「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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閲覧いつもありがとうございます。

方舟編が終わると次第に『マリア』の秘密も明らかになってきます。
構成の仕方苦手なので書いててうんうん唸ってますが、頑張っていきたいです。


呑まれるために飲むのだろうか

 リナリーとクロスが話していた時のことだった。

 

「グフゥフ」

 

 部屋の隅で丸くなっていたティムが突然動き出し、口の中から血まみれの手が飛び出た。

 さらにズルッと、まるで貞子の登場シーンのように少しずつその姿が露わになる。

 

「ガウガ────ペッ!」

 

 気持ち悪そうな顔をしたティムが吐き出すと、血濡れの女が爆誕する。白い部屋に血液のコントラストが生々しい。

 

「ゲホッ、ゲホッ!!」

 

 マリアは激しく咳き込んで、仰向けの状態で視線だけ動かした。

 白い天井が見える。

 

「………ぅ?」

 

 嘔吐感がひどく、体も冗談抜きに全身が痛む。

 

「マリア!!」と聞き覚えのある声が聞こえて彼女がそちらを向けば、リナリーがいた。ついでにクロスがその少女の頬に触れている。アニタの件で泣いていたリナリーの顔には涙の跡がある。

 

「………」

 

 コムイに告げ口してやろう──と、彼女は思った。

 

「ガァァァッ!!」

 

「…! てぃ………〜〜ッッ!!」

 

 嬉しさが爆発したティムがその巨体ですり寄る。傷口を圧迫する攻撃(甘え)がマリアにクリンヒットした。

 かわいい。かわいいけれど。コイツは鬼か? 

 

「ティム」

 

 見かねたクロスがティムの頭をつかむ。

 

「た、たたっ、大変…! 早く治療しなくちゃ!! みんなにも伝えに行かないとっ!!」

 

 オロオロする少女の顔をマリアは見ようとするが、上手く焦点が合わない。それどころか指一本動かせない。

 何か星のようなものがずっと視界で回っている。思わず「さむ」と呟いた。

 

「俺が見ておくから行ってこい」

 

「で、でもっ……」

 

「なに、治療ぐらいはできる」

 

「す、すみません! じゃあお願いしますねっ!!」

 

 慌ただしく駆けていったリナリーに、転ばないようクロスは注意した。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

「起こすぞ」

 

 床の上でくたばっているマリアに一声かけたクロスは、うなじに手を回し、ゆっくりと起こす。

 

 その途中、顔をさらに白くしたマリアが制止の言葉をかけようとして、吐いた。頭が脈打つと同時にひどい頭痛も起こる。

 

(……来世はもっと普通の人生を送れますように)

 

 と、死を覚悟した女の前には血濡れの顔がある。そういえば、昔も一度同じやらかしをした気がする。

 

「ゴホッッ」

 

 内臓からも出血しているようで、気持ち悪さの波と冷えた感覚が同時に迎えた時、今度こそ顔をそらして床に大量の血をこぼした。

 

 回る。世界が回る。

 生きるための酸素を取り入れようとする体が、ヒュゥと、か細い音をこぼす。正直、瞼を開けるのも辛い。

 

 

「…ッチ」

 

 クロスは舌打ちをこぼして顔に付着した血を拭う。

 マリアの上体を起こすのは無理だと判断し、床に戻した。

 

「右腕は……前と同じで、イノセンスが凝固して止血の役目を果たしたか…」

 

 研究者のスイッチが入った男は手当てしながら、興味深そうに状態を観察する。

 

 右腕はイノセンスと肌が結合し、断面が白い。

 

 ついで左腕はシャツがまくられようとした際に声なき悲鳴が上がったため、ナイフで切られた。ここもまた複雑に折れ、腕が全体的に変色している。

 

 あと出血が目立つのは左肩の、双子の弾丸が撃ち込まれた部分。

 止血するためシャツの上からほぼ布切れ状態の団服と包帯を使い、肩を固定する(被覆ほう帯法)。

 

「〜〜〜ッ!!」

 

()ってェ! おいコラ、暴れんな!」

 

 だがしかしお世辞にも器用ではない手際に、足をばたつかせたマリアは何度かクロスを蹴る。

 そしてどうにか応急処置が終わった。

 

 

 

(つーか何だこの人。全然見た目が変わってないんだけど……)

 

 マリアがクロスに会ったのはファインダーになる前なので、約10年前だ。

 だいたいはアジア支部勤めだったので、本部に時折戻っていたこの男と遭遇する機会はなかった。

 

(えっ、だって私の幼少期の時にはすでに成人してたわけだし………怖っ)

 

 どう見繕っても20代にしか見えない男が、新しいタバコに火をつけて、紫煙を吹く。

 注がれるマリアの胡乱な目に、「何だコイツ?」という視線が返された。

 

 

「お前がくたばっている間、伯爵と遭遇した」

 

「……!?」

 

 唐突すぎる。だが、続く内容の方がさらに濃い。

 

