ソードアート・オンライン ─集約した世界の物語─   作:和狼

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どうも皆様、和狼です。
漸く第6話の更新が出来ました。

……今度は早めに、と言っておきながら、結局は前回とあまり変わりませんでした。
いや、まあ……表現の仕方に思いの外苦戦してしまいまして。
……ホント、お願いですから文才を下さい……。

……と、作者の謝罪、という名の前置きも程々に、早々に本編へと参りましょうか。


[8/27]段落付けを行いました。
 


Stage.6:悪夢の序章(チュートリアル)

 

 

 

 

 

 ──此の城の頂を極めるまで、此のゲームから自発的にログアウトする事は出来ない。

 

 動揺冷め()らぬ俺ではあるが、(かろ)うじて、巨人が其の様に告げたのは聴き取る事が出来た。

 ……聴き取る事が出来たとしても、其の意味を瞬時に理解する事が出来る訳ではない。

 

 此の城、と巨人は言ったが、此の広場の何処にも城と呼べる様な建造物は一つとして見当たらない。

 それに、俺が記憶している限りでは、此の《はじまりの街》の何処にも城と呼べる様な建造物は無かった筈だ。

 

 そんな事よりも、何よりも今一番重要なのは、ログアウトする事が出来ない、という事だ。

 ゲームの中から出る事は出来ない、と言われて、ああ、そうですか、と素直に納得する事など、当然の事ながら出来よう筈がない。受け()れる事など出来よう筈がない。それ故に、(たち)の悪い冗談だ、そんな馬鹿げた事が有り得てたまるものか、といった強い否定の感情が湧き上がって来る。

 ……などと強がってみたものの、やはり、ゲームから出られない、と告げられた事に対して、不安の念を(いだ)かずにはいられない。強い否定の感情を(いだ)くのだって、裏を返せば、冗談であって欲しい、そんな事など有り得て欲しくないと、不安であるが故にそう強く願っているに過ぎない。

 俺ですら不安の念を禁じ得ないのだ。年下である妹や、言動からして妹と同じくらいではないかと思われるユウキ達が、不安の念を(いだ)かない訳が無い。事実、不安の念からか、彼女達は俺の服の(そで)(すそ)を掴んでいる。

 

 そうして不安に(おび)え、(ある)いは動揺し、困惑する俺達プレイヤーの耳に、巨人は更なる衝撃の言葉を告げた。

 

『また、外部の人間の手によって、ナーヴギアが停止、或いは解除される事も有り得ないよ。何故かって? もしも其れらが試みられた場合──ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、君達の脳を破壊して、生命活動を停止させるからだよ』

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……広場が、静寂(せいじゃく)に包まれる。

皆、巨人が告げた言葉の意味を理解する事が出来ず、呆然としてしまっているのだろう。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……いや、現実逃避をするのは()めよう。

言葉の意味を理解する事が出来ないのではない。──理解する事をしたくないのだと、脳が拒絶してしまっているのだ。

 だってそうだろう?

 

 ──脳を破壊する。

 

 ──生命活動を停止させる。

 

 何の事は無いかの如く巨人は淡々と告げたが、其れは詰まり、殺す、と言っているという事ではないか。

 そんな殺人予告染みた言葉を、どうして理解をしようなどと思えるのだろうか。

 ざわ、ざわ、と集団のあちらこちらから(ざわ)めく声が上がる。だがしかし、叫んだり、暴れ出したりする様な者は居ない。俺を含めたプレイヤー全員が、未だに告げられた言葉の意味を理解する事が出来ていないのか、或いは理解する事を拒んでいるのだろう。

 不意に、俺の服の袖や裾が引っ張られる感覚を覚える。振り向かずとも、其れが妹達によるものである事は判る。

  ……というよりも、生憎と今は俺にも、振り向いて彼女達を落ち着かせてあげられる余裕は無い。

 

「あ、あははは……な、何を言ってるんだろうね、あの人。ナーヴギアは……ナーヴギアはただのゲーム機なのにね」

 

「……冗談、ですよね。ゲーム機で人の脳を破壊するだなんて……そんな事、出来る訳が無いですよね?」

 

