「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

2 / 58
前回お気に入り感想等ありがとうございました。

Dグレ最新刊、表紙師弟でメガネパリーン。師匠かっけェ…。


赤いカーネーション

 神父様と行動し始めてから、数ヶ月経った。

 

 

 本名は「クロス・マリアン」。黒の教団の元帥云々と言っていた。

 普通のエクソシストよりも偉い人らしい。

 

 偉いのか?そう疑いたくはなるけれど。

 

 酒の香りと紫煙の匂い。あとつけられた香水だ、女物の。

 

 

 そんなの侍らしてフラリと街ごとに、夜に出掛けては朝方に帰ってくる。

 

 一度難癖言われて男に絡まれていた時に見えたおそろしい顔に、「ああこの人、生粋の女好きなんや」なんて、遠い目で思った。

 

 わたしの能力について興味があるのか、血液採取もされた。科学者でもあるらしい。

 

 もうどれが本職なのか分からないから、とりあえず神父様。貫禄が「様」を付けろと、言っている気がする。

 

 

「雨やまないなぁ…」

 

「ガウ」

 

 

 そんなわたしはここ数ヶ月で、ティムキャンピーと仲良くなった。

 

 神父様が帰って来ない間のお守りらしいんだけど、この子、結構かわいい。

 

 

「ティム、お出かけしよっか」

 

「ガウ!」

 

 

 赤いレインコートを着て、軽く助走を付ける。そのまま走って水溜りに着地した。

 

 

「ふーん、ふふん」

 

 

 くるくると、踊るようにステップを決める。

 ピチャピチャ奏でる水音と、降る雨が、音を足して素晴らしい合奏になる。

 

 

 昔から一人の時は、こうして遊んでいた。

 

 音楽を奏でるのは教会の中でも一番上手かった、シスターたちよりも。

 

 古いパイプオルガンを弾くのは趣味の一つでもあった。

 

 

「ティム、撮ってる?」

 

「ガウ!」

 

 

 終わったら再生して音を聞こう。このゴーレムはそこらのラジオよりよっぽど性能がいい。こんな小さいクセに。

 

 作ったのは神父様だと言うんだから、驚きだけど。

 

 人通りの少ない通りを歩いていれば、わたしより小さな子どもがうずくまっていた。

 

 

 鼻を掠めるのは血の匂い。

 雨に濡れて微かだけど、感じる。

 

 

「さぁさみなさま、ごちゅーもく」

 

 

 タップを踏みながらジャンプして、子どもの前に降り立った。

 世界は今わたしを中心に回っている。そんな奇妙な優越感を抱いているのは、なぜだろう。

 

 

()()はお好き?」

 

「……ウン」

 

「そう、わたしはどっちも好きだよ。甘いのも、降ってるのも」

 

 

 目の前でくるくると回転していれば、少年は下に向けていた顔を上げた。

 虚ろな目。左右非対称に寄っている。

 

 ギシリと嫌な音を立てて、わたしの前に現れた機械。

 

 向けられた弾丸はすべて、発動したわたしのイノセンスで返した。

 

 

神ノ剣(グングニル)

 

「オカア、サン」

 

 

 神父様からある程度の知識は教わった。それと戦う方法も。

 

 ティムによる地獄の追いかけっこ(捕まったら食われる)をしながら、剣を振るう。当てていいのかと迷ったけど、どうやらティムキャンピーには再生能力があるらしい。

 

 

 だから前よりはマシに戦える。自分から戦いに行くわけじゃないけど、実戦は積んでおいて損はない。

 

 弾丸が当たる前に、子どもの顔面に神ノ剣(グングニル)を突き立てる。

 

 鳥の肉みたいに柔らかくない。ガキンと、硬質な音がした。

 

 

「オカ……サ、ン」

 

 

 そう言って、悪魔は死んだ。きっと母親の魂を呼んだんだろう、この子どもは。

 

 でも同情はしない。だって呼んだ子どもも、子どもを残して死んだ母親も、どっちも悪いから。

 

 

 運命を呪うなんて間違っている。運命なんて変わるわけが、変えられるわけがない。わたしもきっと、神様の僕にされるんだ。

 

 どうせエクソシストになって、もっと多くの悪魔と戦わなきゃならないんだろう。

 

 だから必要のないことは考えない。

 わたしが考えるのは今日のご飯と、明日のご飯。余裕があったら明後日の分も。ただそれだけでいい。

 

