「提督、提督」
神通が頬を染めて語りかけてきた。酔いが深そうだが、真剣な瞳である。こうしてみると凜々しい美人であった。
「どうした?」
「私は強いですか? 頑張れているのでしょうか」
漠然とした問いかけだ。中々返答に困る。ふと川内の方を見ると、優しい微笑みを返してくれた。少し真面目に答えようか。
「俺は頑張ってくれていると思っているぞ」
日々の演習や遠征で神通の話を良く聞く。指導者としても真面目で、個人としても努力を尽くしていると聞いていた。
多少、厳しすぎる面もあるらしいが、生き残ってほしいと思うからこそだろうよ。
俺も艦娘に甘い性格だと自覚しているけど、訓練の時は厳しくしている。軍神として、一番シンパシーを感じる相手だ。
「何より成果として、軽巡の中では高水準だと確信している」
遠征や哨戒での撃破数はトップクラスだ。何よりスペックに頼らず、無駄のない動きを心がけている。天龍とは違う所で、数値化出来ない素晴らしさがある。
「私よりも強いからね~」
自嘲する様に語っていたが、自虐するような声ではなかった。良かった。
「阿武隈さんに勝てるでしょうか」
これも難しい質問だ。勝てるかどうかと言われれば、可能性がないわけじゃないさ。正直な所、阿武隈も極端に性能が良いわけじゃない。
「単純な能力だけを考えれば、劣る所はない」
正直な感想。ここでの努力と生来の性能は、十分阿武隈に迫っているさ。一対一で、よーいドンで戦えば勝てるかもな。
「だが、彼女は常軌を逸した戦闘経験がある」
――どんな状況でも己の最善を果たせる力。片腕がもげかけようと顔色一つ変えず。勝利、或いは戦闘続行に全てを注げる精神力。
響が生き残ることに特化したのに比べて、阿武隈は勝利することに特化した。
『創くんも響ちゃんも、私が守るからね!』
そういって笑う彼女の姿を、姉とすら慕わせてくれた姿を覚えている。かつての仲間達には重巡洋艦どころか、戦艦すらいたけど。最強は彼女だった。
最高の相棒は響で、頼りにしてしまうのは阿武隈だ。それ位に特別な相手なんだ。
「反応ではなく。反射で最適解を選ぶ力、と言おうか」
俺の指揮と合わさって、最早笑えるレベルで完成されている。そこに至るまでどれ程の血反吐をぶちまけたか。血尿や血涙を流して鍛え抜いたんだ。
「こればかりはやってみなければ分からないがね」
そう。強さ=勝利ではない。状況が合わさればどんな相手でも負ける。
いやだからこそ阿武隈って怖いんだけど。勝つことにすら拘っていないし。最終的に勝てるなら喜んで逃走するタイプだからな。
ニコニコ笑える日常を守る為なら、何だってやるタイプだ。俺と似ているけど、俺では持ち得ない守る心がある。
だから姉として慕っているんだ。阿武姉の甘い声を思い出す。
『甘えん坊だね。今日はいっしょに寝よっか』
響を含めて三人で、川の字で寝た日々を思い出した。くすぐったくも愛おしい。懐かしいも思い出だった。
「十中八九負けそうでしょうか」
しょんぼりと落ち込んでいた。可愛い。それに真面目だ。
「落ち込むことはない。勝てる状況に持ち込んで勝つ」
例えば俺が阿武隈とやり合うならば、空母を揃える。絨毯爆撃で攻め続ければ、確実に避けられない攻撃があるものだ。
負傷でスペックが落ちない精神力こそ脅威だが、あいつは軽巡である。戦艦と比べれば遙かに脆い。
問題はそうさせてもらえない事だ。
空母を相手が揃えると思えば、同士討ちになるように間合いを詰めてくる。あるいは奇襲で落としにくるだろう。
阿武隈の本当に怖い所は、最終的な勝利の為ならば躊躇わないことだ。なんでもする。そうして確実に生き残ってやると考えている。
仲間達を悲しませないために、生き残ってやると考える。
たった二つの執念が、半端じゃなく恐ろしい相手。俺や響では持ち得ない、凄まじい思考力が彼女の最大の武器だった。
ふふふ。酔いが思い出を滑らかにしているぜ。随分と阿武姉の事を思い出すもんだ。懐かしいなあ。
「結局はそれだけの事なのだろう」
「…えへへ。提督は凜々しいですねえ」
にんまりと笑って、ゆらゆらと体を揺らしていた。今にも寝てしまいそうだ。
「川内、彼女は随分と酔っているようなのだが」
「気を抜いて良いって言ったのは提督でしょ。付き合ってあげなよ」
にやにやと川内笑っている。
「それもそうか」
まだまだ夜は続きそうだった。