八龍士   作:本城淳

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呪術

ー中華街ーチャイニーズマフィアの事務所ー

 

「初めまして。私がこの幇の老板だ」

幇とは正確には黒幇。日本語にするとチャイニーズマフィアの組の事。

老板とはボス……つまりは組長の事である。

普通ならばここでしっかりと名前を名乗るところなのだが、彼はそれ以上喋る様子はない。

健斗達が若すぎる故に侮っているのが態度から見てとれる。まぁ、初めての依頼者の大半はこんなものだ。

(ちゃん)大人の紹介で依頼して見ることにしたが…大丈夫なのかね?」

張大人とはこの界隈のチャイニーズマフィアでは優先的に仕事を斡旋してくれる顔役だ。

以前に彼から直接依頼を受けた際に気に入られ、傘下の組織等に紹介してくれている。

特に、今回みたいにオカルトじみた内容の場合は個人で活動している信達に依頼が回ってくる場合が多い。だが、傘下の組織の人間も中々最初は信用してもらえない事がままあるのも現実だ。ましてや高校生の三人組で、しかも旭に至っては実力があるとは見た目的に全く見えない。

健斗達もそれは良く承知しているので、特に事を荒立てることはない。かれこれ2年は続けている商売だ。クライアントと揉めるような真似は信用に関わる。

「ええ。こんななりなんでそれは良く言われますが、腕前の方は信用していただければ助かります。それで内容についてはメールで確認した内容でお間違いありませんか?」

見下した視線をスルーして、健斗が代表して答える。

すると、相手は頷いて答える。

「その通りだ。しかし、我々がクライアントでもまるで平然としているんだな。歳のわりに修羅場は潜っているということか?」

「ええ。出来れば普通の一般人の依頼とかを受けたいところですが、生憎とこんな年齢でのヤクザな商売ですから、色々とあるんですよ。張大人と縁を持てただけでもありがたい事です」

おどけた態度で応える信。

「ふん。日本の場合では少ないが、本国では適当なストリートチルドレンを拾ってエージェントを育てている場合もある。お前達もそんな類いの人間なのか?」

確かに世界の水準から見ても日本は平和な国だ。こんな若者が黒社会に混じって活動している話は少ないだろう。逆を言えば海外ではそういう話はわりかし多かったりする。香港の九竜城等はその典型とも言える場所だ。

