「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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閲覧ありがとうございます。方舟編も進んで行きだんだんロードの様子が…?になっていきます。
個人的な話ですが今季の本誌に若め師匠載ってて、ア゛ッ(死)ってなってました。


名無しの楽曲

 ノアの使徒ジャスデビは、お互いが同一のものを想像した時、それを現実に実体あるものとして生み出すことができる。

 

 銃に種類の違う“(ボム)”を装填し、双子は攻撃を仕掛けた。

 

 

 その能力の難解さゆえ、エクソシストたちはジャスデビの能力が分からずに苦戦した。

 

 彼らは四方に散らばりながら攻撃を躱していく。

 マリアは黒衣(ドレス)をまとい、部屋を円形に囲む本棚の側面を走りながら球を避けた。

 

 しかして、双子の殺意の矛先はほとんどアレンに向かっている。

 

「死ねェ、弟子ィィィィ!!!」

 

「ヒッ! 借金払えェェ!!」

 

 ジャスデビの魂の叫びである。

 死んだ目をしていたマリアはふと、この場に神田がいないことに気づいた。

 

 地面に着地し近くにいたリナリーに事情を聞けば、どうやら彼らを先に行かせて、巨漢のノアと戦っているらしい。

 リナリーの仲間を信じる目に、マリアは優しく微笑んだ。

 

「そうだね。きっと神田なら追いつくよ」

 

「…はい!」

 

 しかし戦っていた最中、アレンが持っていた扉の鍵が双子に奪われた。

 ついでエクソシストたちに「騙し眼鏡」なるものが付けられる。

 

 それは視覚を狂わす力を持つ。床に落ちたものとは異なる大量の鍵が彼らの前に出現した。

 しかもイジの悪いことに、どの鍵も形状が似ている。

 

「俺に任せるさ!」

 

 この時、鍵の捜索を買って出のはラビだった。

 

 “記録する”立場であるブックマンは記憶力に秀でている。時間はかかるかもしれないが、大海撈針に思える荒業も、この男ならば不可能ではない。

 

 そう。例えば美人の女のスカートがめくれたその一瞬なんかも、鮮明に記憶しておくことができるのだ。

 さすがにそのようなことはラビもしていないが。したらパンダ爺の膝蹴りを食らうことになる。

 

「ブックマンってすごいんだなぁ…」

 

 ラビの能力に感心していたマリアは、槌のイノセンスで起こされた竜巻に吸い込まれていった鍵を見つめる。

 

 

「隙アリィ!」

 

「……わっ!?」

 

 ちなみに彼女も騙し眼鏡のせいで、ジャスデビの姿が見えなくなっている。

 背後から首元に伸ばされた手の気配を感じ、前方に飛び退いた。

 

「…?」

 

 振り返ってもそこには誰もいない。

 けれども双子のうちどちらかがいる。見えないだけで、敵の息遣いや声は聞こえるようだ。

 

「もしや金髪ビューティくん?」

 

「ヒッ! デロの髪が褒められた!」

 

 どうやらジャスデロが彼女のすぐそばにいる。

 機嫌を良くしたデロに、その少し後方からデビットの怒鳴り声がした。

 

「バカヤロー! エクソシストに褒められて喜んでんじゃねェよ!」

 

「でも金髪ビューティって…」

 

「オレたちを油断させようとしてんだよ!!」

 

「ヒヒッ…?! ゆ、許せねェ、エクソシストォ…!!」

 

 次の瞬間、銃口から巨大な灼熱の爆弾が放たれた。

 マリアはすぐさま剣を目の前に掲げ、爆弾を両断する。

 

 だが数が多すぎる。一つが目の前で爆発したことで風圧を生み、彼女の体が後方に吹き飛んだ。

 その肢体は倒れた本棚の下敷きになり、大きな音とともに埃が舞う。

 

「「ナイス、シュート!」」

 

 ジャスデビがハイタッチを決めようとしたその時、前からクロウリーとアレンの攻撃が加わった。

 

 

 

 対して、潰された女はよろめきながら本の山から脱する。

 さらに不幸体質のせいか、ギリギリ倒れなかった隣の本棚から一冊の本が落ち、角が脳天に直撃した。

 

「きゅう」

 

 目の前で星が飛ぶこと数十秒。

 

 その間、アレンがクローリーとジャスデビを捕まえたようで、押さえつけられた双子がキレている。

 

 

「あ……だ、大丈夫っスか!?」

 

