胸に、胸に深い孔が開いていた。おそらく心臓の辺り。不思議と鼓動音が聞こえない。落ち着いていた。ひどく落ち着いていた。
「ふう」
わざと言葉に出して息を吐いた。胸の孔からも何かが零れた気がした。
ここはどこだろう。意識的に周りを見回す。
執務室。そうだ執務室だ。最近は来客が多いから、家具が増えている。可愛い黒猫のクッションは川内の。彼女が愛用する黒ソファーの上に置いてあった。
他にも、ここで過ごしてくれた艦娘たちの、思い出のかけらが部屋にある。世話になったという意味では、白露のミニ観葉植物が、何か大切な心を揺り動かしてくれた。
胸の孔が、埋まった気がした。思考が戻ってくる。俺は執務室にいる。今の心境が自然と言葉の形を成してくれる。
「死のう」
落ち着け。今死んだら響が気にするだろう。それだけか?
かつての仲間たちもひどく悲しむ。同期だって悲しんでくれる。それだけじゃない。
ここで出会ってくれた、艦娘たちが悲しんでくれるんだ。俺を父と慕う子供たちだっていた。死んでいる場合か。落ち着け。
後十年は緩やかに外界から離脱していって、響や他の艦娘が幸せになる姿を見届けたら、静かに死のう。よし。
死ぬぞ!
「提督、邪魔するよ~」
ノックも無しに川内が入室してきた。そのおかげで更に意識が戻ってくる。俺は執務椅子に座っていたらしい。
さすがに、今の俺は彼女の入室にツッコむ気力もない。
だが動揺は見せられない。いつも通りに振舞おう。
「川内か。ふっ、今日も元気だな」
白露や、それこそ川内のおかげで俺の表情も随分と柔らかくなった。自然と微笑みまで出てくれた。
うむ。少し元気が出てきた。ふふふ…ふう。出るわけがないか。
「…どうしたの?」
――まっすぐな瞳。曇りがない眼差しから目が離せない。
「何がだ」
ばれているとわかっても虚飾を張り続けた。
「……」
無言のままに彼女が近づいてきた。机に乗り上げて、両手で俺の頬を挟んでくる。痛みはない。包み込む川内の優しさが伝わった。
「誤魔化さない。隠さないで」
言葉に怒りはない。じんわりと頬に熱を感じる。彼女の手のひら。小さくやわらかで、暖かい川内らしい手。
「暇があれば一緒にいたんだから、さすがに分かるよ」
落ち着いた瞳が、やはりまっすぐと俺を見つめていた。川内らしい微笑み。ああ。なんて優しい子なのだろう。
逃げられない。逃げたくない。洗いざらいぶちまけて、いっそのこと泣き出してしまいたい。
それでも黙る俺へ、本当に優しい声で彼女は続ける。
「怒らない。茶化さないから私に教えて」
両手が俺の頬から離れて、今度はそのまま両手で頭をなで始めた。わしゃわしゃと。これも川内らしい。強くも荒々しくはない。
愛情、なんて。そんな感情を抱く手のひらだった。
「それが難しいなら、響でも呼んでくる?」
仄かに悲しそうだけど、それも悟らせないような笑顔の言葉。その音に誘発されて、俺の思いも言葉になってくれた。
「…ふられた」
「へ?」
呆けた顔で見ている。言葉の意味を理解できていない。可愛い。ははは。川内って美少女だよな。ああ。何を考えているのやら。
自分の愚かさがさらに誘発して、言葉が続いてくれる。
「響に告白したら振られたんだ」