「ま、そんなところです。それでは早速取りかかる形でよろしいですか?」

雑談も良いが、なるべく早く仕事に取りかかることにする。この商売はまずは実力だ。雄弁に語るよりもまずは実力を見せるべきだろう。

「旭。頼む」

「ああ」

こういう変死などに関わる場合、一番に疑われるのは呪いの類いだ。

そういうのに強いのは旭だったりする。家業がその類いの家で、邪魔物は呪い殺して成り上がってきた家系だ。

旭は周囲を見回して1つの虎の置物に目をつける。

「なぁ、組長さん。あんた、組織内の派閥争いで相当非道な事をやってないか?」

旭がそういうと、組長は鼻で笑って答える。

「黒社会でのしあがるにはそれなりの事はやる。ちょっとやそっとの後ろめたい事は誰にだってあるさ」

「違いない。うちもお天道様に顔向けできる立場じゃないからな。けど、あんたも相当だな。この部屋のあちこちから怨嗟の波動がプンプン匂ってるぜ」

「もっともらしい事を……それに、随分と不遜な態度だな」

旭の物言いに気分を害したらしい組長。

「あ、すいませんね。こいつ、そういう奴なんで気分を害されたのなら代わりに私がお詫びします。ですが、腕はピカ一なんで」

健斗が飄々と謝罪する。今一つ商売が上手くいかないのは信と旭のこういった対人スキルの低さにあるのだが、本人達は直そうとする気はない。

「今回の呪いの原因はこの虎の置物だ。なぁ、組長さん。こいつを破壊して構わないか?」

「ほう?ならばやってみろ。何もなければ相模湾に沈んで貰うだけだ」

「あいよ。じゃあ………」

旭はそう言って目を閉じる。すると、うっすらと黒いオーラが立ち上る。

「こ、この黒い光は……」

「気だ。中国でもごくわずかな拳法家が使うあれだな。旭の一族はその気功の中でも闇の気功に長けた一族なんだ。奴の一族はこれを『(にゃ)』と呼んでいる」

信が代表して組長の疑問に答える。

「『若』だと!?その力は……まさか!旭とやら、お前はまさか、鎌倉の!」

「ああ。その鎌倉の一束だ。俺は落ちこぼれ……だがな」

それ以上は詮索するなと言わんばかりに旭は闇の気を集中させる。

「若掌!」

旭は気を解放して木彫りの虎の置物に掌底を加えると、置物はぱっくりと割れ、中から黒い石のような物が出てきた。

「ビンゴ。呪石が出てきたぜ。こいつが呪いの元だ」

一見、何て事はない石。旭はコレが事件の元だと語っている。

「こ、コレが呪いの元凶なのか?」

「見てみろよ」

旭が石に気を込めると、石から青い炎が噴出する。そしてそれに呼応するように、組長が胸を押さえて苦しみ始めた。

「わ、わかった!もういい!やめろ!」

「そうかい?信用してくれたということで間違いないな?」

旭は力を込めるのを止めると、炎は消え、組長が荒い息を吐きながらも苦しむのを止めた。

「そんな激しい炎を直に触って平気とは…やはりお前は…」

「詮索するなと態度で見せた筈だぞ?呪いを操る一族の末裔が、この程度でどうにかなるかよ」

旭は呪石と呼んだそれを真剣な眼差しで見る。

呪術の解析に入ったのだろう。

呪術と一言で言っても、様々な流派がある。どの系統の呪術が使われ、術者の力量はどの程度の物なのかを知る必要がある。

そしてそれが自分達の手に余るかどうかも見極める必要があるのだ。それには信も協力する。信もそういうのは結構詳しい方だ。流派によっては旭より頼りになったりする。

「では、組長。旭の力を拝見頂いた上でご商談に入らせて頂きます。今回の張大人から受けている依頼の最低ラインは呪術の解呪……それだけですが、どうされますか?」

どう……とはどういう意味なのだろうか。

組長は真意を図りかねていた。

「現段階でのこの依頼では解呪で40万円の報酬を頂きますが、その上で術者を雇った依頼主の特定で100万円、その雇い主を排除するには更に100万円の料金が発生します」

「ぼ、ぼったくりでは無いか?」

「いえいえ、これでも相場よりはかなり安めですよ?旭はあの家の能力者ですから。はぐれとはいえ、その実力はご覧頂いた通りです。専門家にこの手の依頼をすれば、もっと料金がかかる。ましてや荒事までやるとなれば桁が1つ上がるところですよ?」

確かにそうだと組長は唸った。少なくとも、健斗が掲示する値段ならば、元凶の排除まで含めれば何とか予算内で済む。破格の条件だろう。

ましてや、旭の実力ならば……。

「もちろん、これは成功報酬なので現段階では呪いの発生源特定で10万円程度で済みますが……いかがされますか?」

組長は少し考え、依頼料の上乗せを決めた。

「250万を支払おう。敵の排除を頼む」

「商談成立ですね。では……信」

「もう終わらせてある。どうやら、あんたのお仲間が呪いの送り主らしいぜ」

信が手から赤いオーラを出して呪石を解析していた。

「こ、この男も何らかの力を……」

「旭が言っただろ?詮索するなって。で、あんた、別の

幇と幹部の座を巡って対立している。それで間違いはないよな?」

組長が少し考えてから頷く。

確かに自分は組織内部で空席となっている1つの地位を巡り、邪魔な存在がいる。

同一組織内でも成り上がる為ならば始末しあうのが黒社会では当たり前の話だ。

「徐の組織か……。やってくれ、そして潰してくれ。もちろん、失敗はそちら持ちで構わないな?」

「依頼の正否は自己責任ですよ。この世界では当たり前の話ですよね?」

「わかっているじゃないか。失敗すれば我々は責任を負わん。君達の誰かが死んでも、一切の追加料金を支払わんからそのつもりで」

「分かってますよ。行くぞ、旭、信」

そう言って健斗が二人を見ると、二人は頷いて立ち上がり、健斗と共に事務所を出た。

「ふん……茶や茶菓子には一切手を付けんか…可愛いげのないガキども目…」

組長は冷たい瞳で三人が出ていった扉を見つめていた。

 

