「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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戻って。戻った先にあるものは。


いせいさ

 マリアを抱えて戻ったアレンに待っていたのはクロスの蹴りだった。背中に一発派手なのを食らう。

 その衝撃で少年の腕からマリアの肢体が落ちる。

 

「ガァァ!」

 

 宙を舞う女を待ってましたと言わんばかりに、マリティムがまた飲み込んだ。

 

「なっ、な……何しやがるんですか、師匠!」

 

「ピーピー騒ぐな、蹴りの一つくらいで」

 

「女性を抱えてたんですから、もうちょっと考えてくださいよッ! まったく……」

 

 怒る少年に、クロスはどこ吹く風だ。

 

「いいか、事は急を要する。最後の転送場所であるAKUMAの魔導式ボディーの生成工場(プラント)が消える前に、伯爵から奪い返すぞ」

 

「……何ですって? 魔導式ボディーの生成工場(プラント)?」

 

 ふとアレンが思い出したのは、クロスが請け負っていた任務のことだ。

 方舟に侵入し、その生成工場を破壊することが仕事だった。

 

「きちんと働いてたんですか……」

 

「ア゛?」

 

「いえ、何でもないです」

 

 彼らはその後、アレティムが開いた扉によって生成工場(プラント)へ移動した。

 

 辺りには「生成工場(プラント)の番人」と呼ばれるスカルの死体が無数に転がっている。

 残る銃痕が犯人を示す。

 

 クロスはスカルの死体を踏みつぶしながら、部屋の中央にある卵型の物体に近づく。

 

「これが謂わば核だ。AKUMAのボディーを造る源。こいつの転送後に方舟は消滅する」

 

 不安定な足場を乗り越え、アレンも卵に近づいた。

 

 一方でリナリーはマリティムに運ばれている。時折視線をその口に向け、心配そうに見つめていた。

 

 

「これを奪うって言っても、いったいどうやって奪うんですか?」

 

「お前だ」

 

「……はい?」

 

「お前がやるんだ、アレン」

 

「そうですか。僕がやる────って、ハァ!?」

 

 言っている意味が分からない。魔導に特化したクロスならばともかく、アレンはただのエクソシストだ。

 不思議な呪文を唱え、これまた不思議な現象を起こす力はない。

 

 だというのに、アレンが生成工場(プラント)を奪う? 

 

「…本当に、仰っている意味がわからないんですけど……」

 

「お前にしか出来ないんだ。俺は術で時間を稼ぐ」

 

「だから、本当にッ……!」

 

 弟子の言葉を無視して、クロスが術らしき言葉を唱える。

 それと同時に赤髪の上にいたアレンのティムが動き、開いた空間の中に少年とともに飛び込んだ。

 

 

「師っ、しょ──」

 

 

 そして白い部屋に落とされた少年を待っていたのは、一つのピアノ。

 

 それと。

 

 

『ア レン』

 

 

 鏡に映る、コートを身にまとった黒い影だった。

 

 “それ”は驚嘆するアレンに、ニィと、不気味に口角を上げる。

 

『ココハ誰モ知ラナイ、『14番目』ノ秘密部屋』

 

 アレンは息を飲んで、黒い影を見つめた。

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 歌が。

 

 ピアノの音と共に、歌が聞こえる。

 

 

 閉じていた目を開けると、夕焼けが広がっている。

 紅く彩られた黄金の麦畑が揺らめいて。

 風の音が遠くで聞こえた。

 

 私の側には、夢の中で見た大木がある。

 そこに寄りかかって、私は眠っていたらしい。

 

「………」

 

 立ち上がった時、下から呻き声が聞こえた。

 

『ふ、ふふ、ふふふ』

 

 神ノ剣(グングニル)で腹を刺され、地面に縫い止められている奴がいる。相変わらず笑っている。何がそんなに面白いのだろう。

 

 今はミイラの姿で、黒い血を地面に流している。赤ではないのがまた穢れた色のようで、気持ち悪い。

 

 でも紅い瞳は美しくて、穢れなんて嘘のような色なんだ。

 

 

『バカだなァ? 苦しむのはマリアなのに。あのまま伯爵の手を取ればよかったのに』

 

「…私は、エクソシストだ」

 

『違う。マリアは堕罪を持った女』

 