 

 巨大なお肉を想像していたら、グゥと、お腹が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 キッチンにて。

 

 

「ティム少佐、これからあの飲んだくれ神父様のご飯を作ります!」

 

「ガウ、ガウ!(サー、イエッサー!)」

 

 

 マリアは少なからず、というかかなり理解していた。

 

 彼女の師であるクロスは、気を抜けば三食酒。食べても昼にパンやスープのみという、いつ死んでもおかしくないTHE不健康ライフを送っている。

 

 機械じゃないんだからと、少女は半ば本気でキレかけていた。

 ゆえに本日のミッションは、クロスにご飯を食べさせる。

 

 元々マリアは教会にいた頃に三食では物足りず、こっそり夜中に厨房に忍び込んでは、料理を作っていた。

 

 才能なのかレシピを見れば大抵作れる。しかし時折やらかすのが玉にキズだ。

 

 今回は自分の分ではないため失敗しないように、酒を取り扱った料理を作っていく。味見は流石に出来ないので、そこはティム任せだ。

 

 

「ティム、どう?」

 

「グル…」

 

「じゃあこれは?」

 

「グルルルル…」

 

「んにゃ、じゃあこれ!!」

 

「………ガウ!」

 

 

 ティム的に合格ラインに達したらしいと、マリアは飛び跳ねた。

 

 実際どれも美味しいのだが、ティムが欲ばって美味しくなさそうな顔をしていたに過ぎない。

 

 この少女にして、このゴーレムありである。

 

 

 今は昼。クロスが帰って来たのは朝方なので、そろそろ起きてくるだろう。

 

 マリアは料理を慎重に運びながら、男が眠る部屋の前にまで来た。酒の匂いがやはりきつい。イノセンスに目覚めてから、五感がさらに鋭くなったように思える。クロス曰くそれもまた、体内にあるイノセンスが原因なのだろう、とのこと。

 

 

「においだけで酔っちゃいそう…」

 

 

 少女は口で呼吸をしながらノックし、返事がないので少しだけ扉を開けた。

 

 開ければ濃くなるアルコールの匂い。うへと、間抜けな声が漏れた。

 

 

「………」

 

「ガウ?」

 

 

 ベットにはシーツから覗くのは赤い髪と、別の色の髪。

 そっと、扉を閉めたマリア。その詳細はともかく、一つの部屋の、それも同じベッドに男女がいるという光景に、子どもの自分が立ち入ってはならないと察した。

 

 

「…ティム、戻ろう。これはおまえが食べていいから」

 

 

 わざわざ小声で彼女が話したというのに、嬉しさのあまり、ティムは大声で叫んだ。

 

 

「ガウ?ガウガァァ!!」

(訳:食べていいの!?やった!!)

 

 

 瞬間、中から聞こえた、男の唸り声。

 

 

 バカ!!神父様はてー血圧なのに!!!

 …と、口には出さず、急いでティムの口を塞いだマリアは逃げ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 ゼェハァ、と漏れる声。

 

 片方だけ靴を履いた少女と、脇に抱えられた丸い黄金の物体。

 

 場所は駅内。古いそこは無人駅のようで、誰もおらず、少女は椅子にもたれかかった。

 

 

「ティムの〜〜おバカ!」

 

「ガゥ…」

 

 

 ほっぺをムニムニしながら、眉を吊り上げるマリア。

 

 恐らくさっきのアレでクロスの機嫌が悪くなったろうと踏んだ少女は、夕方になるまでここで時間を潰そうと決めた。

 

 空を見上げれば小鳥。口ずさめば大量のそれがこちらにやってくる。

 子供の頃から少女を裏切らない友だち。それが動物だった。

 

 

 人間より純真で綺麗な生き物なのだろうと、マリアは思う。両親に捨てられたという過去が、少女を人間不信にさせる理由の一つである。

 

 

 ___ピィ。

 

「へー、南の噴水の場所には毎日エサをくれるお婆さんがいるんだ」

 

 ___ピィピィ。

 

「巣が落とされて、赤ちゃんが死んじゃったの?そしたら、その人間の目でもつついてやればいいんだよ!」

 

 

 まるで会話をしているような物言い。ティムはじっと、その様子を見ていた。

 

 そこに鳴った足音。一気に鳥たちは飛び去った。

 

