ありがとうオルガマリー姉様 作:小指技師
クオリティは度外視だ!
出てくる設定には独自なものが多分に含まれています。ご了承ください。
ノエルの目覚めは水音と呼吸音から始まる。彼が布団で目覚めたのは今では古い記憶で朧気になってしまった。姉が添い寝を申し出て来た事もあったが、カルデアに魔力を行き渡らせる業務と天秤に掛ければ提案を取り消さざるを得ないのだ。
確かにオルガマリーはノエルの姉でありカルデアの所長と言う地位に着いている。ノエルもオルガマリーの弟と言う関係は事実だ。しかしノエルはカルデア職員と言う枠組みでは無い。
ノエルはカルデア付属の能動的な動力源、言ってしまえば道具でしかない。よってオルガマリーが弟を思い、暖かい布団で一緒に寝ようとそれは所長と言う地位を使って動力源を私的利用したと言われても何も言えない。
魔術師とは利己主義だ。そこに道徳など望めない。いたいけな少年を道具だと割り切れる。それが普通の魔術師。寧ろノエルはホルマリン漬けにされていないだけマシな扱いであるのだ。
だから今のように水槽の中の覚醒はノエルにとって日常の一場面でしかない。
「おはようノエル。バイタルは正常を示してるけど、調子はどうかしら?」
姉とのこのやり取りもまた、ノエルにとって日常的になった一場面だ。
☆★☆
マシュ・キリエライトは定期的に検診をしなければならない。
無菌室から出てからはスパンが輪をかけて短くなったかもしれない。だが彼女自身いざと言う時に身体の言うことが効かなくなる事を鑑みて許容せざるを得ないのは認識している。
いや正直そんな事はどうでも良かったのかもしれない。彼女からしたら早くシャーロック・ホームズの活躍を活字を通して眺めたかったし、写真を見て外の世界に思いを馳せたかったのは事実なのだから。
しかしマシュは定期検診に対して、聊か認識を改める出来事があった。彼女は友人が出来た。対等で、互いを認め合う様なベストフレンド。
「ドクター、今日も彼は一緒なんでしょうか?」
「うん、待ち時間や移動時間中には会えると思うよ」
ロマニの応答に口角が上がるのが分かった。そういえば初めて出会った時はどうであっただろうか…
彼の話はロマニを通して予め聞いていた。
曰く、オルガマリー所長の弟。
曰く、ダ・ヴィンチ女史の助手。
曰く、所長抑制装置。
曰く、華奢な見た目に反して大食漢。
正直なところロマニの教えてくれたキーワードでは人物像が微塵も湧かないと苦情を呈したが、どうにも実際に会わないことにはどうやっても彼という存在は想像も出来ないだろうなとヘラりと笑って返されるだけだった。
当時のマシュはその返しに首を傾げつつ会ったことの無い人物の像を探すことしか出来なかった。そして間もなく会ってしまう事になる。長椅子の上で転寝する彼に。
目の前で気持ち良さそうに船を漕ぐ少年が件の彼と一致しなかったマシュは顎に手を添えて首を傾げる事により微妙な空間を生んだ。
ともあれ心地よく眠る少年を起こすのは忍びない、黙って横で呼ばれるまで座る事にした。
「んぅ」
時折何処か艶かしい声を出す顔立ちが良い美少年。
(これは…心拍数が上昇しています!?)
かのレオナルド・ダ・ヴィンチは言った美少年は最高じゃなと、もしかしたらこの時のマシュには通づる物が──
(丁度検査日で助かりましたね)
─という事は勿論ない。
そういうのはダ・ヴィンチだけで十分。自重が出来ている間はオルガマリーも手は出せない。美少年至上主義過激派は潰えることはないだろう。
「ふみゅ…」
二の腕辺りに掛かる圧力。温かく、何より軽かった。ふわりと香る甘い香りはシャンプーだろうかそれとも柔軟剤? いや香水かもしれない。
身体を動かせば少年があらぬ方向に流れるかもしれないと考えたマシュは首だけで覗き見た。
(また、心拍数が…)
少年は見事にマシュに寄りかかっていた。息遣いはより近く感じられる。バイザーで見えなかった睫毛の長さや頬の上気の具合が鮮明に見て取れてしまう。
マシュが不思議な感覚に捕われている間に圧力は膝へと移った。肉付きの良い膝で少年の頭が軽くバウンドし綺麗に納まった。彼が身動ぎすると擽ったい。
(これは、どうするのが正解なのでしょうか?)
