『帰ったら美味しい焼き魚でも食べよう』
にこにこと笑う提督さんが見えるみたい。愛おしそうに、夕立を認めてくれてる。
「楽しみっぽい!」
だからね。敬語の仮面を被らなくても、何も考えなくても言葉が出てくれたっぽい。
『ようし。近海の哨戒任務を始めようか』
「よろしくお願いします!」
そして、提督さんの指示通りに海を進んでく。風が涼しくて気持ちいい。海の、どこかまとわりつく様な風。駆逐艦としても、私としても嫌いじゃないっぽい。
そうやってのんびりと進んでれば。…当たり前のように言葉が届くんだ。
『前方に敵発見、数は二。艦種は駆逐艦か』
どくん! と心臓が高鳴ったのを感じた。緊張? 恐怖? どちらともっぽい。
『夕立。水平線をごらん』
提督さんの声は変わらない。どこまでも落ち着いていて、暖かだった。
「ぽい?」
まだ敵の姿は目視できないっぽい。電探には情報が伝わってるけど、それは提督さんが教えてくれたわ。何かしら?
『楽しい事を考えよう』
本当に優しい声で、戦場に似合わない楽しい声色が聞こえた。
怒りはない。ふふふ。提督さんはのんびり屋さんね。きっと、ガチガチに固まる私より良いっぽい。
『間宮のアイスでも構わない。伊良湖のモナカも美味いよな』
「甘くて幸せっぽい!」
疲れが飛んでく素敵な味。どっちも大好きで、誰かに食べさせてもらったら幸せ。
『羊羹も捨てがたい。いや、どら焼きなんてどうだ?』
「よ、よだれが出てきちゃう~」
お腹が空いてきそう。っと、緩みすぎたらだめかしら。
それなのに、提督さんの語り口は暖かくて。心が緩んでるの。
『ふふふ。楽しいよな。面白いよな…だから、怖いんだ』
声が重たくなる。それは、私にだけ伝える言葉じゃなくて。
繋がってるから分かる。多分、提督さんは気付いてないだろうけど。
――自分の恐怖すら忘れちゃうほどの、深い絶望と恐怖が提督さんを包んでる。
『良いかい夕立。怖いから笑うんだ』
なのに、声には一欠片も乗ってない。私を、夕立の戦いを支える為だけに。
提督さんが笑ってる。見えないのに見えた気がした。…今にも泣き出しそうな、必死な獣みたいな笑みが見えた気がした。
『ぶるっちまう程の恐怖があって、そいつは裏に喜びがあるから生まれる恐怖で』
提督さんは戦いが好きじゃないっぽい。なのに、こうして戦いに適した提督さんになってる。泣き出しそうでも、泣かない提督さんになってるんだ。
『今君は、それと戦う場所に立っている』
戦ってるのは貴方でしょう。命を背負わせられて、自分自身ではリベンジ出来ない。
ただただ重みを、背負わされているのでしょう。
『笑ってみると更に気付くよ』
拳を、自分の拳を握った。何だろう。恐怖とか緊張とかどうでも良くて。
胸の内から熱いなにかが出てきてる。必死になって戦って、ここでも戦う覚悟を決めた人がいる。いるんだ。こうして繋がってるんだ。
っぽい。っぽいぽい! もっとやれるっぽい。夕立は! もっとやれるっぽい!!
『――死にたくない。生きたい。もっと楽しい明日が待っているんだ』
「ん。…怖い。怖いの」
そう思ってる貴方が伝わってくる。夕立は。もっと。もっと。
『此処で終わって堪るか。俺は、俺は願い続けた日常を生きていたい…!』
「此処で終わりたくないに決まってる! 夕立だって、戦えるんだって叫びたい!!」
燃え滾る想いが叫びになったっぽい。だってそうでしょう。
提督さんが必死になってるの。艦娘の私が、諦めるなんておかしいっぽい!!
『腹の底から熱が出てきて、恐怖が四肢に伝わって』
「お腹が熱いっぽい…!」
『ひひ。そうして脳髄が、どこまでも冴え渡るように』
かちりと脳内の歯車が合わさったみたい。見えない力が私を包む。
提督さんの真っ直ぐな信頼が伝わって、望んだ心も力に変える。
『さあ笑おう。笑って、挑もうじゃないか』
『はは』「ふふ、あは」
声が合わさってく。魂が混ざってるっぽい。堪らない。ああ。今夕立が此処に在る。
『「はっはっは!!」』
『共に戦ってくれるか?』「任せて!」