八龍士   作:本城淳

7 / 29
八龍士達の目的

ー木藤家セーフハウスー

 

セーフハウスの客間では健斗達3人と、明達3人の話は続いていた。

「俺達が狙われる何か……ねぇ。はっきり言ってお前らが言っていることって頭から足元に至るまで全てが荒唐無稽過ぎる。信用する材料がまったくないな」

健斗達の明達を見つめる視線はかなり冷たい。

はっきり言えば健斗が言うとおり、信用できる要素が何一つとしてないのだ。頭がおかしいやつの言葉と受け止めるか、仮にある程度の話を受け止めるとしても明達が味方である材料がないし、呪石を作ったのが明達である可能性だってまったく無いわけではない。

信用を得るためならば自作自演で相手を騙すことだって充分あることなのだ。

明達が敵であることだって充分にある。汚い仕事をしている以上、健斗達は方々から恨みを買っている。本人達では無くとも、実家絡みの線もあるだろう。

「そうね。これだけで私たちを信用するようでは逆に私達があなた達の正気を疑うわ」

「そうなの?あたしなら信用しちゃうなぁ……」

その言葉を聞いて信はある意味でビックリする。

(この女は大丈夫なのか?いや、これも一種の振りで、こちらを油断させる為の演技なのかもしれない)

あまりそうは見えないが、そういう演技が得意な奴はどこにだっている。

特に麻美の場合はバカの振りをして男を騙す悪女の典型的な例だ。

(カワイイ女が純真無垢?どこの一次元、二次元の話だと言うのだろうか?女というのは基本的に計算高く、そして打算的な生き物だ。よくあるチョロインだとか男に都合の良い女なんてものは創作の中での話だけだ!騙されねぇぞ?)

実際のところ、家業絡みやこの二年間の商売の中で、信達はその手の美人局等のハニートラップ的なものを何度か経験してきている。

首輪を付けられそうになったり、料金を踏み倒されそうになったり、一番多かったのがそういう女を利用した暗殺未遂だったり。そういう事ばかりだと女に幻想を持つことなんてまずあり得ない。

イケメンの部類に入る健斗ならともかく、ブサメンでは無いがイケメンでもない信に初対面で好意を持ってくるような奴は大抵がその類いの女だったりする。

旭?

まず初見で旭を男だと見抜ける奴はいない。

そんな理由から信と旭は基本的に女という生物に幻想を抱くことなどない。

「お前の場合はほとんど直感で生きてるからな。少しは疑うことを知れよ」

「ひどーい!それでも同じ仲間なの!?」

(こ、これも演技だ!騙されないぞ!)

若干被害妄想が過剰のような気がするが、信のこれまでの(もの悲しい)経験からしてみたら疑いすぎてもまだ足りないくらいだろう。

実際のところ、『石橋を叩いて渡る』という諺があるが、『石橋を念入りに叩い叩いて上でなお渡らない』くらいがちょうど良い人生と仕事をしているのが健斗達なのだから。なお、『石橋を念入りに叩いた上でなお渡らないどころか、いっそぶっ壊して自分で掛けた丸太の橋を渡る』レベルまでぶっ壊れているのは信と旭だ。

信頼している張の仕事ですらこの始末だ。どんな仕事も半信半疑……いや、疑い7割、信用3割で丁度良い。

「で、結局のところ、お前らは何をしにここに来たんだ?」

ただ与太話をしに来ただけではあるまい。

「まぁ、この話をしに来たのもあるんだけどな、あといくつかあるんだよ。その一つがその邪霊石の確認だ。俺が夕べ回収して来た邪霊石と同じ術式が使われているかどうかの確認だな」

明がそう言うと、旭はハッとなって呪石を袖にしまうが、時既に遅しなのは旭も分かっていた。

明が持ってきていた呪石を解析する時間があったのだ。逆を言えば明達がこちらの呪石を解析し終えるには充分な時間だっただろう。

そもそもいくつかある話の内、最初にその話を出した段階でこの呪石には用が無くなっているという証なのだ。

そうでなければこの話は後回しにしていた事だろう。

(く………初歩的なミスをやっちまった……)