マシュからしたら全てが初めてで新鮮な事ばかりだ。だが今回の膝枕事件は余りに予想外、けれど定番な流れではある。ならば此処は撫でるのが模範解答なのだろうとマシュは茹だる頭で考えた。
(髪は指の通りが良くてサラサラですね。頬っぺも柔らかい)
思わず心の中で実況をしてしまう程に夢中になる撫で心地。マシュ・キリエライトは今まで感じたことのない感動を覚えた。
「…何か、気持ちいい?」
「ぁ…」
ノエルは微睡みと側頭部に感じる心地良さと共に目覚めた。装着していたバイザーがズレているのか左右で見え方が違う。朧気な思考で寝返りを打ってみればどうやら誰かの膝の上らしい事に気付いた。
そして目が合ってしまった。
マシュは深い紅を見た。採血をした時に見た事のある血の色を想起させる紅。脳に直接刻まれる色の記憶に不思議と不快感は無く、ただマシュはその瞳に─言葉に出来ない共感を覚えた。
「誰?」
「マシュ・キリエライトです。そちらのお名前を聞いてもいいですか?」
「ノエル。ただの、ノエル」
これが彼─ノエルとの
どうやらかなりの時間を彼との記憶探しに費やしていたようだ。マシュは時計を見て思った。
そろそろノエル本人が来るだろう。どのような話をしようか。お互い外をよく知らないのもあって森の匂い、磯の香り、草原の風、快晴の青空に澄んだ空気の味。ノエルとマシュの世界の考察は時間を幾ら消費しようと終わることがない。
「マシュ、おはよう」
「おはようございます、
マシュは友人を持った。
気兼ねのない話に共感し、同調し、共鳴出来る友人を。
☆★☆
シミュレーションルームは様々な状況を想定して膨大なステージとエネミーの緻密なデータを元にマスター候補達が演習する場所である。
そこにノエルは居た。ダ・ヴィンチ印の魔術礼装をその身に纏って魔力を滾らせている。
「それで前回の礼装と何が違うのかしら。次あれが弾け飛ぶ様ならその無駄に整った顔に拳の型が出来るんだけど?」
「いやいやあの時はノエルが使うとは露とも知らなかったんだからしょうがないだろう。彼は他の魔術師とは
魔術的強化加工されたガラスを挟んで愛しの弟、又は助手を見る二人。お察しの通りオルガマリーとダ・ヴィンチである。
「そんな事は貴女に言われなくても分かってます。それより礼装の説明をしなさい。顔の穴を増やされたいの?」
「何やら私へのヘイトが異様に高いみたいだけど……まぁそのオーダーに応えよう」
流れる様に眼鏡を装着するダ・ヴィンチに怒りメーターにカウントが入る。ノエルがいる手前グッと、それはもうグッと我慢し説明に耳を傾ける事にした。たぶん後でダ・ヴィンチは鋭いフックをボディ─耐久C─に喰らうことだろう。
前回、ダ・ヴィンチの礼装は内側から暴発するように破壊されていた。更に刻印されていた
「安全装置は付けていて当たり前だからね。不具合があれば強制シャットアウトしてボカンとなる前に止まる筈だったんだ」
「つまりシステムは最後まで異常とは捉えなかった。じゃあ魔力を送り込んだ直後ではなく起動直後で暴発した事になるわけね。安全装置とやらの故障じゃ無ければ」
「流石ロードだ。理解が早くて助かるなぁ」
「世事はいいわ。それでどの様にして改良を加えたのかしら?」
無駄話はいいそれよりノエルの事だと言わんばかりに脱線をしようとする度にバッサバッサ切り捨てていく。途中挟んでいく語らいに楽しさを感じるダ・ヴィンチからしたらぶーたれる所だけれど、姉弟してるなぁとほっこりするので余り気にならなかった。
礼装を改良するにあたりノエルの事をよく知らなければならなかった。それは性格であったり、身体であったり、魔力であったりするのだが詳しくは割愛する。
兎も角、ノエルの場合魔力について詳しく知る必要があった訳だ。元より少ない魔力で多くの結果を生む性質がキッカケでカルデアの動力源となったノエル。であるならばそれは如何程通常とは違うのか。
「通常100でシールドを張る所、ノエルの場合1で張れるわけだよね。つまり同じ量の魔力を送るとシールドが100枚張れちゃう。シールド100枚張れない礼装に100枚張れるだけの魔力突っ込んだらそりゃ壊れるよね」
