右を向けば餃子、左を向けばチャーハン。
その上ここは本場の中国。ジェリーさんの料理も美味しいが、本場の味もやはり捨てがたい。
極論腹を満たせれば何でもいい、というのがマリアの本音である。
アジア支部に着いた彼女が一番に向かったのは、アジア支部の番人である友人のフォーでも、支部長のバクでもなく、食堂だった。
これには付き添っていたウォンも苦笑いした。マリアの食いっぷりは見ていて清々しい。
食べる作法もその量に対して綺麗なのだ。
「相変わらずよくお食べになるのですね、マリア殿は」
「ウォンさん…美味しいです!」
「それは良かったです」
目をキラキラさせるマリアに変わらないなと思いつつ、これからの予定をウォンは話す。
「現在アレン殿はフォーとイノセンスを取り戻すため、戦闘形式での訓練を行っております。マリア殿には間を見て、アレン殿やフォーとの対戦をお願いしたいのです」
「えっ、アレンくんフォーと戦ってるの?」
「はい」
マリアはアジア支部にいた頃、暇を持て余した時はフォーと戦っていた。
たとえイノセンスが使えなくとも、力を付けようと努力していたのだ。
元からのセンスを伴い、フォーと生身で互角に渡り合えるほどには戦闘能力がある。
それでもAKUMAと実際出くわした際に勝てるわけではない。
しかしひとえにクロス元帥を探す旅の中で生き残れたのは、その強さ所以だ。
「食べてる場合じゃ…ないね」
そう言い、餃子20個をハムスターのように口に突っ込んで、食べた皿を持ちマリアは席を立った。
意気込んで食堂を出ようとしたところで、遠くの方で誰かが走って来る。
その人物は廊下にいる人間を吹っ飛ばしながら、暴走列車のごとくマリアとウォンに近づいて来た。
「マァァァリアアァァァァァァァ!!!」
子ども、という言葉が似つかわしい身長の小柄な少女。
しかしチューブトップとパンツ姿の出立ちがその幼さと相反し、妙な色気を漂わせる。
この少女こそがアジア支部の門番、フォー。
また現アジア支部トップのバク・チャンの曽祖父が作り出した、守り神の副産物として生まれた存在である。
彼女はヒトの肉体のような器を持っていないが、擬態能力を駆使しして実体化することが可能だ。
マリアは久しぶりのフォーとの再会に、笑顔を浮かべ手を挙げた。だが当の少女の方は、修羅の如き顔で迫ってくる。
「オラァァァァァ!!!」
そして、番人の少女は女が立つ数メートル離れた手前で飛び膝蹴りを放った。
が、それを予期していたマリアは、ギリギリでそれを避ける。
フォーはマリアの後ろにいた男を、勢いのままドロップキックで吹っ飛ばし着地した。
少女は床を派手にふみ鳴らして女に近付く。
「ぐぬおあぁぁ」
「バ、バク様ァァァァ!!」
顔に少女の足跡がくっきり残された男の苦悶の声と、その男を心配するウォンをバックに、会話が進む。
「バクから聞いたぞ、マリア!テメェ、イノセンス持ってたのかよ!!
「騙してないよ、聞かれてないだけだもん。あとその情報簡単に口外しちゃダメなやつ」
「ウッセェ!黙ってたお前が悪い!!」
怒る番人と、それを右から左に受け流す女。
「…ここに来たってことは、覚悟は出来てんだろうな?今度は手加減しねぇぞ」
「ふふ、手加減してたの?」
「し、してたに決まってんだろ!!」
フォーは過去の手合わせで本気を出してはいなかったものの、それなりの力を出して戦い、マリアと互角…といった具合だった。
彼女の秘められた強さは想像以上のはずだ。
それが開花したらと思うと、自然と番人の口元は弧を描く。
そんなフォーが見つめる先の女は、瞳の奥で黒く燃えたぎる炎を宿していた。
「お手合わせ願います、フォー」
「おぅ、あたぼうよ!」
二人の闘志が高ぶっている中、漸く復活したバクは立ち上がり、フォーを睨め付ける。
「フォー!今度という今度は許さん!!それに貴様はウォーカーと特訓中だっただろう!!」
「ギャーギャーうっさいんだよ、バカバク。ウォーカーは今目ェ回して気絶してるよ」
マリアは相変わらずの二人に苦笑いしつつ、深く息を吐いた。
(頑張らなくちゃ…死ぬ気で)
強く握られた手をフォーは横目で見、薄く笑った。
必ずイノセンスを取り戻させてやると、己の友人に誓って。
*****
マリアに行われた特訓において置かれた重点は、アレンとは少し異なる。