ー横浜市街地ー

 

「やれやれ。あれは素直に料金を払うとは思えないぞ?健斗」

信が石の解呪をしながら言う。

「ついでに言えば、250万では安すぎる。この石に込められていた呪いは、そんじょそこらの呪い師のレベルじゃない。見たこともない術式だったぞ」

旭が汗を流しながら言う。だが、依頼を受けた甲斐はあった。それだけでも充分に今回の依頼は成果があったことを示している。

「本当の報酬はもう受け取っているだろ?この時点でな。あとは……まぁ、アフターサービスって奴だ」

健斗が信に言うと、信は忌々しげに顔を歪める。

「まぁな。既にいくつかの情報は手に入った。どれもこれも悪い情報だけどな」

「大元を見つけないといけないからな。だからお前の実家は俺達にこの件を当たらせたんだべ?跡取りや俺達のようなの落ちこぼれを使ってよく考えるぜ」

旭が健斗をジト目で睨む。旭は自らを落ちこぼれと言っているが、健斗はそう考えていない。旭も信も、本当の実力を隠していると思っている。

「そういうなよ。さて、お仕事の時間だ。行くぞ、二人とも」

「あいよ。お先に失礼するぜ」

そう言って旭は夜の闇に紛れて姿を消した。

旭は小さな体と自らの力を利用して闇に紛れるのが得意だ。

「じゃあ、俺らは正面から行くぜ?そういうのは得意だからな」

「やり過ぎるなよ?」

「考えとくぜ」

そう言って信が善処した試しはない。やるなら徹底的にやるのがこの男だ。

もうじき敵の幇のアジトだ。

普通の邸宅のような所に到着すると、見張り二人がジロリと二人を睨み付ける。

「是谁! 你们!(誰だ!お前らは!)」

「这不是孩子们来的地方!(子供が来る所じゃ無いぞ!)」

「中国語で話しかけられてもわからねぇよ!」

信が素早く相手の懐に潜り込んでボディ・ブローを鳩尾に食らわせる。

「げふっ!」

「寝てろ。門番」

更に、フックを顔面に入れ、その場に引きずり倒すと、止めと言わんばかりに念入りに下段突きを放って気絶させる。

『お前!ここがどこだかわかっているのか!』

もう一人の門番が懐から拳銃を取りだし、信に向ける。

「だから日本語で話せっつってんだろ。あと、何で銃を向けたなら問答無用で撃ってこないんだよ。明らかに敵だろうが」

信は拾った小石を指で弾いて銃口を詰まらせる。

『じゅ、銃口に石が!』

もちろん、何の力も使わなければこんな離れ業は出来ない。信は自身の能力……魔力のラインで自分の指と銃口の間にレールを作り、その上に小石を走らせて銃口を塞いだのだ。

安倍流陰陽術の魔力操作。

しかし、純粋な魔力をこういう扱い方をする安倍の者を健斗は知らない。大抵は炎なり電力なりを媒介にして魔力を指向するのが普通の魔力の扱い方だ。

純粋な魔力の指向は難しく、そしてすぐに散ってしまって弱い。なのに、こういう扱い方を敢えてやる天性の閃き。

一見力押しが得意なタイプに見えて、信は技術を使うのが得意なタイプだ。この発想力を勉学に使えばもう少し単位が良くなるはずなのだが、残念ながら信は勉学に興味がない。実に勿体ないことだ。それは旭にも言える事なのだが。

