八龍士   作:本城淳

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生活力

ー横浜セーフハウスー

 

ピリリリリ!

依頼失敗という形で自宅に到着した旭の携帯に、横浜チェイニーズマフィアの顔役の一人である張の側近の一人から電話がかかってきた。

「和田です」

旭が出る。

「私だ」

旭の顔に緊張が走る。張は大物だ。彼に目をつけられればただでは済まない。

「内容については流木の代理人と名乗る者から聞いている。今回は嵌められたそうだな」

「申し訳ありません。言葉もない次第です」

何者の仕業か分からないが、明の話を鵜呑みにするのならば、今回は狙われている自分達の事情に大口クライアントの組織を巻き込んだことになる。手を切られ、下手をしたら横浜の黒社会全体を敵に回してしまったことになるだろう。

「それについては張大人も気にすることはないと申しておられる」

実際にどうなのかはわからない。

だが、彼ほどの大物がそういうのであれば、少なくとも想定しうる最悪の事は免れたと思っていいのかもしれない。もっとも、完全に信用はできないが。

旭は少しだけ安堵の息を吐いた。

「ただ、大人のお言葉を君達に伝えると、今回の件からは報復など考えないようにとの仰せだ。手を引くことをお薦めする」

「それは……我々の信用がなくなった……という事でしょうか?」

この世界は信頼が第一だ。張御大のような者から信頼が失われれば、自分達は別の稼ぎを考えなくてはなくなる。いや、それよりも母方の姓である『九条院』ではなく、本家の『和田』を名乗った上での失敗だ。信もそうだろう。母方の『四条』ではなく、本家の名である『安倍』を名乗っての失敗である。

下手をしたならば黒社会以上にまずい『本家』に本格的に追い回される事も考えなければならない。

そうなったら最後、本格的に木藤を頼る事になるだろう。

「そうではない。事が終われば今後と変わらずに君達を頼る事になるだろう。だが、今回はまずい…君達3人の本家が本腰を入れても敵わない存在が動き出した。聞いただろう?八龍士……という存在の話を」

また八龍士か……そんな存在を旭は聞いたことがないと内心で舌打ちをする。流木、塚山……あいつらは一体どういう存在なのか。

安倍と和田、そして木藤……。

日本の闇で暗躍する三家の本家が本腰を入れても敵わないと張大人に言わしめる存在。その得体のしれなさに密かに恐怖を覚えずにはいられない。

(それに……悔しすぎるにも程があるだろうがよ!)

本家が本腰を入れても敵わない…そんな存在を前にして指を咥えて見ていることしかできないのか……。旭はそれが悔しくて仕方がない。

それは健斗も信も同じなのか、スピーカーモードで話を聞いていた二人も旭と同様にギリギリと歯噛みする。

しかし、木藤と同じく半ば匿ってくれているに等しい張を怒らせるのは得策ではない。

「しばらくは大人しくしていたまえ。報酬である約束の100万は健斗くんの口座に振り込んである」

これには3人とも驚いた。

今回の場合は逆に賠償を支払うつもりでいたのに、しっかりと報酬が支払われるという。

「劉さん。さすがにそれは……」

しつこいようだが、今回の依頼は完遂していない。

呪いの解呪は結局失敗したのだし、あれからどうなったのかはわからないが、中国系マフィアの邸宅の一つが抗争の末での火災発生により、今でも消火活動中という臨時ニュースが流されている。

張大人は何者かによって内部抗争をさせられた挙げ句に双方とも少なくない被害を被っている。片方は組長以下を殺害され、元々呪いをかけられた方も今はどうなっているのか……。

もし、自分達が黒幕だったとして考えるならば、用済みとして始末している。

流木明の言葉を信じるならば…を前提に話をまとめるならば、見事に踊らされ、更に傘下の組織に被害を与え、その上に第三者に場を押し付けておめおめと逃げ帰ったのだ。賠償を請求されても、報酬を受け取る事など何もしていない。

