「それなら、その」
遠慮がちにもじもじと、春雨らしい躊躇を見せながらも。
どこか嬉しそうに微笑んで、彼女は愛らしい望みを聞かせてくれる。
「改めてお茶を淹れてきてほしいです」
得意分野で何よりだ。ふふふ。こうして要望されると、全力で応えたくなる。
「承りました。紅茶と緑茶、どちらにいたしましょう」
「紅茶が嬉しいです。それと…」
今度の言葉は躊躇わず。凜とした意志と、仄かに拗ねた雰囲気も乗せながら。
俺の目を真っ直ぐに見つめて、強い要望が言葉になる。
「敬語はいやです」
譲れないと眼が語っている。ふむ。真面目なのだろう。
でも、それを言い出したら俺も敬語はな。砕けた春雨も見てみたい。
『つーか、まじ空気読めてないんですけど』
これはギャル雨だ。いや、俺の中のギャルイメージがよく分からない。
まあ良いや。紳士な感じも嫌いじゃないが、彼女の望み通りに動くとしよう。
「ん。それじゃあ淹れてくるよ」
手早く用意を澄ませて、オーダーされた紅茶を用意した。
そうして、ソファーに座る彼女の横へ控える。気分は執事である。
お茶菓子は必要ない。彼女お手製のを食べたばかり。甘味気分は十分満たされていた。
「どうぞ」「ありがとうございます」
嬉しそうに笑ってくれた。淹れ甲斐があるぜ。
……そう考えると、常に無表情だった俺と接していた響は、秘書艦として楽しんでくれていたのかな。倦怠期の夫婦でもないけど。
パンツ位しか、大きな刺激もなかった。いや位ではないのだが。大きいけどさ。
それでも、響からすれば与り知らぬ出来事だ。ううむ。
「わあ! とっても良い香りですね!」
はしゃいでいる姿。…うん。今悩んでも仕方ない。精一杯春雨に尽くそう。
彼女が喜ぶ様子は素直に可愛い。萌え萌えキュンであった。
「喜んでもらえたなら何より」
「何か淹れ方にコツでもあるんですか?」
「基本をしっかりと守ること。後は慣れだ」
最低限の基本さえ守っていれば、後は経験がモノを言う。
美味しくしたい。相手に満足してもらいたい。ちゃんと考えていれば、自ずとついてくるもんさ。
春雨の献身的な在り方なら、俺より遙かに美味い紅茶を淹れられる。
「ふむう。職人技ですね」
感心したように紅茶を味わってくれている。良いね。淹れ甲斐があるぜ。
「司令官も飲みませんか?」
にこにこと楽しそうに笑っている。ふふふ。胸キュンだね。
いやしかし。少し心苦しいが、喉は乾いていない。というよりか、自分の為にもう一つ用意するのが面倒だったり。
お茶会が前提ならばともかく。今は春雨の接待みたいなモノ。
「俺は大丈夫だ」
「あ、そうですか」
しゅんとなってしまった。何故だろう。そんなに俺と飲みたかったのか。
『春雨とのお茶が飲めねえのか~?』
などと絡みたかったのか。だったら嬉しいけども。違うだろう。
う~ん。先程との状況の差。なんだかんだと献身的な春雨。佇む俺の様子に、どことなく落ち着かなさそう。
成程。そうなると。
「…しかし、立ちっぱなしも疲れた。隣に座っても良いか」
「もちろんです!」
満面の笑顔で答えてくれた。予想通り。俺が立っているのは嫌だったか。
再び横に座る。スペースの問題もあるから、少しだけ距離を離して。
「もう少し近くに座りましょうよ」
お、おう。良いのか? 好きになっちゃうぞ。
分かっている。俺の体が大きいから、窮屈じゃないかと思ってくれたのだ。惚れたりしないよ。勘違いしないんだから!
何を言っているのやら。
「そうだな」
静かに距離を詰めて、再び座り直した。肩同士が触れ合いそうな距離。
春雨の匂い。少女らしい甘い匂い。仄かに甘み強く。彼女らしい良い香りだ。
うむ。我ながら変態チックな感想であった。
「えへへ。良い距離感ですね」
可愛い。おっと、口から漏れ出る所だったぜ。お口にチャックしておかねば。
逆に彼女から気を遣わせてしまった。悪い気分じゃないけど、さて。
「次は、えっと」
迷いつつも、段々と遠慮がなくなってきたのか。照れながら言う。
「か、肩を揉んで。なんて。あの、その。…はい」
「遠慮する必要はない。喜んで揉ませてもらうよ」