海に立つ感覚。憎たらしいほど、泣き出したくなる程。果てなき水平線が広がっている。
夕立の視界が映ると同時に、俺もまた自分の視界があるのだ。それで酔わない。慣れているのもあるが、やはり説明は難しく。
俺は彼女で彼女は俺だけど。俺は俺で彼女は彼女なのさ。
それにしても美しい。やはり海は美しくて、此処より先が戦場なのだと。忘れてしまう輝きがある。帰ってきたんだ。帰って、これたんだ。
吐血はない。幻覚や幻聴もなく。戦える。戦えるんだ。
夕立と接続している感覚。いつもの俺ならば、ふざけたジョークを紡ぐのだけど。
『た、戦い。戦い…!』
脳裏に響く夕立の声。こうした声も久方ぶりだ。本当に久しぶりの戦い。
失敗のイメージが彼女に緊張を生んで、伝わってくる。影響して、謎の震えと吐き気で俺もヤバいのだけど。
彼女が、ガッチガチに緊張しきっているのが、繋がりから感じられるんだ。さてはて。
俺が完全に操作しきって、近海にいる敵駆逐艦を仕留めても良い。良いのだが、それでは夕立の自信は取り戻せなかろう。
かつての仲間達曰く、操作される感覚はよく伝わるらしい。
何より、俺一人で戦うなんて傲慢を背負う気はない。
繋がる艦娘がいるから、俺は戦場に関与していられるんだ。忘れない。
「良い天気だなあ」
『ぽ、っぽい!?』
いきなり俺の声が届いて、驚き跳ねたのが分かった。可愛い。海に潜って、夕立のスカートを覗きたい。
おっと、欲望が漏れてしまった。仕方ないね。
『そ、そう思うっぽい!』
さっきまでなかった特徴的な口癖が出ている。どうやら、それだけ余裕はないらしい。可愛い。ちょう可愛いっぽい~!!
「お日様があったかい。そう思わないか」
『…お昼寝日和っぽい』
「だなあ。ふ、わあ」
意図的に欠伸を出した。俺が緊張しては意味がない。リラックスして、彼女にも伝えるイメージだ。過度な緊張は硬直を呼ぶ。
平常心を取り戻せ。思考を止めるな。臆病すぎても、勇敢すぎても死んでしまう。
『提督さん。おねむっぽい?』
「ん~、そうだな。お日様を浴びると眠くなるだろう」
『夕立とお揃いっぽ…お揃いですね』
ようやく口調が戻ってきた。寂しいが良い傾向である。
「ふふ。落ち着いたようで何よりだが、敬語は要らんよ」
『ぽ、ぽい~』
困った様に漏れた声は、堪らぬ愛らしさを帯びていて。
「ふふふ」
思わず笑みが零れた。戦場で油断しすぎだけど、気配も感じられない。そも、鎮守府から目と鼻の先程度なのだ。進行していない。
もし何かあっても、仲間が直ぐに駆けつけられる地点。ここで無用な緊張を解す。
「水平線を見つめてごらん」
『とっても、とっても広くて…良い景色』
太陽が昇り落ちていく場所。果てが見えない海の先。素直に美しい。
「ん。下を見てみると良い」
『綺麗な海色っぽい!』
ここ一帯の巣は潰してある。海の色も正常なのだ。青空を映すような色は、生命の透明な輝きを感じられる。ぷかぷかと浮かんでいたくなる。
「新鮮なお魚も泳いでいるんだ」
『お魚?』
こてんと小首を傾げる姿が見えるような。段々と夕立もリラックスしていた。
もう少し会話を続けよう。ふふ。戦場で穏やかに話すなんて、俺も初めての経験だ。
「夕立はどんな魚料理が好きだ?」
『おいしいの!』
迷わぬ返答。眩しい笑顔を感じている。白露を思い出すね。
まあ、夕立の方がもっと無邪気で、弾けるような言葉だった。大人なギャップ萌えも良いけど、無邪気萌えもありだと思います。
そういう事だ。
「ふふ」
我慢しきれず笑みが零れた。
『ぽい?』
当然、困惑したように声が返ってくる。可愛いぜ。
「いやなに。白露もな。同じような答えだったんだ」
『お揃いっぽい』
「だな。俺も美味しいのが好きだよ」
『提督も夕立達とお揃いっぽい!』