 

「あー……」

 

 

 うなだれながらマリアが横を見上げると、紳士そうな、恰幅の良い男がいた。

 

 

「何してるんですか?」

 

「小鳥と話してたの!おじさんが来たから逃げちゃったじゃん…」

 

 

 それはすみませんね、と言い、男は赤いカーネーションを取り出した。

 お詫びであると、笑ってそれを差し出す。買ったはいいが、渡す人がいなかったらしい。

 

 そんな男の表情が、歳不相応に子どもっぽいと、マリアは思った。

 

 

「おじさんキレイな格好してるけど、もしかして貴族の人?」

 

「あれ、バレちゃいました?散歩してたら、迷子になっちゃったんです」

 

 

 マリアは手のひらでカーネションを弄りながら、赤い色をじっと見つめる。

 

 綺麗な色だ。

 

 

「お嬢さんは、なぜこんな所にお一人で?」

 

「ん、わたし?わたしは師匠っていうか……親的な人が怖いから、ここにいるの。絶対今カンカンになって怒ってるよ。あのガキどこ行ったァ!_____って感じで」

 

「ンフフ、怖い人なんですね」

 

 

 そりゃあもうと、手を大きく開いて、少女は誇張した。いや、本気で怒った時は、誇張した以上の怒髪天をクロスは見せる。

 薄々、この貴族の男はおしゃべり好きなのだろうと、マリアは感じていた。

 

 そのまま楽しく話していれば、辺りは夕焼けに彩られている。

 

 

「そろそろ帰らなくちゃ。お腹空いたし」

 

「気を付けて帰って下さいね」

 

 

 そう言って、ステッキを持ち立ち上がる男性。

 

 見上げれば男の顔は逆光を受け、少女から見るとその姿が真っ黒く映る。

 その時一度見たことのある、伯爵の姿が脳裏を過ぎった。

 

 

「……?」

 

「どうしましタ?」

 

「うーん?んー……何でもない」

 

「………」

 

 

 男の手が伸びた。ティムは歯を鋭くし威嚇するものの、マリアはゆるりと笑って制止する。鋭い歯で噛みつかれでもしたら、男の手が血まみれになる。そうなれば相手は貴族だ。何をされるかわからない。

 

 

 _____クシャリ。

 

 

「はにゃ?」

 

 

 そのまま手袋を付けた男の大きな手で、頭をかき混ぜるように撫でられる。

 マリアは目を回しながら唸った。

 

 

「や、やめてよぉーーー!!」

 

 

 数十秒続いた後ようやく止み、そのままマリアは倒れた。両目には渦巻きが浮かんでいる。

 

 

「フフ、また会えたらいいデスネ」

 

「なにするのさー…」

 

 

 そのままステップを踏みながら去って行く男の後ろ姿を見つめながら、マリアは変な人と、感じた。

 

 刹那、一瞬大量の死臭と血の色に、周囲が染め上げられた気がした。

 

 慌てて目を擦れども、そんな匂いも光景もない。

 

 

 ただ沈みゆく夕陽が燃えるように、地平線にあるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜。

 

 

 帰れば仏頂面のクロスがテーブルに肘を付き、度数が異常な酒を飲んでいた。

 肝臓がバケモノである。本当にどうして死んでいないのか。

 

 

「し、神父様、ただいま」

 

「…あぁ」

 

 

 少女は不思議な貴族の男からもらった赤いカーネションを右手に握りつつ、キッチンに向かう。

 腹が減っては戦は出来ぬ。昔読んだ本の中のお気に入りのワンフレーズだ。

 

 内心では勝手に夜遅くまで出掛けていたことを、クロスに咎められないか心配だった。

 

 

(神父様怒ってるかな……もう、ティムってば)

 

 

 そんなマリアの心境などつゆ知らず、ティムは晩食はまだかと、待ちきれなさそうに尻尾を振っている。

 

 

 マリアはガラスのコップを取りキッチンの端にカーネーションを飾った。

 綺麗だなと、改めて思う。

 

 眺めていれば、大きな影ができる。クロスが横で眉を顰めていた。

 

 

「…Love for mother」

 

「ラブフォーマザー?」

 

「母への愛だ。この花の花言葉だ」

 

「へー、神父様って博識なんだね。でも花よりは食べ物がいい」

 

 