「こちらの依頼は終わらせた上での話だよ。解呪はしていなくても、原因となる呪いの原因の解明と排除という依頼は果たしているからね。それが傘下の組織の仕業という事も調べてくれてはある。その報酬を支払わなくば、契約違反となるだろう?」

さすがは大物。懐が大きいというか…。自分達では到底真似できない器の違いを思い知らされる三人。それどころか流れているニュースではヤクザ同士の抗争ということになっているあたりも頭が上がらない。

警察やマスコミに対する根回しはやってくれてあるということだ。

「これは高橋健三殿に昔助けてもらったことに対する配慮だと張大人は仰られている。任務、ご苦労だった」

「一応聞いておきますが……今回の依頼主であるあの組長の組織は……」

健斗が恐る恐る尋ねる。

考えたく無かったが、聞かずにはいられなかったのだ。

「………君達の予想通り……と言えばわかるかね?」

「………使い捨てにされ、用済みになったから始末された…と言うことですか?」

どちらに……とは敢えて聞かない。

今回の黒幕に始末されたのか、それとも張大人の仲間に組織として始末されたのか、はたまた流木明の勢力に始末されたのか……どのパターンであれ、生きていないということだ。

「その通りだ」

劉侍従はそれ以上答えなかった。それ以上は詮索するな。そういうことだ。

世の中引き際が肝心だということは、何も戦いの中での話だけではない。

「わかりました……。またご用命の際にはご連絡下さい」

健斗がそう締める。

これで今回の後味の悪い依頼は終わりだ。

またすぐに退屈で平和な日常に戻ることになる。

旭が電話を切り、3人はソファに身を沈める。

もう今日は動く気になれない。一歩も動く気力が湧かない。肉体的よりも精神的な疲労が大きかった。

「………風呂はどうする?」

信が言う。言外に誰か沸かせよと言っている。

「風呂に入りたいならお前が沸かせよ。今日はもう、一歩も動く気が起きねぇよ……明日の朝に入るわ……」

旭はそのままソファの上で横になる。

特殊な変態がその場にいたら、なんかイタズラしたいなぁ……的な衝動に駆られる無防備で扇動的な姿なのであるが、健斗も信も特殊な趣味は持ち合わせていないし、二人とも疲れきっている。

「俺もこのまま寝るわ……たった数時間の出来事なのに疲れたわ……おやすみ」

健斗もそのまま泥のように眠ってしまった。

(仕方がねぇなぁ。明日はまた朝風呂の取り合いになることは確実じゃないかよ……まったく……)

そんなことを考えながらも、信もそのまま深い眠りに就いた。些細な依頼から始まった事件と出会い。それが彼らの運命を大きく変えることになるなど、まだ誰も知らない。

3人はただただ、今は惰眠を貪る……。

 

ー翌朝ー

 

