「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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Y字路

「バク支部長、大丈夫ですか?」

 

「………」

 

 

 現在マリアはレベル3のAKUMAを倒し終え、重傷のバクの傷に障らないようなるべく慎重に背負って運んでいる。

 

 身長ではバクの方がマリアより小さいため、側から見ると大分奇妙な光景となる。

 それを想像してしまったバクの心の治安は急速に悪くなっていた。168cmは決して、小さくないもん。

 

 フォーがいたら「その無駄に高いプライドが邪魔クセェ」と辛辣に言っていただろう。

 

 

「支部長…?」

 

「オレさ……オホン! 私は大丈夫だ」

 

 

 ほんとか? 疑問に思いつつ、マリアはバクが能力を解いた壁の隙間から出た。

 

 バクはそう言えば、と口を開く。

 

 

「君のイノセンスの形状が聞いていたものと違ったのだが…」

 

「あぁ、………多分、私自身を見つけた結果だと思います」

 

「君自身を、かい?」

 

「えぇ」

 

 

 マリアにも、今の自分の内側を形容するのは難しい。

 

 ただ自分を見つけて、神へ祈ったのは確かだ。

 ふとロードではない何かと対話したような気がするけれど、靄がかかったように思い出せない。

 

 

「支部長、あの…人って、覚悟一つで変われるんですね」

 

「君は何か覚悟したのかい?」

 

「私は…神の道具になる覚悟をしました。勿論気持ちまでは絶対に服従しませんけど、身を投げる覚悟をした」

 

「それは…エクソシストとしての覚悟と受け取っていいのか?」

 

「はい。エクソシストとしての覚悟………エクソシストとしてAKUMAと戦い、聖戦を終わらせる覚悟」

 

 

 真っ直ぐに前を向いて話すマリア。

 バクはアレンとはまた違う数奇な運命を彼女から感じた。

 

 アレンは神に愛され、AKUMAに魅入られている。

 マリアも同様に神に愛されている。

 

 しかし神はマリアを何かから奪われまいと必死なように感じる。

 

 彼女が見つけた自分とは、まさかその恐ろしい何かなのではと、不意に思った。

 しかしその考えも、目の前の光景ですぐに霧散する。

 

 

「バクさん…と、マリアさん?」

 

「ウォ、ウォーカー…! その姿は…」

 

 

 二人の目の前に現れたアレンは、自分のイノセンスをしっかりとモノにしていた。

 その上でAKUMAを倒し、フォーを連れ帰ったのだ。

 

 フォーはぐったりとしているものの、しっかりと意識があった。

 バクが安堵の息を漏らした束の間、マリアの目にみるみるうちに涙が溜まる。

 

 

「フォーのバカッ!! アホ!!! おチビッ!!」

 

「ぁんだと……この、バカ、マリア………」

 

 

 アレンはケンカする二人の仲裁に入ろうとし、パンチをかましたフォーの一撃に当たり地面に伏した。

 

 場は蝋花の悲鳴と、フォー以上にぐったりしているバクを見てムンクになったウォンの悲鳴が相まって、カオスな状況となる。

 

 

 でも、生きていた。

 

 

 全員が欠けることなく、こうしてバカを言い合える。

 それがマリアには宝物のように感じられ、嬉しかった。

 

 涙がポロポロと、ひっきりなしに溢れては落ちる。

 

 

「よかったぁ、よかった……!」

 

「ま、マリアさん…」

 

 

 フォーのパンチで腫れた頰を抑えながら、アレンは傍でオロオロした。

 

 そんな場の様子にバクはウォンに肩を持ってもらいながら、目を細めた。

 

 二人にはこれからもいくつもの苦難が待ち構えるだろう。

 だがきっと彼らなら乗り越えられると、口角を上げて笑う。

 

 だが突如、足元がふらつく。

 

 

「いかん、血が足り……」

 

「えっ? あ……ば、バク様ッ──ー!!」

 

 

 気絶したバクに、フォーは呆れた視線を向け、アレンやマリアは焦った様子で支部長の側に駆け寄る。

 

 血生臭さが残るアジア支部に、平穏が戻りつつあった。

 