アレンは自分のイノセンスのスタイルを確立させようとしている。
対しマリアの場合はその一歩手前、発動の感覚を掴ませることだった。
幾度もピンチの中で発言しなかったのだから、むやみやたらに追い込んでも意味はない。
そのため取られたのは、様々な攻めの攻撃。
攻撃の仕方によって受ける側は反撃の手を変える。
その意識が発動の感覚を掴む糸口になるのではと、話し合いの結果出たのだ。
「ッ…」
「おら、どうしたマリア!!随分見ない間に身体がなまっちまったみてぇだなァ!!」
「う…うるさい!」
上から右から左から、時折フェイントも踏まえてフォーは攻撃してくる。
今までと違うのは、フォーが
殺意を踏まえた殺しはただの練習とは違う。
手を鎌状に行われるフォーの攻撃の数々は、マリアを十分に怯ませた。
「逃げてんじゃねェ!どうすればいいか頭を回せ!!」
「分かってるよ!!!……うわっ!!」
首元に来た攻撃を避け、マリアは床を蹴り飛ばして大きく後方に下がる。
悔しいが、戦闘の中で彼女は自分の奥底に眠る恐怖を理解してしまった。
伯爵に腹を貫かれた時に感じた痛み。
AKUMAに攻撃され感じた腹を焼くような痛み。
その痛みの数々が蓄積されて、その結果が今の彼女の「逃げる」という行動に大きく現れている。
戦おうと思う前に、その痛みに対する無意識の恐怖が邪魔をしているのだろうと、フォーは手合わせの中で見抜いた。
まずその姿勢を崩さないと始まらない。
これまでの外傷が原因となり、マリアの身体は肉体的な痛みに対しひどく拒否反応を起こしてしまっている。
「…もういい、ウォーカーに代われ」
「でもっ!」
「マリア、痛みの恐怖ってのは、誰にでもある。でもお前は聞く限り痛みを味わいすぎて、今は体の方が参っちまってる。焦るな、自分のペースでいい」
「………わか、った」
下を向き、部屋から出て行くマリア。ちょうど入れ替わるように部屋に入ってきたアレンは、彼女の後ろ姿をじっと見つめた。
アレン自身も、今イノセンスを使えずに苦しんでいる。
その苦しみを10年近く一人で抱えていたのかと思うと、胸が痛むのだ。
そんなアレンの肩が、びくりと動く。背後から放たれる、ここ最近で感じ慣れた番人の少女の殺気。
「他人の心配するヒマがあったら自分の心配をしな、ウォーカー」
「う、わっ!」
フォーがアレンに急接近し、今度は二人の戦闘が始まった。
*****
池の前で、マリアはぼんやりと水面を眺めていた。
夏にはこの池で蓮の花が咲く。
今は咲いていないが、きっと今年も綺麗な花が咲くのだろう。
「『愛を知れ』…か」
夢で自分に語りかけていた存在は、明らかに異質だった。
ロードではない、でも少女に似た何かを感じた。
ソイツは愛を知れとも、死んだら己の存在がわかる──とも言っていた。
神ではない
真っ黒で、でもどこか、美しい。
「わかんない。わかんないし、辛い……」
慰みに相棒の影を探したが、ティムは現在いない。
クロス元帥の探索の手がかりになる存在として、今はリナリー達の元にいる。
マリアの頭がエンストしそうになっていれば、後ろから声がした。
「…あ、いた!マリア、お隣いいですか?」
「えっ?あ、アレンくん…いいよ」
彼女がベンチの隅によって場所を空けると、アレンも腰かけた。
「マリアも大変ですね」
「そーだねぇ。神様がここにいたら顔面ぶん殴って殺してやりたいぐらいには………大変かな」
ハァー、と深く息を吐くマリアに、アレンは微笑む。
「あなたはすごく強い人だと思います。懸命に戦って…頑張っている。その姿を見ているだけで、僕も頑張らなきゃ!って、思えるんです」
「どうにも、上手くいかないけどね。痛いのが怖いとか、本末転倒だよ」
「…フォーから聞いて思ったんですが、それって一種の回避行動なんじゃないかと思うんです」
「回避行動?」
「はい。痛いのが怖いのは無意識的なものじゃなくて、もっと原始的なものなんじゃないかって。本能的に、とか」
「…つまり、わたしの本能が痛みを避けるために、恐怖心を煽っていると?」
「はい、多分……だから、いっそ素直に「怖い!」って思って逃げてみたらいいんじゃないですか」
「そんなこと言ったって…」
「マリアは、怖いっていう感情を抑えつけて戦おうとしてる。それじゃあきっとダメなんです。一回受け入れて見ませんか?弱い自分を、受け入れる」
