いちゃいちゃ大好き提督日常   作:ぶちぶち

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全て知る許しです

 戦争の終りを示唆されて、真っ先に感じたのは脱力感だった。

 すとんと、両肩に乗っていた重荷が消失していく。じんわりと胸に、くすぐったさにも似た不思議な感覚が広がった。

 嬉しいと一言で告げるには、あまりにも多くの事があった。

 

 正直に言えば、戦争を求める俺も存在するかもしれない。それだけ戦い続けてきたんだ。抗い続けてきたんだ。

 でも終わるのか。終わってくれるのか。

「……そう、か」

 

 ようやく絞り出せた一言は、不気味なほど小さく静かだった。

 龍驤は何も指摘せず。淡々と説明してくれる。

「ん。と言っても、まあ長ければ十年はかかるけどな」

 これから十年かね。長ければ、と言っているのだから、状況によっては数年もかからずに片付くのだろう。

 

 あえて長い時間で告げてくれたのは、俺の動揺を察している証拠だ。やはり龍驤は良い女である。

 なんて偉そうに言いつつ、お袋に甘えてる気分になるのだから、大抵俺もまだまだ子供なのかもしれない。

 

「後方からの資源供給が安定したおかげやね」

 資源が限界状態で、拮抗にまで持ち込む戦力だった。ならば、後方支援が完全に安定しているならば、勝利は必然である。

「で、後々駆逐艦しか通れん結界も出来るかも分からんし」

 

 かつて似たような結界、艦種制限がある海域も経験している。その頃は、そもそも俺の艦隊に戦艦はいなかったのだが、応援が不可能と知り覚悟を決めていたな。懐かしい。

 

 あまり良い思い出とも言えないが、確かに胸へ刻まれた戦場の熱。

「そういう意味では、まだまだ働いてもらわんと困るんやけどな」

 とんとんと優しく背中を叩いてくれた。まだ言葉を紡ぐ気力は戻っていない。なにかが抜け落ちている。

 

 しょうがない。それだけ必死にやってきた証拠でもある。

 龍驤の表情を見ると、彼女も同じように気の抜けた顔をしていた。ああ。疲れの見えた顔の理由が分かった。

 背負い続けてきたモノがある。ようやく降ろせたのだ。

 

 そりゃあ疲れが出てくるよな。俺と違って、彼女は未だに最前線で戦い続けてきたんだ。当然だろうさ。

「先が見えない宵闇の時間は終り」

 我武者羅に戦い続けてきた日々は終り。ようやく、俺が愛していた日常が、当たり前にある時が来るのかもしれない。

 

「夜明けを目指す道が見えたんや。良い事やろ」

 良い事だ。ああそうだ。多分最高に良い事だ。なのに、嬉しさだけじゃないのは不思議だった。

「だからな創」

 

 からかうように、だけどとても優しい微笑みを浮かべながら。

「おいで」

 両腕を広げて、抱擁を待っている。過去に一度だけ、本当にどうしようもない時。俺は彼女の胸で甘えた。

 

 龍驤が待っている。迷いもせずに、彼女の胸へと顔を預けた。

 仄かに感じる甘い匂い。小さくとも凄まじい抱擁力で、俺の全てを許してくれている。

「今までよ~く頑張ったな」

 

 小さな手で頭を撫でてくれた。心底から慈しむ掌だった。本当に昔、この世界に生まれたばかりの頃に、お袋に撫でてもらった事を思い出す。

 尊敬する父、優しかったお袋、大切だった妹。

 

 全て、深海棲艦に奪われた。俺が転生者だから、悲劇を生まされた。戦いへ挑む意味を見出された。

 俺のせいで、この世界の家族達は死んだ。…彼女の手のひらを感じる。ただ無心で感じ続ける。

 

「えらい。えらいで」

 ただ褒めてくれている。俺の背中に乗っている罪をひっくるめて、静かに認めてくれている。彼女の愛らしい声で存在を認めてくれているんだ。

「他の誰が何を言ってもうちが認めたる」

 

 きっと、他の誰とやらは俺自身も含めているのだ。龍驤は聡い人だから、ちっぽけな罪悪感を知っているのだろう。

「キミは誰より頑張った。えらい!!」

 それでも無邪気に褒めてくれた。胸がくすぐったい。

 

「…子供じゃねえんだからさ」

 いい歳の大人だ。前世も含めればおっさんである。

「艦としての時間も考えたら、まだまだ子供みたいなもんやろ」

 からからと笑うような声。全てを許してくれていた。


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