提督としての言葉、艦娘としての答えです
雷電姉妹との一日を終えて、今日。俺は響と執務室にいる。時刻は朝。彼女は、入室してから一言も発していなかった。それは俺も同じ。
…心臓がうるさい。それだけ暴走しているのに、鼓動が止まりそうな程の緊張感も覚えている。
「…やあ、久しぶり」
先に口を開いたのは響だった。応ずるように、途切れそうな言葉で返す。
「久しぶりだな」
本当に久しぶりだった。初めて会った時から、ここまでずっと一緒だったんだ。これだけお互いの顔を見なかったのは初である。
きっとそれも緊張に影響しているけど、今回はそれだけじゃない。
「その、元気にしてたかい?」
何かを探るような言葉だった。いつもは揺れぬ透明な瞳は、仄かに緊張を宿していた。可愛い。けど、緊張を悟られている。
「おかげさまでな」
「そうかい」
「「……」」
妙に気まずい。やはり伝わっているのだろう。この心の全て。今から伝えようとしている思い。向かい合うように立ちながら、彼女の瞳を見つめながら。
「――響」
呼びかけに返答はなかった。俺の言葉を待っている。待っていてくれている。改めて響を見た。
水色の落ち着いた瞳。暁のおかげか、艶がある銀髪が美しい。少女の幼さを示しつつも、整った顔立ちが素晴らしい。
雪の妖精。なんて言葉も似合う位だ。ちょう抱きしめたい。ぺろぺろしたい。むしろぺろぺろされたいんだ。ふひひ。
いやいや。いかん。いつものエロい感じじゃなくて、ちゃんと真面目に言うんだ。
「これまで相棒として俺を支え続けてくれてありがとう」
彼女には感謝してもしきれない。俺が鬱病でほぼ死んでいた時に、懸命に介護してくれたのも響だ。こうして、曲がりなりにも人として生きていられるのも、本当の始まりは彼女のおかげだった。
素直に性欲はある。滅茶苦茶響で自慰をしていた。
だけど、そんな俺だけど。こうして過ごしてくれた響へと。真っ直ぐに思いを伝えるんだ。綺麗な思いを伝えるんだ。
「これからの人生を、俺と共に歩んでくれないか?」
プロポーズとしては情熱的ではなかっただろうか。胸が痛い。結果を待ち望んでいるのに、答えてほしくない俺もいた。
怖い。怖いよ。時間が無限に引き延ばされていて……終わりは唐突だった。
「…ごめん」
頭がまっしろになった。彼女の言葉が上手く聞こえない。
「司令官は好きだよ」
頬を赤らめながら彼女は言う。照れと、それ以上の暖かい心で言う。
「心底から、愛している」
ぼうっと伸びた意識が。ああ。綺麗だなと場違いな感想を紡いでいた。
「けど、正直想像がつかないんだ」
反転。静かな、確かな拒絶。踏み込めない。それだけの壁があった。
「あの時私を抱きしめてくれたよね」
語るまでもない。彼女の全てを覚えている。匂い、鼓動、熱。柔らかさだって、男としてああ。言えないな。
「嬉しかった」
泣き出しそうな笑顔だった。俺はなぜ黙っているのだろう。まるで舞台を見守る観客のようだ。…どれだけショックを受けているのだ。
相棒に、響にこんな事を言わせてる。己の愚かさが憎い。
「矛盾した想いも語ったかな」
お互いの幸せを強く願っている。そこに互いがいなくても良い。誰かが望んだ。誰もが望んだ平穏で満たされてほしい。
「創が、皆と仲良くなるのに嫉妬する想いはあるんだ」
俺もそうだ。彼女が他の男と語らっている。愛を語る。尊いと思い。幸せに祝福もあれど、どす黒い嫉妬がある。
「だけど、私なんかがって思いもある」
ああ。俺もそうだった。本当に似ている。だからこそ、この言葉は捨て置けない。どれだけ俺が響に惚れていると考えているんだ?
「例えばそう。もっと魅力的な女の子達がいる」
すぐに否定しようとしたが――真っ直ぐな瞳。生半可な想いでは、今の彼女の言葉を否定出来ない。綺麗に取り繕った言葉なんて、くその役にも立たなかった。
「だから、その」
見透かした様に帽子を深くかぶり直した。瞳が見えない。涙が浮かんでいるのだろうか?
「ごめんなさい」
声には、微かに涙が乗っていた。ああ。俺は彼女に何を言わせているのだろう。
「…仕事になれば、艦娘としては元に戻れるから」
それは人としての交わりはないわけで。つまり俺は――彼女に振られたんだ。
「また相棒として会おう」
そうして顔を上げた響は、不思議と初対面の時みたいで。前世で俺がイメージしていた、艦娘・響の顔で。
「
一つの別れを告げ去って行った。