「気にする必要はない。ほら、コーヒーを飲むんだ」
暖かい気づかいに促されて、飲み物に口をつける。
「…良い香りね」
鼻から抜ける優しい香り。ただ苦いイメージがあったけど、仄かに甘みを感じる。
複雑なおいしさ。大人の飲み物なんて、飲みづらいから言われてると思ってたけど。この重なる味わいを言葉にするなら、確かに年齢が必要なのかも。
ごくごく飲む感じでもなく。ほっと落ち着く暖かさ。
ふふ。とってもおいしい。私、提督のコーヒーが一番好きかもしれない。
緑茶にも良さはあるし、今までは紅茶派だったのに。不思議な程おいしかった。
「淹れるの得意なの?」
この腕前はただ者じゃない。何で提督をやってるのかが、分からないレベル。
町の喫茶店にいそう。それもすんごく人気店で、皆から慕われるほど。
顔は怖いけど。そこは職人的なので。やっぱり怖いけど。
「お菓子と飲み物はセットに考えているんだ。自然と両方の腕が上がったのさ」
「なるほど」
簡単に言い切ってるけど、いっぱい努力したんだろうね。
手際も良かった。やっぱり少しだけ、女の子としてのプライドが傷つく。
ふふふ。私も頑張らないと。秘書艦に指名してくれたんだ。
よし。何か会話を。
「「……」」
こ、言葉が出てこない。重苦しい雰囲気だけが重なって、全然和やかな気分にならなかった。
散歩とか誘いたいし、食事の予定とかも聞きたい。
二人と色々触れ合ったみたいで、私とどうなりたいのかも聞きたい。
逆に、私はどうなりたいんだろう? この短いやり取りでも、提督の優しさは伝わってる。でも、それでも軍神の異名は強すぎて。
何よりこの戦時中に、こんな平和に浸ってるのは。
…ああ。駄目だ。私は皆程に強くない。強くないの。
「最近どうだ」
ぼそりと紡がれた言葉。精一杯苦心して出されたのは、提督の表情を見れば分かった。
応えたい。答えなきゃ。えっと。えっと。
皆の笑顔。妹や姉達との日常。山風は泣きがちだけど、慰められる優しい環境。
そのまま伝えたら、軟弱だと思われない? 二人の話は聞いたよ。二人共信頼してた。――それすら擬態で、罰する気持ちがないと何で言えるの?
ああ最低だ。そんな風に疑う自分が嫌になる。
そんなんじゃないって、ただ触れ合いたいだけだって。何となく分かってるのに。
戦争の怖さに逃げてるんだ。平和を知る自分が怖くなってる。
深海棲艦の怖さを知ってる。仲間が沈む絶望の声を聞いた記憶がある。
結局の所駆逐艦は。だめ。落ち着いて。今はただ言葉を返そう。
「い、良い感じ」
上手く紡げなかった。そういうしかなかった。
「そうか…」