阿武隈の報告を受けて、俺と響が二人で執務室にいた。
隣り合わせでソファに座っている。肩が触れ合って心地良い。
「阿武姉はなんて言っていたのさ」
「最後の決戦だと」
阿武隈の報告より。深海棲艦共が最後の足掻きを始めたとのこと。
駆逐艦と軽巡洋艦しか入れない結界を構築。残存戦力をそこに固めて、なんとかやり過ごそうとしている。
結界を解除するためには、3つのポイントの敵を殲滅しなければならない。最奥の敵はそうしなければ殲滅できない。なんと分かりやすい話だ。
それが、堪らなく辛い事だった。
「支援は?」
「ない。ここの兵力で片付けなければならない」
阿武隈は来れない。彼女は最奥の敵と戦う戦力として数えられている。かつての仲間達は艦種が適応していない。
「そっか。…それは辛いね」
「ああ」
この鎮守府に来て多くの艦娘達と触れ合った。俺に父性を求めてくれた者達がいた。俺が癒やしを求めた者達もいた。
なにも考えずに楽しい日々を送れた。世界に生きている綺麗な輝きを味わえたんだ。
「3つのポイントを殲滅するなら、私と無茶も出来ない」
一箇所を攻めている間に相手が対応する可能性がある。そもそも体が保たない。
「艦隊を分けて指揮をする必要がある」
「誰か死ぬかもしれないじゃないか」
失われるかもしれない。俺に多人数の同時指揮の経験はない。
あたかもゲームの艦これの如く。祈りしか許されていない。懐かしさすら覚える感覚だった。
沈黙が広がった。陰鬱な重みが脳からしみ出て、全身を潰すようだった。苦い。胸の内が痛む。ふと窓を見ると曇天だった。
雨は降らない。なんとなくそんな気がした。
たっぷりと数十分は経過しただろうか。或いは数秒程度だっただろうか。
となりにいる響の呼吸が聞こえる。耳を澄ませば鼓動も聞こえそうだった。重い沈黙があった。なんでもないように響は言う。
「逃げちゃおうか」
笑みすら含んだ言葉だった。でも冗談ではなかった。冗談なんかじゃ、なかった。
「はっ、ははは。…どこまで?」
応えて俺も笑いながら本気で問いかけた。隣の彼女の顔を見る。からかうような微笑みだった。響らしい格好良い微笑だ。
「後悔が追いつくまで」
「それは随分と短い旅になりそうだ」
お互いに真面目である。ほんと嫌になる位本気で生きてしまう。絶対に耐えられない。俺はそんな強い人間じゃない。響もそうだ。
置いてかれる悲しみは彼女の方が知っているだろう。耐えられるわけがないじゃないか。
「私といっぱいエッチをしよう」
夢を語るように言葉は続く。
「デートして」
思いついた幸せを語る。
「のんびりしよう」
それはとても幸せなように思えた。尊い日々に感じた。そんな人生が歩めるならば、俺の物語の名前はいちゃいちゃ大好き提督日常と言えそうだった。
「皆も連れてハーレムだ。さすがは創だね」
「そいつは大したもんだな」
どうだろう? 響という最高の女性を知って、俺は他の女を抱けるのだろうか。
川内というまた最高の女性も知っていて、選んだ響以外に目を向けるつもりになれるだろうか。ははは。考えるまでもない。
愛された己に恥じることは出来ない。それだけだ。
「実際、私一人だと満足してあげられてないし」
気絶するまで責めたのを、ジト目で責められている気持ちになった。可愛い。今度は響に徹底的な責めをしてほしい。互いに遠慮はなしだ。
「絶対に楽しいよ。いちゃついた日常を歩んでいこうよ」
「でも、その道は後悔に続いている」
返す言葉に後悔はなかった。続ける想いに嘘はなかった。
「俺は提督だからさ」
どの口が言っているのだろうか。滑稽だ。それでも続ける。
「ようやく終わりが見えたんだ。終わらせられる」
「でも! …それでも酷い戦いじゃないか」
「ふ、ふふふ。そうだなあ」
上を見上げた。天井が見えた。その先の空は見えない。神様なんているのだろうか?
「祈るしか出来ないなんて本当に酷いよな」
最高の装備と編成をして、後は羅針盤と命中に祈りを捧げる。
ははは。最後の最後でそれだ。まるで艦これそのものじゃないか。
――それで、良い。それが良い。俺は艦これを愛していて、だから道を歩み切れた。
二十と数年ぶりの艦これだ。ああそうだ。どうしようもない現実だけど、物語のように運命なんて信じられない時間だったけど。
それでも俺は提督で、この場所で出会った者達は確かに艦娘だったから。
「戦おう。響、側にいてくれるか?」
俺の言葉に一度目を閉じて、開く時には彼女は響だった。初めて出会った相棒の笑みだった。
「それが創の望みならば」
「ありがとう」