「────私はこの道を進むって、決めたんだ」

 

『アァア、折角手を伸ばしてあげたのに。()()()、アイツが邪魔をするから。アイツがジャマをしたせいで。ア、アァ、アアァ、アァアア、アハハハハハッ!!』

 

 ミイラはとち狂ったように笑い、四肢を暴れさせる。バタバタと動く手足は地面を殴り、ボキッ、と嫌な音を立てる。力の加減を忘れ去ったように、何度も何度も、何度もその音が続く。

 

 そもそも“アイツ”って誰なんだろう。

 

『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる』

 

 しまいには首が折れて、奴は動かなくなった。ふふ、と気味の悪い声だけは依然と聞こえる。

 

 

『マリアは痛みの中で戦う。マリア、マリア、愚かなマリア』

 

 

『聖戦が終わるまで、苦しみ続けるでしょう。今が地獄というのなら、その「今」が天国のようだと思えるくらい、マリアはこの先阿鼻(あび)へ向かって進み続けるでしょう』

 

 

『マリアは本当に、愚かですね』

 

 

 そして、それ以上の言葉は許さんとばかりに、剣の雨が降る。

 

 神ノ剣(グングニル)がミイラの肢体を全て多い尽くすまで、黄金の雨は降り続けた。

 赤黒い何かが飛び散って、その中で聞こえるのは悲鳴ではなく、笑い声。

 

 その声がだんだんと変化する。雌雄を感じさせないものから、女性のものへと変わる。

 

 “私”の声になる。

 

 

『さぁ、夢をみよう。マリアの夢』

 

 

 その言葉を最後に、何も聞こえなくなった。

 

 空から今度は紅い雨が降る。世界のすべてを飲み込んでいく。

 

 私の全身も浸かって、意識が遠くへ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 *****

 

 アレンは謎の影に導かれるまま、ティムが出した楽譜を見て、白いピアノにメロディーを刻む。

 

 すると、方舟は少年の気持ちに応えるように再生していった。

 

 

 

 

 

「方舟の崩壊が……止まった」

 

 リナリーは眼前の光景に、呆然としていた。

 

 床が直るとマリティムが上に乗っていた少女の体を尻尾で包んで、そっと下ろす。

 彼女が顔を撫でると、ティムは嬉しそうに尾を動かした。

 

 対してクロスは通信機越しにアレンと会話している。ピリついたオーラがあった。

 

「あの……元帥、アレンくんは大丈夫ですか?」

 

「心配ない。騒いじゃあいるが、ショックが大きいだけだろう」

 

「ショック…ですか?」

 

 アレンが何に衝撃を受けたのかリナリーは気になったが、男の口からその答えは得られなかった。

 

 

 

 その後、クロスが弟子に命令し、彼らは14番目の秘密部屋に足を踏み入れた。

 

「…師匠」

 

「お前が何を言いたいかは分かってる」

 

 顔を合わせた師弟は、弟子の一方的な矢印で睨み合いが起こる。

 そしてアレンが言葉を発しようとしたその時、バカでかい声が聞こえた。

 

 

『ごはんですよぉぉぉ!!!』

 

 

 声の主は赤毛の少年である。発生源は白い壁からで、投影されたような映像が流れている。

 クロスの説明で、この映像が方舟内のものだとわかった。

 

『そんな叫んでどうしたんスか、ラビさん…』

 

『大声でアレンの好きなものを叫んでりゃあよ、きっと来ると思うんさァ!』

 

『そんな、アレンさんは犬じゃないんスから…』

 

 映像を見ていたアレンがジト目になる。

 

「人を何だと思ってるんですかね。あのうさぎ野郎は…」

 

「……でも、ふふっ。二人が無事でよかったでしょ? アレンくん」

 

「………まぁ」

 

 アレンは一言うさぎ少年に物申すべく、ピアノを使って部屋を後にした。

 

 続く映像にはクロウリーを抱えた神田も現れ、テンションのうざいラビを睨んでいる。

 

 クロウリーは重傷であったが、「えりあーで…」とうわ言で呟いているので生きているようだ。

 それからティムを連れたアレンも合流し、場はより騒がしくなる。

 

 

「みんなっ……生きててよかった…!」

 

「グフフ(グルル)」

 

 