せめてものやり返しと考えて旭は明の呪石を回収しようとするが……

「はっはー!やらせるかっての。手癖が悪い奴だな」

あっさり読まれて素早く回収されてしまった。そもそもだ。警戒されていた辺り、人となりは既に調べ尽くされていると見て良い。

まるで旭が最初からそうするのをわかっていたかのように動きがよかった。それに、初動は旭の方が早かったのにも関わらず、呪石を手にしたのは明の方が早かったのも驚きだ。明の方が近かったこともあるが、手の動きが速いなんてものではない。残像が辛うじて見えるくらいに速かった。もしコレが攻撃に向けられていたのならば、果たして自分達で対処出来るかと言われれば…難しいとしか言わざるを得ない。

「確か風の八龍士とか言っていたな……素早さは折り紙付きだと言うことかよ……」

思わず旭が言うと、明はニヤリと笑う。これまで見せていた明の微笑みとはまったく違う、完全なる本心からのどや顔…。

「ご明察。風は素早い。お前の手癖の悪さなんて知らなくても、意表を突かれたって邪霊石を正面から奪われる真似なんてさせねぇさ。駄目だぞ?これは俺達の仕事の戦利品だ。所有権は俺達にあるんじゃねぇの?」

「かすめとっちまえばこちらの物だ」

「はっ!こそ泥の理論だな」

明はゲラゲラと笑う。普通なら怒り出しそうな事であるが、笑って済ませてしまう。

本当に底が見えない男だ。

「それで、他の話は?」

「敵の目的がお前らであると俺達は見ている。だからという訳ではないが、俺達はお前らの周りをうろちょろするとは思うが……まぁ、うざったいだろうが我慢してくれよ」

「俺達は釣り餌か?」

「歯に衣着せぬ言い方をすれば、そうなるわね」

何とも屈辱的な扱いだと思う健斗達。

だが、時にはそういう仕事もあったな……と、思い直す。

「仕事として……と言うならば、しっかりと契約してもらうぞ?」

健斗がそう言うと、明がやれやれといった感じで頭を振る。

「おいおい。周りをうろちょろするだけで金を取られるのかよ」

「えー!だってこっちの勝手な話じゃん!」

麻美がブーブー言うが、3人とも首を振る。

「現段階で俺はお前らを信用していない」

「信用していないもののが周りをうろちょろするならば、抵抗くらいはするのがあたりまえだろ?」

「ならば、何が必要となるか。それは契約じゃないのか?」

三人が言葉を引き継ぎながら明達に自分達の理屈をぶちまける。

「それはおかしい話でしょ?別に私達があなた達の生活にマイナスになる事をするわけではないのだし」

真樹が反論してくる。確かに個人の行動に対して契約を求めてくるのはおかしい。

「だが、契約を結んでいない以上、おとなしくしている俺達じゃない。お前達がうろちょろするならば、そうさせない為に妨害したり、逃げたりするのも俺達の自由。お前達はあの手この手の手段を使ってでも俺達の周囲を監視し続ける。同様に俺達だってあの手この手の手段を使ってでも逃げ続ける。でも、それって互いに効率が悪くないか?」

「む………」

暴論ではあるが、自由を盾にするならば同じように自由を盾にする。その為の交渉だ。

ここに来て初めて真樹の表情が変わる。

「そうかい。なら、契約を結ぼう。協力的になるっつーんならそれに越したことはないからな。1日につき1万円でならどうだ?」

その値段提示にないして渋面を作る信。

「安すぎではないか?契約を結ぶ以上、俺達はお前達にとって都合の良いように動く。実質、行動を制限されるに等しい。ついでに言えばお前達の言うことが正しければお前達ほどの奴らが手を焼く奴らの餌として危険に身を晒すことになるよな?それで1日一万は安すぎる。1日につき10万だ」

