「て、提督っ、もう大丈夫ですよ!」
川内の慌てた声で、ようやく場の空気が壊れた。
響が呆れたように微笑んでいる。どこか見守るような笑みで、かなり照れくさい。
「そうか」
俺のポーカーフェイスすげえ!! ま、まじで? 俺ってこの場面でも表情を取り繕っていられるの!?
逆に言えば、この状況ですら表情が変わらない。冷血ですわ。
めちゃくちゃ名残惜しかったが、川内の頭から手を離した。自惚れでなければ、彼女も少し残念そうだったような。さ、さて。どうしよう。どうすればいい。
考えろ。凡人の俺が、激戦を皆と越えられたのは、考え抜いてきたからだ。
転生者特有の異常な思考性能。常識に囚われるな。世界の理を知れ…!
――思いつかない! え、なんだって? みたいにとぼける事しかできない!!
そしてこの状況では、難聴スキルはくその役にも立たない。どうする。
「…提督はさ」
川内からの言葉。神妙な表情での言葉だ。ここで難聴スキルを使えば。
最低である。無意味かつ普通に最低である。
「うん?」
これは難聴ではない。純粋に言葉を促しただけだ。
「やりたい事をしてます?」
川内の敬語がこそばゆい。そういう感じも好きだけど。ちょっと窮屈そうで心苦しい。
それにしても、やりたい事ねえ。滅茶苦茶しているけども。
「質問の意図が分からん」
おそらくだが、彼女の問いかけはそういう意味ではない。
むしろ、この状況で皮肉気な問いかけをしていたら、そいつはもう俺の心を読んでいる。普通は拒絶するだろう。かつての仲間達ならば、まあアレだ。
阿武隈は想像できない。龍驤は想像通りだろう。そうして響は、響はどうだろうな。なぜだか分からないが、愉快な事になるような気も。
おっと。川内の質問から意識が逸れていた。
昔を思い出させる問いかけだったのも、影響しているのかもしれない。
「その、この鎮守府に着任してからずっと働き続けて、食堂に来たのも初めてですよね」
栄養補給はおにぎりとかで。心がガリガリと削れる労働だった。
報われている。川内の反応とか、響のパンツとか。俺は幸せ者だ。
ふっふっふ。まだまだとは思っているけど、今日は十分。満たされているぜ。
「後方に回されて、軍神と謳われたのに戦場から離されて」
…まあ、大切な仲間とも殆ど別れて。同期の頼りになる者達は、最前線で頑張っている。
罪悪感がないとは言い切れないし。裏方も最前線並に重要だからと、頑張ってはいるのだがね。ただもう疲れた。諦めにも似た感情が、ないとは言えないさ。
そんな幸せを許したくなる位には、かつての戦いと仲間達が許してくれている。
「飼い殺し、じゃないですか」