「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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ただいま

 ノアとエクソシストは相容れない。

 結局みんな仲良く、なんてのは無理なんだろう。

 

 でも、それでも私は、夢物語を抱く。

 みんな仲良く平和に生きる、そんな幸せな世界。

 

 

 

 思考の片隅でマリアはそんなことを考えながら、眼下に広がる江戸を視界に入れる。

 

 

「何にもない…」

 

 

 アレンが方舟でマリアを見つけた同時刻、江戸では千年伯爵が率いるノアと、クロス班・ティエドール班が交戦していた。

 

 その際に伯爵の一撃が放たれ、地平線の果てまですべてを消し飛ばしたのだ。

 側にいたエクソシストたちは大きな傷を負った。

 

 マリアは黒衣(ドレス)をまとい、ゆっくりと地面に降り立つ。

 スカートの黒が夜の闇と混じるように揺らめいた。

 

 遠くにいるラビや神田たちはさすがに疲労の色が強い。

 

 またアレンは伯爵に狙われたリナリーを救いに向かった。

 

 

 マリアの心はまだざわざわと波打っている。

 ロードの言葉が耳の中を通って、頭に反響する。

 

 

『僕とマリアは道の違う、敵同士』

 

 

 分かってはいた。彼女の内側のイノセンスが、ロード(ノア)に殺意を持っていたことを。

 

 でもそれ以上に好きだった。

 

 可愛いから、などとそんな単純なものではなく、大好きで大好きで大好きで、深い愛情を抱いていた。

 

 異常だろう。その愛情の理由がマリアでさえわからないのだから。

 

 

 一度彼女は深く深呼吸して、雲一つない夜空に浮かぶ月を見つめる。

 

 

「失う、覚悟。大切なものを自分の手で壊す覚悟」

 

 

 

 ────だって全部を救うなんて傲慢だし、不可能だ。

 

 ────だってアレンくんと違って、私は弱くて不器用だ。

 

 ────だってリナリーちゃんをすぐに助けに行ったアレンくんと違って、私はロードちゃんの言葉に囚われて、動けなかった。

 

 

 

「マリア」

 

「…っ?」

 

 

 固まっていた彼女の肩を掴んだのは、ラビだった。

 少年の手には槌のイノセンスが握られており、それを使って一気に飛んできたらしい。

 

 表情はいつになく真剣で、片方の目には心配の色がのぞいている。

 

 正気に戻ったマリアは表情を取り繕って、から笑いをこぼした。

 

 

「あれ、ノアはどこに……あはは、ごめんね。ぼーっとしちゃって」

 

「……さ」

 

「何?」

 

 

 無理に笑う女の笑みは引きつって、歪だ。

 

 

「あんま、無茶すんなさ」

 

「う、うん」

 

 

 生返事なマリアの声に、ラビは眉を寄せる。

 

 

「伯爵はさっきノアと一緒に消えたさ。次に何をしてくるか分からねぇけど…とにかく行こうぜ。あっちでみんなが待ってる」

 

「…分かった」

 

 

 さり気なく掴んできた少年の手を振り払いはせず、マリアは仲間の方へ歩いていくラビの後に続く。

 

「……なぁ、本ッ当に大丈夫さ?」

 

「え? …あぁ、そりゃあみんなよりは怪我してないよ。ラビ達は……結構怪我してるね」

 

「こんなもんキレたユウの攻撃よりは軽いさ!」

 

「…フフッ」

 

 笑いのツボに入ったマリアは声を押し殺そうとしたが失敗して、吐息をこぼす。

 その様子に、ラビの強張っていた表情筋が和らぎ、安堵の色を見せた。

 

「さっきのマリア、マジで変だったぜ? まるで地蔵みたいだったさ」

 

「……ちょっと悩んでたの」

 

「悩み? いつも何も考えてなさそうな顔し──」

 

「あ゛?」

 

「イエ、ナンデモナイデス」

 

 

 ラビの心臓がきゅん(トキメキの音)ではなく、キュッ(心拍停止)とした。

 

 そうだった。この、高身長でスレンダーな──胸は少年的に少々物足りないが──年上の女は、仮にもクロス・マリアンの弟子である。

 

 いつも紳士然としたアレン・ウォーカーがドス黒い一面を見せることがあるように、彼女もまた師の影響を受けているのだろう。

 

 うさぎ(ラビ)は怯えた。捕食者の微笑みを前にして、膝をガクガク震わせた。

 

 すっかり顔色の悪くなったラビに、マリアは不機嫌に口を尖らせる。

 

 

「…私だって、悩む時は悩むわよ」

 

 