 ユウキが、震える声で言葉を()らす。

 冷静そうなランまでもが、其の声を(かす)れさせ、()い願うかの様な口調で俺に問い掛けて来る。

 俺だって、そうであって欲しいと願いたい。……けれども、俺はランに同意の(うなず)きを返してあげる事は出来ない。

 生憎と俺は化学の知識に明るい訳ではない為に、マイクロウェーブによって人間の脳を破壊する事が出来るのかどうか……其の真偽のほどは解らない。故に俺は、彼女からの問い掛けに肯定してあげる事も、否定する事も出来ず、曖昧(あいまい)な応えを返す事しか出来ない。

 

「……ごめん。正直、俺にもよく分からない……」

 

「……そう、ですか……」

 

「……ただ……出来ないと断定するのは、()めておいた方が良いかも知れない」

 

「──ッ……。…………分かりました」

 

 続けて忠告の言葉を放つと、息を呑む気配を感じた……気がした。三人分だ。

 ……嗚呼、最低だ。

 彼女達が望む応えを返し、安心させてあげる事が出来ず、逆に、ナーヴギアが俺達を殺すかも知れない可能性を肯定するかの様な発言をし、不安を(あお)ってしまった。──最低だ。

 ……けれども、俺だって決して、(いたず)らに不安を煽った訳ではない。

 仮に、逆に可能性を否定して、実際にはナーヴギアが俺達を殺す事が可能であった──俺の言葉が嘘であった時、俺の言葉を信じた彼女達の心は(ひど)く傷付く事になるだろう。

 であれば、わざわざ其の事を口にする必要も無いのではないか、と思うかも知れないけれども、幾らか心構えはしておいた方が良いと思うのだ。そうすれば、巨人の言葉が真実であった時に受けるであろう精神的なダメージを軽くする事が出来る……筈だ。

 ……それでもやはり、彼女達に酷な事を告げた俺は最低な奴だ、と思ってしまう。

 

 重苦しい空気に包まれる中、巨人が再び語り出した。

 曰く、ナーヴギアによる脳破壊のシークエンスは、一定の条件が満たされた場合に実行される、との事。其の条件というのが次の通り──

 

 ──十分間の外部電源の切断。

 

 ──二時間のネットワーク回線の切断。

 

 ──ナーヴギア本体のロック解除、または分解、または破壊の試み。

 

 其れらの条件は、既に外部世界ではアーガス及びマスコミを通して告知されているとの事。

 だがしかし、現時点に()いてプレイヤーの家族や友人などが警告を無視して、ナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからず存在するとの事。そして其の結果──

 

 

 

 

 

 ──既に二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している、との事。

 

 

 

 

 

 何処かで、一つだけ細い悲鳴が上がった。

 しかし、周囲のプレイヤーの大多数は、信じられない、或いは信じない……信じたくないと言うかの如く、ぽかんと放心したり、薄い笑いを浮かべたままである。

 勿論俺だって、巨人の言葉を受け容れたくはないと思っている。

 ……けれども、二百十三人──其のあまりにも具体的過ぎる人数が、信憑性(しんぴょうせい)不明瞭(ふめいりょう)だった話に現実味を帯びさせている。其の所為で、巨人の言っている事は事実なのではないか、という思いが強くなり、相反する思いによって俺の心は大きく揺れ動く。

 

 そんな半信半疑に(おちい)った俺の耳に、再び届く巨人の声。

 曰く、現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアは此の状況を、多数の死者が出ている事も含めて、繰り返し報道している。その為、ナーヴギアが強引に除装される危険性は既に低くなっているであろう、と。

 今後、俺達の現実の身体は、ナーヴギアを装着した状態のまま二時間の回線猶予(ゆうよ)時間の内に病院、その他の施設にへと搬送(はんそう)され、厳重な介護態勢の(もと)に置かれる筈だ、と。

 だから現実世界に置いて来た肉体の心配をする必要は無い、と。故に──

 

『──君達には、安心してゲーム攻略に(はげ)んで欲しい』

 

「はぁッ!?」

 

 と、予想する事など到底出来よう筈も無い、現状を考えれば、果てしなく巫山戯(ふざけ)ているとしか思えない事を()かしてくれやがった。

 

「何を言ってるんだ! ゲームを攻略しろだと!? ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか!? こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」

 

 何処かで、誰かが空中に浮かんでいる巨人に向かって()えた。

 其の大いに怒気を(はら)んだ絶叫は、正しく、俺を含めた此の場に居るプレイヤー全員の心の声を代弁したものだ。

 まるで其の叫び声が聴こえたかの如く、巨人は俺達へと向けて告げた。……………………俺達が、全くもって望んでもいない応えを。

 

