息を吸う。お腹の底から、手足の先まで酸素が澄み渡るイメージ。
一度だけ瞳を閉じた。脳裏が静かに揺れてく。心が緩んでいく。
細く、鋭く、集中という名の力を伸ばす感覚だ。
息を吐いた。息を止めてた分だけ体が温まって、脳から雑念が消えてった。
体の準備は出来てる。心の用意も済んだ。さあ歌おう。
こうして、優しく愛おしい時間をくれたこの人へ。私の全てを乗せて紡ぎ上げよう。
歌を、歌を歌う。
優しいこの人へ告げる。戦場の悲しさを響かせる歌。
夜の海。静かに凪いでいる。全てを許す声よ届け。私たち艦娘が、いつか訪れる終わりを歌声に変えて魅せる。
私が愛する日常の暖かさを、戦場が告げる果てもない哀切を。
織り交ぜて、貴方の心に届いてほしいって。ゆらゆらと揺れる音色は柔らかく。お腹から全身に伝達する震動。息。いき。生きるを伝える。
こうして向き合ってくれたから、どこまでも真っ直ぐに想いを伝える。
ふふ。村雨の、ちょっといいとこ聞いてよね。穏やかに提督を見つめると。
寝転がった彼から涙が出てる。それは軍神の涙と言うには弱々しくて、必死になって戦ってきた人の。
でも駄目だ。そんな許し方を彼は望まない。なんて偉そうな言葉で。
それを紡げる今の状況は、とっても良い感じ!
「…提督。泣いてるの? ふふ。それならこんな曲を聴いてほしいな」
お祭り騒ぎの楽しい歌に変えた。陽気に明るく。私たちの姉妹で言えば、夕立が一番似合いそうな歌。ああ、そんな事を言っちゃうと、想像の白露姉さんが騒ぎ始めた。
皆のやり取りを時雨姉さんが見守ってる。
楽しい楽しい日常を強調して、ふふ、っと静かに微笑んでくれた。
嬉しい。芝居かかったように声を意識しながら、私自身も楽しんで歌ってく。
「村雨。欲張りですまないが、先程の曲をお願いしたい」
「でも…」
提督の泣く姿を見てると、とっても胸がざわついて。落ち着かない感じ。
本当はぎゅってしたい。強く抱きしめたいけど、きっと許してくれないよね。
なんとなくだけど。今の提督はからかう感じとかなくて、しなやかな在り方が見える。
「少し涙を流したい気分なんだ」
真っ直ぐな言葉。忘れたくないって、戦場も己の一部だって。
声に出てないのに、熱く伝わってきた。ん。そうだよね。
艦娘としての在り方。戦う者としての在り方も、私たちの一部なんだ。知ってるよ。知ってるから、もっと強くなれる。
「ふふっ。物好きだね。良いよ。村雨が、もっと良い歌聴かせてあげる」
心を込めて想いを紡ぎ。とても優しい微笑みで眠る彼と、一日を過ごしていった。