 陰りの色を濃くした女の顔が、地面に向けられる。

 どうしたものかと、ラビは暫し唸る。

 

 思いつく言葉はしかし、一つしかなかった。

 

 

「もっと頼るさ」

 

「…え?」

 

「仲間なんだから、もっと俺たちを頼って欲しいさ」

 

「……」

 

「悩みがあるなら相談して欲しい。戦う時は一緒に戦おうぜ。…それとも、俺たちってそんなに頼りないか?」

 

「…そんなわけ、ない」

 

 

 みんな強い。仲間がいるからマリアも戦える。

 

 

「だったら頼ってくれ。その代わり、俺たちもマリアを頼ってるってこと、忘れんなさ」

 

 

 ラビの言葉に含まれた中に、彼らが──仲間たちが自分を信頼してくれているのだと、彼女は強く感じた。

 

 

「……ダメね、私って」

 

「ダメじゃねぇよ」

 

「ううん、ダメだよ」

 

 

 首を小さく振って、またマリアは下を向く。ギシリと、微かに歯軋りの音がした。

 

 昔からそうだ。捨てられた末に一人で石碑の前にいて、教会にいた時もシスターと関わる以外は一人で過ごしていた。

 バーバたちと住んでいた時も、ファインダーになっても────。

 

 彼女はどこか、他人と一線引き続けていた。

 

 そして今も、その線は引かれ続けている。

 

 

「線が……」

 

「線?」

 

「そう。私と他人を分ける線」

 

 

 他人と一線を引く、その性質はブックマンに似通う所がある。

 

 

「その線の内側に他の人間はいるのか?」

 

「……いなくは、ないかな?」

 

 

 ロードは線の中にいる。あとはシスターくらいだろうか。

 しかしそのシスターはもういない。彼女が殺した。

 

「………あ」

 

「どうしたさ?」

 

 …そうか。

 そうか、そうか。そうなのか。

 

 

「私、失うのが怖いんだ」

 

 

 だから、彼女は内側に他者を入れることを拒むのだ。

 シスターを失った時、己の手で大切な人を破壊した時、マリアの心の中にぽっかりと穴が空いた。

 

 彼女が何よりも恐れているのは、失うこと。

 

 その感情がずっと他のストレスによってうやむやになり、認識できなかったのだろう。

 それが自覚した途端、手が震えた。

 

 弱い弱いと言っていた自分がそれ以上に弱い生き物だったらしいと、彼女は笑おうとして、上手く笑えない。

 かすれた息が漏れるばかりで、視界が歪む。あぁなんて、脆弱な人間なのだろう。

 

 情けなさで、マリアはどうしようもなくなった。泣くことしかできなくなった。

 

「ふっ、うぅ…」

 

「………!!!?! 待っ、えっ……えぇ!!?」

 

 大困惑のラビはあたふたとして、ひとまずその背をさすってやることにした。

 

 女の顔はフードに隠れて見えないが、しゃくる様子は子供のようである。

 

 少年の脳内では「泣く姿もかわいい」「大丈夫か?」「元気出すさ!!」とそれぞれ小さいラビたちが騒ぎあって、ラビFぐらいのやつが「この状況見られたら、確実に泣かせたの俺だと思われるじゃん」と呟いた。

 

「…まぁ、ゆっくりみんなの元へ行こうさ」

 

 ラビがイノセンスを使わないのは、仲間と会う前にマリア自身に心情整理が必要だと思ったがゆえだ。

 

 一緒に歩きてぇとか、やましい気持ちは──まぁ、ある。コイツは煩悩うさぎである。アレイスター・クロウリーが愛したAKUMA、エリアーデにも鼻の下を伸ばしていた男だ。

 

 ラビの内側など露知らず、マリアは少し泣いた後、スッキリした顔つきで少年に礼を言った。

 

 

「ありがとう、落ち着いたよ」

 

「それならよかったさ。それじゃあとっとと戻ろ………って、あれ? ユウとアレンが喧嘩してね…?」

 

「リナリーちゃんを取り合って男二人が争ってるの?」

 

「それは…うん、違うと思うぜ」

 

 

 苦笑いを浮かべた二人は、仲間がいる元へと歩き出す。

 

 マリアは月を見ながら目を細めた。

 

 失うのが怖い。それにロードと戦うことになるかもしれない。

 

 その時、彼女は殺す覚悟を持てるだろうか。

 

 不器用なマリアには、全部を救うなんて出来ない。だから狭い選択肢の中で必死にもがいて生きるしかない。

 

 でも今は、仲間のために戦おうと、そう思える。

 

 

「不器用は不器用なりに、懸命に生きてやろうじゃないの」

 