『しかし、充分に留意(りゅうい)してくれ(たま)え。君達にとって、《ソードアート・オンライン》は、既にただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームに於いて、あらゆる蘇生(そせい)手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、君達のアバターは永久に消滅し、同時に──』

 

 其処で、一旦言葉を切る巨人。

 ……続くであろう言葉は、嫌でも予想出来てしまった。

 

 

 

 

 

『──君達の脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 

 

 

 

 瞬間、仮想体(アバター)の背筋が(こお)り付く。……此ればかりは、予想出来たとしても抑え切れるものではない。

 今、俺の視界の左上には、細い横線が青く(かがや)いている。視線を合わせれば、其の上には現在の俺のヒットポイント──(すなわ)ち、俺の命の残量がオーバーレイ表示される。

 其の数値──342。

 たったの三百とそこらだ。未だにレベルが1である為に仕方が無いとは言え、あまりにも心許無い数量である。モンスターからの攻撃を受け続ければ、あっという間に無くなってしまう事だろう。

 そして、其れがゼロになった瞬間、俺の脳はマイクロウェーブによって破壊され──死に至る。巨人はそう言っているのだ。

 此れもまた信憑性に欠けるものの、其れが事実なのであればと考えるだけでも、恐怖の念を(いだ)かずにはいられない。

 そして思う。──確かに、そんなものはただのゲームなどではない。本物の命が()かった、言うなればデスゲームだ。そして、其れは最早(もはや)遊びなどではない。

 

 そうなのだとすれば、そんなものは到底受け容れられる筈が無い。

 RPGというのは、戦場で闘って死に、セーブポイントなどで(よみがえ)り、また戦場へと向かって行く……其れを何度も何度も()り返し、学習し、プレイヤースキルを高めて行く。そういう種類のゲームなのだ。

 だが、此のゲームでは其れが出来ないというのだ。一度死んだら、此のゲームはおろか、人生(リアルゲーム)すらもゲームオーバー。しかも、ゲームプレイを()める事すら許されないという。

 もう一度言おう……。そんな、常に死と隣り合わせのゲームなど、受け容れられる筈など無いのだ。

 

 それにしても、巨人は馬鹿なのだろうか?

 自らの命が危険に(さら)されると解っていて、進んで危険なフィールドへと出て行こうとする奴が居るなどと、思っているのだろうか。

 どう考えても有り得ない話ではなかろうか。ほぼ全員が、安全な街区圏内に引き()もり、此の巫山戯た状況が外部の尽力によって解決されるのを待つに決まっている。そうなれば、ゲーム攻略に励んで欲しい、という巨人の目論見(もくろみ)は成立しなくなるであろうに。

 

 しかし、俺の、或いは全プレイヤーの思考を読み取っているかの如く、巨人から更なる託宣(たくせん)が降り注いだ。

 

『君達が此のゲームから解放される条件は、たった一つだ。さっきも言った通り、アインクラッドの最上部、第百層まで辿(たど)り着いて、其処で待っている最終ボスを倒してゲームをクリアすれば良い。そうすれば、生き残ったプレイヤー全員がログアウトする事が出来る』

 

 しん、とプレイヤー全員が沈黙した。

 

 ……本当は、予想出来ていた事だった。

 巨人が最初に『此の城』と口にした時、俺の脳裏には、浮遊()《アインクラッド》が思い浮かんでいた。

 思い浮かんでいて……だがしかし、俺は其の可能性を頭から()てた。もしも其の可能性が実現すれば、ログアウトが出来る様になるには途方も無い時間が掛かるであろう事が想像出来てしまったが為に、其の可能性を否定した。其の可能性から目を()らしたのだ。

 

「で、出来るわきゃねぇだろうが!! ベータじゃ(ろく)に上れなかったって聞いたぞ!!」

 

 誰かが(わめ)き声を上げた。

 そして、其の言葉は真実である。千人+α が参加したベータテストでは、二ヵ月の期間中にクリアされたフロアは(わず)か九層だった。

 二ヵ月で九層であれば、百層攻略に掛かるであろう時間は、単純に考えれば、大凡(おおよそ)十一倍の二十二ヵ月──約二年だ。其の長さこそが、俺が《此の城=アインクラッド》という可能性を切り棄てた理由だ。

 とは言え、今現在正式サービスにログインしているプレイヤーの数は、テスト時の十倍である約一万人だ。それだけの人数が居れば、完全攻略に掛かる時間を大分短縮する事が出来るだろう。