「おはようございまーす♪カワイイカワイイ恵里香お姉ちゃんが水曜日のハウスキーピングに参りしたよー♪」

木藤家所有のセーフハウスに一人の若い女の声が響く。

彼女は木下恵里香。

健斗の父、健三が雇った家政婦だ。

週に二度、このセーフハウスの掃除や洗濯、備品の買い物、それに碌な食事をしない3人の生活を改善させる為に雇っているお姉さんだ。

年齢は23歳。ポニーテールを茶髪に染め、活発で健康的な美人である。

「あれ?信くーん、旭くーん?」

恵里香が首を捻る。寝坊助気味の健斗ならともかく、基本的に4時から5時くらいの時間から目を覚まして活動している信や旭が返事をしないのは珍しい。

「ま、まさか……強盗にでも入られちゃったんじゃ!」

恵里香は健斗達の裏の顔を知らない。なので慌てて玄関の鍵を開けて中に入る。

「大丈夫!?みんな!特に旭くん!」

恵里香は鍵を開けてリビングに入る。旭を真っ先に心配したのは一見か弱い女の子に見えるあの見た目だ。

自分がならず者なら真っ先に旭を頂くだろうという、自分の願望からくる発想だ。

「すー………すー………」

しかし、現実はなんて事はない。昨日の疲れから、3人は寝坊しているだけだ。

「…………心配して損しちゃった………」

恵里香はソファで眠る3人の姿を確認すると、一気に脱力する。慌てて心配して入ってみれば、幸せそうに惰眠を貪る高校生3人。何事も無くて安心すると同時に、無防備にも自分の部屋ではなく、リビングのソファに…それも毛布やタオルケットを掛けずに寝ている三人に怒りを覚える恵里香。

「もう!こんなところで寝て!風邪ひくでしょ!」

そう言って旭の顔を覗き込む恵里香。

「…………」

その顔が徐々に赤面していく。

「いやぁ~~……相変わらずカワイイなぁ~。旭くん。私、別にショタや百合の趣味は無いけれど、旭くん相手だと堕天するわぁ……これで男って反則でしょ~…」

何だかいけない方面へと堕ちかける恵里香。

じっと見つめていると、戻れない領域に踏み込んでしまいそうだと健斗の方を見る。

すると恵里香はまたもや健斗の寝顔を見て赤面する。

「う~ん……旭くんのカワイイ寝顔の後に健斗君のちょっとガッシリした逞しい顔つきも中々そそるわよね…。実際黙ってるとワイルド系のイケメンに見えなくもないし……」

さてと………と、今度は信を見る。

そしてまたもや赤面……。

「フツメンに見えて、こうしてみると信くんも不良系イケメンに見えなくもないかな?……この三人、旭くんが飛び抜けて美形だけど、黙っていればそれなりにモテそうなのよね……たまにはつまみ食いもOK?」

「朝っぱらから何を考えてるんですか?恵里香さん。普通に犯罪ですよ」

ぶつぶつ言っている恵里香の背後から、聞きなれた声が聞こえてきた。

恐る恐る振り替えると健斗と旭が上半身だけ起こして恵里香をジト目で見ていた。

「まったくだ。悪かったな。普段から口が悪くてよ」

信も不機嫌そうに身を起こす。実はこの三人、恵里香が家の中に入ってきた段階で目を覚ましていたのだが、相手が恵里香だとわかっていたので惰眠を続行することにしたのだ。別に寝顔を見られるくらいは何ともないと思っていた三人。

しかし、恵里香が予想外の事を口走り始めたので身の危険を感じて起きることにしたのだ。特に旭は。

「堕天って何だよ……身の危険を感じたぞ…」

旭は肩を抱いてブルブル震える。その手の俗っぽい視線と感情と隣り合わせの見た目をしている旭。コレがまったく関係のない人物にやられるのなら何とも思わないが、それなりに付き合いのある恵里香にやられると恐怖を感じるようだ。

「ちょっ、ちょっとした出来心よ!本気じゃないの!信じてよ!旭くんがカワイイのはホントだけど!」

「恵里香さん……やめてくれない?そう言われるのってすごい苦手なんだけど…」

ここで違和感を感じる人もいるだろう。

そもそも、そういう扱いを受けると怒り出す旭が何故大人しいのか……。

「ほらっ!早く顔を洗ってきて部屋を片付けて来なさいよ!また少し散らかっているじゃない!大事な物はしまっておかないと、私、捨てちゃうわよ!?まったく…いつもいつもだらしが無いんだから!ホント、私がいなかったらここはゴミ屋敷になるわね!旭くんは見た目が女の子っぽいのに、どうしてこういうところは男っぽいのよ!」

「や、別に男だろうと女だろうとだらしない奴はだらしないんじゃないか?」

「何か言った!?」

「ごめんなさい。すぐにやります」

慌てて自分の私物をまとめ始める。

「あー!また脱いだ服をほっぽり投げてる!洗濯かごに入れて置いてっていつも言ってるじゃない!」

「ご、ごめんなさい」

脱ぎ散らかした服を篭に入れるも……

「他人のまで纏めて入れない!上着とかはハンガーに干す!出来れば色物はネットに入れて仕分けしてって何度も言ってるでしょ!」

恵里香の喝が飛ぶ!

