「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

16 / 58
閲覧ありがとうございます。方舟編までは夏中に話作り終えたいなと思ってます。秋季からペース落ちそうですが頑張って執筆していきたいです。


ハニャワ

 耳に聞こえる草木の音。真っ赤に染まった空。遠くで風がうなり声を上げる。

 そんな中で女性がゆりかごを揺らして赤子をあやしている、温かな情景がマリアの脳裏に浮かんだ。

 

 火がついたように泣き出す赤子の声が聞こえて、思わず彼女は手を伸ばす。

 

 

 

「ヒエッ」

 

「んん……?」

 

 泣いた赤子を抱き上げたはずだが、感触が違う。

 

 そこでマリアは今、自分が触っているのが人の顔であり、それも後ろからペタペタと触っていることに気がつく。

 右の目玉がある部分に、布の感触がある。

 

 現実と夢の狭間で、瞼だけ睡魔に勝てないまま彼女がその行為を続けていれば、こぎさみにその顔が震え出した。

 

 

「ヘッ……へ、ヘルペスミー!!!」

 

 

 腹の底から絞り出されたような声が響く。ハッとして起きたマリアは、まず最初に目前の赤毛に気づいた。どうやら彼女は意識を失い、ラビにおんぶされていたらしい。

 

 耳まで真っ赤な少年に、「不躾に触ってごめんね」と見当違いなことを言う女。

 

 二人の側でリナリーとチャオジーはニコニコとし、アレンはブックマンをゆする新たなネタを見つけて腹黒い顔をした。

 

()ッ!? ……テテ」

 

 背負われたままというのも落ち着かず、ラビに降ろしてもらおうとしたマリアの右腕に痛みが走る。

 反射的にしがみつけば必然と、彼女の胸が少年の頭部に押しつけられる。

 

「……ッ、……!!」

 

 口をパクパクさせ、ブックマンJr.はKOした。

 

 

「あれ、クローリーは?」

 

 空中に浮遊する階段の上にいる彼ら。そこにいるのはラビやアレン、リナリーにチャオジー、そしてマリアだけだ。

 

 彼女はそこで悟った。神田ユウと同じように、アレイスター・クロウリーも残ったのだと。

 

 みなしかし、残った仲間が絶対に来ると信じているようだ。

 

 マリアはラビにお礼を言い、階段の上に降り立った。

 

「…ごめんラビ、重かったよね」

 

「お、重くなんてねぇよ全然!! 羽のように軽かったさ!!」

 

「鍵、見つけてくれてありがとね」

 

「〜〜っ、おう!」

 

 

 そして二人の様子を見ていたリナリーが、そういえば、とマリアを見つめる。

 

「さっきみんなで教団(ホーム)に戻ったら、一番初めに何をするか話してたんです。マリアさんは帰ったら何がしたいですか?」

 

「何をしたいか?」

 

 まず彼女がはじめに思ったのは、「ジェリー料理長のご飯をたらふく食べたい」だった。

 

 それと帰ったら仲間とジョークを言って笑い合いたい。

 あと、フォーと時間を忘れて酒を飲み明かしたい。

 

 瞳を閉じて浮かぶのはそんなありふれた望み。

 

 しかしその中で、ノアの少女にせがまれて宿題を教えていた場面を思い出した。

 

 

「………」

 

 夢の中に現れたロード・キャメロット。

 

 何がきっかけかはわからない。

 一線を引き、その上でマリアと敵対する道を選んだはずの少女は、三度現れ、彼女を伯爵側に引き入れることを宣言した。

 

 マリアはその時はじめて、ロードのノアとしての本質を見た気がした。

 

 ────本当に自分が何者なのか知ってる? 

 

 その答えをマリアは知らない。

 

「……いや」

 

 違う、彼女は知っている。

 

 

「アヴェ・マリア」

 

 

 神への祈りを捧げた女の前に現れたミイラ。

 乾き、干からびた唇から発せられる声。

 

 性別も年齢もわからない声は、「私はわたしであり、わたしは私である」と、そのようなことを言っていた。

 

 不思議とその考えは、すんなりとマリアの中に入る。

 

 忘却していた記憶のカケラから出てきたのは、ミイラの言葉だ。

 

 

『堕罪を持った穢れたバケモノ』

 

 

 思考の渦に呑まれて、マリアを形作る土台がだんだんと崩れていく。

 

 

 (マリア)はエクソシストではないのか? 

