「しかし理由は気になる」
「好きだから」「ごふっ」
なんて真っ直ぐな好意だ! 邪な狙いも感じず。キャバ嬢の様な接待味も感じない。性的な熱も皆無である。
あんまりにも透明で純粋な言葉だった。思わず息が漏れてしまったぞ。落ち着け。幼子が大人に好きだと伝えた。それだけの事だ。
無論、嬉しい。嬉しいのだが、ここで変に動揺しては駄目だ。
「提督?」
ほら。山風も困惑しているじゃないか。また不安げな色が濃くなっている。
「い、いや。その」
上手く言葉が出てこない。しょうがないだろ! 滅茶苦茶良い匂いがする。暖かい。柔らかい。心地良い。
心臓がうるさい。急にデレが来たから、魂が驚いているのだ。あれだ。大人になったらお父さんと結婚する的な。
思春期が来たら冷たく切り捨てられるのである。そういうものだ。この程度で動揺するとか、童貞が過ぎるぞ。
心が弱っている時期だ。少し感情を抑えないといけない。
「…迷惑だった?」
「そんなわけあるか!」「ひゃっ!?」
思わず大きな声で反論すると、怯えたように身を竦ませている。
「お、おっきい声やだ」
やってしまった。見上げる彼女の瞳が潤んで、今にも泣き出しそうだった。可愛いけど、山風が悲しむのは良くない。
「すまん…怖くない。怖くないぞ」
好意を示されたので、自然と彼女の頭を撫でる。ふわふわな緑髪。引っかかる手触りはない。気持ちの良い髪質だ。
「あったかい手は好き」
呟きは穏やかで、恐怖は消えてくれた様子だった。
「掌、傷だらけだね」
撫でられる感触で気付いたのか、心配そうに言ってきた。
「火傷でな」
もう痛みはない。大した事がないと伝える。
「見せて」
「ああ」
撫でる手を離し、見上げる彼女へ掌を見せる。なんだか少し恥ずかしい感じだ。傷痕を見せつけているようだった。
「…手、上手く見えない」
見上げる感じで首が辛そうである。
「ちょっと姿勢を変えるね」
向き合い抱き合う形へと山風が動いた。かつて時雨とも同じ体勢で抱きしめ合っていた。
俺は父性が強いのだろうか? 本当に甘えられている。とても嬉しいがね。唐突なのは心臓に悪いぜ。
そうして改めて掌を見せると、これまた唐突に。
「がんばった、がんばった」
優しく小さな手のひらで、山風が俺の右手を慈しんでいる。少しでも癒やそうと撫でる手は、不思議と心を温めてくれた。
「山風?」
彼女らしくないと言えるほど、この世界で付き合いはない。
だが、白露達からの話とあまりに違い過ぎる。
「…なあに?」
困った様に微笑んでいた。まだ撫でてあげたいと顔に出ている。
無理に止める必要もないか。滅茶苦茶嬉しいからな! 女の子の手は、なんでこんなにすべすべで心地が良いのだろう。
「いや」
しばらく撫でられていると、彼女から言葉が出てくる。
「…提督は、あたしといっしょだから」
「いっしょ?」
体の逞しい童貞と、儚げな美少女が同じとは思えない。
そういう話ではないのだろう。知ってた。
「沈むのが怖くて、ぜんぶ、怖くて」
ぞくりと、心の淀みが疼くのを感じた。…今日山風と一日を過ごすのは、はたして俺の心に良い事なのだろうか?
それでも彼女の言葉を止められない。止めたくない。
「でも皆が沈むのも嫌で」
沈ませてしまうのが嫌で、でも行動しないで沈まれてしまうのも嫌で。
「戦場から、逃げ切ることもできないの…」