 零れ落ちる少女の涙を、マリティムが拭う。ちょくちょく見せるこのゴーレムの、なんとイケメンなことだろう。

 いよいよリナリーは声を押し殺せなくなり、子供のように泣き始めた。

 

 

 

 

 

 *****

 

 重体のクロウリーを秘密部屋のベッドに運んだ後、アレンたちは方舟の調査に向かった。

 

 探索メンバーはアレン、ラビ、神田にチャオジーの計四名である。他は部屋に残った。

 

 

「よしっと…」

 

 リナリーはクロウリーの応急処置を終え、額の汗を拭う。ジャスデビに鉄の処女の刑にされた男の体はボロボロだった。

 

 クロスの方はタバコを咥えてティムと睨めっこ中である。

 

 リナリーがマリアの手当てのために開けてもらうよう頼んだのだが、中々口を開けようとしない。

 

 ティムもおそらくマリアを心配し、守ろうとしているのだろう。クロスが金槌で脅しても耐えている。

 

「あの、元帥」

 

「こいつは…」

 

 リナリーとクロスの言葉が重なる。リナリーは口をつぐんで、促すような視線を送った。

 

「イノセンスが戻ったのか」

 

「…は、はい。方舟に来る前、アジア支部で色々とあった末に取り戻しました」

 

 リナリーはそこでふと、思い出した。

 マリアが「クロスの弟子」と言われるたびに、首を捻っていた様子を。

 

 

「その…クロス元帥。マリアは元帥の弟子なんですか?」

 

「…弟子?」

 

「えっと……彼女が元帥の弟子って言われるたびに「ん…?」みたいな顔をしていたので、気になって」

 

「弟子にした覚えはねぇが」

 

「弟子じゃ、ない……?」

 

 それはつまり、何だろう。ティエドールとマリアがしていた会話をちょろっと聞いていた少女の眉間が寄る。

 

 これは名探偵アレンの読みが当たってしまうのだろうか。

「あの人は生粋の女好きですからねぇ…」と語っていた、少年の言葉が。

 

「強いて言うなら助けた方と、助けられたガキだ」

 

「そうですか…」

 

 拍子抜けというか、「恩人と、その恩人に助けられた子供」という言葉を聞いて、リナリーは少し安心した。彼女もまたこの男の酒癖と女好きの酷さを知っている。

 

 

「だが、恩人になる気はねェ」

 

 ピクッと、少女の耳が動く。「どういう、ことなの……?」と首を傾げるリナリーに、この件はおしまいだ、とばかりにクロスはティムに実力行使に出る。

 

「おら、いい加減開けやがれ」

 

「グールールゥー!!」

 

 格闘はしばらく続く。

 

 その後、意固地のティムに諦めた男がリナリーの隣に座り、二人の会話は今は亡きアニタの話へと移っていった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 一方アレンたちは、街の扉を調べて回っていた。

 

 

「にしても何もねェさぁ〜…」

 

 開けても開けても、扉の先は暗闇ばかり。

 落ちればおそらく次元の狭間へ招待されるだろう。そう考えたブックマンJr.の背筋は凍った。

 

「ハァー…大丈夫かねぇ、マリアは」

 

 ラビはみなの前では平然とした顔を繕っていた。しかし女のケガとは別のことで鬱屈とした気持ちになっている。

 

 元凶はアレンが話した内容だ。

 

 

『マリアさんのイノセンスが本人の意識がない中、動いたんです。伯爵に殺される前に救い出せましたが…恐らくは本人の強い意志に、イノセンスが反応したんだと思います』

 

 

 次期ブックマンの立場を考えて、アレンはラビにこの件を話したのだろう。

 

 イノセンスと適合者の結び付きは、本人の意志の強さが大きく影響する。

 それについてはまだ、驚きが少なかった。

 

 気になるのは別のことだ。

 

 

『千年公が彼女を殺そうと、手を伸ばしていたんです』

 

 

 疑問に感じるのは、その時なぜ伯爵が“手を伸ばしていた”のかだ。

 

 これにはアレンの主観が強く、客観性に乏しい。ゆえに第三者視点で話を補う必要がある。

 

(第一殺そうとしていたなら、手なんか伸ばさず、すぐに斬っていたはずだ)

 

