――歌が、歌が聞こえる。村雨の声が聞こえるんだ。
耳にしみ入り心へと届く素敵な音。感情を上下に揺らして紡ぐ。
とても優しい泣きたくなるような歌声。波打つ音。寄せては引いて、心が追いかけると音に包まれる。脳みそが包まれている。音色に包まれている。
目蓋の裏に移る景色。海を進む村雨達の姿。
時雨の儚くも強い在り方。白露の元気いっぱいな様子。今の俺が感受できたのは、仲良い二人だけだったけど。
彼女の愛する日常。相反する戦場の光景がとけ込んで、切なさを歌に紡いでいる。
全身が仄かに震えているみたいだ。涙腺が緩む気配を感じる。
泣き出すなんて情けない。そんな雑念すら流されていく。
息を吐く。全身から力が抜けていく。
息を吸う。この歌声を取り込むように。
多幸感が意識に満ち溢れていく。魂が零れちまいそうだ。
美しい声。俺の為に紡がれた歌。日常を愛する彼女の、切なく想う海へと捧ぐ鎮魂歌。揺り籠寝歌にしろとまでは言わないが、眠りにつくの意味が変わりそう。
ああ。なんて切なくて、泣き出したくなる歌なのだろうか。
正直に言わせてもらえば、軽いノリで彼女に求めていた。
お遊びだったと言い換えても構わない。
だが。
この胸を満たす感情の熱さ。熱量の重みを感じてくれ。
泣いている。もう駄目だった。涙が堪えられなかったんだ。駆逐艦としての在り方。戦場で戦い続けるが運命の、艦娘の在り方。
いずれ訪れる別れを、命の終わりを慰める歌。
「…提督。泣いてるの? ふふ。それならこんな曲を聴いてほしいな」
一転して。お祭り騒ぎみたいに明るい歌が始まった。
陽気にリズム良く踊り出す。浴衣に花火に楽しい日々よ。踊れ踊れと笑いが聞こえて、ああ愛おしく胸に響く。
最高の曲。きっと俺は此方の方が好きだ。それでも、今は彼女の切ない思いに融かされていたい。
「村雨。欲張りですまないが、先程の曲をお願いしたい」
「でも…」
彼女の指が俺の涙を拭ってくれた。細く柔らかな指先。乙女の手のひら。
「少し涙を流したい気分なんだ」
「ふふっ。物好きだね。良いよ。村雨が、もっと良い歌聴かせてあげる」
囁くように融け込む歌が始まった。運命の哀愁を想わせる。どこか、抗いさえ虚しくなる天上への祈りに似た……ああ。辛い事もあったなあ。苦しい想いもあったなあ。
でも、平和にいられるんだなあ。は、ははは。やっぱり泣いてら。恥ずかしいぜ。
意識が闇夜へ落ちていく。こんなにも哀切を想う歌声なのに。
不思議と、眠りは安堵に包まれていた。