 (マリア)は何者だ? 

 

 わからない、わからない──────。

 

 

 

「マリア!」

 

「…!」

 

 頬をリナリーに挟まれ、そこでマリアは我に返った。短時間のうちに汗でぐっしょりと顔が濡れた。

 彼女の異変に周囲も不安そうに見つめている。

 

 息の荒い女を落ち着かせるように、深呼吸したリナリーは声を大にする。

 

 

「マリアだけ言わないのはズルい!」

 

 

 いつも「さん」付けだった呼び方が、変わった。

 

「私だって呼び捨てで呼びたかったんです。距離を感じるのはいやだから」

 

「リナリーちゃん…」

 

「リナリー、って呼んで」

 

 じっと見つめるリナリーにマリアは降参の形で左手を上げ、優しく微笑んだ。

 

「うん。いいよリナリー」

 

「…っ! 嬉しいわ!」

 

 穏やかな雰囲気に、場が包まれる。

 

 マリアは見えた出口を見つめながら、目を瞑った。

 

 

 確かに彼女は矛盾を内包した生き物だろう。自分が何者なのかもわからないのだから。

 

 アヴェ・マリアとはきっと、神に踊らされて、聖戦の舞台で踊る滑稽な人形の一体に過ぎない。

 

 しかし今、彼女はエクソシストだ。

 ならば、エクソシストとして進むのが定めであろう。

 

 だが進んだ先にまだ道があるならば、知りたいと思う。

 

 

「私は、自分を知りたい」

 

 

 それが、マリアの望みだ。

 

 その真意の意図することをわからなかったリナリーやチャオジーは首を傾げたが、アレンとラビは沈黙を見せる。

 

 アレンは孤児だ。両親の顔は知らない。捨てられた後は、大人たちの虐待同然な環境で幼少時代を過ごした。

 

 ラビはブックマンの後継者としてずっと名前を変え、他者と深く関わらず中立であり続けている。

 

 自分の過去を知らない。自分が何者なのかわからなくなる。

 そんな感情を心の奥底で抱いている二人は、マリアが望む「自分を知りたい」という感情に理解を示した。

 

 

 だがしかし、湿った雰囲気の中で空気の読めない奴────いや、傘がいた。

 

 アレンたちが方舟に連れ込まれてから一緒にいるレロは、舌を出して笑う。

 

「ムダレロムダレロ! どんなにあがいたところで、ここでお前らは終わりだレロ〜!」

 

「でも、僕たちは絶対に諦めません」

 

「レ、レロロ……」

 

 アレンの圧にレロは怯み、後ろへ下がったところをマリアにつかまれた。

 

「な、なな、何すんだレロ!!」

 

「このさぁ、カボチャの部分って食べれるの?」

 

「食べれるわけなっ………かじるなレロォォ!!!」

 

 悲鳴を上げる傘と悪どい笑みを浮かべる女にアレンは苦笑しつつ、ひと足先に階段の先にたどり着く。

 

 

 そこでアレン・ウォーカーを待ち受けていたのは、ロード・キャメロットのちゅーである。

 

 アレン本人も硬直し、その場にいたティキも含めみな驚きを見せたが、一番驚いていたのは傘を脅していた女だった。

 

 

「なっ、なな………えぇぇ!!?」

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 最後に待ち構えていたのは、アレンのイノセンスを破壊したティキ・ミックと、ノアの長子であるロード・キャメロット。

 

 既に彼らがいる最上階以外は崩れ、神田やクロウリーが消滅したことを明かされた。

 

 アレンたちはティキに促されるまま椅子に腰掛ける。

 細長いテーブルの上には豪勢な料理が並んでいた。

 

 先ほどのアレンとロードのキス事件に呆然自失のマリアは、チャオジーに背中を押されて座る。

 

「ふふふっ♪」

 

 ロードは口をハニワにしたままの女を見て、楽しそうに笑う。

 レロはしかし、怒り心頭である。

 

「エクソシストとちゅーなんてしちゃダメレロ!!」

 

「えー」

 

 ロードは耳元で騒ぐ傘を無視し、スキップしながらエクソシストたちが座る場所へ近づく。

 

 一瞬、「もしやまた…!?」と身構えたアレンだが、行き先は彼ではなく、アレンから見て右斜めに座っているハニワの女だった。

 