 そして息も絶え絶えな女にようやく気づく者が現れた。

 チャオジーというアニタの船で生き残った協力者(サポーター)の青年が、マリアの背に手を回す。

 

「ボロボロっスね…」

 

「あっ…ありがとう」

 

 チャオジーの肩を借り、マリアは立ち上が──ろうとして、できなかった。

 

「!?」

 

 床がぐにゃりと歪み、あたり一面が亡者の姿に変わっていく。

 チャオジーと共に呑まれ、彼女の身体が圧迫されて、軋む。

 

 エクソシストの女よりも生身の人間であるチャオジーの方が限界が近く、あまりの痛みに絶叫が響いた。

 

「チャオジー!!」

 

 マリアが叫んだ瞬間、黒衣の形が変化し、寄宿主から離れる。黒い液体はチャオジーの身体を包み込んだ。

 

 球体状に変化したそれは、亡者を押しのけ床に転がる。

 

 だが無防備になったマリアの身体は先ほどよりも勢いよく軋む。

 そして、右腕が周囲にわかるほど嫌な音を立てて折れた。

 

「ぐっ、〜〜ぎ」

 

「みんなっ!!」

 

 尚も潰される仲間たちの姿を見たリナリーは、亡者に向かって駆け出す。

 

 だが彼女は今、イノセンスを使えない状態にある。

 そのまま転倒したリナリーに、デロとデビは背後から襲いかかった。

 

「リナリー!!」

 

 アレンが亡者を跳ねのけ、ジャスデビに向かって駆け出す。

 

 しかしその行く手を阻むように、白い巨体が現れる。双子の能力により想像されたそれにアレンの顔が青ざめた。

 

 

「────千年ッ、伯爵ゥ!?」

 

「「ギャッハハ! しかもブチギレ×笑いモードだぜェェ!!」

 

 

 さらに威力が本物のため、アレンが避けるたびに次々と本棚や床がえぐれていく。

 何とか亡者から抜け出たマリアは、アレンよりも顔が青くなった。

 

 過去のイノセンスを破壊されたトラウマが脳裏によぎり、思わず口元を押さえる。

 

 それでもどうにか震える体に鞭を打ち、怒れる伯爵を一旦アレンとクロウリーに任せて転げ回る球体を追いかける。

 

 至るところから生じる風圧であちらこちらに移動し続けた球体。その中にいたチャオジーは当然グロッキーモードである。

 

 マリアが黒衣を解除すると、青年は隅でキラキラした。

 

「ごめん! 本当にごめん!!」

 

「いえ……ゼェ、助けていただいたので! ……おえっ」

 

 それより、と吐き気の落ち着いたチャオジーは折れた女の腕を指摘する。コートの裾をまくると、患部はひどく変色していた。

 

「すみません、俺のせいで…エクソシスト様にケガを負わせてしまって……」

 

「いいよ、気にしないで。これくらい固定しとけばすぐに治るから!」

 

 マリアは教団服のコートの裾を破り、折れた箇所を固定した。

 しかし痛みまでは誤魔化せず、顔を歪めながら左手に剣を握りしめる。

 

 マリアの利き手は右。状況はさらに悪くなった。彼女は囚われたリナリーを救うべく走り出す。

 黒衣は女の周囲を水のように漂う。

 

 

「はぁ、もう…本当に、今日は散々な目に遭うな…」

 

 夢の少女に振り回され、双子の少年に振り回され、その合間合間で無数のケガを負った。それでも己の恩人の奇行だけは霞んで見えないのだから、彼女も笑えばいいのか分からない。

 

 ただ、そろそろ我慢の限界だ。

 

 そしてその爆発は、双子のリナリーに浴びせた罵詈雑言で振り切れる。

 

 

「黙れよ女のクセに! 犯すぞッ!!」

 

 

 マリアは元々、ジェンダーの差別が嫌いだった。有能ならば男女は問わない教団の本部こそその風潮は薄かったが、世間にいた時はさまざまな経験をした。

 

 やれ少女だからと、やれ女だからと。見下され侮られ、時に気色の悪い視線が体をなぶるように見る。

 思えば体を過剰に隠すようになったのも、この頃の経験が活きているのかもしれない。

 

 女を性処理扱いの道具にしか思っていない男など、交尾にしか脳のない獣とさえ思っている。

 

 これに関して女を取っ替え引っ替えしていたクロスは例外である。魔性と言うべきか、相手の女は男の内面の冷たさを理解した上で惚れ込んでいたのだから。

 

 

 あれでも、聖職者の性行為ってタブーじゃなかったっけ? 