 

 

 

 

 *****

 

 番人が眠る大きな扉の側で、マリアは一人盃を煽り、背中を預けるようにして床に座っている。

 

 

『時折忘れるけどよ、お前が酒を飲んでる姿を見ると、成人済みなんだって思い出すよ』

 

「何だ、フォー起きてたの。てか言い方が年寄り臭いなぁ」

 

『うっせ! あたしはズゥよりも年上なんだかんな。それに起きてて悪いかよ、…あ、ウォーカーは大丈夫そうだったか?』

 

「今は検査中だから分からないけど、大丈夫だと思うよ。それより支部長のこと心配すばいいのに」

 

『ハン、バクはそう簡単にくたばんねーよ。そんでマリア、お前の方はどうだ?』

 

「チョー元気でっす」

 

 

 マリアは黒いタンクトップの上に着ていた白衣を捲って、白い二の腕を見せる。

 筋肉がなさそうに見えて、案外猫のような筋肉がある。

 

 

『そういやお前、何飲んでんだ?』

 

「香雪酒。イノセンスを取り戻したお祝いにって、ズゥ老師様がくださったの」

 

 

 先ほどから二人の会話の中で上がる、「ズゥ・メイ・チャン」と呼ばれるアジア支部で料理長をしている老人と、マリアは仲がいい。

 

 ちなみにアジア支部長のバクも名前にバク・「チャン」と続く。この二人は同じ「チャン家」の人間だ。

 

 話を戻し、マリアはアジア支部にいた頃によくズゥ老師の散歩に付き合い、彼が育てている池の蓮を眺めては、共にお茶を飲んでいた。

 

 

『また随分甘い酒だな。どうせズゥ()っ様は、補聴器無くしてたんだろ』

 

「キャベツと共にスライスされてたよ」

 

『マジか…』

 

 

 今は共に酒が飲めないことが惜しいな、とフォーは思った。

 レベル3との戦闘で負傷したため、当分は現界できそうにない。壁の中にいるのもすぐに退屈になる。

 

 

「飲みたいなら扉の前に置いておこうか?」

 

『いらね。今度お前が来た時に一緒に飲むから』

 

「…そっか」

 

 

 静寂が訪れる。マリアは盃に酒を注ぎ、遠くを見つめながら飲み干していく。

 フォーの言葉の裏を、しかと受け止めていた。

 

 

「必ず帰ってくるよ。そしたら一緒に飲もう。酔っ払ってさ、みんなで肩を組んでバカ騒ぎしよう」

 

『べっ、別にお前の心配なんかしてねーし!!』

 

「あっ、出たツンデレ」

 

 

 壁から殺気を放つフォーにケラケラと笑ったマリアは、笑い過ぎて滲んだ涙を拭う。

 

 

蝋花(ロウファ)ちゃんも誘って飲もう。飲み明かして女子会ね」

 

『アイツはまだ未成年だからダメだ。マリアお前…酔ってんのか?』

 

「うふふ、生憎酒豪なの」

 

『自分で言うか』

 

「うん」

 

 

 マリアは立ち上がり、壁に向かい合う。

 笑って「行ってきます」と告げ、残った中身を一気に飲んだ。

 

 

『行っちまえ行っちまえ、酔っ払いの相手なんざごめんだぜ』

 

「酔ってないってばー」

 

『うるせー! 行っちまえ、バーカ!!』

 

 

 不器用なアジア支部の番人の優しさだった。

 マリアは笑顔で手を振って、前を向く。

 

 女の姿が小さくなったところで、不意にフォーの声が聞こえた。

 

 

『無事に、帰って来いよ』

 

 

 その言葉に、マリアは小さく頷いた。

 

 

 アレンの検査の前に先にイノセンスや身体の状態を調べていたマリアは、特に異常な所はなかった。

 

 むしろ一番ピンピンしている。

 

 彼女のイノセンスが発動したのは、本人の言う通り、彼女自身の心境の変化が一番の鍵となっているのだろう。

 

 しかしバクは一応と、コムイに己が感じた違和感を伝えておいた。

 