「その際にお前のイノセンスが暴走状態にあったが、覚えているか?」

 

「覚え…て、ない」

 

「お前が伯爵に突っ込んでいったことは?」

 

「………? 知らなっ…い、です」

 

 マリアが覚えているのは悪夢を見ていたことくらいだ。

 

 ただそれもところどころ覚えておらず、最後の夢の中、ミイラが彼女自身に言っていた内容が思い出せない。

 

「何故、伯爵に手を伸ばしていた」

 

「えっ?」

 

 いつになくクロスの顔は真剣で、その赤い瞳に見つめられるマリアは視線をさまよわす。

 

「……ぁ」

 

 そう言えば、ミイラはとち狂う中、「手を伸ばした」と言っていた。

 夢でミイラが語っていた内容と現実が、リンクしていたのだ。

 

 そう、手を伸ばした。“アイツ”が────いや、マリアが。

 

 

()っ……!!」

 

 

 その瞬間、ひどい頭痛が起こり、マリアの足が大きく跳ねる。頭を押さえようにも、両手が使えない。

 

 割れるような痛みの中で、あのミイラの声が聞こえてくる。

 幻聴でしかない声が彼女には堪らず、無理やりに左手を動かして、音が聞こえる耳元に手を伸ばした。

 

(ちぎっ、これ、ちぎ……ちぎれば消えっ…!!)

 

 しかし咎めるように伸びた男の手が、彼女の腕をつかむ。

 伸びる黒い爪がギシギシと動き、クロスの皮膚に食い込んだ。

 

 射抜く赤い瞳に、どっと汗をかいていたマリアの呼吸が大きく引きつる。

 

「落ち着け」

 

「……すみま、せん」

 

 ミイラの声はいつの間にか、聞こえなくなっていた。

 

 

 

 彼女は少し悩んで、ミイラの件とティキ・ミックに似た青年の件を話すことにした。

 

 前者は顔色ひとつ変えなかったクロスが、後者の話になった途端、あからさまに眉を寄せる。

 

「神父様?」

 

「……構わん、続けろ」

 

「…? 分かりました。それで、夢の中の事象は、私の体験を元にしたツギハギの夢……らしいです」

 

「………」

 

「……あの、神父様の様子からして、何か心当たりがあるんですか?」

 

 いつもの男らしくない、と言っては変かもしれない。

 だが違和感を感じる彼女は、一歩踏み入った。

 

 

「────Ave Maria(アヴェ・マリア)

 

 

 マリアはミイラの内容については言ったが、その言葉はクロスに言っていなかった。

 また同じ言葉を口にした者がいる。『夢』のノア、ロード・キャメロットだ。

 

 なぜ、クロス・マリアンがその言葉を知っているのであろうか。

 

 彼女の名前でもある、その言葉を。

 

 

「何で、知ってるんですか…?」

 

「………」

 

「神父様!!」

 

 痛みを無視して上体を起こしたマリアは、視界が回りながらもクロスの腕をつかむ。

 

「ラテン語で訳すと「こんにちは、マリア」。または「おめでとう、マリア」。キリスト教ではこの言葉から始まる聖母マリアに捧げる祈祷だ」

 

「聖母……祈祷?」

 

 彼女の中でその「聖母」「祈祷」を思い浮かべるとしたら、子供の頃にいた教会だ。そこでは聖母マリアを崇めていた。

 

 それより気になるのは、何故ミイラやロードがその言葉を彼女に向けたかだ。

 

「しん………」

 

 そこで、今日一番にマリアの視界が回った。

 倒れた体は床に衝突することはなく、クロスが引き寄せたことで事なきを得る。

 

 鼻腔にタバコの匂いを感じながら、脂汗をぐっしょりと浮かべる彼女はそれでも、詰め寄ろうとする。

 

 しかしてマリアがとらえたのは男の、その後方だった。かっ開いた銀褐色の瞳と目が合ったのだ。

 

「し、しし、師っ……」

 

「……! アレッ、ゴホッ!!」

 

 ちょうど、クロスの背後。そこに固まっている五人がいる。神田だけは視線をそらし、見なかったことにしていた。

 

 

 ────突然だが説明しよう! 

 位置的に五人からは、女ったらしがボロボロな女を抱きしめているように見えているのである。

 

 つまりファイナルアンサーは、二人が男女の関係に見える。

 

「何だ馬鹿弟子、戻ってたのか」

 

「ゲホッ、ゴホッ──!!」

 

 血を吐くマリアはこの状況に気づかぬまま、ガチの白目を剥いて倒れる。

 

 それぞれが各々の反応をする中、アレンは「やっぱり手を出していたんだ!!」と叫んだ。

 

 

 かくあれ彼らは戦闘が終わっていたミランダたちと合流し、教団へと帰還した。

 

 

 

 

 

 *****

 

 伯爵たちが乗るもう一つの方舟では、生成工場(プラント)の不完全転送により、当分のAKUMA生産の目処が見込めない状況にあった。

 