 魂が抜け落ちているマリアに、腰を折ってロードは目線を合わし、思いきり抱きつく。

 

 そうすれば少女の鼻腔に、甘い匂いが広がる。この女の独特の匂いだ。

 胸いっぱいにその甘さを吸い込み、ロードは愛おしそうに目を細めた。

 

「……え?」

 

 そして、やっとこさハニワ女の正気が戻った。

 座った状態で抱きつかれているため不安定な視線をどうにかしようと考えた彼女は、テーブルに左手を伸ばす。

 

 いや、現状は仲間もいるのだから突き放すのが正解か。

 

 ロードの肩を押そうとしたマリアはそこで、少女の瞳に縋るような色があることに気づいてしまう。

 結局、突き放すことはできなかった。

 

「は、離れてよ…」

 

「んーどうしよっかなぁ〜」

 

「どうしようかな、じゃなくて、私とあなたは敵同士──」

 

 彼女の言葉は続かなかった。

 

 伸びた少女の両の手が、ガッシリと女の頭をつかむ。

 ニヤァ、といたずらっ子の笑みを浮かべたロードは、ダラダラと汗をかくマリアに距離を詰めた。

 

 

「んっ」

 

 

 ────アレンに続き、二度目のキス事件である。

 

「な、ななっ……!」

 

 先ほどの一度目は位置的によく見えなかったリナリーだが、今はテーブルを挟んでマリアの正面にいるため、よく見えた。思わず口を両手で覆って、顔を真っ赤にする。

 

「「………ッ!!?」」

 

 一方でアレンとチャオジーは声なき声を上げている。

 

 ティキはロードがアレン以上に執着している女に、「あれが例の」と興味本位で観察している。

 

 そして、一足先に立ち直ったレロとラビは絶叫した。

 

「ロードたまァァァ!!! だからダメって、レロは言ってるレロォ!!」

 

「(実質間接キスだろ)アレンお前こんにゃろう!!」

 

「え、なっ、何で僕!!?」

 

 レロはロードの襟を掴んで離そうと試み、ラビはラビでアレンに噛みつきそうな勢いだ。

 

 カオスな状況にティキは遠い目をしつつ、ナイフで切り分けたステーキを口に運んだ。

 

「うん、美味い」

 

 

 

 

 

 *****

 

 一騒ぎあったのち、みな冷静さを取り戻した。

 

 ロードが楽しそうに笑い離れた後、マリアはアレンとロードがキスした時以上に呆然とした。

 そうしてまたハニワになること数分。

 

 ティキがリナリーに仕掛けた食人ゴーレムをアレンが破壊した音で、ようやく目を覚ました。

 

 その時にはすでにアレンがティキに食ってかかり、戦闘の火蓋が切られていた。

 

「やばい、もう始まってるじゃんねぇ…」

 

 状況が追いつけないまま彼女は辺りを見回す。すると、冷たい色を覗かせるロードと視線がかち合う。

 隣にいたラビが、槌を握りしめる音がした。

 

 

「ボクと遊ぼう、ブックマンJr」

 

 

 少女が手を動かすと、一瞬にしてリナリーとチャオジーが透明なキューブの中に閉じ込められた。ラビの方は意識を失い倒れている。

 

 マリアは咄嗟にラビの身体を支えようとした。だが目の前に鋭利なロウソクが飛ぶ。

 寸前で横に逸れたものの、切れた頰からひと滴の血が流れ落ちた。

 

「マリアは動いちゃダメェ」

 

「…ラビに、いったい何をしたの?」

 

「夢の中でボクとゲームしてるんだぁ」

 

「……」

 

 嫌な予感がする。マリアは肋に手を伸ばしたが、飛んできたロウソクに左肩を貫かれる。痛みでギシッと、歯が軋んだ。

 

 その様子を無表情でロードは見る。

 

「動いたら、ブックマンが悪夢を見ちゃうよ? それと、囚われのお姫様(リナリー・リー)が串刺しになっちゃうかも!」

 

 示されたその場所。二人がいるキューブの周囲に、夥しい数の浮遊するロウソクがある。

 

 動けば即殺すことを意味していた。

 

 マリアは刺されたロウソクを抜き、静かに両手を上げる。

 

