ばず、本来ならストッパーの健斗ですらだ。比較的まともとはいえ、それはバカコンビに比べたらの話であって、健斗もやはり何かしら常識からは外れているのである。
(まったく………大丈夫なのか?外出などさせて…)
喬の不安はもっともな話ではある。あるのだが、外出をさせないわけにもいかない。
この都の土地勘だけでも早いところ覚えて貰う必要もあるし、物資の調達や町での生活なども知って貰う必要がある。
そういった必要性が無ければそれこそこの3人は基地に縛り付けておきたいくらい危険人物である。
「とにかく、今日は俺と一緒に行動して貰う。ほれ、外出着に着替え………」
振り向いた喬だったが、その服装に愕然とした。
「……なんでヴェレヴァムの普段着?」
「着の身着のままでウェールテイに来たからな。これくらいしか着るものがないんだよ」
それは事実である。
ヴェレヴァムを発つ際に一通りの着替えなどは準備していたのだが、湖に飛び込んだ際にその荷物は車の中に放棄してしまっていた。
なので、今はデイバックに詰め込んでいた分の物とその時に着用している衣類しか私物は持っていない。
「まずはお前達の服の買い物からか…次に武器屋だ」
「武器屋?俺達は特に武器を必要とはしてないが?」
健斗が反応する。
3人とも魔術を併用とした拳術主体、霊術を併用した蹴り技主体、気功術を主体とした投げ主体のそれぞれの古武術を使い、武器を必要としていない。
強いて言うなら投げナイフ等を使うこともあるが、それは滅多に使うことはない。
3人が首を捻っていると……
「お前ら、初日の脱走で隊長の三節棍を破壊したことを忘れたのか……その弁償だ」
「あ………」
本気ですっかり忘れていたらしい。
「じゃあ信が弁償だろう。お前の作った罠なんだから」
健斗が信に罪を押し付ける。
「ふざけんな。罠の呪いを作ったのは旭だろ」
そして信が旭に
「いや、罠の発案は健斗だろ」
旭が健斗にとなすりつけあいを始めた。
喬は「こいつら……」と頭を押さえてため息をついた後に持っていた木刀でパァン!と床を叩く。
「お前ら全員の連帯責任だ!このバカトリオ!」
「そんなバカな!」
「バカはお前らだ!」
もう一度床を木刀で叩く。
「良いかお前ら!本来であればあれは立派な命令違反と任務放棄だ!普通なら処罰対象だったものを急遽サバイバル訓練と名前を変え、内々のペナルティとして軽い罰に変えたんだぞ!上を納得させるのに隊長は苦労していたんだからな!」
そう、あの山狩りは本来ならば立派な命令違反であり、処罰の対象である。それを真樹と明は急遽サバイバル訓練と名前を変えて3人の戦闘適正を図るものとした内容に変更したと体を保ち、訓練内容スケジュール変更の申請と命令を急遽作成した。
上はかなりの難色を示していたのだが、明が元王子と言うことと健斗が八龍士だったこともあって、取り敢えずは厳罰に処することを見送らせる事になったのである。
実際はは今後トラブルを見越した上で更に隊の予算及び装備、次の何名かの階級昇任枠、部隊の功績を他部隊に譲渡、確保していた優秀な人材と新隊員、確保していた演習場のスケジュール、使用設備等を他部隊に譲渡する等の軍の政治的取引で納得させたのでバカトリオは多大な損害を明達に与えた訳なのだが、それは公にはされていない。
それは裏取引によるものということもあるし、公にしてしまえばただでさえ深まっている部隊と3人組の間に溝を決定的なものにしてしまうだろう。
そうなれば3人組の居場所が無くなり、脱走される恐れがある。
これは真樹達の優しさで内緒にしている訳ではない。
健斗の八龍士の力は必要となるだろうし、魔の一族である信達二人の謎を解き明かす為に今はまだ手元に置いておく必要があったからだ。
もっとも、度重なるトラブルにたまに「もう放逐しても良いかな?」という誘惑に負けそうになっているが。
「とにかく、隊長の武器の弁償はやってもらう!」
「それは………まぁ仕方ないとしてだけど……」
連帯責任はこの際仕方がないと諦めた健斗。しかし、更に3人には問題があった。
「金、持ってないぞ?」
そう、3人は無一文に近い状態である。
日本のお金は湖にダイブした時に小銭以外は全てビリビリに破けてしまっており、そうでなかったにしてもこの世界で円が使える訳がない。
為替など存在している訳もなく、換金も出来なかった。
以前売店で買い物をしたいから換金してくれと頼んだ訳なのだが、日本の硬貨は銅貨と白銅貨とアルミニウム。