 

 ……単純に考えれば、だ。

 当然の事ながら、物事はそんなに上手くは行かないものだ。

 先ず一つ。RPGを含め、大概のゲームには難易度が存在し、ゲームを進めれば進めて行く程に其の度合いは上がって行く。此のゲームも例に()れずであり、一層上る(ごと)に、モンスターの強さも、ダンジョンの複雑さも上がって行った。其れに(ともな)い、一層攻略するのに掛かる時間も増して行った。二ヵ月で九層攻略、というペースを維持し続けるのは恐らく難しい……否、無理だろう。

 更にもう一つ。此れは極めて重要な問題であり──二ヵ月で九層攻略というのは、()()()()()()成果である、という事だ。一度の死亡で本物の命諸共(もろとも)ゲームオーバー、という今の状況では、無鉄砲な行動をする事など出来よう筈もなく、どうしたって慎重に行動をせざるを得なくなる。そうなれば、攻略ペースは遅くなるだろう。

 以上の事を()まえれば、人数によるアドバンテージは無くなり、時間の短縮は見込めないかも知れない。下手をすれば、計算以上に時間が掛かってしまうかも知れない。

 それだけの長い時間、俺達は、現実世界に戻る事が叶わないという。下手をすれば、二度と戻れなくなる可能性だって有り得る。

 珪子絡みの事となると薄情になる親父が居て、兄妹婚や近親相姦のOKサインを出してしまう程俺達の兄妹関係に寛容(かんよう)なお袋が居て、そんな両親や妹の事で困っている俺の(いや)しである愛猫(あいびょう)・ピナが居る……あの場所に。

 当然ながら、そんなもの、現実であるなどと受け容れられる筈がない。

 

 すると、またもや俺達の思考を読み取ったかの如く、巨人が言葉を告げた。

 

『それじゃあ、最後に、君達にとって此の世界が唯一の現実だという証拠を見せよう。君達のアイテムストレージに、僕からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 

 巨人がそう言い終えた直後、急に、俺の袖や裾を引っ張る力が無くなるのを感じた。其の後直ぐに、メニュー・ウインドウを呼び出した際の電子的な鈴の音のサウンドエフェクトが鳴るのが聴こえた。

 察するに、妹達が俺から手を離し、メニューを開いて確認作業に入ったのだろう。正直、袖を掴まれたままでは操作をし辛かっただろうから、離れて貰えたのは助かる。

 そんな訳で、妹達から一拍遅れる形で、俺もまた右手を動かしてメニューを開く。周囲のプレイヤー達もまた同様のアクションを起こしているらしく、広場一杯に鈴の音が鳴り(ひび)く。

 さて。出現したメインメニュー画面から、アイテム(らん)のタブをタップする。すると、表示された所持品リストの一番上に、ソレは在った。

 

 アイテム名──《手鏡》。

 

 何故に手鏡、と疑問に思いながらも、俺は其のアイテム名をタップし、浮き上がった小ウインドウからオブジェクト化のボタンを選択した。すると(たちま)ち、小さな四角い鏡が出現した。

 手に取ってみるものの、特に何かしらの変化が起こる様な気配は無い。ではと(のぞ)いてみるも、其処に映っているのは、俺のアバターの顔──其の(ほとん)どを妹によってカスタマイズされた、高確率で女と見間違えられた顔だ。特に何かが変わっている様子は無い。

 故に疑問に思う。何の変哲も無いこんな手鏡の何処が、此の世界が唯一の現実である事の証拠だと言うのか、と。

 

 ──其の直後であった。

 

「うわっ……!?」

 

 不意にユウキの悲鳴が聴こえた。何事かと思い、慌ててユウキが居る方にへと振り向くと、彼女の身体を白い光が包んでいた。

 いや、彼女だけではない。周りに居る他のプレイヤーのアバターもまた、ユウキ同様に白い光によって包まれている。そして、其の現象に巻き込まれるプレイヤーの数は現在進行形で増えており、ランも、妹も次々と巻き込まれてしまう。

 今度は一体何が起きようとしているのか、と思った次の瞬間、俺の身体もまた白い光に呑み込まれてしまい、視界がホワイトアウトした。

 とは言え、其れはほんの一瞬の出来事。数秒後には光は消え、視界が晴れた先には先程までと何ら変わりの無い光景が──

 

「……………………えっ」

 

