恋愛成就から数分後。告白を受け入れてもらえた喜びは醒めずとも、雰囲気が落ち着いてきた。嘘だ。俺の頭はお祭り状態だった。
それはそれとして夜。もう深夜。人が起きている気配はない。
お互いに少しは落ち着いて、立ったまま呆けたように向き合っている。
ちくたくと、時計の音が響いていた。
目の前には響の姿。パジャマ姿でもじもじとしている。まだ告白の名残が残っていて、仄かに頬を赤く染めていた。薄らと汗も見える。お互いに余裕はなかったのだ。
何より、そう。匂い。お風呂上がりの女の子の、とても良い匂いがした。
どくん! と心臓が鳴いた。徐々に俺の脳みそが現実へと戻ってきた。
今俺は、自らが惚れた女と二人っきり。相手も俺を愛している。
俺の、男を受け入れてくれている。受け入れたいと思ってくれている。
…喉が乾いてきた。ああ本当に心臓がうるさい。どうしよう。どうしたい。
触れたい!! 滅茶苦茶触れたい!!
俺が響を求める心を、言葉だけじゃなくって体で伝え合いたい! しなやかで美しい肢体を舐め回したい。舐め合いっこしたい!
落ち着け。落ち着くのだ。響を傷つけるのはノーグッド。
「創」
響がただ俺の名前を呼んだ。熱に浮かされるように、一歩進んだ。
「響」
俺が彼女の名前を紡いだ。応える様に響が一歩進んだ。
これで、もう抱きしめられる位置だった。
そっと抱擁する。
「あっ」
響から声が漏れた。甘くて切ない音色だった。
抱き隠せるほど小柄な体は、儚く柔らかい女の子のそれだ。響の頭に顔をつけた。匂いを嗅ぐ。脳いっぱいに響の香りが広がる。
「…それはさすがに恥ずかしいな」
「良い香りがするぞ」
シャンプーの甘い香り。響を思わせる涼やかな、不思議な匂いだ。痛い位に興奮しているのに、なぜか安心すら覚える。たまらない。
先程までの狂気にも似た心はなりをひそめて、静かに強く響を求めている。ほしい。だきたい。素直に思えていた。
響も俺の胸を嗅いでいた。ちょっと恥ずかしい。
「臭くないか?」
「ちょっと酒臭いよ」
響の頭から顔を離してみると、彼女は俺を見上げていた。透明な瞳は、じと~っと音が聞こえそうな心が見える。
自然と体が強張った。全て見透かされている気がする。なに恥じることはない。
川内は俺を愛していた。俺は響を愛していた。
それだけだ。…ほんとだよ。いや川内が嫌いなわけじゃなく。んなわけない。というか好きだ。滅茶苦茶に好きだ。
でも俺は響を選んだ。求めたんだ。うん。何も恥じ入る事はない。
「ああそれは」
「川内さんとかな」
す、鋭い。鋭すぎる! 心臓につららを刺したみたい。響の瞳も澄み切った氷のようだった。
「…う、浮気じゃないぞ」
あれ? おかしいな。背中に冷や汗が流れてきたぞ。それはなぜ。そうだ。俺が愚か者だから。あいむしんかーだ。
「ふ~ん。でも、うん。抱き合ったりしたよね」
「見ていたのか」
よし。殺すならば殺せ。なんて冗談にもならない。何て言うか、普通に嬉しい。響が嫉妬してくれているのが嬉しくて堪らない。
あんまりいきすぎると、単純にメンタルがやばい奴なので自重しよう。
「ううん。川内さんの匂いがするんだ」
くんくんと俺の匂いを嗅いでいる。照れるぜ。可愛い。俺も響を嗅ぎ回したい。変態か。変態だった。
「ここでは一番いっしょにいた人だから」
そういった言葉は静かな情が見えた。響も川内が好きなのだろう。快活に笑う彼女は、多くの艦娘に慕われている。しかしまあ。
嫉妬心は別の話のようだ。
「キスもしたのかい」
確信をもった瞳だった。いよいよもって物騒な輝きが乗った気もする。可愛い。へへへ。ちょう可愛い。この子俺の恋人なんすよ。
「…怒った?」
「怒ってないよ。うん。ただ、そうだな」
目を瞑り考え込むように黙った。彼女の言葉を待つ。でも互いの体は離れない。体温が伝わる。
とけあいそうな程の時が経った気がして、響がふいと目を開き、真っ赤に染まった顔のまま。
「今日から創は私のだから、私も創のだから」
ぎゅっと響からの力が強まった。俺の胸に顔をうめてしまった。表情が見られないのが残念だ。最高に愛らしい顔をしていると思う。
「それだけは、覚えていてほしい」
「あ、ああ」
えっ。やばい死んじゃう。幸せすぎて死んじゃう。脳内麻薬がだばだば出ている。もう融けちまいそうだ。心臓が停止している。いやそれは嘘だけど。
また響が俺を見上げて。
「キスを、キスをしたい。創からしてほしい」
そんな愛おしい言葉を紡いでくれた。
「んっ」
迷いもなく。響のくちびるへ、くちづけた。
そっと触れるような感触。柔らかい。微細な動きまで伝わるようだ。目を開いた。響も目を開いている。
宝石のように透明な瞳には、情欲の潤みが滲んでいた。
堪らない愛おしさが伝わってくる。俺が、強く響きを求めている心も伝わっているのだろうか?
くちづけを離した。名残惜しさを感じる間もないほど、愛おしさが胸をうめている。
「ああだめだこれは」
なぜかそんな言葉が俺から零れた。だめになりそうだった。素直な感想だ。
「そうかもしれないね」
冷静に答えたような言葉は震えていた。仄かに涙が浮かんでいる。そういうことだった。堪らない事実だった。
言葉もなく。もう一度、彼女にキスをする。
最初よりは強く。唇同士の感触を味わうようなキス。ふっと離して、ついばむように短くキスを交わしていく。柔らかく。ゆっくりと触れ合っている。
そうして舌を「だ、だめ」
「どうした?」
彼女の拒絶に焦りはでなかった。そうなるようなキスだった。全て伝わっていて、静かに響の言葉を待っている。
「…はじめては、創の部屋が良い」
「ん」
短く返答して手を差し出す。彼女が応えて互いの手を絡めながら、一歩、また一歩と。部屋への歩みも楽しみながら夜が更けていった。