申し訳なさそうな声。ぎゅっとする力が強まった。
応えるように俺も力を込める。大丈夫だよ、と。白露にしてもらったように、彼女の甘えを許す。…偉そうに語れるほどの人徳はない。怖い人間と自覚している。
だからこそ、意識的に在り続けるんだ。
「そうでもないさ」
今はまだ彼女の言葉を借りて。時雨の親愛なる姉の名前を借りるんだ。
「白露から君達の事は聞いている。甘えたがりな子達だとな」
「ううっ。恥ずかしいな」
きゅっと更に力が強まった。恥ずかしさを誤魔化すために、少し身をよじらせている。可愛い。胸の切なさが堪らないぞ。
案外、白露も俺をそんな風に思ってくれていたのかな?
だから何だというわけじゃなく。湧いた胸の思いのまま、わしゃわしゃと頭を撫でてみる。
「か、髪型崩れちゃう」
なんて困りつつも、嬉しそうに身を寄せてくれた。
ふふふ。ちょっといじめたくなる言葉である。いっちゃうか! 調子良いからな!!
「嫌か?」
「…いじわる」
震えた声。羞恥の乗った言葉。さらに抱擁が強まって、すり寄ってくる時雨。
ちょう可愛い! や、ヤバいぞ。俺は父親だった? すごいほっこりしている。
ああもう。愛らしい奴だな。思ってみれば、こうして甘えられるなんて初めてだ。響は弱さを見せたがらないし、他の仲間達は俺より遙かに大人だった。
こうやって甘えてもらえる程度には、俺も大人になったのだろう。根がスケベなのは仕方ないね。
「照れる必要はない。提督として、人として逃げるつもりもないさ」
それこそ白露に甘えさせてもらって、力が戻ってきているんだ。
守ると誓った。軍神。格好つけた称号に報いる力量は、あると思いたい。
「ただまあ。理由は気になる」
これも素直な本音である。言ってしまえば何だが、こういうのは夕立の感じと思っていた。押しつけるつもりはない。甘えたければ、甘えてほしいぞ。俺も嬉しい。
しかし無理はするなと。変に仲良くなるために、無理をして甘えられるのは辛い。
生憎だが俺はコミュ力に欠けている。表情も乏しい。感情だけだ。しかも伝えられていない。好かれる理由が分からんよ。
一拍。いや二拍以上か。間が生まれた。
深い躊躇。さらけ出すのに躊躇っている。不安だ。鼓動音が揺れている。体も仄かに震えている。まさか寒くはあるまい。こうして抱き合っていると、熱く感じる位だ。
そうだろう。熱は届き合っているだろう。安心してくれよ。
ぎゅっと、俺からの力を強めた。一瞬苦しそうにして、それでも、優しく受け入れてくれた。頼ってくれて良いんだ。
『ありがとう』
言葉はなくとも、彼女の感謝を聞いた気がした。そうして。
「――弱った姿を見せると、皆は不安になるから」
全員を守りたいと願う。仲間思いの優しい子。抱え込む責任感の強い子。
歴戦錬磨の戦士に至る経験はなくとも、艦船の戦歴は輝かしく。
佐世保の時雨。呉の雪風と並んだ武勲艦として、何より生き残り忘れられない者として、彼女が抱える重みは如何程だろうか。
考えるまでもない。
こうして、大して話をしていない俺にだからこそ、甘えられる矛盾が生まれている。…それを支えられる大人として、提督として在るけどな。
そんな寂しい事があるかよ。なあんて。言わないけども。