 ……広がってはいなかった。そして、変わってしまった眼前の光景に、俺は戸惑いの念を隠し切れなかった。

 視界がホワイトアウトする直前、俺は身体ごと妹達の方を向いていた。そんな俺の目の前には今、当然ながら妹達の姿が在る。

 ……だが、目の前に居る妹達は、(よそお)いこそ同じなれど、顔は先程までの其れとは違うものになっていた。

 違う、と言っても、ユウキとランの変化は微々(びび)たるものだ。顔のパーツの形がほんの少し変わっており、雰囲気が先程までよりもやや幼く見える程度だ。

 問題なのは(シリカ)の方だ。此方は大きく変化しており、ポニーテールにしていた亜麻(あま)色の髪は、左右の耳の上で(まと)められている。大きな瞳は変わってはいないが、吊り上がっていた目尻は下がっており、顔の印象が全体的に柔らかく……と言うよりも、幼くなっている。──と言うか、ぶっちゃけた話……今の彼女の顔は、現実の妹(珪子)の其れだ。

 だからこそ、顔が変わってしまっているにも(かか)わらず、俺は目の前の三人の少女達が妹達であると判断出来たのだ。

 

 ……だからこそ、妹の顔を見た瞬間、俺は戸惑いの念を(いだ)いたのだ。何故、妹は現実の姿になっているのだ、と。

 

 妹が現実の姿になっている。

 ならば、今のユウキとランの姿も、現実の姿だという事になる。成る程、本人達が言っていた通り、確かに顔のパーツはあまり(いじ)っていないらしい。

 詰まる所、三人共が現実の姿になっているという事になる。となれば、同じく光に包まれた俺もまた現実の姿になっているという事になる訳で……

 

「……え? あの……え……?」

 

「……お兄さん……誰……?」

 

 此の四人の中では一番変わってしまっているであろう俺の姿を見て、ランとユウキは俺と同等か、或いは其れ以上に戸惑った表情を浮かべ……

 

「お兄ちゃん……!? 其の姿……え? 何で現実の姿になってるの!?」

 

 現実の俺の姿を知っている妹は、何故俺が現実の姿になっているのか、と驚いている。

 其れによって俺は、俺達のアバターの姿が現実の自分の姿になってしまっている、という事の確証を得た。

 一方で、彼女の驚愕(きょうがく)の声を聴いたユウキ達は、『お兄ちゃん』という呼称……加えて、視界がホワイトアウトする直前に自分達の(そば)に居た人物、俺の装い……其れらを判断材料に、目の前に居る俺が誰であるのかを理解したのだろう。

 

「えぇッ……!? お兄さんがリョウヤなのッ……!?」

 

 と、妹と同じくらいに驚愕した様子の声を上げる。

 其の直ぐ後に、俺の事を『お兄ちゃん』と呼んだのがシリカであると気付いたのだろう。シリカの方を向いて、「て事は、キミがシリカなの!?」と再度驚きの声を上げてから、(ようや)く自分達がどの様な状態であるのかを悟った模様。慌てた様子で手鏡を覗き込んだ。

 其の様子を見て、俺も確認の意味合いで、再び持っていた手鏡を覗き込んだ。

 其処に映っていたのは、やはり現実の俺の顔であった。特徴的であった、ポニーテールにしたダークブラウンのストレートの長髪は影も形も無くなっており、パーマの掛かった短髪になっている。(ちな)みに、パーマは生まれつきのものだ。整っていた顔立ちは一転して無骨なものとなり、切れ長であった目は目尻が下がって垂れ目になっている。(りん)とした美形勇者は夢幻(ゆめまぼろし)と消えて、冴えないモブキャラへと一気に成り果ててしまっていた。

 特に愛着が有った訳でもないが、使い続けて来たアバターが消えてしまった事に、多少なりとも寂しさを感じる俺の周りでは、妹達が、手鏡に映った各々の現実の姿を見て目を丸くしたり、困惑の表情を浮かべたりと、三者三様の反応を示している。

 

 当然ながら、此の現象は俺達四人に限った事ではない。

 周りを見渡せば、其処に在ったのは、如何にもファンタジーゲームのキャラクターめいた美男美女の群れなどではなく、コスプレをしている感が否めないリアルな若者達の集団であった。しかも、男女の比率すらも大きく変化してしまっている。

 

「それにしても、一体どうやって、ボク達の現実の姿を此処まで忠実に再現したんだろう?」

 

 どうにか落ち着きを取り戻す事が出来たらしいユウキ。

 そんな彼女がふと、()らした疑問の声に、言われてみれば確かにと思い、口元を右手で押さえながら考える。巨人は、俺達の現実の身体のデータを一体何処で手に入れたのだろうか?