 

 

 

 

 *****

 

 殺風景になった場所から離れ、現在クロス班・ティエドール班は橋の下にいた。

 

 現状はエクソシスト側が窮地に追い詰められている。

 今後どうするか、その作戦会議が行われた。

 

 ティエドールはぼりぼりと頭をかき、冷静な判断を述べる。

 

「クロス班は撤退すべきだろうね」

 

 現在エクソシストは指で数えられる程しかいない。

 この聖戦を考えれば、体勢を立て直し、別の機会を窺うのも一つの手だ。

 

 真剣に話し合うティエドールとブックマン。二人の様子をマリアは隣でじっと見つめる。

 

 

「今この世に残るエクソシストはヘブラスカに、元帥の私やソカロ、クラウドにマリアン、そして___」

 

 

 ティエドールは説明の中、クロスをわざわざ「あの男」と表現したり、一人だけ苗字呼びしたりと、嫌悪感を露わにした。

 

 なるほど。あの飲んだくれはこの男に相当嫌われているらしい。

 

(まぁ当然か。水と油っぽそうだもんなぁ、ティエドール元帥と神父様は)

 

 人間を人間(女性以外)扱いしない男と、人間どころかこの世の動植物全てを愛してます、な博愛主義の雰囲気を持つティエドールが、仲が良いですだなんてまずあり得ない。

 

 

「ちょっといいかい?」

 

「……へっ?」

 

 

 もさもさした元帥の髪を見つめていた時、その本人から唐突に声をかけられた。驚いたマリアは慌てて姿勢を正す。

 

 

「君が新しいエクソシストの、マリアンの弟子だっけ?」

 

「は、はい。多分……弟子です」

 

「“多分”弟子ってことは、まさか……」

 

「まさか……とは?」

 

 

 ティエドールのメガネが光り、重苦しい圧が発せられる。それはただ、彼女に向けたものではないようだ。

 

 そして続いた「愛人かい?」という言葉に、マリアはもげる勢いで首を横に振る。アレンにも「手を出されているんじゃ…」と疑われているが、本当に“恩人”と“助けられた人”の関係でしかない。

 

 

「そっか、安心したよ」

 

「私はビックリしましたけど……」

 

 

 初めてクロス以外の元帥と会い緊張していたが、その緊張がどこかへ行ってしまった。

 

 ティエドールは温厚じいに見えこそすれ、「元帥」である。

 その言葉の重みを、マリアは重々に知っている。

 

 

「君の意見を聞きたいんだ。参考までにね」

 

「…私でよければ」

 

 

 ティエドールの意図を全て読み取れるわけではないが、なるべく最善策を打ち出そうとしているのだろう。

 

 或いは今の現状で一番厄介なクロスの言動を、弟子であるアレンやマリアを通して分析しようとしているのかもしれない。

 

 時に冷静に人間を「もの」として見るのは、彼女も一緒だ。

 本人がそれに無自覚であっても、既にティエドールはマリアの内面にある冷たさに勘付いている。

 

 目が、あまりにもアレンとは違い、この女はクロスと似ている。

 

 人間を、ひとつの()()として見られる目だ。

 

 

「そうですね…」

 

 マリアの後ろでは気絶していたリナリーが目を覚ましたのか、アレンやラビの声が響く。

 

 彼女はゆっくりと顔を上げる。

 すると、フードの下から紅い瞳がちらりと覗いた。

 

 

「元帥の言う通り、クロス班は引いた方がいいでしょう。聖戦において、一番の損失は教団ならばイノセンス、伯爵側ならば使徒であるノアです」

 

 しかしと、マリアは言葉を続ける。

 

 

「私たちは既に伯爵の用意したカゴの中。そうそう生きて逃げられるとは思えません」

 

「んー、だよねぇ…」

 

 

 ボリボリとクセなのかまた頭をかくティエドール。

 マリアはふと顔を逸らし、アレンたちの方を見つめた。

 

 瞳の奥の色に、先ほど浮かべていた冷たい色とは違う、温かな色が浮かんで、煌星(きらぼし)のように輝く。

 

 ついと、そこでティエドールは眼鏡の奥で目を見開く。そして理解した。

 

(アイツと似ていると思ったが……どうやら、早計だったみたいだね)

 

 マリアの内には冷徹な男とは違う、マトモな人間として一本筋の通ったものがある。

 

 

「大切なんだね、仲間が」

 

「…はい」

 

 

 ティエドールの言葉にマリアは微笑む。

 彼女の大切な仲間。失いたくない、守りたい存在。

 