 

 マリアの目がさらに濁った。

 

 

 

 閑話休題。

 彼女は耳を澄まし、双子の場所を特定する。

 

「このっ、クソガキ…」

 

 アレンが一瞬己の師の微笑み(殺意)を幻視した直後、ゴム状になった黒衣が大きくはずんだ。

 

 跳躍した女の左手には剣ではなく、拳が握られている。

 後ろを見ていたデロはマリアの悪魔の笑みと視線があったが否や、悲鳴を上げる。

 

「ギャァァッ! で、でで、デビット後ろ!!」

 

「ア? 何────ぐげぇ!!」

 

 殴ろうとしていたリナリーと、マリアに前後挟まれる形でアッパーを食らったデビットは、鼻血を垂らしK.O.する。

 

「デビーーーッ!!」

 

 マリアは囚われたリナリーを解放すべく、一度戻した剣を取り出す。

 狙いを定めたその刹那、右肩に鋭い痛みが走った。

 

「いった…!」

 

「んのっ、クソヤロォ…!!」

 

 撃たれた、と理解した彼女は斬りかかろうとしたものの、騙し眼鏡のせいで双子の正確な位置が分からない。

 二人から発せられるかすかな音も、暴れる偽伯爵によりかき消されてしまう。

 

 尚も銃声は続き、今度は右足を撃たれる。

 

「マリアさん!!」

 

「……う゛っ」

 

 剣を支えに立ち上がろうとするが、次は右腕に激痛が走る。

 デビットが折れているその腕を踏みにじったのだ。

 

 時折聞こえていた嚙み殺された悲鳴も、女が気絶したのか、とうとう聞こえなくなった。

 

「テメェも、吸血鬼のおっさんも、オレらのことガキガキ言いやがって…!! クソムカつくんだよ!!」

 

「やめて!!」

 

「うっせェ、お姫様は黙ってろ!」

 

 逆上するデビットは持っていた銃でリナリーの顔面を殴り付ける。

 

 呼吸を荒くするデビットの様子を、ジャスデロは後ろでおろおろと見つめた。

 

「デビィ……「女性には紳士に」って、前に千年公が言ってたよぉ…」

 

「っ、だってオレたちのことバカにしてんだぞ! それにこいつらはエクソシストだ! 女だろうが関係ねぇ!」

 

 デロは宥めるようにデビットの背中をさする。

 その時。打ちどころが悪く気絶したリナリーの前方から、小さな声が聞こえた。

 

 それは、声のような。

 

 

「何だ……?」

 

 眉を顰めたデビットは、そして気づく。声の主は腕を踏みにじった女から聞こえる。

 倒れている女の顔はフードと前髪に隠され、口元しか見えない。血濡れのそれがかすかに動く様は妙に艶やかだ。

 

 一瞬息を飲んだ少年は、銃を握って手の震えを無理やり止める。

 

 ジトッとした汗が、デビットのこめかみから落ちた。

 

「ん、うっ……」

 

「デビ、あの女目ェ覚ましたみたいだよ!」

 

「…ッチ、エクソシストって害虫みてぇにしぶてぇな」

 

 女の脳天をぶち抜こうと、銃口の先を向けた二人。

 焦点を合わし、殺意を込めて球を想像する。

 

「最期に遺言はあっかよ、エクソシストォ」

 

「ヒヒッ、おねんねしなぁ!」

 

 デビットは激しく脈打つ己の心臓を紛らわすように、マリアの頭を蹴やる。

 すると、取れたフードから隠れていた顔が露わになる。

 

 うっすら固まった黒い血がその白い肌にまとわりつき、血なまぐさい匂いがデビットの鼻についた。

 

 閉じていた女の瞳が開く。視線はおぼつかなく、ウロウロと彷徨っている。

 

 

「………ッ!」

 

 

 その、赤い口元が上がって、誰もいない場所に向かって微笑む。目元も弧を描く。

 少年の心音が異常なほどバクバクと音を立て、ついには震える息をこぼして、一歩下がった。

 

「……デビ?」

 

 片割れの異変に気づいたジャスデロがデビットの肩を叩く。

 デロは何も感じないのだろうか。

 

 ────この紅い瞳が存在して、そして優しい色を見せていることに、本当に何も感じていないのだろうか? 