「そう、それでいい。マリアの出番はまだだし、あんまり傷つけたくないからさ。ほら! 一緒にアレンとティッキーの観戦でもしよぉ〜」

 

「………」

 

 乗っていた傘から降り、少女はマリアの背中にしがみつき、頭の横から顔を覗かせた。

 

 何か、何か方法はないのか。

 マリアは思考を巡らせるが、有効打を見出せない。時間がこの間にも少しずつ流れていく。

 

 たとえロードに攻撃したところで、本人に現実の攻撃は利かない。巻き戻しの街の一件でアレンとの戦闘を見ていたため、その点は把握している。

 

 なされるがまま、彼女はアレンとティキの戦いを眺めることしかできなかった。

 

 


 

【恐怖】

 

 教会のある朝。マリアはどの子供よりも早く起き、盗み食いのためコソコソと食堂へ向かっていた。

 

 その時、入り口で話し込む老女のシスターと、よく教会にお祈りに来る老人の姿を捉えた。

 その老人はよく夫婦で来ていたが、今日は妻がいない。

 

「えぇ、そうですか。奥様が…」

 

「はい。先月亡くなりましてな…」

 

 マリアはそれを聞きつつ、忍び足で歩いた。

 

 

 

 時刻は過ぎて昼時。

 

 遊んでいる子供たちから離れ、ハングリー少女は一人で本を読んでいた。

 そこに現れたのは、よくマリアの心配をするシスターである。

 

 彼女の浮かべる表情は、いつもの眩しい光を想起させるものとは打って変わり、暗い。

 

「ねぇマリア、ちょっと聞いてちょうだい…」

 

「またフラれたの?」

 

「ち、違うわよ! ほら…よく子供たちに差し入れをしてくれた、老夫婦の方がいらしたでしょう?」

 

「あー…」

 

 思い出すのは、朝方、老シスターと話していた老人の姿だ。

 どうやらシスターはその婦人が亡くなったことを知り、ひどく落ち込んでいるらしい。

 

「で?」

 

「で? って何よ……。あのね、私、さっきその夫妻の家に行ってお祈りをしてきたのよ。よく子供たちに親切にしてくださったから、少しでも奥様が穏やかに眠れますように…って」

 

「ふーん」

 

「それで棺に眠っていらした奥様の顔見たら、すごく穏やかでね。きっと幸せだったんだろうな……って、思ったの」

 

「つまりそんな風に、死ぬ時も幸せに生きられたって思うような、ステキな夫がほしいってことね」

 

「だぁかーらー…! すぐにそうやってマセたことに結びつけるんだから!!」

 

 頰をつねるシスターにマリアはギブアップし、本題を言うように促した。

 

「「死」って、怖くない?」

 

「あぁ、そういうこと」

 

「ま、マリアは怖くない? 私はどうも意識して怖くなっちゃたのよ…」

 

 マリアは死というものをまだ意識したことはない。

 生も死もぼんやりとしていて、まさか恐怖を抱いているわけでもない。

 

 ただ考えとしてはシスターの考えも理解できると、読んでいた本を膝において首をひねる。

 

「わかんないけど、年を取ったら自然と怖くなくなるんじゃない?」

 

「えぇ…本当かしら…」

 

「人間って、生きていくうちに死へと寄り添うものなんじゃないの? 生きながら少しずつ死へと近づいて、身近になっていく死を迎え入れる」

 

「そういうもの…?」

 

「だって、老シスター見てみなよ。いつも誰かの死を見た時に、安らいだ顔でその人の冥福を祈ってるじゃん。老シスターも、シスターみたいに死を感じるはずだよ。でも怖がってないでしょ?」

 

「んー……つまり、私がまだまだマザーと比べて若いってこと…かしらね」

 

「………」

 

 マリアは黙った。シスターの後ろに微笑んで立っている老シスターがいたのだ。

 先ほどの言葉は言い換えると、老シスターを「ばばあ」と言っているに等しい。

 

 この教会で怒ると誰が一番怖いか、少女は知っている。今日の朝も、つまみ食いが結局バレてしこたま怒られた。

 

 ゆえにシスターを生贄にし、ダッシュで逃げた。

 

「え、どうしたのマリ……」

 

「あらあら、仕事をサボって何をしているのかしら?」

 

「ヒィッ!!」

 

 シスターの悲鳴が響く。

 遠くに逃げたマリアは合掌し、昼寝をすることにした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。