「…!弱い、わたしを………」
「あなたは強くあろうとしている。けれど別に弱くたっていいんです。痛みは、誰だって恐ろしいものだから。弱いなら仲間の僕たちが支えます。人間て、そういうものでしょう?」
「………アレンくん」
心の奥でじんわりと、温かい何かが溢れる気がした。
マリアはずっと自分の秘密を抱え、一人で戦っていた。自分自身や、敵に。
守る存在は強くなければならない、そう思い続けて、戦ってきた。
彼女の理想の強さはクロスだ。
圧倒的な強さで、敵を蹂躙する。
千年伯爵と相対した時に見せた男の強さは、彼女に憧憬を抱かせるのに十分だった。
しかし共に戦う方法も、間違っていないのだ。
むしろそのあり方こそ、マリアが真に求めたものなのかもしれない。
「絶対あの女ったらしのせいだ…。模範にする相手間違ってた………(ブツブツ)」
「そ、そうですね」
「……ねぇ、アレンくん」
マリアは距離を詰めて、アレンの色の変わる瞳を見つめる。
今は薄い銀色が陽に照らされて、美しく輝いている。
アレンは噛みながら、目を大きくした。
「な、ななっ、何ですか?」
「アレンくんはさ、『愛』って何だと思う?」
「愛…ですか?」
「うん」
それに、アレンは暫し考えるように空を見つめた。
その間もマリアは少年の瞳を見つめる。
不意にその瞳が敵のノアによって殺されかけ淀んでいた映像を思い出し、あの時感じた恐怖は、壊される感覚を自分に重ねていたからかと、思い至った。
「寄り添いあって、死を迎える────」
「…何?その鬱暗い考え」
「死んでも共にいたいと願って、手を取り合う。そんな深い愛だと、僕は思います」
「…そっか」
「逆にマリアの考える愛って、何ですか?」
アレンの質問にマリアは片眉を上げる。
分からないから聞いてるのだ、と言って口角を上げた。
「でもね、分かったこともある。例えばわたしがフォーに抱く愛は、友人としての愛なんだ。リナリーちゃんとか、ラビ…アレンくんも」
「友人、ですか」
「そう。フォーに至ってみれば、もう親友かもしれないな〜」
腕を組んで笑うマリアに、アレンは口をもごもごさせて顔を背ける。
マリアは以前フォーと出会った時のことを思い出した。
会ったのは廊下で、よそ見していたフォーがマリアにぶつかってブチギレ、歩いていく彼女の背後を狙って飛び膝蹴りをしようとした。完全に八つ当たりである。
フォーはその時はマリアを男だと思っており、避けられた攻撃はバクに当たった。
それからなんやかんや組手をする仲になり、二人は仲良くなったのだ。
「ふふ…ねぇフォー。アレンくんはわたしのこと「マリア
その言葉に、後ろを向いていたアレンの背がびくりと動いた。
ゆっくり振り返れば、嬉しそうに笑うマリアが目に入る。
「慰めてくれて、ありがと。つんでれの番人さん」
「〜〜〜〜っ、っ………!!!テンメェ、
「さぁて、どうかな〜」
フォーは擬態を解き元の姿に戻った。
どうやらマリアの言葉は図星のようで、顔を真っ赤にしている。
子供っぽい…しかし年齢は遥かに自分より上のフォーに笑いながら、マリアは再度ありがとう、と告げる。
「それにしてもアレンくんは?終わるのちょっと早くない?」
「あぁー……お前の恐怖心について悩んでたらよ、間違って開始早々ウォーカーのこと気絶させちまったんだ」
「ウワァ……」
マリアは苦笑いしながら、頰をかいた。
自分よりも小さくて、しかし年上の友人は、温かな存在だった。
*****
それから特訓が続き、マリアに変化はなかった。
アレンも同じで戦場に戻れないことに焦っていたが、彼女はどこか落ち着いていた。
自分の中に力が満ちていて、温かな流れが全身を満たしている。
ゆったりと青空を流れる雲のように、もう少しで何かが掴めそうなのだ。
それは愛を知っていくのと比例するように、彼女を変えていっている。
果たして決めつけてしまったが、あの謎の存在が悪しきものなのか、悩むようになった。
焦りすぎていたのかもしれない。
自分のペースで考えると、客観的にいろんなものが見えてくる。
例えば科学班の見習いの少女の
バクもリナリーの盗撮写真(バクには言っていない)を持っているのを知っているし、それはリナリーが好きだからだ。