 

「なァ、デロ……」

 

「……? どうしてデビットはそんなにこの女にビビってるんだ?」

 

 デビットの思考を読み取った、頭ドラゴンボールボーイが首を傾げる。

 双子で、二人合わせて「ジャスデビ」の彼らでも、今感じているものは違うらしい。

 

 ははっ、とカラ笑いした少年はデビに「何でもねェよ」と返した。

 

 早くこの女を殺してしまおうと、デビットは銃口を改めて向ける。

 

 紅い瞳はなおも、虚空を見つめている。二人を、見ない。

 

 

「────すき」

 

「は?」

 

「え、まさかのデロたちに告白?」

 

「……お前はちょっと黙ってろ」

 

 金髪にぐりぐりと銃の持ち手を押し当てながら、デビの視線は女に釘づけだ。隣ではまだやかましく「えっ、まさかデビもこの女のこと……!?」と言っている。

 

 ボソボソと、女は何か呟いている。デビットが息を殺せば、ジャスデロも口を閉じた。

 

「すき……」

 

「ヒッ! どっちだ? デロ、それともデビ?」

 

「だからぁ、お前〜…!」

 

「私は、こどもがすき」

 

「…………ッハ!」

 

 

 結局はコイツも、ジャスデビをバカにしてるのだ────と、ぷつんと、デビの血管が切れる。途端に先ほどまでビビっていた自身がバカらしくなった。

 

 “何か”を求めていたことにデビット自身は気づかぬまま、凶器を銃から金槌に変え、気の済むまで女をミンチにすることにした。

 

「もういい、殺す」

 

「待って、デビ!」

 

「……あぁ? 何だよデロ、他のエクソシストが来る前に殺しちまおうぜ!」

 

「まだなんか言ってる!」

 

「はぁ!?」

 

 ジャスデロに促され、青筋を浮かべつつデビットはマリアを見つめた。

 

「ぁ」

 

 紅い瞳が、デビットとジャスデロを見つめて、微笑んで────。

 

 

 

「でも、わるいこはきらい」

 

 

 

 瞬間、二人の身体が硬直した。デロは怯んだ程度だったが、デビの方はメイクが落ちるほどに汗をかき、震えている。

 デビットの異変に気づいたデロはその体を揺する。

 

「デビ! …デビッ!!」

 

「……っ!」

 

 硬直から解けた少年は慌てて女の顔に視線を戻した。しかしすでに意識を失っており、薄く開いたままの口元が動くことはない。

 

「大丈夫か? デビが無理なら、デロが殺すよ」

 

「いやいい、オレが…」

 

「でも、この女のことスゲェ怖がってるだろ? だからデビが殺すって」

 

「オ、オレがエクソシストにビビるわけねぇだろ! お前の気のせいだッ!!」

 

 そうだ、あり得ない。ノアの彼らがエクソシストに恐怖するわけがない。

 いや、待て。この感情は「恐怖」でひとくくりにできるものなのか? 

 

 デビットは銃を握り直しマリアに照準を当てようとするが、手が小刻みに震えてしまう。

 

 彼が舌打ちした時、後ろから突風が起きた。

 

 

「「!!」」

 

 ラビがようやく鍵を見つけたらしい。扉が開いた。

 

 

 驚いた二人は後ろを振り向く。

 

 それと同時に騙し眼鏡が消え、散々伯爵と苦闘しボロボロになった二人、アレンとクローリーの渾身のグーパンが双子の顔面に叩きつけられた。

 

「フンッ、これだから餓鬼はイヤなんだ」

 

 殴った拳に付いた血を拭い、クロウリーは忌々しげに呟く。

 アレンは吹っ飛び、本の下敷きになったジャスデビの姿を見つめる。

 

 

 かくして、エクソシスト側の反撃の狼煙が上がったかに思えた。

 

 

 

 

 

「どいつもこいつも」

 

「オレたちのこと「ガキ、ガキ、ガキ」って、フザケてね?」

 

 

 褐色の手が二つ、本の中から現れる。

 

「「遊び(ゲーム)はやめた」」

 

 立ち上がったジャスデロとデビットは互いの頭に銃を向け、撃ち合う。

 

 発砲音とともに、二つの影が混じり渦を巻く。

 黒い渦は次第に大きくなり、アレンたちのいる部屋を包み込んでいく。

 

 暗闇の中、魔の手は始めにクローリーを襲う。勢い余った男の身体は本棚にぶつかり、鮮血で周囲を汚した。

 

