――一瞬だけ見えた感情。それは今にも泣き出しそうな笑顔だった。
瞳に刻まれた優しさと、深い後悔と絶望だ。戦場でよく見たことがある。
艦娘以前の話。魂に刻み込まれた船の話。将校でもなんでもない。ただの、誰かを守りたいだけの優しい人間が、兵士として覚悟を決めた時の瞳。
強い。そんな目をした人は本当に強い。
やりきると覚悟している者だけが、あんな眼を浮かべられる。
「でも提督の指揮があるから、僕達は力を発揮出来るんだよ」
僕達を纏う不透明な力。旗艦から流れる力があるから、戦場で戦える。
練度を上げていけば別だけど。それでも、提督の指揮があった方が強いんだ。
「そう言ってくれるのはありがたいが、俺の本音だ」
伝わってないのかな? それとも、それだけじゃないのかな。
響なら気持ちが分かったと思う。以心伝心。あんまり話した事はないけど、とても心優しい仲間思いな子。一度だけ演習を見た時もすごかった。
「俺自身欲望もある」
続く言葉は躊躇してから、とても気恥ずかしそうに。
「君達は美しいからな。触れ合いたい気持ちもあるんだ」
美しい? 提督はそう思うのかな。民間の人は恐れてるのにね。不思議な人。
でもそうだよね。簡単に自分を殺せる相手を、愛せはしないんだ。
だけど美しいとか言える。触れ合いたいと言える。僕より余程勇気がある。
「そう…なんだ。それなら、笑わないでくれるかな」
伝えたい。甘えたい。徐々に胸が高鳴って、緊張が堪らないけど。
「俺は軍神だぞ。何より望み云々で言えば、俺の方が余程下劣と思うがね」
「そんなことないよ! 誰かと触れ合いたいなんて、とっても尊い願いじゃないか!」
ぽかんと提督が呆けてた。
「あ、その、ごめん。おっきな声出して、うるさかったよね」
最低だった。う~ん。どうしようもない。緊張で変になって、感情が爆発しちゃったよ。怒ってないかな? 傷つけてないかな。
…怖がらせてないかな。
「そうやって言ってくれる君の望みを、俺がどうして笑えようか」
優しい笑み。何度も見せてくれた優しい笑顔。
暖かな心が伝わる。ああそうだ。受け止めてもらえる。もらいたいと願ってる。
「時雨。何が欲しいんだ?」
怖いよ。緊張する。情けないと思われないかな。
そんな事ない。そう思いたい。今日訊いてもらった姿を覚えてるから。
こうして、何度もといかけてくれる優しさを知ったから。
「――だっこ…」
顔が真っ赤になる。心臓がうるさい。脚もふるえてきたけど。
不思議と、言葉はするりと出てきてくれた。