一度抱擁を緩めて、彼女の顔を見た。
――今にも泣き出しそうな表情。深い哀切が紡ぐ嬉しさと、戸惑いが入り混じった独特な顔。甘えに対する恐れと、それでもと望む強い心が見える。
あえてだが、白露に止められた笑みを見せた。
「ぁ、っと。その」
叫びこそしなかったが、とても驚いた顔になった。
色んな感情が交じった表情は、時雨の魅力をよく分からせる。複雑な在り方であり。根は素直な可愛らしい子。甘えたがりの子が異名を、佐世保の時雨を背負っている。
驚いた彼女の心の緩みに、そうして今までのやり取りにこの言葉を。
「なにせ悪鬼だからな。そうだろう?」
軍神、戦争を一つ終わらせた者、不死鳥提督などなど。つけた奴をぶん殴りたくなり、なんなら引きこもってうなりたくなる異名の数々。
新しくつけられた悪鬼の名前は、彼女達の笑顔を守れるならそれで良しだ。
「う、それは、その」
違う意味で泣きそうな彼女。うるうるとした瞳は可愛らしく、わしゃわしゃと頭を撫でてみた。ぎゅ~っと襟を掴まれた。何か言いたげな顔だ。
無言のまま微笑んで、彼女の言葉を許した。
「ずるいよ。いじわる」
「ははは!」
俺を萌え殺すつもりか!! 本当に堪らない。良い気分だ。
もっと強くなれる。指揮だって執れる。…まあ、何もないのが一番だ。
間違っても、ノリで窮地とか紡いでくれるなよ。理不尽なのが運命だろうけど、もう良いだろう。世界で踊り狂ってきたじゃないか。
なあんて、祈っても無意味。ただ淡々と努力を重ねるしかないんだ。
「ねえ、提督。地獄にならない?」
深海棲艦の巣が出来ないか。誰もが轟沈しないのか。
分からない。ただただ冷たい論理を語るのならば、そう言うしかない。
この世界に来て、絶望したばかりの俺だったら、苦渋に塗れても。だが。
「――そうならないように俺は在る」
でも空気がガチすぎるって! ついつい乗っちゃったけど、もっとこう。軽いノリで良いんだって。
『提督。僕に興味があるの?』
と切ないボイスで応えてくれ。興味津々だよ!! へ、げへへ。
…いやあ。こうも触れ合うと、そっち方面にいけないというか。イケないというか。罪悪感でたたないといいましょうか。しょうがないね。
もうしめくくって一言で言うとすれば。
「だから、素直に甘えてくれたら嬉しい」
真っ直ぐに時雨を見つめる。応え、彼女の澄んだ瞳が定まった。
揺れ動く心は脆かろう。今此処に在る時雨の眼差しに曇りなく。甘えられ、強く在り続ける者の魂が見える。…良いねえ。ぞくぞくする。
生きているって、こういう事だよなあ。気がついた内に成長しやがって。
かなり羨ましいぜ。血反吐を吐かないと、俺みたいなのは強くなれないし。
羨ましいし、なんか照れてきたので。
「それだけだ。以上。質問は?」