こんな臆病者の俺だから、提督としての言葉を捨てるなら。
「無理に戦おうとは言わない。言えない」
そこまでの恥知らずにはなれない。なりたいとも思えない。
艦娘が心の底から戦いを拒絶するなら、人類は滅びるべきではないかとさえ思っている。
でも艦娘は戦ってくれている。血を流し、煤汚れを身に纏っている。死への恐怖もあるんだ。仲間達を心配している。
大切な姉妹を亡くす恐怖と戦いながら、何時だって艦娘は人類を守ってくれているんだ。
そうして、この世界の者達も優しかった。恥知らずじゃなかった。ブラック鎮守府は存在しない。だからこそ解体や肉の盾の悲惨さが目に映る。
俺は、他の世界を知っている。もっと酷い世界だったと言い張れるけど。
「…ごめん、ごめんなあ」
提督が戦える世界を知っている。馬鹿な日常を知っている。本当に様々な二次創作があったんだ。
その上で、この世界はあまりにも平等が過ぎる。
艦娘が轟沈した際には塵一つ残らない。海へ消えていくんだ。
「戦わせてごめん。守ってやれなくてごめん」
俺が戦えたら良かった。そんな力があればと何度も望んだ。それが出来なくても、圧倒的な指揮能力で蹂躙出来れば良かった。
チートがほしい。物語を喜劇に変えられる、圧倒的な実力がほしかった。
「もっと、もっとな。日常が歩めたかもしれない」
本当なら平和なんて普通にあるものだと。そう言い張れる程甘い世界もあった。…俺が、俺が転生者でなければそんな世界だったんじゃないか?
俺が圧倒的な天才ならば、化物ならば甘い世界を創れたんじゃないのか。
かつて長門に泣きながら殴られ、喧嘩になった傲慢な考え方だ。でも、しっかりと俺の目を見つめる山風がいてくれるから、弱さと淀みを隠しきれない。
「何も考えなくて、当たり前に楽しい日常があってさ」
学校に通っても良い。恋愛を楽しんでも良い。姉妹達と遊んでも良いのだ。
四季折々の萌えを、当然に楽しめる世界があったんだ。
「楽しく笑い合える時間があったかもしれない」
俺は、転生者だから知っている。故に諦められないで、萌えの為に戦い続けてきた。
だけど、山風は違うんだ。当たり前の平和を知らない彼女に、戦場を強要される彼女へ俺が何を言えるよ?
同類と言ってくれたからこそ、ただただ。
「そうじゃなくてごめん。俺が戦えなくてごめん」
山風の美しい瞳に、弱々しく涙を流す臆病者が映っている。嗚咽が生まれて言葉が出てこない。情けない姿。
山風が俺を抱きしめ直した。横になる俺の頬へ彼女の頬が乗る。柔らかい。耳元でささやく形で、儚い声が紡がれる。
「全部、聞かせてくれてありがと」
優しい手が俺の背中を叩く。心地良い熱。
「…好きだから。ちゃんと好きだから」
小さく柔らかな鼓動が俺の胸へ届く。幸せなリズム。
「私も、艦娘だからね。怖いけど、とっても怖いけど」
強い決意が声に込められていく。戦う意思が俺の魂にすら届いている。
「泣いてくれる人がいるって、教えてくれたから」
ぎゅっと、力強く抱きしめてくれた。応え俺も抱きしめ返す。
情けない姿をさらして、彼女もまた弱さを聞かせてくれて。同類と言ってくれた山風は、かつての俺のように。
「あたしを愛してくれる皆がいてくれる」
彼女の体が震えた。ああそうだ。臆病だけど。
「――戦う。戦うよ」
誓いの言葉は己へ刻み込むもの。また俺は艦娘へ戦いを押しつけるのに、その言葉を美しいとさえ思っている。愚か者だ。
「…手を離さないで、忘れないで」
「忘れるものか」
こうして抱きしめてくれた同類の彼女を、臆病な心を忘れて堪るか。幸せになるために、愛してくれる者達の為に覚悟した山風を忘れない。
「そうしてくれたら頑張れるから」
最後に優しく頬ずりをしてくれてから、彼女の体が離れる。愛おしく見守る母の様な目を見せて、甘える娘の様な声で言うんだ。
「今日一日はゆっくりしよ。…そしたら頑張れるよ」
にこりと柔らかく微笑んでから、お互いの意識が落ちていった。