 抜きん出た頭脳派のコムイとは違い、術といった“見えざるもの”に造詣が深いバク・チャンだからこそ感じ取った、小さな違和感。

 

 

「彼女はオレ様が感じた限りで、何かと混ざったように見えた。以前とは少し雰囲気が変わったように思う」

 

 

 電話先のコムイは興味深げな反応を示しながら、バクの意見を聞く。

 

 

「イノセンスと共鳴していた際、補佐のウォンや科学班見習いの数名が彼女の様子を見ている。その時の状況を、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」と、口を揃えて話していた」

 

『…バクちゃんは、マリアさんについてどう考えているかい?』

 

 

「「バクちゃん」はやめろ巻き毛ェ!!」と血を吐きながら激昂し、バクは側にいたウォンにつんのめった身体を支えてもらいながら、受話器を強く握りしめる。

 

 

「彼女は彼女のままだと思う。…だがオレにはどうも神が、彼女のその内側の何かを恐れているような気がしてならん。愛してはいるが、怖い。そう感じる」

 

『愛と恐怖…ね』

 

 

 コムイは唸るように考え込んだ。

 

 マリアのイノセンスが復活し、異常がないと分かった今、確実にアレンと共に方舟を使い江戸へと向かうだろう。

 

 コムイとしては反対であるが、まさかあの聞かん坊の元帥の弟子二人が聞くはずがない。

 

 そういったところに胃が痛くなる思いがするが、しかし聖戦の中、ハートの可能性がある存在だから、と出し惜しみしているわけにもいかない。

 

 そんな余裕などないのだ、すでに。

 

 

 現在エクソシストは少ない。

 それに対し伯爵の陣営はこちらと比較にならない強さを持っている。

 

 今回の戦いで敵の勢力を大幅に削がなければ、黒の教団の行く末は……否、人類の行く末はデッドエンドだ。

 

 

 アレンやマリアには進んでもらう。

 進んでもらわなければならない。

 

 

 

『ひとまずマリアさんの様子はしっかりと見ておくよ。バクちゃんが感じた違和感を私も感じたとなれば、その何かの存在が確実になるからね』

 

「だから!! バクちゃんではないと…」

 

『私たちは…彼らが進めるようしっかりと、サポートをしなければならないね』

 

「無視かッ! ……ふん、貴様に言われなくとも分かっている。現在はウォーカーの検査中だ、結果が出次第そちらにも送る」

 

『うん、ありがとね』

 

 

 電話を切り、コムイはもう一つの懸念材料に眉を寄せる。

 

 ノア側がマリアを狙ったという事実。

 

 恐らくはハートの可能性を持つイノセンスを狙ったのであろうが、わざわざ手間のかかる真似をしているのが気にかかる。

 

 そういった徒労をお遊びだと感じているなら別だが、意図的にイノセンスの復活を狙ったように感じられてならない。

 

 復活、その上でマリアが江戸に向かうだろうと予測しているならば、彼女の身が……いや、それだけじゃない。

 

 イノセンスの強制解放を果たし、身を包んだ結晶によってAKUMAの攻撃から逃れ、命を取り留めたマリア以上に現在ハートの可能性を示唆されているリナリー・リーやアレン・ウォーカー、その他のエクソシストの命が危険に晒される。

 

 

 或いはティエドール元帥の部隊を残して、その他のエクソシストを江戸から離脱させることになるかもしれない。

 

 まるでその様子が聖戦の終盤を知らせる序曲のように感じられて、コムイは静かに息を吐いた。

 

 

「あ、そう言えば…」

 

 

 ふと視線を移せば、そこにはバクから送られたマリアのイノセンスの調査結果が記されている。

 

 神ノ剣(グングニル)___それは大剣から形を変えレイピアの形状へと変わり、アレンと似た纏う形のイノセンスになった。

 彼女は黒服に包まれたその姿を「黒衣(ドレス)」と呼んだ。

 

 

 黒衣の能力はまだ未知数だが、必ずや江戸での戦いにおいて大きな活躍を果たすだろう。

 

 どこか確信めいた気持ちが、コムイにはあった。

 

 

 

 

 

 *****

 

「何というか……アレだな」

 

「アレですね…」

 