大した額になるわけでもなく……。意外に価値があったのはアルミニウムで、この世界にとってみれば未知の金属であったわけなのだが、日本の貨幣価値最低である1円玉をそう多く持っているわけがなく、雀の涙程度の金額にしかならなかった。
具体的に言えば日本円に換算して数百円である。
ちなみにお尋ね者な上に行方不明扱いになっている3人の銀行口座については当然ながら凍結されている。
日本に駐留している職員にキャッシュカード下ろして来てもらおうとした時にそれを知った。
職員(レプェイツ)はその時に指名手配を受けている3人の口座を使おうとしたことを銀行から通報され、またも警察に追い回されるという無用なトラブルが発生して文句を言われたのだが、そんな事を気にする3人ではない。
「はぁ………安心しろ。一応はヴェレヴァムの軍隊でもそうであるが、訓練生にはわずかながらの給料が発生する。3人で全額を出せば隊長の三節棍を弁償し、余った資金で普段着を購入するくらいの額にはなるはずだ」
「つまりは結局貧乏生活は続くのかよ……」
「安倍。自分の撒いた種だろ。諦めろ」
「指名手配については冤罪なんだけどな」
学校の壁やら歴史的建造物である赤レンガ倉庫を破壊した事件に関わっておいて冤罪も何もないのだが、そんなことなど知ったことかという態度に出るのはいつもの事だ。喬達はこの3人……特にバカコンビの素行不良については既に諦めている。
破綻した性格は今さら直せるものではないだろう。
「という事でだ、外出を許可する。ほら、これが身分を証明する手形と外出許可証だ」
渡されたのは2つの真新しい木札だった。小さな魔霊石が中に埋め込まれている。
秘匿された場所以外での産業が発達していないこの世界ではビニールやプラスチック等の石油製品が存在していない為、こういう所は未だに中世時代と変化がない。
従ってこういう物は手形に頼るしかないのだろう。
「無くすなよ。一応はその魔霊石が軍のパスを示す役割を果たしているからな」
「おー。変な所でハイテク……」
「軍属であることと外出許可証であることを識別する事しか効力はないがな。ヴェレヴァムのパソコンのように個別識別までは出来ん」
「やっぱアナログだったわ」
そこまで便利な物ができていたらこの世界ももっと近代化しているか………と3人は納得することにした。
ファンタジー物のギルドカードのようにいかないのである。
そして引率外出が始まる。
喬は3人を門まで連れて行き、そして手形を詰所の魔霊石にかざすと詰所の魔霊石が光り、衛兵が通行を許可する。
3人はそれを真似して詰所の外へと出る。
「さて……3人とも、街を案内する。しっかりと……」
喬が3人に振り向くと………その姿は既に消えていた。
「………………あのバカども……………」
逃亡した3人に対して喬はこめかみに青筋を作って怒りを露にするが、これは完全に喬のミスだ。
この3人が逃亡することなど誰もが予想出来たことだ。なので、先に要領だけを見せて3人を先に衞門を出させ、逃亡してもすぐに捕まえられる位置で後から喬が出るべきだったのである。
道案内など後ろからでもできるのだから。もっとも、そうしていた所であの3人は手段を選ばずに逃げ出していたであろうが。
「すみません。警備司令。流木隊長と花月司令に連絡をお願いします。バカどもが逃げ出した………と」
喬はそれから警備司令の上級曹長に怒鳴られ、肩身の狭い思いをするはめになった。警備司令をする者の階級は低くても曹長。通常は上級曹長が担当する。
喬の階級は伍長。
何を言われても言い返せる立場では無く、黙って嫌味を言われるしか無かった。
「やっぱりこうなったか」
「あいつらが大人しくしてるわけがないよねー」
柵の上で明と麻美と織山少尉が逃亡した3人を見る。
こうなるのがわかっているならば、監視をしていない訳がなかった。
「さて……どうなるか。お手並み拝見だな。野田伍長、そして3バカども」
信と旭の幼少期は「美味しんぼ」の原作者、雁屋哲先生がサンデーで連載されていた「男組」という作品の主人公のライバルキャラ(ある意味ではもう一人の主人公)である「神竜剛次」のような家庭環境に近いものがあります。
二人の家庭環境は血の繋がった兄弟同士が日常生活の中でガチの殺し合いを代々やってきた一族です。
二人は神竜同様にその中でも特に扱いが酷かったわけですが。