悲痛な訴えです
五月雨との交流を経て翌日。手はず通りに応援願いを終えて、龍驤が明後日には来てくれる。とてもありがたい。彼女が来てくれたのならば、相手にどれだけ空母がいても大丈夫だ。
報告にあった巣の規模ならば、いても一~二体だろう。確実に勝てる。
「ふう」
思わず息を吐いた。これで良しだ。後は巣の殲滅まで心を休めて、勝利を盤石にするだけである。…極端な話、龍驤と響を組ませたなら、指揮を執らなくても勝てる。むしろ、俺が足を引っ張る可能性すらあるんだ。
ただまあそこはアレだ。俺の意地である。譲れない。
そうして気を整えていると、部屋に向かってくる足音が聞こえた。
随分と賑やかな足音だ。音の響きから考えて、駆逐艦ではない。となると、軽巡か。川内はない。状況を考えれば一人だけ。
「どういう事だよ!!」
勢い良く扉を開けて、天龍が執務室へと入ってきた。
他の面子はいない。今日は誰も秘書艦をしていないんだ。萌えの気分でもなかったし、響は遠征の疲れを抜いてほしかった。
一対一での対面。正直に言えば怖い。
暴力とかはどうでも良くて、ただ天龍の心を抉るのが怖い。
「どうもこうもない。鎮守府近海に巣が出来たから、殲滅力に長けた応援を願う」
天龍が悲しみを帯びた顔をしている。悔しさだけじゃない。己の無力さを噛みしめざるを得ない表情だ。
何度も鏡で見た事のある表情だ。だからこそ、あえて冷たく切り捨てる。
「それだけの事だ」
ヘイトが俺に向いてくれれば良い。憎まれた方がまだマシだ。
『オレの価値が分かんねえのかよ!』
そうやって堂々と笑ってほしい。世界水準超えなんだろう?
「オレ達じゃあ力不足だって?」
俯き泣き出しそうだった。止めてくれ。堂々と胸を張ってくれ。
ああくそ。俺の我儘だ。分かっているさ。
「必要のないリスクだと言っている」
そうだ。俺が臆病者なだけだ。お前達の努力が悪かったわけじゃない。必死になって重ねてくれただろう。
でも、そう言ってしまえば天龍は認められない。
もっとやれるって抗おうとするだろう。どう伝えよう。
「戦艦や空母に背負ってもらう必要があるのかよ!?」
「敵艦隊に戦艦や空母がいるかもしれない。ならば、同艦種で殲滅する」
響単騎で空母と戦艦を相手取ったのは、そうしなければ死んでいたからだ。
あんな芸当二度とやって堪るか。集中しすぎた反動で色々と危なかった。何より響が危険だったんだ。そんなリスクは要らない。
「それを、個人の悔しさから無用なリスクを負う意味がない」
空母の殲滅力、戦艦の頑丈性と一撃の重さ。
そのどれもが駆逐艦と軽巡洋艦にはない。一発当たれば此方は死ぬのに、此方の砲撃はクリティカルヒットでなければ通らない。
理不尽すぎる。勘弁してくれ。遊びじゃないのにスリルは要らん。
「万が一にでも負けてみろ。死ぬんだぞ」
「艦娘は死なねえ! また建造すりゃあ同じじゃねえか!!」
「お前が、天龍として重ねてきた時間が消えるのだぞ!」
これまで歩んできた道がなくなって、これから歩んでいく道がなくなるんだぞ!! 同じなわけがないだろうが!!
「その巫山戯た言葉を、お前は仲間達にも言えるのか!?」
俺が、俺が何の為に――落ち着け!! …落ち着け。
天龍は怒声に驚き目を見開いている。薄らと涙が見えるのは、怯えだけではなく。自責の念すら感じられた。
激情に駆られて思わず言ってしまったのだろう。呼応して怒ってんじゃねえ。落ち着け。
相手に苛立ちをぶつけるな。過去、彼女が沈んだのは俺の自業自得だ。
天龍がこうして燻っているのに、解決出来る力がないのも俺だ。
忘れるな。それを忘れて傲慢に振る舞ってんじゃねえ。
「……オレに何の価値がある?」