 シスターやロードだけじゃない。

 アレンやリナリー、神田やラビ、コムイ……教団に来て、数え切れないほどの人間に出会った。

 

 少しずつ、彼女の世界は広がっていたのだ。

 世界が広がった分だけ、大切なものが増えた。彼らも既に、内側に入っていたのだ。

 

 でも増える分だけ、失うこともあるだろう。

 

 白い手が震えるほど強く握られる。

 マリアの様子を見たティエドールは、無精髭を撫でながら笑いかけた。

 

 

「覚悟はできたかい?」

 

「はい。私は守りたいです。仲間を……みんなを」

 

「うんうん。人間ってのは、少し強欲なくらいがちょうどいいよ」

 

 

 強欲すぎちゃあ駄目だけどね、と茶目っぽく続けたティエドールに、マリアも笑った。

 

 一人一人、この場にいる人間を見る。みな傷を負い、それでも生きて帰るために前を向いている。

 そんな彼らを、守りたい。

 

 なぜならば、大切な仲間だから。

 

 

 

「マリアー! リナリーが起きたさ!」

 

「リナ嬢の身体に障る! いい加減に黙らんかッ!」

 

 

 手を振るラビの顔面に、ブックマンの蹴りが入る。

 うおぉぉぉ、と痛みで地面を転げ回る少年に、周囲は笑った。

 

 マリアは起きたリナリーに挨拶する直前、そういえばまだ「ただいま」を言っていないことに気付いた。

 案の定、目が合ったリナリーが頬を膨らませている。

 

 

「帰ってきたら、ちゃんと「ただいま」ぐらい言ってください!」

 

「あはは…ごめんごめん」

 

 

 若干照れ臭い気もするが、ここはやはりストレートに言うのが一番だろう。

 

 

「ただいま、みんな」

 

 

 その言葉に「おかえり」が、当然のように帰ってきた。

 

 どうもそのくすぐったいような感覚が慣れず、マリアは誤魔化すように頬をかいた。

 

 


 

【好き】

 

 クロスと旅をしていたマリア。

 

 女と酒。そして煙草ばかりの男に少女が首を傾げた夕食時のこと。

 場所は滞在している町で見つけた酒場だ。

 

 酒場とはいってもレストランも兼ねているらしく、時間帯もあってか人が多い。

 

 二人が座っているのは隅っこの席だ。

 ちょうど植木もあり、中央からは見えにくい場所に位置している。

 

 マリアは大盛りによそられた皿の前で、椅子の上に膝立ちになった。座った状態では、椅子の低さで食べにくかったためだ。

 

「神父様は本当に酒と女性とタバコが好きなんだね」

 

「うるせぇ。いいからとっとと食っちまえ」

 

「はーい」

 

 酒を浴びるように飲む男に、肝臓はどうなっているのか、と少女は真剣に思った。

 

 きっと肝臓に住む妖精が、魔法でアルコールを消しているのだろう。

 そんな本で得た知識と子供っぽい考えを混ぜて、オレンジジュースをすする。

 

 目の前の肉はいつのまにか三分の一までに減っていた。

 

「神父様はほかに好きなものないの?」

 

「……」

 

 無言、ということはどうやら会話したくない気分らしい。

 マリアも察してか黙り、ナイフを手に持った。

 

 しかし子供の腕力ではいくらイノセンスがあるといっても、巨大な肉の塊を切るのはきつい。

 

 肉と格闘するマリアを尻目に、クロスは残っていたワインを飲み干した。

 既にボトルは五本も開けられている。

 

「うぅ……ぐぬぅ…」

 

「……ッチ、貸せ」

 

「あっ」

 

 見かねたのか、クロスは小さな手からナイフを奪い、肉を切り分け始める。

 マリアはフォークを右手に握りながら、カバのごとく口を開けた。

 

「………」

 

 クロスはマヌケな顔で肉を待機する少女に、なんとも言えない表情を浮かべる。

 

「アホか、自分で食え」

 

「んあ? あー……」

 

 口を開けたまま眉を下げて見つめ続けるマリア。

 無言の押し問答が続き、とうとう先に折れたのは男の方だった。無遠慮に肉が少女の口に突っ込まれる。

 

 マリアは若干えづいたものの、美味しそうにもぐもぐと食べる。さながらハムスターだ。

 

「ひぃんふはまもひぃふはへはいんふぇふか? 

(神父様も肉食べないんですか?)」

 

「食いながら喋るな、行儀が悪い」

 

 礼節もクソもないような男から行儀を説かれた少女は膨らんだ頬で、じっ…と、胡乱げに見つめる。

 

 クロスはため息を吐き、追加の酒を注文した。

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