 

 身体に合うよう採寸されたエクソシスト用の服を着て、その感触を確かめるマリアの横で、バクとアレンは顎に手を当てている。

 

 マリアの服はファインダー服が慣れているからと、ほぼその形を引き継いだものになった。

 色はエクソシストのカラーである黒にはなった。本人としては満足のいく物になったらしい。

 

 

「やっぱりエクソシストというよりあの服は……ファインダーだろう」

 

「まぁ…人の好みですからね」

 

「どしたの?」

 

「「どわぁっ!」」

 

 

 ヒソヒソ話の二人の後ろからひょっこりと現れたのは、話の話題になっていた人物。

 バクは驚いた拍子に折れていた骨に振動が伝わり、悲鳴をあげた。

 

 アレンはウォンに医務室に運ばれていくバクを見送り、視線をマリアに移した。

 

 

「やっぱりさぁ、こういうのは着慣れてるものの方がいいでしょう?」

 

「もしかして包帯もあるんですか?」

 

「えぇ、もちろん!」

 

 

 フードの下、そこには黒い包帯を顔に巻いたマリアの顔が────。

 

 

「うぐっ」

 

「えっ…ど、どうしたのアレンくん?」

 

 

 黒い包帯。そして先ほど見せてもらったマリアのドレス姿と重なって、少年はつい思い出したくないことを思い出す。

 

 

「師匠のイノセンスの、聖母ノ柩(グレイブ・オブ・マリア)を思い出して……ハ、ハハ……」

 

「……あ、アレンくん…」

 

 

「ウフフ借金」と黒くなったアレンに同情しつつ、マリアは戻って来たウォンからイヤリング型の無線機を渡された。

 

 旧来の無線機ゴーレムでは方舟内に侵入できなかったため、急遽バクが以前から作っていた無線機を使うことになったのだ。

 

 

 アレンとマリアはこの方舟の中に、無線機を通して科学班と連絡を取り合いながら入る。

 

 使うのはアレンを襲うためにAKUMAが使用した方舟の扉だ。

 何が待ち受けているかは誰にもわからない。

 

 

(ロードちゃんの扉は、結局壊れてたからな…)

 

 

 マリアが肉体を自在に変形させるAKUMAと戦っていた最中、戦闘に意識が向いていたせいで、いつのまにか扉を壊してしまっていた。

 

 もしかしたらロードの方は拗ねているかもしれない。

 

 ともあれ、今まで止まっていた一歩をようやく踏み出せるのだと思うと、自然と笑みがこぼれる。

 ウォンにもらったイヤリングを右に付けると、同じくアレンももらったイヤリングを左につけた。

 

 

「じゃ…行きます」

 

 

 蝋花たちに呼び止められたアレンより先に、マリアは方舟内に侵入した。

 

 中は白レンガで構成されたような町。

 上には青空が広がっている。

 

 幾分か歩き様子を伝えようとしたところで、耳元で割れる音がした。

 

 

「は? 無線機が壊れたんだが?」

 

 

 無線機がどうやら方舟内に耐えきれなかったらしい。

 アレンの方は壊れていないないかと彼女が後ろを振り返れば、そこには誰もいなかった。

 

「あれぇ……?」

 

 誰もいなくなったというより、勝手にいなくなる。

 それがマリアの十八番である。

 

 

「……迷子の時は、そう、動かないのが一番」

 

 

 冷静に冷静に。場所は通信が途絶えた位置でわかるはずだ。

 待っていればアレンが来るだろう。

 

 マリアは膝を抱え、眩しい日光から逃れるように影になっている場所に座る。

 それにしても、方舟にこのような空間があるのが不思議だ。

 

 

「この世界のどこかと繋がってるのかな? どうなんだろ…」

 

 

 気になる、しかし動いてはならない。

 心の天秤に一人ぐらついていた矢先、前方で黒い影が動いた。

 

 

「……?」

 

 

 白い民家同士にある数十センチほどの隙間から、ほんの一瞬誰かが走っていく影が見えた。

 

 まさかアレンが迷子になったのだろうか。

 自分のことを棚に上げ、マリアは隙間の場所まで近付いて、顔を覗かせた。

 

