ありがとうオルガマリー姉様 作:小指技師
途中三人称と一人称が変わったり、場面が頻繁に変わります。ご了承ください。
オルガマリー・アニムスフィアが
だが飽く迄もそれほど目立たなかっただけ、故に確かにそれは異端で、常識外で、違和感の塊である。
瞳は鮮やかな紅だが光を吸収しているのか何も映さず、幼子にしては泣きもせず大人しく一点を見つめる姿が殆どだった。しかし、観ているのは感じられる。観察しているのが嫌という程伝わってくる。端的に言えば不気味な幼子。
だがオルガマリーはそんな幼子を──
◇◆◇
円形の水槽に少年は居た。目はバイザーで覆われ、口には呼吸器が今も酸素を供給しているのが水泡から見て取れる。身体は生まれたままの姿で晒され痩せ気味なのが分かるだろう。表情は窺えないがバイタルは正常を示している事から身体的にそして精神的にも健全。
それもそうだろう、少年は日常的に水槽に放られては長時間に渡って揺蕩うのだから。今更この状態に対して思う事もそうはない。
しかし見るものは華奢な少年の姿を見て心を痛める事だろう。斯く言うオルガマリーもその一人であるのだが。
「おはよう今日も調子は良さそうね。どうかしら、違和感とかはない?」
オルガマリーはキツく締め付けられる心臓に耐えながら自身の
「今日はもう終わりにしましょう。魔力はもう大丈夫だから」
爛々と光る魔力タンクを横目に操作を行い少年を解放する。水槽内の液体を排水し拘束具も外されていき、浮いていた身体も重力に従い緩やかな脱力と共に水槽の底に帰ってきた。
「シャワーを浴びて来なさい…ちゃんと待っててあげるから」
声も無く首を上下するだけの返答を行った後、バスタオルに身を包んだ少年は長い白髪を纏めてからシャワールームへと歩いて行った。それを見送るオルガマリーは自分の手を強く握り締めた。
「結局、結局何も変わらないじゃない……」
それは誰に向けた言葉でもない。ただの愚痴、自らの不甲斐ない無さに対する叱責だ。
「カルデアの所長に成ってもあの子を自由に出来なかった。それどころか負担が増える始末。肩書きは肩書きでしかないのね」
オルガマリーは父であるマリスビリーの急死を経てアニムスフィア家の家督を継ぎ、人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長の座に着いた。
父を尊敬していたオルガマリーは悲観を許さない事後処理に涙を流すことすら忘れたが、それと同時に舞い降りたチャンスに密かに心を踊らせた。
弟を解放することが出来る。
少年は生まれた頃より膨大な魔力とアニムスフィア家に恥じぬ魔術回路を保有していた。通常ならばアニムスフィア家の当主になってしかるべき存在だ。
しかしそうはならなかった。マリスビリーには時間が無かった。余裕が無かった。更に少年の持つ膨大な魔力の良質さは非常に間が
「ごめん、情けない姉で…ごめんね
マリスビリーは少年に名前を付けなかった。単に不要だと思ったのか、子として認識する事に躊躇いがあったのか今では知る手段はない。そんな名無しの少年にノエルと言う名前を付けたのはオルガマリーだ。
壁に背を預け、溜め息を吐いている内に少年改めノエルが乾き切っていない長髪を揺らしながら帰って来ていた。オルガマリーはそんな弟の姿を見て憂鬱な心が洗われるのを感じ自然と笑みが零れる。
「髪はキチンと乾かさないと、傷めてボロボロになるでしょ?」
髪の水気を飛ばし、手櫛で整えてやる。ノエルは表情の変化に乏しいのに加えてバイザーを装着している為どうにも感情を把握しにくいが、オルガマリーは喜んでいると感じ取った。そしてその事実が嬉しくてたまらない。
「ほら出来たわ。どうしたの?」
「姉様、同じ髪がいい」
「え?」
指を自分とオルガマリー交互に指していき、ノエルはたどたどしい言葉でそう伝えてきた。
「ぺぺ、長い髪もったいない、言った。ロマニ、姉様同じが良い、言った」
「後でケーキを差し入れてあげようかしら…」
「姉様、いや?」
「そ、そんなわけないでしょう。じゃあ私の部屋に行きましょうか、ここじゃ何も無いから」
何処へ移動するにも二人一緒の時は手を繋ぐのが通例、よって今回も自然とオルガマリーは弟の手を引いた。ノエルの年齢を考えれば恐ろしく小さく華奢で頼りない手は活力を与えてくれている気がするのだとオルガマリーは誰にも言わないが思うのだった。
☆★☆
部屋に入り少々味気なさ感じる内装に目を逸らしながらプラスチックの箱に入ったヘアゴムを摘む。鏡の前にチョコんと座っているノエルの髪を纏めあげて優しく傷付けないように編み込む。