 

『ジャスデビ』────彼らは本来二人で一つのノアである。

 

 ジャスデロとデビットが合わさることで、本当の恐怖がエクソシストたちを襲う。

 

 最強の肉体を想像したジャスデビはしかし、いたずらに成功した子供のように笑った。

 

 

『全員、死んじゃえ!』

 

 

 

 

 

 *****

 

「んがっ」

 

 唐突に意識が浮上し、マリアは飛び起きた。

 

 そして、あのデビットとかいうノアにフルボッコにされたことを思い出す。

 よくもこんな麗しい乙女に………と思ったが、蹴られた傷がないことに気づいた。

 

「えっ?」

 

 不審に思い身体を確認しても、身体はおろか教団服にすらゴミひとつ付いていない。

 

 薄暗い中、辺りには誰もいない。

 数歩より先は暗闇に遮られ何も見えない。試しに歩いても、靴音が響くばかりだ。

 

「……死んだ?」

 

 いや、そんなはずはない。ならばここは、何なのだろう。

 

 

 その時、首元に何か蠢く感触がした。

 

 今現在進行形で家出しているティムかと思い、フードを取って、目的のものを掴む。

 しかし出てきたのは、センスの良し悪しがむつかしい、ドレットヘアーの人形だった。

 

「あれ、これって確か…」

 

 マリアが首を傾げると、その動作に合わせ、人形の胸元にある赤いリボンが揺らめく。

 

「……あ!」

 

 それは以前、クロス探索部隊として列車で寝落ちした際、夢の中でロードがマリアにと渡したものだ。

 

 現実にもあったその人形(ロードが能力で荷物の中に潜ませたのだろう)は、教団服のコートの裏ポケットに入れていたはずだ。

 しかし、なぜそれがここに。

 

 彼女が人形の頰を突くと、指の押され加減で表情が変わる。

 

「ふふ、かわいいなぁ」

 

『わっ!』

 

「ぎゃあ!!」

 

 放られた人形が地面に落ちる。

 瞬間的に事情を察したマリアは、人形から離れた。

 

 まさか次に会うときは現実で相見えるだろうと思っていたのに、また夢の中で、とは思いもしなかったのだ。

 

「…ロード、ちゃん」

 

『マリア』

 

 表情が険しいマリアに対し、ロードはどこ吹く風でいつものように微笑む。

 ただ、いつもの甘えたがりの雰囲気はない。そのため余計に何を考えているかわからない。

 

「次はパーティーの中で、ってロードちゃんは言ったわね。だから私もこの方舟に招いたの?」

 

『うん! 楽しいでしょ』

 

「楽しい……かどうかはともかく、ここで会う必要はなかったんじゃないの?」

 

『ううん、それがあるんだな』

 

「?」

 

 じりじりと近寄るロードにマリアが逃げを打てば、唐突に地面が歪んで、足に絡みつく。

 転倒した彼女が呻いていると、すぐ側で人形が見つめていた。

 

『マリア泣いてたでしょ。外でAKUMAと戦ってた時』

 

「………何で知ってるの?」

 

『えへへ、人形通して見てたんだぁ』

 

「プライバシーって知ってる?」

 

『知らなぁ〜い』

 

 盗撮だ。いや、盗聴? 

 顔は険しいが、だんだん赤くなっていく女の表情に、ロードはいじらしく笑った。

 

「それで私が泣いてたことが、何か問題なの?」

 

『ボクもねぇ、泣いたよ。悲しくて。それと…嬉しくて』

 

「…何か、あったの?」

 

 心配の色を見せるマリアの手が、小さな頭に伸びる。

 それを避けることなく、逆に自分から飛び込む勢いでロードはすり寄った。

 

『それと、ティッキーも泣いてた』

 

「ティッキーって確か家族の人だっけ」

 

『うん! あと、ジャスデビの涙って黒いんだよぉ〜』

 

「………それってさっき、彼らがメイクを直してたのと関係ある?」

 

『キャッハハハハ!』

 

 爆笑するロードに、どことなくジャスデビに不憫なものを感じた。

 いつもからかわれているのかもしれない。

 

 ティッキーという人物に関しても、よくどんなイタズラをしたのか、少女の勉強を教えている最中に報告されている。

 

 自分の知らないロードの新たな部分を見た気がして、マリアは微笑ましさを覚えた。

 

 

「……ぁ」

 