「要は許容出来る魔力と発動できるシールドの数を合わせたわけね、回りくどい…」
超簡単に言えばノエルに規格を合わせて作っただけです。
「まぁ今回は数より質で勝負してみたよ。タメ技ってロマンだよね。出力も調整出来るように組み込んだし、暴発はしないよ……たぶんきっとMaybe」
「一度座に帰って再召喚しましょうか」
「召喚する際に使う魔力は果たして誰のなんだろうね?」
「ぐぬぬ…」
そんな仲良いのか悪いのかよく分からない保護者達のやり取りなど差し置いて、ノエルは礼装をじっと眺めていた。前回でいきなり壊れてしまったのだから無理もない。
『じゃあ
『危ない様だったら直ぐにでも終了するから安心して。怪我だけは気を付けるのよ!』
『姉と言うより母親だなぁ』
また暫く向こう側で一悶着しているようだが、直ぐに場面が草原地帯に切り替わり自分より一回り以上大きい魔獣が現れた。クリバフを積まれると痛い。
「
戦闘態勢入ったのは同時、キメラは咆哮し闘志を漲らせた。ノエルは指先に魔力を注ぎ始めた。
「注げ─貫け 注げ─穿て 注げ─射殺せ 満ちた─満ちた」
キメラは咆哮し闘志を漲らせた。ノエルは張り詰めた魔力を解き放った。
何にも染まっていない無属性、火や風でもなければ呪いも乗せられていないただ圧縮された魔力の弾丸。それが齎すのは破壊という結果。
であるならばキメラが貫かれ、爆発四散したのは当たり前だった。余裕そうにターンをクリバフに費やした結果は無残な死。あまりに呆気なく戦闘は終了した。
「終わった」
このあと障壁に傷一つ付けられず、様々なエネミーを一撃の下に粉砕していった。その中には劣化とはいえサーヴァントも含まれていたらしいがその事実を知るのは三人のみである。
ノエルは自身の恐ろしさを理解出来ず首を傾げ、ダ・ヴィンチは次の礼装の案を模索し、オルガマリーはそっと録画データを抜き取った。
マリスビリーが残した動力源の少年取り扱い説明書に戦闘をさせてはならないという旨が記されていたのをこの時になってそっと思い出したとオルガマリーは語った。なお事実かどうかは灰になった後なので確認出来ない。
「道具作成Aを全力発揮した結果がこれだ」
「護身を辞書で引いてきなさい天才」
「自分の命は救えるから間違いなく護身用魔術礼装だ。ノエルは安全だねお姉様?」
無言のガンドがダ・ヴィンチを襲った。
「お腹、空いた」
☆★☆
ノエルには個室が用意されていない。言うなれば水槽の部屋が彼に用意された唯一の部屋。なのでノエルの私物は基本的にこの部屋の端に纏められている。
ノエルの私物は全て貰い物だ。メンズやレディース関係なく重ねられた衣服、ロックミュージックのCD、綺麗な細工が施された宝飾品、ミステリー小説、コスメティック、折りたたみナイフ。これ全てが貰い物。
雑多に並んだ私物の数々が積み重なれば積み重なる程ノエルは重さが生まれると思った。そして貰いすぎたとも思うのだ。だから今日も彼は水槽へ還る。
ノエルの私物は全て貰い物だ。だからお返しの品をあげることは出来ない。それは大切な物だから。姉に頼めば喜んで協力してくれるだろうけれど、それもまたオルガマリーから貰ったもの。
「姉様に、返したい」
ならきっと自分は水槽へ還らなければならないのだろう。自分が溶けていくような感覚に心をすり減らしてでも返すものがある。返さなければならないものがある。返したいものがある。
初めて水槽へ入った時、父マリスビリー・アニムスフィアは笑って自分に言ってくれた。
──ありがとう。
嬉しかった。父親からの愛情を感じた。勘違いでも別に構わなかった。確かに父は喜んでくれたのだから。
だから姉も喜んでくれる。毎日欠かさず水槽へ還ればいつかきっと全て返せる。あぁでも─
──また、増えた
ガラスケースに入った魔術礼装を見てそう思った。
よしもう続かないぞ。
何故なら全く思い付かないから…
今回も無理くり引っ張り出したんや……