One hour writing   作:福籠

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黒の水面と砂糖菓子

私が卒業して、就職してから半年とちょっとが経った。

研究所ですれ違った友人から、暁君がここに就職することになったと聞いた。

最初こそ学力において不安があったものの、こちらの仕事の休みに合わせながら足繁く通ってくれたおかげか、難なく決まったようだ。

 

その話を聞いた時、意外と短かったね、なんて茶化し気味に言ってはみたものの、彼が来てくれていなければもっと長く感じていただろう、とは内心思っている。

ただ、勿論彼とはそういう関係である以上は「勉強」だけで終わるわけもなく。

 

その度に一緒に住んでいる琴里には迷惑をかけてしまったとも思っていた。

毎度機嫌を取るのにどれだけ苦労したことか…というのは暁君には話していなかったりもする。

ちょっとご機嫌斜めになりながらも、応援してる、なんて言ってくれたし。

 

今までの日々が少し懐かしく思えるような報せ。

 

そんな幸せを運んできた報せから数日経ったある日のお話。

 

 

今までと同じように暁君がやってきた日のこと。

この一年で完全にそういう癖がついてしまったのか、就職が決まってからも何をするわけでもなく彼はやってきていた。

学院の制服に、ちょっと不釣り合いな革のビジネスバッグ。

いつもならそこからノートと重そうな参考書が出てくるのだが、もう必要なくなってしまったからか、今ではただの置物。

それと今日は、アタシの見覚えのないお店の名前――Schwarze Katze――が入った紙袋。

 

 

教材とともにああだこうだと解説のようなことをしつつ他愛のない話ができたのだが、改めて何もなくなってしまうと切り出す話題がないことに気づかされてしまう。

テーブルを挟んで彼との間に重い沈黙が流れる。

 

珈琲、淹れようか。

 

数秒だったか、数分だったか。

終に耐え切れず口を開いたのは彼のほうだった。

そう言うと、困っていたことを示すかのような苦笑いと共に立ち上がる。

 

それならアタシが――

そう言って一緒に立ち上がろうとしたアタシの肩を、彼の両手がそっと抑えた。

 

今日は俺がやるから、待ってて。

 

そう言って紙袋を持ってキッチンへと入ってしまった。

 

今度は自分だけ、テーブルの前で一人きり。

キッチンから聞こえるコーヒーミルの挽く音、カップとソーサーのぶつかる音。

さっきのような沈黙でこそないが、会話はやはりない。

 

カウンター越しに見える彼に向って、少しばかり不満げな顔を見せてみたものの、目が合っても苦笑いを返されるだけ。

 

お湯の沸いた音と共に彼の目線が下に落ちる。

蒸らした豆から漂う香りがこちらまで香る。香りからするに自分がいつも淹れているものとは豆からして違うようだ。

どうしてそんなところまで拘っているのだろうか、なんて考えながら彼の様子を見ていると、少しして満足そうな顔をこちらに見せる。

 

その顔を崩すことなく珈琲とお菓子をテーブルに並べていく。

こういう顔も好きだな、なんてちょっと思ったけど言わないでおく。

 

彼がテーブルに戻って、飲むように促してくる。

 

いただきます…と、一口珈琲を含む。

香りからすでにいつものものとは違うが、水っぽくなく、苦みも酸味も程よくて、飲みやすい。

味を確かめるように、さらにもう一口飲んでしまう。

 

こんなに美味しい珈琲を淹れるなんて、と少し驚いてしまう。

 

カップから口を離して一息つくと、今度はお菓子を勧められる。

カラメル色のナッツが敷き詰められた四角い砂糖菓子(コンフィズリー)

フォークを入れると、見た目に反して柔らかく沈む。

ナッツの程よい食感が心地よく、甘すぎないお菓子。

この珈琲と一緒に出すのも頷ける味。 

 

それにしてもなんでこんなに完璧な食べ合わせを見つけられたのだろう?

 

 

そんな率直な疑問。

 

学園から数駅のところに美味しい喫茶店があるから行ってみた。

淹れ方まで店員さんに教わった。

 

少し恥ずかしそうに彼は言う。

さらにこう続けた。

 

先輩にいっつも淹れてもらってばかりだと申し訳ないから、と。

 

変なところで義理堅い彼についクスッとしてしまう。

そんなことを気にしていたなんて思いもよらなかった。

 

付き合ってるのに、そんなこと気にしてたの?

 

そう言って茶化して、笑いながら彼に目を合わせると、少し迷ったような顔をしていた。

 

その後は、依然と同じように他愛のない会話をしながら時間が過ぎていく。

学園での話、義妹さんの話。

 

他愛のない話題のはずなのに、彼はちょっと無理をしているような気がした。

なんでだろう?そう思いながらも口にすることは終ぞなかった。

 

 

 

そろそろ夜も深くなろうかという頃。

 

再び淹れてもらった珈琲とお菓子を頂いていると、彼が鞄に手を伸ばして何かを探しはじめる。

 

まだ、何かあったのだろうか?

そう思っていると、やけに真面目な顔になった彼がこちらを向いた。

 

 

もう、お付き合いはやめにしませんか。

 

彼が手を伸ばしてくる。

手の中には紺色のリングケースと2つの銀色の指輪。

 

この日のために今まで頑張ってこれたんです、この日のために…

 

彼の顔は早くも泣きそうだった。

 

 

ああ、そういうことか。

付き合ってるのに、なんて言ったもんだから

アタシが、その約束を忘れているんじゃないかって不安だったのか。

 

心の中で可愛らしいなあなんて思いながら、その手の中の指輪を取る。

そのまま左手を彼のほうに伸ばしながら

 

――忘れてなんかいないよ

 

そう告げた。

彼は泣きながらも、私の薬指にそれを嵌める。

そしたらすぐに、誤魔化すように珈琲を飲み干した。

私も恥ずかしくなってお菓子に口をつけた。

 

さっきより少し甘くなった気がする。

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