 しかしその瞬間、脳裏にアレンやリナリーたちと何気ない会話で笑いあっていた、そんな映像がよぎる。

 そうだ。ここで道草をしている場合ではない。

 

 けれど目の前で楽しそうに笑うロードを見ると、胸が痛くなる。

 

 心中で葛藤するマリアを見て、ロードは一瞬表情を消した。

 冷たい瞳に映るのは、女の胸元_____ちょうどイノセンスがある部分。

 

『マリアは、自分の矛盾に気付いてる?』

 

「え?」

 

『さっき笑ってるボクを優しげな目で見てた。でもアレンたちとのことを思い出してる時も、目が優しかった』

 

「…頭の中、覗かないでよ」

 

『しょうがないじゃん、ボクの夢の中だからわかっちゃうんだぁ。この二つの感情が一緒にあるだけで、変だと思わない?』

 

「それは…」

 

『イノセンスを持ってるけど、ノア(ボクら)に甘い。お菓子みたいに甘いんだ。これも矛盾してる。全部守りたいと思っているのに、人間を()()として見ている自分もいる。……ねぇ、もう、気付いてるんでしょ?』

 

「気付くって、何を?」

 

『ずっと言ってこなかったけど、ボクはマリアのこと家族みたい、って思ってた。だから家族にしたかった。でもエクソシストだから、ボクはノアだから、一線を越えちゃならない。越えたら待つのは崩壊だけだからね。大好きだけど憎くもある、殺したくなることもある』

 

「……」

 

『けど大好き。それがボクがマリアにした行動の全部』

 

 ゆっくりと、マリアは自分の手に触れていた人形の手を離し、下がった。

 

 顔を隠すように下を向くと、白い顔に長い前髪がかかる。

 

 小さな人形は次第に形を変え、モノトーンの色でできたロード本人の形が作られる。

 

 

『ねぇ、マリアは、本当に自分が何者なのか知ってる?』

 

「………」

 

『ボクは知ってる。マリアが何者なのか』

 

「………」

 

『マリアは──』

 

 少女の言葉をそれ以上聞かないように、マリアは耳を塞いだ。

 

 視界と聴覚が閉ざされた世界では、暗闇が広がり自分の心臓の音を強く感じさせる。

 しばしの時間そうしていれば、頰に冷たい感触が走った。

 

 恐る恐る目を開ける。彼女の目前で、口だけある顔が弧を描き微笑んでいる。

 

『逃げるなら、ボクは絶対にマリアを捕まえる』

 

「逃げて、なんて…」

 

『逃げてる。たとえ傷付けてでも、絶対に逃がさない』

 

「だって……ッ! 私は、エクソシストなの…!! そうやってここまで進んで来たのに………」

 

『……』

 

 ロードの手を振り払い、マリアは神ノ剣(グングニル)を取り出す。

 切っ先はロードの形をした存在をを真っ二つにした。

 

 垂れた髪の隙間からどこか寂しげな表情の、消えゆくロードの姿が映る。

 

 

『おねがい。ボクのそばにいて』

 

 

 その言葉を最後に、夢の世界は崩壊した。

 床に飲み込む風圧により、隠れていた女の瞳が露わになる。

 

 

「私は、エクソシストなんだ……ッ!!」

 

 

 自分にそう言い聞かせるように、彼女は叫ぶ。

 

 紅い瞳からは、いくつもの雫が溢れては落ちた。

 

 


 

【禁煙】

 

 ティキの喫煙をどうやめさせようかという議会が、ノア内で(本人除く)発足した。

 

 そして、世の意見を聞くという体でマリアの元に訪れたロード。

 しかしマリアはファインダーの任務疲れで、あまり相手にしない。

 

『マリア、起きてよぉ〜』

 

「……口に棒のアメでも突っ込んでやりゃあいいのよ」

 

『なるほどねぇ、わかった! 試してみるねー』

 

 

 後日、表(人間)との付き合いで帰ってきた後ソファーで寝ていた男の口に、ロードは棒アメを大量に押し込んだ。

 

 数本の先端がティキの喉奥に刺さり、危うく流血沙汰になるところだった。

 

「ゴホッ!! んなもん、誰に教わって来たんだよ……」

 

「文句あるなら禁煙するんだね」

 

 いつもよりそっけない態度のロードに、ティキは渋々手に持っていたジッポを卓の上に置き、タバコを箱に戻した。

 

 その日以降ノアの中で、時折棒アメを食べているティキの姿が見られるようになったとか。

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