鏡越しのノエルは三つ編みの編み込まれていく自分の髪を興味深げに見詰めていた。バイザーが取り払われ露わになった深紅の瞳は忙しない瞼の運動に見え隠れしている。
「後で教えてあげようか?」
「ううん、姉様、して欲しい」
「フフ、そう言うと思ったわ」
人並み、人としての並の生活はオルガマリーが弟に一番あげたかったものだ。前所長の代では酷使されるノエルの姿を見て身が張り裂ける思いをしたと苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
「姉様、悲しい?」
「いいえ悲しくなんてないわ。貴方の姉様は強いんだから!」
「ん、そういう事にしとく」
「あら生意気な口叩く様になったわね。誰の入れ知恵?」
ノエルは手を顎に添えて少し考え込んだ。
「ダ・ヴィンチ、言うな、言った」
「そう、ならしょうがないわね」
オルガマリーは今日の予定にダ・ヴィンチの工房へ寄る予定を追加した。あの天才は碌な事をしないと今日の怒りゲージにカウントが入る。
「ほら出来たわよ。あ、そういえば朝食はまだよね? 食堂に行きましょうか」
「ナポリピッツァ、ハンバーガー、ホットドック」
「無難なベーコンエッグとトーストにしなさい。もちろんサラダも食べること! 誰よジャンクフードなんて食べさせた職員!」
怒りゲージにカウントが入る。
ノエルのいない場所であればいつヒステリックモードに入るか分からなくなった。
食堂はそれなりの職員が食事を摂っていた。夜通し作業をしていたのか隈が出来ている者や朝が弱いのか髪のハネが酷い者まで実にバラエティに富んだ食堂だ。
「おはようございます所長。ノエル今日はお姉ちゃんとお揃いなんだな」
「えぇおはよう。モーニングのAセットをお願い」
「Aですね了解。ノエルは?」
「ナポリピッツァ、ハンバー「私と同じものを」姉様、酷い…」
食堂の職員は苦笑しながら応答し裏へと伝えに行った。オルガマリーは強行突破を図ろうとした下手人に非難の視線を浴びせた。下手人は不貞腐れたように床を蹴っている。
「反省なさい。いいわね?」
渋々と言った様子で頷く弟に溜め息を零すも口元は綻ぶばかりで迫力はあまりなかった。
「はいお待ちどうさま。Aを二つに、ノエルにはサービスでプディングをやろう」
「ありがと」
いい笑顔でサムズアップでしてくる食堂職員にこれまたサムズアップで返すノエル。オルガマリーはほっこりしたので怒りゲージが減少した。
無難に端の席に向かい合う形で座り食事を摂り始める。するとしばらくも経たない内に相席者が現れる。
「おはよう二人とも、相席いいかな?」
「おはようレフ。隣にどうぞ」
いつも微笑みを絶やさない超一流技師のレフ・ライノール。オルガマリーとも深い親交を持ち、ノエルの事もどのような存在か認識している数少ない一人。ノエルは困った時にレフの名前を呼ぶ姉の姿をしばしば目撃した事がある。
「レフ、相変わらず、もじゃもじゃ」
「そういう君はオルガと同じ髪型だね。結ってもらったのかな?」
自分の髪に注視された事で機嫌が良くなったのか前髪を弄り出すノエル。オルガマリーの怒りゲージが減少した。
「そう、似合う?」
「もちろんだよ。こうして見るとやはり姉弟だ、幼少期のオルガを思い出す」
「ちょ、止めてよレフ小さい頃の話なんて! 私の姉としての威厳が揺らぐでしょ!」
ノエルの前では出来うる限り頼れる姉として在りたいと思っているオルガマリーからしたらレフの口から出るだろう幼少の話は地雷であるのは確実。あんな事やそんな事を語られてしまっては築いてきた頼れる姉オルガマリーのキャラクターが木っ端微塵となるだろう。
周りが引く程の必死さを見せる若き所長の姿に笑みをさらに深めたレフは必殺の言葉を繰り出す。
「ノエルは聞きたそうだが?」
一抹の希望を掛けて愛する弟の姿を見るも──
(すごい見てる…)
バイザー越しでも自分の瞳を真っ直ぐ見てきていると分かるだろう。動かない視線に反して忙しなく動く手も相俟っていじらしい。間違いなく何かを強請る子供。
「グヌゥ、ノエルの為なら過去の話くらい…」
「賢い選択だ。では何から話そうか─」
ノエルは流動食の味気ない栄養補給よりも食堂の温かい食事の方が好きになった。自分の心音と呼吸器の駆動音に耳を傾けるよりも大好きな姉の話を聞く方が好きなった。
きっと、もっと多くのモノを好きになる。それはたぶんとても楽しい。
☆★☆