おちこぼれと言いつつも、実際の信の実力は旭と同様に相当なレベルにあると健斗は知っている。

「やっぱり素人に毛が生えた程度か。訳がわからんな。門番がこの程度では、組の実力が伺えるってもんだ。俺達三人が出張るレベルじゃない」

信は銃口に石が詰まり、動揺して次のアクションに出られない中国マフィアの力量を見て、この末端組織の実力の程を評する。

先程と同じように懐に潜り込み、顔面に左の肘打ち、右の中段突きを入れると、くの字に屈み込んだ敵の首筋に再び右の肘を落とす。

安倍流古武術。

手技に重点を置いた武術であり、肘や掌底等の骨法のような戦い方をする流派だ。本気ならばこの程度の相手を瞬く間に制圧し、そして命を刈り取るのも容易だったりする。

力次第では腹パン貫通も。

「殺して無いだろうな?」

「やるかよ。後始末がめんどくさい。それに、この門番達は事件に直接は関係ない。巻き込まれてるだけだろうな。とてもじゃないが、あんな高度な呪術使う奴等を扱えるような格があるとは思えねぇ。そんな何も知らねぇ使い捨ての下っぱを殺すほど、非情じゃねぇよ」

健斗が相手の口元に手を翳し、首の頸動脈を確かめる。確かに気絶はしているが、頸動脈には脈があるし、呼吸もしっかりしている。力の入れ方次第では…ましてや信の身体能力ならば死んでいてもおかしくないので、内心ヒヤヒヤしたが、さすがにそこまでやらなかったらしい。逆を言えば本気を出すまでも全くない雑魚とも言えるが…。

「つぅか、お前も働けよ。俺らばかりに働かせんな」

「いやぁ、お前らだけで充分だろ。誰か一人だけでもよかったんじゃないの?」

健斗が気を抜いていると、信はハイハイと手を振って言った。

「チャイニーズマフィアだけならそうだろうな。張大人の中枢に比べたら雑魚も良いところだ。だが、裏に大物がいるのは確かだぜ?皆まで言わんでもわかるだろうけどよ」

信も本気で健斗が気を抜いているとは思っていない。事実、健斗は油断はしておらず、目をあちこちに向けて敵襲に備えている。

伊達にこの歳でエージェントの真似事はしていないと言うことだ。

「さて……と、じゃあ潜入しますか」

「パーティーは始まったばかりだぜ」

二人は門を飛び越えて茂みに身を隠す。

「下部組織の癖に広いお庭にお住まいで。ヤッパリ裏で何かあるな?今回の敵さんは」

信が身を隠しながら、庭の様子を伺う。

「まぁ、それを暴くのが依頼だしな」

「ドーベルマンまでいるぞ?2、3匹程度だが。ま、こいつで充分無力化出来るけどな」

健斗が懐から何かを取りだし、ドーベルマンに向けて投げ付ける。

「ギャイン!」

それは匂い袋。しかも撹乱成分を含めた混ぜた物で、ドーベルマン達はたちまち混乱状態に陥る。ヤクザの本拠地やアジトに乗り込む際にはこういう物を常に用意している。

『な、何だ!犬が騒ぎ出したぞ!』

『お、おい!俺達を襲ってくるぞ!何があった!』

ドーベルマン達が騒ぎ出したせいで敵のアジトが騒然とする。陽動としては充分だろう。

番犬と名高いドーベルマンには匂い袋は有効だ。

潜入としては派手になったが、庭での騒ぎに動くのは三流くらいだ。大物は中で待ち構えているだろう。

二人は混乱に乗じて某怪盗が愛用するガラスカッターを用いて邸宅の中へと侵入した。

恐らくは旭もどこかから潜入していることだろう。

依頼も大詰めとなってきた。

「首を洗って待ってろよ?黒幕」

「裏で手を引いているのは誰だろうな?」

二人はゆっくりと、物音を立てないように移動を始めるのだった。




今回はここまでです。
これから戦いへとスライドします。
まだ健斗と旭がまともに戦ってませんが。
それに、信もこんなものではありません。
それでは次回もよろしくお願いします。

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