「ちょっと!お風呂のお湯が汚いじゃない!浴槽は毎日洗いなさいって言ってるでしょ!」

「や………忙しいし……」

「三人もいてこれっ!?ホントに大丈夫なの!?あー!もう!何でたった半週でこんなに家の中をメチャクチャに出来るのよ!信じられない!」

理由の1つは旭も含め、3人の家事能力が壊滅的であること。恵里香がいないと本当に生活が立ちいかないのがこの三人である。

次に………

「ねぇ………あんた達、店屋物や焼き魚とかインスタント以外にちゃんとまともなものを食べた?冷蔵庫の中身が前に来たときとあんまり変わってないんだけど?」

「「「いや、まったく」」」

「ちょっと!まともな栄養を取りなさいっていつも言ってるよね!?何でまったく改善しようとしないの!?」

「「「めんどいから?」」」

「ホントにあんた達、生活能力皆無よね!?」

「「「だって恵里香(さん)が半週に一回はまともな物を作ってくれるし?」」」

「少しは自分で料理しなさい!」

「「「無理!不味くは無いけど上手くも出来ん!」」」

「胸を張って言うことじゃないでしょ!」

次に人間、胃袋を掴まれては弱いものだ。

自分達の能力が最低限レベルである自覚かある3人は、ちょっとやそっとの失礼をされたくらいで恵里香に逆らえば、まともな飯にありつくことが出来ないのはわかっているので逆らえない。

適当に材料を煮て、適当に市販のルーを入れれば誰が作ってもそれなりに美味しいはずのカレーだって、まぁ何とか食えるかも?程度の腕前なのだ。

強いて言うなれば3人とも米だけは炊けるし、袋ラーメンくらいは無難に作れるし、旭の焼く魚だけは人並みに

出来る。

主人公が料理が上手なのが最近のラノベの鉄板?

バカを言ってはいけない。

料理が出来ない人間はどこまでも料理が出来ない。

本当に3人とも生活能力が壊滅的なのである。

とにかく、恵里香は家政婦であるが、逆らっては3人の生活は終わる。それくらい恵里香の存在はこの木藤家にとっては貴重な存在なのである。

ピンポーン♪

そんなときである。玄関のチャイムが鳴ったのは。

「誰だよ!朝6時前に人んちに来る非常識な客は!」

「健斗くん!出てー!」

「イヤだよ!めんどくさい!」

「………ご飯抜きにするわよ?」

「ごめんなさい。すぐに出ます」

まるで親子のやり取りをしながら「俺ってよえー」と愚痴りつつ、健斗が非常識な早朝の来客を出迎える為に玄関に出ると、そこには……

「よ、夕べぶり♪」

「おはよー♪」

「初めまして……」

朝からムカつくくらい爽やかなイケメンスマイルを浮かべる流木明と、朝からムカつくくらい馴れ馴れしい態度で手を振る塚山麻美と、初対面にしてはイヤにムカつくくらい見下した顔の角度で威圧的な態度のザマスと言うべきかスネ夫のママ的なキツネメガネを掛けているショートカットの少女が立っていた。

「………何でお前らがいる………」

健斗が思わず不愉快全開で玄関を閉めようとしたのは悪くないだろう。

 

ー続くー




はい、今回はここまでです。

最近のラノベの主人公…特に異世界ものの主人公は家事が得意で特に料理は上手い!
………という設定に真っ向からケンカを売ってみました。
現代日本編の主人公3人は軒並み家事は壊滅的です。もう独り暮らしは絶対に無理なレベルです。
私自身は調理師免許持ちですから料理だけは得意だったりしますが。
それでは次回もよろしくお願いいたします。

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