「そっちこそぼったくりではないかしら?危険手当て次の仕事だとしても普通ならそんな値段にはならないわよ?二万円」

値引き合戦の開始である。

「話にならねーな。場合によっては俺達も戦うことになるんだろ?だったらもう少し値上げするべきだ。9万」

「それが一回の依頼での金額ならば納得するけれど、今回の場合は何も無くても料金は発生するわ。体を売り物にしている娼婦だって1日でそんなに稼ぐことは厳しいはずよ?3万」

「冗談だろ?3人でこの値段だぜ?その手のプロに数日の拘束を要する仕事を頼めば桁が1つ違う。8万」

「高いわ。その手のプロはその道具やブランド化している名前そのものが値段になっているの。あなた達のような少し腕が立つ程度の、しかも学生の身分でその値段を取るだなんて相場の常識外も良いところよ。四万。これ以上は負けられないわ」

「チョイチョイチョイ。場合によっては殺し殺されの仕事だ。1日十万だって負けてる方だって言うのに1日四万…それも3人で割れば一万五千円を切るんだぞ?それは安すぎるんじゃないの?六万。こっちもそれで限界価格だ」

互いに睨み合う信と真樹。

そこで口を出したのが明だ。

「じゃあ、その六万で手を打とう。込み込みで……ではあるけどな」

真樹はその言葉を聞いてギョッとする。

六万で契約をすれば、5日もしたら三十万だ。1人につき十万。公務員の初任給一月分に匹敵する手取額をたった5日で支払うことになってしまう。それはコスト的に現実的ではない。

「まぁ待て、込み込みで……と言ったろ?五万はそのまま契約金としてだ。後の一万については……ここの宿泊費と朝夕の食事代ってのはどうだ?」

「……三人分の民宿代ってところか?」

「そう言うことだ。邪教徒が襲ってくるのは昼間とは限らんだろ?」

確かに下宿代としてはそれくらいが妥当だろう。

元々の相場としては1人一月十五万。1日につき五千円。それも普通の家ならともかく、家自体はまともでも中身は生活力ゼロの3人の家だ。1人1日3000円位であれば妥当なのかも知れない。

「わかった。ただし、食事はまともな物を期待するなよ?週に2度来ている家政婦がいてやっと成り立っている生活だしな」

「……食事や家事なら私がやるわ。その代わり1日五万。それで構わない?」

そう言って真樹はふすまを開け、リビングへと足を運ぶと、そこにはゴミを片付けたり散乱している衣類をまとめて忙しそうにしている恵里香の姿があった。

「………大変そうですね」

「まったくですよ!何で3人も揃っているのにここの子達は2年も何も変わらないのかしら!もう、早く彼女とか作って世話をしてくれる人でも見つけてくれないかしら!それか私のお給料を上げてくれても良いのに!あ、あなた、もしかして3人の誰かの彼女?」

「冗談は和田旭の見た目だけにして欲しいですね。私は彼らとは夕べたまたま知り合っただけの転校先の同級生というだけですから」

そう言って真樹は客間に戻り、嫌らしい笑顔を向ける。

「依頼の間だけは彼女がいるときと同じくらいの生活水準を保証するわよ?1日五万。良いかしら?」

三人は頭を下げる。

例え儲けが安くなっても、生活水準が上がるのならば安いものだからだ。

「どうぞどうぞ!ささっ!京都の銘菓、八ツ橋をどうぞ!」

「仙台の銘菓、萩の月も有りますよ?」

「鎌倉の銘菓、鳩サブレーもいかがですか?」

あまりの手のひらの返しようにドン引きになる明達。

それだけ家事力に関しては喉から手が出るほど深刻なのだ。

「家事1つでその態度の変わり様……どこまで生活水準が低いんだよ……」

「「「ほっとけ!俺達の最大の敵は家事なんだよ!」」」

どこまでも本気の3人であった。

「やれやれ………本気でそこまでなのかよ……」

明と麻美は天を仰いだ。

「あと……麻美、お前もこいつらよりはマシなレベルだろうがよ……」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。