コムイにバレたら殺されるのは確実なので言っていないが、あのシスコンも、謂わば妹を想う愛だ。
世界は『愛』に満ちている。
そう、世界は『愛」でできている。
マリアの変化を顕著に感じていたフォーは微笑んだ。
彼女は最近踏み込んで傷つきながらも反撃するようになったし、よく隠そうとしていた弱さも見せるようになった。
────“人間らしくなった”。
言い方は変だが、こに表現が番人の中では一番当てはまる。
時折覗いていた冷たい──ファインダーが死に、その棺の周りで泣いている同じ仲間を無表情に見つめていたあの頃よりも、ずっと。マリアという女の存在を、身近に感じることができるのだ。
「お腹空いた……」
本日の特訓を終えてマリアは食堂に向かおうとしていたものの、空腹がたたり道に迷っていた。
着いたのはおよそ3時間後。
食べ終わった後時計を見て驚いた。
フォーとアレンも特訓を終えたかな、と彼女は部屋の様子を覗きに行こうとし、途中の廊下でアレンと化学班の少女、
「……ん?」
微かに感じた違和感。
アレンに近付かれただけで顔を真っ赤にしていた蝋花が、あんな至近距離でアレンと話せるだろうか?いや、否だ。
(ということは、あれってフォーか)
二人は真剣な表情で話している。様子からして落ち込んでいるアレンに、蝋花に扮したフォーがアドバイスを送っているようだ。
話を終えた後のアレンの顔はすっきりしたものに変わっていた。
彼もまた自分と同じようにフォーに励まされたのだと思い、マリアは近付こうとした。
その時、擬態を解きアレンから少し離れて水の上に立っていたフォーが叫ぶ。
アレンの名と、自分の名を。
「ウォーカーとマリアを隠せ!!バク────ー!!!!!」
その瞬間、結界とリンクしているフォーの体内から、一見すれば薄っぺらい金属が一定の間隔で並んでいるものが出現した。
その中から出て来たのは、レベル3のAKUMA。
ノアが所有する方舟の能力を使い、アジア支部に侵入したのだ。
AKUMAはアレンのイノセンスを壊したノア、ティキ・ミックが送った刺客。
狙いは男が殺し損ねたアレン・ウォーカーの命である。
辺りは騒然とした雰囲気に包まれ、AKUMAの攻撃が無差別に周囲の人間を襲う。
マリアは糸状の攻撃をギリギリ避けたが、アレンは当たってしまった。
レベル3の能力は糸の先から敵を分解・吸収するもので、攻撃を受けたアレンの身体は今にも崩れそうになっている。
助けに来たバクに頼まれ、マリアはアレンを背負った。
「今のウォーカーは少しでも衝撃を与えれば、分子レベルで崩壊する可能性がある。…気を付けて運んでくれ」
「プレッシャーをかけるな」
「……す、すまん」
瞳孔の開いた女の剣幕に、さすがのバクも怯んだ。
そして彼らが逃げた先で彼が提案した内容。
「…フォーに足止めをさせ、レベル3がいる北地区を封鎖、隔離する」
「バク様!北地区にいる者の避難は完了しました!」
「分かった、ウォン!」
チャン家のバクはこの地の守り神の力を使用できる。
アレンはフォーが行くことに反対しているが、マリアは不気味なほど静かだ。
フォーはアレンに別れの言葉を告げ、AKUMAが狙うアレンの姿に擬態する前に、友人に近づく。
「マリア」
「……フォー」
背の高いマリアの頰に手を添えて、番人は笑いかける。
泣きそうな女を、安心させるように。
マリアがアジア支部に来たばかりに時は、感情が今よりもっと乏しいやつだった。
ここ最近で大きく変わったと思っていたが、実際はここに来る前から大きく変わっていたのだろう。
フォーにとって、マリアというファインダーは、いい奴だった。
大切な、人間の友だちだった。
「お前なら、歩けるよ。ウォーカーたちと一緒に」
「行っちゃダメ」
「……バイバイ、あたしと友達でいてくれて、ありがとな」
フォーはアレンの姿になり、バクによって閉じられていく壁の向こうに行く。
マリアは駆け出そうとして、ウォンに羽交い締めにされた。
「フォー、フォー!!離してウォンさん!!」
「……私たちも」
「お願いッ、離し──」
「私たちも、辛いのです!!」
バクに指示され、やむなく暴れる女の首にウォンは手刀をおとし、意識を奪った。
聖戦においてエクソシストが死ぬことは、一人の番人を無くすことよりも手痛い。
しかしそれはあくまで感情を削いだ上での考えで、彼らは人間。
