川内、夕立、江風、時雨、山風、春雨。
最前線での経験少なくとも、戦い続けてきた者達と、怯えながらも運命に抗う者達の水雷戦隊。
一切の不安はない。強い決意で戦場に挑む艦娘達の戦い。
対するは絶望。――戦艦・レ級が二体。
数で勝るからと油断はできない。
戦艦・レ級。にこにこと明るく笑う幼子の様な少女だ。
肌は不気味なほどに白い。両眼だけが、真っ赤に笑っている。黒のビキニを見せつけるように、胸の開いた黒ジャケットを羽織っていた。
姿だけなら愛らしい少女。
そんな印象を全て塗りつぶす異形の尾。
レ級の太い尾っぽは、禍々しい口を先端に見せている。
獲物を求めて涎を垂らす尻尾が、目の前の彼女が化物なのだと伝えていた。
レ級の恐ろしさは見た目だけではない。
駆逐艦を凌駕する雷撃、並の戦艦を超える砲撃。果てには空母すら及ばない航空戦力の高さよ。
艦種の枠を超えて、あらゆる戦場を叩き潰す力だ。
まさしく戦場の化身。絶望の具現化。
「とんでもない化物だね」
川内の額に薄らと冷や汗が浮かぶ。
戦い慣れた彼女だからこそ、目の前の化外の力量を肌で感じていた。
二対六? 否。レ級は一隻で五隻以上の戦力を発揮する。
それが二隻。単純に考えて十対六。戦力の優位なんて欠片も存在しない。
『タ、戦イ。タタカイ。ハ、ハハハ。アハハ!!』
ノイズの走ったおぞましい言葉と共に、戦闘が開始された。
嵐の如き先制雷撃。容赦など微塵も存在しない魚雷群は、一発でも当たれば大破までもっていかれよう。応ずるように艦娘達も雷撃を放った。
それと同時に回避行動。
レ級共は避けもせず。笑いながら砲撃をぶっ放す。
冗談みたいな連撃だ。空からは爆撃が降り注ぎ、砲弾は押し寄せる雨粒の如き密度で放たれる。魚雷は津波か。
それ以上の圧倒的エネルギーをもって、こちらを爆ぜ砕かんとばらまかれている。
たった一隻で、戦場を支配する化物が二隻も存在する。
なんの冗談。
「は、ははは! 素敵なパーティーね!」
夕立が笑った。脳が震える程の恐怖で笑った。
これだ。これこそが戦場だ。今、己は戦場にいると笑った。なのに。
「はっ、はっ」
息が切れた。ぴりぴりと胸が痛む。脳裏に怯えが奔る。
かつてない程の強敵が怖いんじゃない。それだけならば楽しめただろう。
隣には大切な仲間達がいる。暖かな日常を歩んだ、歩ませてくれる仲間達がいる。
『怖いから戦うんだ』
そうだ。提督の言葉も覚えている。
だからこそ、負けられなくて怖くなった。
段々と緊張で体が固まっていく。久しくなかった。
或いは提督が忘れさせてくれていた。
失う事への恐怖。
不味い。直撃コースで魚雷が迫る。衝撃を覚悟した夕立を――引き寄せる誰かの手。
「ぽ、ぽい~!?」
どうにか避けて体勢を直す。振り向くと。
そっと、背中に触れる掌があった。
「大丈夫ですか?」
春雨だ。にこりと微笑んでいる。震えながらも彼女は微笑んでいる。
彼女がこの艦隊で最も弱い。なのに、なのに瞳へ宿る意志は誰よりも強く。恐怖に身を強張らせてない。
自分はなんだった。なんと言ってこの戦場に来た。背中に宿る熱が心の火を灯す。
――夕立は艦娘だろう。思い出した。思い出せたんだ。
「春雨。いっしょにがんばるっぽい!」
「はい!!」
「時雨、まだ生きてる?」
最も多くの雷撃を捌いた川内が、次ぐ数を凌いだ時雨へ問う。
二人ともすでにボロボロだ。中破程度はしているだろう。大破していないだけ、轟沈していないだけですさまじい。
「なんとか、人の形は保っているよ」
苦笑しながらの言葉だった。何が笑えるって、敵艦隊はニヤニヤと余裕を見せているのだ。今の嵐がただの攻撃。必死さなんてない。
「上等…!」
余力を残しつつも冗談のような猛撃だった。生きているだけで上等だ。
「それならいける?」
「川内さんも提督に絆されて変わったのかい?」
静かに時雨が微笑んだ。目は笑っていない。
「ん~?」
「僕は佐世保の時雨。できるかじゃない。やるかやらないかさ」
静かに時雨は艦装を構える。さざ波一つ経たない凪いだ心。絶望はない。ただ覚悟だけがある。
「あはは! 格好良いね。よっし。じゃあ――やろうか」
「任せて」
「山風。怖いンなら後ろにいろよ」
「守るって決めたんだ」
愛する姉妹艦が珍しくも奮起している。いつもならとっくに泣きがはいっている状況だった。
「はっ! 良いねえ。でも山風が沈んだら悲しむだろ」
提督が山風と気が合っているのは、なんとなく分かっていた。…どちらも酷く優しい。臆病で、自分嫌いなのだろう。
「それは江風が沈んでもそう。なにより、その」
「あン?」
照れた様にはにかみながらも、目を真っ直ぐに見つめて。
「江風が沈んだら、あたしも悲しい。とっても悲しい」
「は、ははは! …なら沈めねえじゃン」
ぎゅっと江風の手を握りすぐに離す。
一瞬だけど確かに伝わった熱。力。想い。
誰も失いたくない。いつも感謝している。熱い心。
「がんばるから、ね」
「日常を守らねえとな。提督との約束なンだ」