 

「まるで立体スキャナーにでも掛けたみたいだね」

 

 ──スキャナー。

 

「……そうか!」

 

 ユウキ自身は、恐らくは何気無く口にしたのかも知れない。

 だが、彼女の其の一言は俺に、此の現象の絡繰(からく)り──其の半分を解き明かす為のヒントを与えてくれた。

 ナーヴギアは、高密度の信号素子によって頭から顔全面をすっぽりと(おお)っている。詰まり、脳だけではなく、顔の表面の形までも精細に把握する事が出来る。

 其の事を妹達に教えると、三人は一様に(うなず)く。……が、言った通り、此れでまだ半分だ。

 

「それじゃあ、身長とか……体格とかはどうやって……」

 

「あ……もしかしたら、あれじゃないでしょうか。ナーヴギアを最初に装着した時のセットアップステージで、確か……キャリブレーション? でしたっけ。其れで、自分の身体をあちこち自分で触らされたじゃないですか」

 

「あ、ああ……成る程。十中八九、其れだろうな」

 

 が、残りの半分も、ランが答えを導き出してくれた。

 其れらによって得られたデータを元に、俺達の現実の身体を忠実に再現したアバターは作り出され、俺達は、俺達自身が作り出したアバターから(くだん)のアバターへと強制的に変えられた。

 そして、そうした事の意図は、既に明らかになっている。

 巨人は、此れは現実であると……そう言った。此のポリゴンで形作られたアバターと、数値化されたヒットポイントは、両方本物の身体であり、本物の命であるのだと。其れを強制的に認識させる為に、巨人は俺達を現実の姿を忠実に再現したアバターへと変えたのだ。

 だが……

 

「けど……どういう事なんでしょうか? そもそも、茅場さんはどうしてこんな事をしているのでしょうか……?」

 

 巨人の正体が茅場 晶彦であると思っている様子のランが、不安や困惑などの感情が()い交ぜになった様な表情で、そう問い掛けて来る。

 そう……巨人が何を目的としてこんな事を引き起こしているのかは、未だに不明であるし、考えてみても分からない。大規模なテロ行為であるのか? はたまた身代金目的の誘拐事件であるのか?

 いや……他人の考えている事など、分からないのが普通だ。だが、こんな大事に巻き込まれてしまったとあっては、何故なのかと思わずにはいられない。其の真意を問い(ただ)したいと思わずにはいられないのだ。

 

「……多分、今から其れも答えてくれるんじゃないか」

 

 此処まで、巨人は幾度と俺達の思考を読み取ったかの如く、様々な事を語ってくれた。今度もまた、俺達の期待に応えて其の真意を語ってくれるであろうと、視線で上空の巨人を指した。

 

『理解してくれたかな?』

 

 ……だが、今度は、此れまでとは反応が違った。

 ……此れまでとは異なる其の反応に、俺は何と無く嫌な予感を感じてしまった。果たして……

 

 

 

 

 

『……以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了するよ。プレイヤーの諸君──健闘を祈っているよ』

 

 

 

 

 

 ……………………俺の嫌な予感は、悲しい事に当たってしまった。

 まさかの裏切りに()って呆然となっている俺達を置き去りに、真紅の巨大なローブ姿が音も無く上昇し、フードの先端から空を埋め尽くすシステムメッセージに溶け込む様に同化して行く。

 肩が、胸が、そして両手と両足が血の色の水面へと沈み、最後に一つだけ波紋が広がった。

 直後、天井一面を覆っていたメッセージも消え去り、後には、夜の闇の度合いが増した夕焼け空が広がった。

 

 ……(しば)しの間、広場には上空を吹き過ぎる風の音と、NPC(ノンプレイヤー・キャラクター)の楽団が演奏する市街地のBGMのみが鳴り(ひび)いたのであった。

 

 

 

 

 




 
……という訳で、キリの良い所──チュートリアルの終わりまで書きました。
その為、此れまでの話よりも少し長くなりました。其の文字総数──約10,000文字です。

さてさて、次こそは早めに更新する事が出来るのか……?(オイッ)
てな訳で、まあ……そこまで期待はせずにお待ち下さいませ。
ではでは、皆様……Adieuです。
 
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