 左右を見れども誰もいない…と思ったところで、また数十メートル先に誰かの影が。

 

 不思議なそれに釣られてマリアも大股で近づいていく。

 向こうはかなりの駆け足であるのを察するに、子供なのかもしれない。

 

 頭の中の大人しくしているという考えはすっぽ抜け、彼女はだんだんと追いかけっこに夢中になっていった。

 

 

「よし、逆に逃げてみるか」

 

 

 アレンたちが突然いなくなったマリアに焦っていることなど露知らず、侵入した場所からどんどん離れていく。

 

 後ろを振り返れば、やはり子供らしき人物がこちらを覗いている。

 建物の後ろに隠れ、影だけが横にのびて地面に映っている。

 

 影の頭部らしき部分は、ツンツンだ。

 

 

「………」

 

 

 誰が自分と遊んでいるか、マリアはようやくわかった。

 微笑んで名前を呼べば、壁からひょいと顔を覗かすのだろうか。

 

 

「ロードちゃん?」

 

「ロードちゃんじゃないもん」

 

「じゃあよく私の夢の中に出てくるかわいい妖精さん?」

 

「……」

 

 

 ほんの少し、ツンツンの髪が覗いた。

 風に揺られて、少女が着ている白いワンピースが見える。

 

 やはりマリアは何かしら少女の機嫌を損ねる行為をしていたらしい。

 徐に彼女がしゃがむと、後ろ姿のまま少女が出て来た。

 

 

「せっかくボクがパーティーに誘ったのに、マリアがいやがるんだもん」

 

「嫌がってないよ、ただ私もすごく悩んでたから、ロードちゃんに構ってる余裕がなかったの」

 

「……」

 

 

 少女は後ろ歩きのまま少しずつ近付いては、ふと止まって、暫しそのまま立ち竦む。

 

 

「ロードちゃんは、どうして私にイノセンスを取り戻させるようなマネをしたの? ただ会いたいだけだったら、あんな複雑なことしなくてもいいでしょう?」

 

「…ボクも、わかんない」

 

「……わかんない、かぁ」

 

 

 ロードが今までマリアに取ってきた行動は、おおよそ「大好き」がそのまま現れたもので、時折イノセンスに憎しみに似た感情を向けていた。

 

 かつての千年公のように、ノア側に引き込もうとしているのはロードも同じだった。

 

 しかしイノセンスとノアは相いれない。

 だから今まで中庸として夢の中に出てきて、あれやこれや甘えてきたのだろう。

 

 

 今回の行動は今までのものよりひとつ飛び抜けている。

 

 一線を破った、そんな感じ。

 

 マリアを敵のエクソシストとして認識し、イノセンスを復活させた後に壊す遊びをしたいなら、ロード・キャメロットの行動がノアらしい行動であると納得もできよう。

 

 つまるところ、少女が何をしたいのかわからない。

 ロードの行動の矛盾に、マリアは悩んでいる。

 

「ボクね」

 

 そしていつの間にか、ほんの数歩先の距離にまで後ろ姿の少女が迫っていた。

 

 

「マリアのイノセンス嫌いだよ。神の執着が悍ましい」

 

「……」

 

「でも…マリアが悩んでいるのを見ると、ボクも辛いんだ。エクソシストとして戦いたい、そうずっと悩んでたマリアを見てたからこそ、どうにかしたいって思ったの。だから、きっかけを与えた。それで開花するかはバクチだけどね」

 

 

 お前は敵なのにおかしいよね。

 そう言って、ロードは自分の足元に視線を落とす。

 

 

「マリアと一緒にいたいよ。でもマリアはきっとボクたちと一緒にいちゃ苦しむ。だって……お前は、神に愛されているから」

 

「……ロードちゃん」

 

「マリアはボクたちノアのことが好きみたいだけど、ボクも……大好きだけど………でも、道が違うんだ。ボクとマリアは道の違う、敵同士」

 

「………」

 

「ボクは、千年公のために戦うの。でも……でも、マリアは大好きだから、特別に餞別だよ」

 