朝食を終えればノエルには若干の自由時間が存在する。だが姉には仕事があり、ついて行くと邪魔になる可能性があると何となく分かっている。故に行く場所は大体─
「ロマニ、やっぱりここ居る」
「今のところここを使う人は決まってないからね。サボるにはもってこいなんだ」
「姉様、怒る」
ロマニ・アーキマンは人懐っこい笑みでそうだろうねと同意した。彼の脳内では小言と皮肉と罵声を一斉に浴びせ掛かるオルガマリーの姿がありありと浮かんで居る。
「姉様、困らす、ダメ」
「だって彼女、ボクが居るだけで場が緩むっていうんだよ? ボクが起こす問題行為なんてサボりくらいだし、そのサボりだってマリーの機嫌を損ねないためなんだ」
「ケーキ、いる?」
「サボりの必需品さ」
あれやこれやで少年を丸め込もうとする汚い大人がいるらしい。
「姉様、報告」
「ケーキがもう一個あるんだけど…」
「ケーキ、罪なし」
少年に賄賂で口止めする汚い大人がいるらしい。
「さてボクのサボリは置いておくとして、どうやらマリーに髪を結ってもらえたみたいだね」
「似合ってる?」
「もちろんだよ。マリーと初めて会った時を思い出すなぁ」
「レフ、同じ様なこと、言ってた」
「レフがかい?」
ノエルはレフから聞いたオルガマリーの面白エピソードをロマニに詳らかに話してしまった。中にはロマニに知らなかった物もあり興味を引いたが彼女本人が聞いた事実を知ればガンドで頭部を吹っ飛ばされる。フィンの一撃は伊達じゃない。
「そろそろ、行く」
「次はレオナルドの所かな?」
ノエルは無言の首肯で返答し扉を開く。そして部屋を出る直前で振り返る。
「つぎ、ロマニの髪、真似る」
ロマニに呆気に取られたが言われた言葉を反芻するとフッと笑みが零れた。優しく愛おしむ時の顔だ。
「そっか、楽しみにしているよ」
無言の首肯で答えた後、弾む足の赴くままにダ・ヴィンチの工房へと向かうのだった。道中通り掛かった職員に貰ったお菓子群を両の手に抱えながら。
☆★☆
天才レオナルド・ダ・ヴィンチの工房には不思議な物品が沢山ある。片手間に作ったガチ礼装やガチで作ったギャグ礼装。今日も彼(女)はヘソクリのリソースを使って新たな試作品を量産していくのだ。
ふと私は掛けられた時計を見て微笑んだ。そろそろ他称ダ・ヴィンチの助手がやって来る頃合だからだ。であれば天才の天才による天才の為の美味しいココアを用意してあげよう。
幾つか彼の為の礼装を拵えた事があった。思えば付き合いはその頃からだろうか、所長からのオーダーでそれなりの物を作れば良いだろうと考えていたのを覚えている。
正直使用者を伏せられていたので細かい調整も何も無い試作ではあったが、サーヴァントの様な規格外な存在じゃなければ十分に効果を発揮するくらいには性能が高かった筈だ。
だが一週間も経たないうちに背後にオーガかデーモンを顕現させたえらくご立腹な所長が内側から弾け飛んだ礼装を持ってやって来た。宥めた後で事情を聞けば使用者が魔力を通した途端弾け飛んだと聞く。
仮にもこの私が作った礼装を一瞬でお陀仏にした魔術師が居る事実に昨今忘れて久しい興奮を覚えた。間違いなく特異な存在である使用者。これは直接会って専用に作らなければどうにもならないと無理繰り説得して根掘り葉掘り聞いてみた。
『私の弟よ…誕生日だったから……なのに、はぁ……』
オルガマリー所長の弟と言えばカルデアの動力源の一つだと言うあの弟くんなのだろうと気付いた。奇妙な存在だと気になってはいたんだ。
「今では定期的に来てくれるし、ヘソクリをちょろまかす事も減って大助かりなんだよねぇ」
「ダ・ヴィンチ、独り言、怖い」
「おやノエルったらレディの部屋に入る時はノックしなきゃダメなんだぜ」
おかしい首を傾げられてしまった。私は何処からどう見ても黄金比率を叩き出す美女だろうに。いいかねノエル、可愛いは作れるんだ。
「ダ・ヴィンチ、そのまま、可愛い」
「君の正直なところホント好き」
こうして毎日の様に来るようになったノエルにいる知識いらない知識を授けるのが私の息抜きになった。オルガマリー所長には内緒だよ。
☆★☆
今日も今日とてノエルは新鮮で自由で素晴らしい日を過ごせた。毎日が新しく煌めいていて幸福なのだ。前所長の時では味わえない日常だった。だからノエルは水槽に戻る時によく思う。
─どうか夢ならば覚めないでください。
続かない、いいね?
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