その場にいる者はみな仲間を、番人の少女を失うことに涙を堪えた。
一人以外を、除いて。
彼は涙を流さない。その代わりに、一歩進む。フォーが消えた壁の方へと。
「僕は────進みます」
アレン・ウォーカーは体の傷を無視し、歩いていく。AKUMAに魅入られ、神に愛された存在。
この舞台は、神が彼に用意した舞台。
滑稽な道化師は進み、そして真の自分を手にする。
「僕は、エクソシストなんです」
「ウォー…カー……」
バクはまだ少年であるはずの彼の決意に息を呑み、扉を開けた。
アレンの数奇な運命に、涙せずにはいられずに。
それと同時に彼は、気絶したマリアに視線を移す。
彼女が10年以上イノセンスを発動できないのは、恐らく精神的なもの、肉体的なもの。多くの要因が原因としてあるのだろう。
それ以上にバクは、彼女がまるで神から守られているように思えたのだ。
何かから必死に奪われまいと、その神の執着さは悍ましい。
けれどそれはイコールで、ハートの可能性を強く示唆しているのではないか、と思うのだ。
普通にイノセンスと共鳴率が低いならば、とうの昔に発動しようとして咎落ちしているに違いない。
しかし
発動すれば何かが起こるのだろうか。
それも、神が恐れる何かが。
だからこそ、その全てを考慮してマリアは失うわけにはいかない。
今はアレンに託すしかなかった。
「頼んだぞ、ウォーカー」
しかしその時、不思議な扉が出現した。
それは緩んだアジア支部の結界をくぐり、先ほどの方舟とは違いフォーを介さず現れた。宙に浮く、扉の中から。
ギィと片方だけ扉が開いて、人間たちをギョロリとした目が覗き見る。
指がひたりと、一本ずつ扉の淵に触れ、全貌を現したのはこちらもレベル3と思わしきAKUMAの姿。
『お迎え、キィたヨ』
【女子会】
食堂に集まった女子三人。蝋花・マリア・フォー。
フォーとマリアは蝋花に詰め寄る。蝋花の意中の相手が女子会中に来たので、名前は出していない。
「蝋花ちゃんは(アレンくんの)どこが好きなの?」
「ホントだぜ、あいつのどこかイイんだか…」
「わ、わぁ──!!」
神経の図太い二人は全く空気を読まない。蝋花は顔を真っ赤にしながら手をバタバタさせた。
若干…いや、大いにこの女子会に参加したことを後悔している。
蝋花は必死に話題を反らそうと試みた。
「ま、マリアさんは好きな人とかいないんですかぁ!!?」
「え、わたし?」
「おっ、それあたしも知りたい」
「え、えぇ…?好きな人なんていないよ」
「じゃ、じゃあタイプの人は!!」
目をぐるぐるさせ顔を真っ赤にしている蝋花に、マリアはマヌケな声を出しつつ考えた。
好きなタイプ、好きなタイプ………
「強いて言えば、自分より身長高い人かなぁ…」
「ほぉほぉ、それで?」
頷くフォーは、いつのまにかドラマで聞き込みをする刑事のような格好をしている。
ご丁寧にメモ帳とペンまで持っている。
「あと、メガネを掛け、て…………」
「高身長、メガネですね!」
蝋花もだんだん盛り上がってきている。
「…………」
「どうしたんだ、マリア?」
「マリアさん?」
「………ノーコメント」
唐突に拒否権を使用したマリアにブーイングの嵐を送る、とは言っても、全部フォーのものだが。
「こ、こんな所で止めるなんてずるいですよう!!」
「あたしらの仲だろ!!ほら、セイッ!!」
セイッ、じゃねぇ。
そう思いつつマリアは微笑んで、無理やり話題を変えた。
「フォーの好きなタイプは?」
「こ、こいつ無理やり話題を変えやがった!!」
「あ、でも、私もちょっと気になります」
「う、裏切ったな蝋花!!」
「好きな人なんていねぇー!!」と叫ぶフォーに、マリアはため息をこぼした。
いや、まさかそんなはずがないのだ。
酒好き…などと、死んだ目をして、彼女は首を振る。
しかしその耳は露骨に赤くなっており、一部始終を見ていたアレンの食事の手は止まってしまう。
(マリアさんの知っている人で、高身長、メガネの人って………いや、そんな、そんなわけない。アハハハハハ……………)
アレンはマリア以上に死んだ目になりながら、機械のように手を動かした。
そんな不気味なアレンの様子に同席していたバクは、胡乱気な視線を送る。
アレンの脳内では、己の師が銃を空中に向け、高笑いしている映像が流れていた。