 まさしく花より団子。

 マリアは買っておいたパンに、バターを乗せただけのものを手に取った。晩食の前におやつだ。

 

 それにクロスはやはり寄生型かと、好奇心の目を向ける。

 

 

 どこかずれている光景だが、これがいつもの二人だった。

 

 

「買ったのか、それ」

 

「えっとねーもらったの、貴族の人から。買ったけど渡す人もいなかったんだって」

 

 

 晩食中、マリアは今日のことをのんびりと告げる。しかし食べるスピードは早い。

 

 暗黙の内に二人は昼の出来事について流していた。

 

 

「食べ物与えられても、ホイホイ付いていくんじゃねぇぞ」

 

「もぐっ?……はーい!」

 

 

 手を上げて、宣誓の形。

 

 あ、絶対聞いてないなコイツ。そう思いながらクロスはまた、酒瓶を空にする。

 そしてそのまま持っていたグラスをマリアに向けた。

 

 

「わたし飲めないよ…?」

 

「…」

 

 

 どうやら酌らしいと汲み取ると、マリアは少々重い一升瓶を持ち注いだ。

 液体の揺れる動きで一瞬ふらついたが、クロスが背中を掴んだことでことなきを得る。

 

 

 

 そして、翌朝。

 

 マリアはまたもやご飯計画を失敗したことに気付き、唸りながら三度進めるのである。

 

 

「ティムは当面キッチンへの立ち入り禁止!」

 

「ガウゥ…」

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 神父様と旅してから1年と、ちょっと経った頃。

 

 黒の教団に神父様は戻るとかで、わたしは彼のパトロンをしている、「マザー」と呼ばれる女性の元に預けられた。

 

 

 女性というか、まぁ老女だ。

 見た目から、歳は老シスターと同じくらいだと思う。

 

 

 厳しく叱るけれど、時折みせる優しさは温かい。あとわたしと歳の近い「バーバ」という子供もいる。歳上なのか歳下なのかは別として、身長がわたしより高い。

 

 っていうか、わたしあんまり身長が伸びてない…。

 

 

「マザー、洗濯物とりこんだよ」

 

「おや、じゃあ昼食も頼むよ」

 

「はーい」

 

 料理担当はわたしだ。力仕事はバーバで、裁縫とか繊細な作業はマザー。

 

 料理をしていれば、吊られて奴がやってくる。よく神父様との旅の途中で色々やらかしてくれたアイツだ。

 

 

「ガウ!」

 

 

 ヒューンと、音を立てて飛来して来るそいつを軽くあしらう。もう慣れたもんだ。シチューもいい塩梅にできあがっている。

 

 そう言えば、この間ちょっと味見したら、いつのまにか鍋の中身が全部無くなっていたことがある。不思議に思っていたら、自分の口元にシチューがついていたのだ。本当にあの時はたまげたものだった。

 そのため、マザーから味見禁止令が出されている。

 

 

 そろそろいい頃合いだ。

 

 出来た食べ物を皿によそって、ティムに運ばせる。流石にヤツは盗み食いはしない。するんだったらこの子は正々堂々と、目の前で食べる。

 

 そして全部並べ終えたら、揃った二人と一緒に食べはじめる。

 

 

 バーバやマザーは神への祈りを捧げるけど、わたしは手のひらを合わせて食材に感謝するだけ。

 神は相変わらず祈らないし、感謝もしない。エクソシストにも絶対なりたくない。

 

 このわがままがいつまで通るか甚だ疑問だけど。

 

 

 食事を終えたら日課の散歩。街の周囲を見て日々血の匂いを探す。

 

 殺すのに快感を得たとか、そんなマッドを開眼させたわけじゃない。

 

 

 心の中で声がするんだ。アイツらを殺せと、多分わたしのイノセンスが言っている。

 

 もしかしたら神様がイノセンスを通して、語りかけてるのかもしれないけど。

 

 

 

 或いは老人、或いは子供のAKUMAを殺して、日常を過ごす。

 

 何も変わらない毎日。平穏が一番いい。

 

 そう願いながら、ベッドの上で目を瞑った。

 

 

 明日の朝食は、何にしようかな。

 

 


 

【イノセンスお勉強会】

 

「寄生型って大食いが多いんだ…じゃあ神父様は豪酒だから寄生型だね!」

 

「……違ェ」

 

 

先生がめちゃくちゃ苦労する。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。