 アレン曰く、その時の伯爵の手には剣が握られていなかったという。

 

 本人もそこまで来て少し違和感を感じて首を傾げた。しかしそれ以上に伯爵への憎悪の方が強く、違和感はすぐにアレンの中で流されてしまった。

 

 

 手を伸ばす────。

 

 これは「手を出す」とも考えられるし、「手を差し出す」とも考えられる。

 後者のニュアンスが伯爵の行動にあったのだとしたら、マジにやばい事態である。

 

 

(……もう少し、アレン・ウォーカーから見た視点の話が必要だな)

 

 

 そう結論づけたブックマンJr.は、アレンの前でマリアを心配する素振りを見せ、自然と彼女の話題に持ち込む。

 

「そういやマリアは伯爵の前にいた時、どんな感じだったんさ?」

 

「マリアさんですか? ええっと…」

 

 考え込んでいたアレンは何か思い出したのか、「あ」と声を漏らす。

 

「そうだ! 確か左手が前に出てたような……側に神ノ剣(グングニル)が落ちていたので、伯爵に剣を飛ばされた直後だったのかも…」

 

「そうなんか……。本当に助けてくれてありがとな、アレン」

 

「いえ、そんなこと…!」

 

 今度は飾られたものではない感情を出し、ラビはアレンに礼を言う。

 ブックマンじゃない、ラビ自身の感謝の気持ちだ。

 

 アレンがマリアと伯爵の間に入らなければ、少なくとも彼女は今、いなかっただろう。

 

 

 だがしかし、恐ろしい推測はかなりの確率で真実になりつつある。

 

 マリアとノアの関係性。

 ラビが気付いているのだ、パンダ爺(ブックマン)も既に気付いている可能性が高い。

 

 本部に帰った後、報告は間違いなく行われる。

 さすれば中央庁が出てきてもおかしくはない。

 

(最悪な展開になってきたな…)

 

 伯爵が手を伸ばし、マリアの左手も伸びていた。

 

 それは状況的に、彼女が攻撃を受け、剣を落としたように見えなくもない。

 

 

 だがそれ以上に考えられるのは、()()()()()()()()()()()()()()可能性。

 

 伯爵の伸ばした手を、マリアは取ろうとしていた。

 

 

「ハァー……」

 

「ラビ?」

 

「どわっ!?」

 

 至近距離で聞こえた声にうさぎ少年は飛び上がった。

 階段に座っているラビを、リナリーが不思議そうにのぞき込んでいる。

 

 他のメンバーは扉を回っている最中で、この場には二人しかいない。

 

「ど、どど、どうしたんさ? リナリーはクロちゃんの手当てをしてたんじゃ…」

 

「あっ…あのね。私も手伝おうと思って…」

 

 と言う少女の足はまだ本調子ではない。歩くだけでフラフラと足元がおぼつかない。

 何か言いたげな表情のリナリーに、ラビは出てくる言葉を待つ。

 

 

「…あのね、マリアさんの意識が戻ったよ」

 

「………!」

 

 目を丸くしたラビは視線をさまよわせ、深く息を吐く。

 よかった、と喜びたいのだが、いかんせん先ほど考えていたノアの件のせいで純粋に喜べない。

 

「ぐぬぬぬ……」

 

「だ…大丈夫ラビ? きっとみんなもマリアのこと気になってると思って、伝えに来たんだけど……」

 

「いや、目覚めてめっちゃ嬉しいさ…!」

 

 そうだ。今考えたところで、仕方ないだろう。結論を出すにはまだカードが足りない。

 

 それに「ブックマン」は真実を追い求める者ではなく、聖戦の記録者だ。そのラインを見誤ってはならない。

 

「よかったさァ──!!」

 

 ラビはとりあえず純粋な嬉しさを大声にのせて叫ぶ。

 その隣ではリナリーが小さく笑っていた。

 

 

「ところでマリアのケガの具合はどうだったんさ?」

 

「あぁ、それはクロス元帥が診るっていうから……」

 

「え?」

 

「……? どうしたの、ラビ?」

 

「それは色々と……大丈夫なんさ?」

 

「大丈夫って、…………あ!」

 

 リナリーも仲間が目覚めた喜びの方が勝って思考が回っていなかったらしい。顔を見合わせた二人は、どうしよう、という空気になった。


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