それだけ。
ボクが真咲と付き合い始めてから、どれだけの日々が過ぎただろうか。
季節は巡った気がするからもう一年は経っただろうか。
周りに助けられてなんとか付き合いはじめたボク等だったが、なんだかんだそれぐらいは経ったのだと思うと、少し感慨深いものがある。
最近はと言えば、いつもの店ーー大仰な表現をしたが牙と爪の獣亭であるーーの常連からも認知されたようで、たまに夕食で階下に降りたときには面倒な絡まれ方をする事も増えた。
特に隠さなくてはならない秘匿事項があるわけではない、とは言ったものの口外厳禁ではあるが、なんだかんだ酔っ払いとは言えどそこそこに長く住まっていたことからか、その辺の事情は理解してくれているようではある。
個人的に愚痴を吐くとすれば、性事情ばかりは根掘り葉掘り聞いてくるのを勘弁してほしい次第であった。
学園でも下手な事をしなければ問題もなく、”あくまで”教師と生徒の関係として表向きは過ごせている。
女の勘と言うものは怖いもので、時折バレているのではなかろうか、と思うような核心を突かれて図星になることもあったりする。
やはりこの関係は大変なものだ。つくづくそう思わされる。
そんな日常を隠れ蓑に過ごしていたボクに、”災い”とも言うべき出来事が起こったのは今朝のことである。
X月XX日の明け方の事であった。
普段の起床時間よりは早い朝X時だったと思う。
特に休日というわけでもない平日である。
急に影が差した気がして目を開けると、眼前に真咲の顔があった。
横で寝ていたならまだ幸せだっただろう、その時のボクは生憎”仰向け”。
要するに、真咲に覆い被さられている状況である。
付き合い始めた頃にもこんな事があった気がする、そう思いながらもボクは眼前の真咲に声をかけた。
「ほら、真咲。ここはキミの部屋じゃないぞ、起きて」
返事は返ってこなかった。
寝ているのだろうか、そう思った矢先に上から声が降ってくる。
「あ、センセ起きたんだぁ」
ただその一言だけだった。
「ほら、起きて自分の部屋に戻ってくれ。」
寝起きなのもあるだろうが、少し語気が強かったような気がする。
しかしながら彼女は退こうとしなかった。
それどころか、あろうことかボクの腕を掴んで押さえつけてくるではないか。
「真咲、寝ぼけてるのか?」
「寝ぼけてなんかないよ? センセをこうしたいって思ったの。」
男としては冥利に尽きるシチュエーションなのかもしれないが、今日は平日だ。
朝からそんなことをしているわけにはいかないのだ、そうボクの理性がストップをかける。
「別に今日じゃなくたっていいじゃないか、休日なら…」
言い終わるより先に真咲が口を開く。
「今日じゃなきゃやなの。センセはいつもそうやって逃げるから今日こそ捕まえたの。」
脳裏に過ぎったのは彼女との”約束”。
彼女が卒業するまでは、”生”はしないという事にしたのだ。
何かの手違いで在学中に妊娠…なんて事になればただ事では済まない。それは彼女も理解した上で同意してくれていた。
そのはずだった。
熱っぽい吐息が頰に掛かる。
発情している……?とも思ったがそういうわけでもなさそうだ。
考えるや否や、唇を奪われた。
「ん……ちゅ……れろ…んっ…」
そして彼女と目が合う。
虚ろな濃紺の瞳の奥まで、覗けるような気がした。
深く深く吸い込まれそうな瞳、その奥に映り込むボクの顔はどんな顔だっただろうか。
「ねえセンセ、しよ?」
「っ…!」
明確な彼女の意志。
それでもまだ僕の理性は”止まれ”と警鐘を鳴らしていた。
「約束したじゃないかっ…」
そう言うのが精一杯だった。
彼女を止めるにはそれで十分、そう考えた自分がいたのも確かだった。
「やだよ。センセはワタシのこと嫌いなの?」
「そういうことじゃっ……!」
「じゃあどうして?」
そう言って真咲はこれ見よがしに身じろぎする。
今更気づいたが、真咲はいつものようにシャツ一枚、しかも上のボタンが外れている。
眼下に見るは大きく実った二つのそれ。
分かっていてやっているのだろう、身じろぎする度に揺れるそれを嫌でも視界に入れなくてはならない。
「ねえセンセ、これでもダメなの?」
艷っぽい吐息と共に彼女はそう囁く。
理性が溶かされる、とはこういうことなのかと身を以て理解する。
眼前の彼女は、意図してそうしている。それだけはまだ頭が認識していた。
「そしたら……こうしちゃおっか」
何かを思い付いたように彼女は呟く。
それと同時に、押さえられていた腕に力が篭り、脚にも体重がかかる。
完全に身動きが取れない。
ちらりと眼下を見ると、完全に馬乗りになった真咲の姿が見えた。
「こうすれば動けないでしょ?センセはこのまま我慢してればいいんだよ?」
そう言いながら、キュッと腰を蠢かせてくる。
蠱惑的な彼女の姿に、理性というものが崩されていく。
「えへへ…辛いでしょセンセ。いつまで我慢できるかなぁ?」
ふうっと耳に吐息を掛けられ、全身にゾクッと感覚が駆け巡る。
「センセが抱いてくれるまで……このままずっとこうしててあげる。」
それからというものの、彼女はキス以外で直接触れてこなくなった。
あくまでも、こちらが降伏するまでこのままでいるつもりらしい。
どれくらい経っただろうか。
数分かもしれない、数時間かもしれない。ボクの時間感覚は既に壊れていた。
「抱いてくれれば楽になれるんだよ?どうしてセンセはそこまで我慢するの?」
「約束……だろっ…」
「約束したのはワタシだよ?ワタシがいいよって言ってるんだよ?」
「だから………シよ?」
耳元に熱い吐息がかかる。
理性の限界だった。
「もう…許してくれっ……」
「許してなんかあげないよ。」
胸を押しつけられる。
完全に理性も壊れた。
押さえられていた腕に力を込めて目の前の小悪魔を抱こうとする。
「ふふ……やっとその気になってくれたんだ」
ふっと腕から重さがなくなり、そのまましなだれかかってくる。
「でも…もう時間切れ。センセったらホント我慢強いんだもん…」
掠れるような声でそう囁いたかと思うと、身体に重さがさらにかかる。
「すぅ………」
寝息が聞こえる。
ボクの上に横たわる彼女の身体をそっと抱きしめた。
この出来事は当分忘れることはできなさそうだ。