「私は、守りたいの。それは……人間やAKUMAだったり。きっとノアだって…同じことなの」

 

「…甘いなぁ、アレンみたいに甘い。けど愚か」

 

 

 風が切る音と、マリアの首元にキャンドルの先が当てられたのは同時だった。

 ロードは今にも泣きそうに顔を歪める。

 

 

「ロードちゃん、私は戦いたくな…」

 

「…ここで、この数十分の間で、お前を殺すチャンスは何回もあった」

 

「ロード、ちゃん」

 

「バクは『夢』を(つかさど)るノア、ロード・キャメロット。お前は、エクソシスト。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

 ロードの瞳がノア特有の黄金に輝き、額に聖痕である十字が浮かび上がる。

 白かった肌は褐色に染まった。

 

 

「エクソシスト、次に会う時はエクソシストの子羊たちを狩る、パーティの中でね」

 

「………」

 

 

 ロードの覚悟なのだろう。

 それを受け取ったマリアは、辛そうに眉を下げて、黙り込んだ。

 

 

「…じゃあねェ」

 

 

 少女は弱々しく別れの挨拶を告げ、逃げるように己が作った扉から去って行った。

 

 ロード・キャメロットが走りながらふと思うのは、肌で感じたマリアのイノセンスの気配。

 

 今までは、その気配を感じることはなかった。

 しかし先ほど会ったときにははっきりと感じたのだ。

 

 マリアのイノセンスの変化が関係しているのかは分からない。

 

 しかし雰囲気の変わった彼女は、今まで以上にロードの内側を揺さぶった。

 

 

「甘えたい、なんて…バカじゃねーの…!」

 

 

 ワンピースの裾を強く、強くつかむ。

 今までマリアに言っていなかった、少女が抱く愛の種類。

 

 

 

 ロードにとって、それは千年公に似た────けれど少し違う。

 

 甘えたい。

 

 まるでそれは子が親に求めるような、そんな感情だった。

 

 


 

【お見合い】

 

 ある日のこと。ロードは突如マリアの夢の中でお見合いの話を持ってきた。

 

 マリアとしてはどうでもよかった。

 そもそも恋愛って美味しいの? そんな食べ物脳である。

 

 

「えっとねー、これとこれ」

 

「え、強制…?」

 

「うん、あったり前〜!」

 

 

 笑顔で、しかしグイグイ勧めてくるロードに仕方なくマリアは写真の人物を見た。

 

 一人目、ビン底メガネのワイルド男。

(この人物に後に会ったが、この時は渋々写真を見ていたので覚えていない)

 

 

「んー……なんというか」

 

「うん、分かってる。ないって顔だね」

 

 

 勧めた本人が言ってしまうのか、それを。

 続いては二人目だ。

 

 

「ワァ…! イケメンだァ…ッ!!」

 

「うん。顔はね、満場一致でカッコいい」

 

 

 池の鯉を取って焼き魚にする男だけどね、という真実は言わないロードだった。

 二枚目の男性は明らかに上流階級の男である。

 

 しかし大きな問題があった。

 

 

「同じ人物じゃない、これって?」

 

「え! ……何ノコトカナー」

 

「はぁもう…お見合いってさ、普通違う男性の写真を持ってくるでしょ」

 

 

 伊達に長年、マリアはファインダーをやってるわけじゃない。呆れた彼女はロードに宿題を進めるよう叱った。

 

 ちなみに肝心の問題はまだ二問しか進んでいない。

 

 このままでは次の任務の時間までに起きていない、植物人間の状態で見つかることになる。

 

 

「マリアー、物件としてはいいじゃん。せっかく家族になれるのにぃ」

 

「……まさかノアかッ!!?」

 

 

 かくしてロードの家族になっちゃえ計画は終わった。

 そもそもマリアは細胞レベル的に男の顔が無理だった。

 

 苦手とか嫌いとかいう次元じゃあなく、とにかく無理だった。

 だったら千年公の養子になる方がよっぽどいい。なる気はもちろんないけれど。

 

 

 一方でその頃ティキは、いつもの仲間と炭鉱場で作業中、盛大にくしゃみをした。

 

「ぶえっくしょいっ!」

 

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