背筋が冷えていく。あまりにも共感出来ていて、いつもは隠せる弱さが隠せない。心が軋んでいるのだ。
ああ。大変な時期に、弱さと共感してくれる子と過ごしている。
どうにも頭が重く。山風の言葉が続く。
「あたしはね。本当に戦場が嫌い」
悲痛な呟きだった。叫びと同じ程の想いを乗せて、それでも融ける呟きだった。相反する想いが続いて、守りたいを超えた恐怖があるんだ。
「絶対に沈みたくない」
艦娘は、艦船として一度終りを迎えている者達が多い。その中でも山風の終りは、悲劇と呼べるものだった。
「真っ暗な、あの世界に落ちたくない…」
沈んだ世界から再び生を得て、大切な姉妹達と出会ったのだ。
死に怯える恐怖の心は、どれ程重たく苦しいものだろう。戦える力がある分、完全に諦めがつけられない残酷さだ。
…提督になれる分、諦めて自暴自棄になれない残酷さ。
「皆が、と思うともっと怖い」
俺の指揮で皆が、と思うとひたすらに怖い。守れるかもしれないの裏側には、常に失うかもしれないがこびりついている。
戦い続けて押し殺し続けた心が、山風のどろりとした弱さに融かされて、段々と強さを増していた。
軍神の在り方が保てない。臆病者の心が見えている。これから更に日常を過ごすにあたって、目を背け続けるわけにはいかない弱さだ。
「何にも考えたくない」
ああだけど、彼女のその言葉もまた俺の本音だった。
「失う位なら一人でいたい…」
捨てきるには重すぎる。だけど、捨てたいと思う俺がいないとも言えない。或いは好き勝手に、艦娘達を陵辱する俺もいたのだろうか?
そうした世界線も知っている。
「でも、一人でいさせてくれない」
かつての戦友達。共にいてくれる響。此処で出会えた艦娘達。その全てが、俺に格好つけさせてくれるんだ。
軍神として、格好つけたいと思わせてくれるんだ。
「海風姉や江風はよく来てくれる」
山風も愛されている子だ。白露型の者達から話を聞いている。甘え下手な愛らしい子だと言われていた。
「白露姉もそう。皆、あたしによくしてくれてる」
それすら心を痛ませて、痛む己への自己嫌悪が重なっていく。普段は考えないようにしているけど、どうしようもない自分が大っ嫌いだ。
龍驤は罪を許してくれた。かつて阿武隈は、俺へ生きたいと望んでほしいと泣いた。
置き去りにした仲間は……ああ。そうだ。俺は万能ではない。失う。失い続けて、残った者を守りたいだけの愚か者だ。
「どうにもできなくて、ぐちゃぐちゃで」
どろどろと山風の声が脳に沁みる。
「そんなあたしを、駆逐艦達を許してくれた…」
柔らかな声でゆったりと重さを預けてきた。抱きつく形。ぎゅっと、彼女の胸が俺の胸へ押しつけられる。頬が合わさった。
甘えられている。少しでも癒やされてと甘えさせてくれている。
「だから、好き――少しだけね」
「そうか」
とろける様な声と言葉に、俺は上手く言葉を返せなかった。
「…頑張ってくれてありがとう」
気づかいの言葉だ。甘い声が耳元に届いている。少しくすぐったい。興奮はなかった。俺の心の奥底に隠した、弱さがどろどろと出ている。
大人として格好つけていた俺の、弱さが出ている時にちょうどよく。
「ぐーたらするのは得意だから…いっしょに休む」
山風の弱さが寄り添ってくれていた。