そんな感じです。
兵数の差。ああ。艦隊の差と言い換えようか。戦力差は明白で、六対一の絶望的な状況だった。まだ開戦していない。始まってないんだ。
今から逃げる? どこに? 無論、負傷を負いながらの逃走は可能だ。応援を呼ぶ事もできる。絶望に呑み込まれる。なんて言うには軽すぎる状況。
どう対処しても良い。想定していなかった敵の数だが、想定外なんて想定している。
何が起こっても可笑しくない。揺れぬ心と準備は入念にだな。それすら押し潰されるからこそ、世界ってのは残酷なわけだがな。
だが、どくんと夕立の心臓が鳴った。もう一度言おうか。逃げる? どこに?
鎮守府だって? は、ははは。大切な家族がいる所へ逃げるのか。何の為の艦娘だ。なあんて。俺は考えない。必要のない無理は論外だ。
そも、リスクのある戦いなんて、するべきじゃない。
そうだ。必要のない無理は――夕立の魂が熱く勝ちたがっている。
価値を叫ぶために勝利を求めている。良いねえ。良い。魂の叫びってのは堪らない。
作者の意図を狙う等と、くっだらねえ論理を展開しても。やる事は変わらない。
戦って勝つ。それだけだ。それだけから逃げられない。
『…ごめん。提督さん』「勝ちてえ、よな?」
繋がりから痛い程に伝わってくるんだ。こっちが燃えちまいそう。火傷しそうな熱い想いが、窮地に挑みたがる炎を燃やしている。
必要のない無理はしないさ。だがどう考えても、必要のある無理なんだ。
今まで不遇だった艦娘。他の姉妹達と違い、頭も良くはなく。提督代行は不可能。秘書艦も出来はしない。
艦娘の価値として、戦いと勝利だけが全てだったと。言い換えても良い。
どれだけ家族達が否定しようと、俺が否定しようとも。これまで辛かったんだ。
ここでの勝利には価値がある。途方もないほどの輝かしい勝ちを、求めているのだ。
『ふふ。つーかーの仲っぽい!』
とても嬉しそうな言葉だった。花咲く笑顔を浮かべているのだろう。
見たいねえ。なら、勝利して帰ってきて貰うしかない。簡単な話だな、ははは。
「そりゃあそうだ。せっかく得られた勝利の輝き、潰されたら堪んねえっての」
喜んでいた彼女の動きを覚えている。飛び跳ねるほどの喜びを、俺に想いを伝えてくれたんだ。ここで逃げたら台無しになる。
戦艦や空母、二大戦力が相手にいたら諦めていた。戒めていたさ。
だが、違う。相手取るは高々軽巡と駆逐程度だ。
数に差はあるけれど、勝てない程じゃない。しかし、逃げたって構わないのだがな。
戦いたいって望む彼女の我儘を、押し通さないほど俺は未熟じゃないぞ。
『魂が叫んでるの。強くなれる、勝ちたいって。先に進みたいって!!』
初めて、俺へ素直にぶつけた魂の叫びだった。思わず笑みが零れた。獣の如き、牙を剥く覚悟を決める笑みが零れちまった。
ああそう叫ぶなよ。いちゃらぶなんだってクソ。ほんともう止められない。
『我儘なのは分かってる。もし私が沈んだら、貴方に負担がかかるのも分かるの』
轟沈のフィードバックは凄まじい。提督の自殺の主な原因だ。笑えねえ。
『それでも! …それでも私は艦娘だから。戦う為に生まれてきたから!』
俺は艦娘に惚れ込んじまってる。分かる、分かるよ。勝ちてえ。逃げたくねえよな。
『戦えるのに、まだやれるのに!!』
そうだ。絶望と呼ぶには甘過ぎる。まだ弾薬も燃料も十二分だ。勇気ある逃走と誤魔化すには、己の魂が許さない。ようやく戦えたんだ。
『ただ危ないからって、逃げるのなんてもうやだよ!!』
おっけい。第二ステージといこうじゃないか。偶には中二臭い戦争のノリも良いもんだろう? 酔いしれて、軍神さまと気高い艦娘のダンスを。
無粋な増援共に味わって貰おうじゃないか。
「なあ、夕立」
『っ!』
撤退の言葉を予感し怯える彼女へ。最高に脳汁出まくってる俺が。
「馬鹿共に教えてやろうぜ」
言葉で俺の想いが伝わったのか。夕立の身がぶるりと震えた。魂が震えていく。
「お前達がケンカを売ったのが、どれ程の相手なのかをよ」
声が一音届く度に。彼女の鼓動が速度を上げて。脳髄に闘志が満ちていく。恐怖は消えず。負けるのはいつだって怖い。沈めば嘆くは己にあらず。
ただ、ただただ。尚も戦場しかないと想い、鍛え続けた彼女が至る境地。
俺が意図的に指揮を強めて、枷を一気に外していく。高まり続ける想いが力を紡いで、これまで重ねてきた練度が、進化を、改造を肯定し。
『…にひひ♪ それなら』「ああ」
見えない。彼女の視界で海を見ている。見えないのに確信する。
紅く。双眸が紅に染まった。犬歯が僅かに鋭く発達して、飢え狂う戦士の姿。
首に白のマフラーを、不敵な表情は仄かに大人びた。笑みは恐怖を奥底に秘めて。勝ちたいと、素直に思っている凜々しい表情。
ああ。本当に惜しいなあ。響の時もだけど、こういう場面を俺が直接目にすることはないんだ。それでも心が姿を確信させるのはさ。艦これが好きだから。
そう。艦これで世話になり続けた、駆逐艦随一の高火力を発揮する姿を。
夕立改二の姿を、脳裏に思い浮かべていた。
「『ソロモンの悪夢』」
静かな響きは戦場へ広がって。意識変換と覚悟が力を発し。共に合わせて想いを紡ぐ。
「見せてやろうぜ!!」『見せてあげる!!』