「山風も楽しんでくれるのか?」
少し意地悪な問いかけだろうか。だが、今の俺の素直な言葉だった。再び頭を撫で始められる。じ~っと、彼女が俺の目を見つめている。
透明な瞳は考えているようだ。傷つけないようにだろうか?
「ん~…うん。努力は、するよ」
案の定、困った様に微笑まれてしまった。彼女の優しさを感じる。柔らかな手が心地良い。思考がぼんやりとしてきた。
「努力するものでもないさ。山風が望むようにすればいい」
優しい山風が無理をするのは嫌だ。騒ぐのが苦手ならば、静かに楽しめば良いんだ。俺はどうだろうな。騒ぐのは嫌いじゃないけど、今の俺は騒ぐ力も残っていないかもしれない。
ああだけど、楽しみだ。本当に楽しみだ。
「ふふ。お父さんみたいだね。…ありがと」
そうして二人黙り。静かに時間が流れていく。段々と睡魔が襲ってきた。でもまだ眠らない。この愛おしい時間を味わっている。
ああこれは、白露の膝枕にも似た。
山風の病的な雰囲気と、色白で、柔らかな体。優しい心、受け入れてくれている在り方。その全てが俺の弱さを隠させてくれない。
泣き出しそうだった。涙は流したくないから堪えた。
「提督」
ぽつりと彼女が言葉を発する。答える余力なく。ただ続きの言葉を待っていた。
「あたしは、駄目なのかな」
強烈な自己嫌悪が乗った呟きだった。静かに消え入る声質は、それでも心に突き刺さる重さを感じさせた。
否定は出来ない。簡単に口を出して良い言葉ではなかった。
無言で山風の瞳を見つめると、優しげな光は薄く。彼女もまた泣き出しそうな弱さを見せてくれていた。
「臆病者だよね。艦娘なのに怯えてる」
それは…否定出来ない。怖さを前面に出す艦娘は、この世界だと珍しい。皆恐怖を抱えつつも、戦うのは当たり前だと思っているのだ。
無論、提督の強制力もあろうさ。解体という非情なシステムもある。
それを抜いたとしても、皆戦意に溢れているのだ。
しかし山風は、素直に恐怖を見せている。臆病だと卑下したくなる気持ちは、分からないでもない。
「でもね。沈むのってね。すっごく怖いんだ」
絶望の乗せられた声だった。そんな心を見せてくれるほどに、彼女は俺へ共感してくれているんだ。
静かに聞いている。山風の想いを聞かせてもらっている。
「海の、深い海の底まで沈んでくの」
息一つ出来ない冷たさと暗闇。たった独りで落ちていく孤独感。全て、山風が嫌うものだ。
頭を撫でる手が止まった。縋るように、彼女が俺に抱きついてきた。それでも癒やそうと、背中を優しく叩いてくれている。
……ああきっと、山風の隠したい弱さを見せてくれている。そうする事で、俺の弱さをも許そうとしてくれている。
「音一つない。何もない。冷たい水に押し潰されて」
想像すらしたくない。大切な艦娘達が、そうして今も建造されていない者達が、そんな絶望を抱えて在るのだろうか?
「ぎゅって、奥深くまで潰されちゃう」
指一本動かせない束縛と、それでも意識が完全に消えきらない状況だ。どれ程の悲しみを抱えながら、山風はこうして生きているのだろう。
「なんにもないんだ」
最後に紡がれた言葉は、ぽつりと零れる声色だった。