『色』のノアであるルル=ベルは、被害の状況を確認する。

 その隣で伯爵はハンカチを噛みながら、クスクスと笑い、壊れた卵を見つめていた。

 

「………」

 

 ルル=ベルは、主人である伯爵の様子をうかがう。

 今、主人の抱く感情は何なのだろうかと、彼女は考える。

 

 その時ふいに、彼女の側に気配がした。そこにはレロを持ったロードが佇んでいる。

 

「ふふふ」

 

 少女は静かに笑っている。何か「喜んで」いるのだろうと、ルル=ベルは判断した。

 

「主人は一体どうなされたのでしょうか?」

 

「んー? クロスの策略で卵に被害が及んだから、ちょー怒ってるんだよぉ〜」

 

「クロス・マリアンの狙いは分かっています。ですが主人はそれとは別に、何かに感情を乱されているように感じるのですが…」

 

 ルル=ベルは視線を戻し、もう一度伯爵を見る。

 

 漏れ出る殺気はやはり、「怒って」いる。

 しかし伯爵が何に対し怒っているのか、彼女は分からない。

 

「千年公はねぇ、家族を奪われたから怒ってるんだよ」

 

「家族…ですか?」

 

「そう。僕らの新しい家族。神が気まぐれに生み出した、新しい子羊」

 

「なるほど」

 

 伯爵は二人の会話など聞こえていないのか、狂ったように怒りながら忌々しいエクソシストたちに呪いの言葉を吐いた。

 

 

「ケガらわしい、腐った羊めガ」

 

 

 

 

 

 *****

 

 本部から帰還したエクソシストたち。その大半は療養することになった。

 

 ほぼ無傷な一名(赤髪)が逃走しかける騒ぎがあったが、そこはリナリーが捨て身の抱きしめ(アタック)でどうにかした。

 

 

 

 一方マリアは体が動くようになって早々に病室を抜け出し、アジア支部に訪れた。

 移動については方舟が本部とアジア支部を繋いだことで、行き来が簡単になったのである。

 

 元職のファインダー服を着て、段ボールに忍ばせた酒を詰めればあとは完璧だ。

 

「フォー! 来たよぉ〜!」

 

「あん? ………ハァァ!!?」

 

 アジア支部の番人は彼女が封印される壁にふらっと現れた女を見るなり、仰天した。

 

「お前アホかッ! 重傷なんじゃなかったのかよ!!」

 

「いやぁ、まぁ動くようにはなったし、フォーと飲む約束をしてたからさぁ。病室を抜け出したことがあの鬼婦長にバレたら怖いけど……」

 

 本部の婦長は、ケガ人は絶対安静を心情にしている。

 マリアも空腹で何度か抜け出そうとして捕まったので、その恐怖がすでに刻み込まれている。

 

「はぁ……ったく、しょうがねぇなァ」

 

 現界したフォーはマリアの隣に座った。表情は心底呆れた様子だが、口角が隠しきれずに少し上がっている。番人もまた、嬉しいのだ。

 

 

 そこから酒が入ったマリアの目が、少しトロンとし出す。

 ファインダー服ではあるがフードと顔の包帯は取っているので、白い頬が朱に染まる様がよく映える。

 

 酒を飲みつつ横目でフォーはその顔を見る。

 

「お前がファインダーだった頃は分かりにくかったけどよぉ…」

 

「何だって?」

 

「こうして改めて見ると……その顔隠しといて良かった、って思うわ」

 

「あっはっは! 初対面の私とぶつかってキレて、しかも人を男と勘違いして、ドロップキックしてきたあなたがそれを言っちゃうの〜?」

 

「う……あん時は悪かったよ」

 

 ちなみに避けられた蹴りは、バクに当たった。

 そこでふと、アジア支部長がいないことを思い出したマリアは、フォーに尋ねた。

 

「そう言えばバク支部長がいないみたいだけど、今どこにいるの?」

 

「アイツか? 本部で早々に会議があるからって、召集されてたぞ。お前って仕事の情報なら抜かりないのに、世情とか別のことになると変にうといよなぁ…」

 

「悪ぅござんしたね、うとくて。でもこんなすぐに会議って……やっぱ、方舟の件か」

 

「あぁ。ただクロス元帥とアレン・ウォーカーも中央庁から目を付けられてるらしい」

 

「神父様は色々知ってそうだもんね……えっ? 何でアレンくんも?」

 

「だって方舟を操縦したのアレンなんだろ? クロスじゃなくて」

 

 もしかしなくとも、アレンは弟子時代にクロスに魔改造されたのではなかろうか? 

 AKUMAを改造して己の手札にさえできる男だ。あり得る。

 

「つーかさ。お前さっきから利き手を使ってねぇけど、左も使えたのか?」

 

「うん? ……んー、まぁケガでさ。まだ本調子じゃなくて」

 

「………おい、ちょっと右手見せろ」

 

「な、何をしますのお代官様ッ! いやぁぁ────!!」

 

「気色悪い声出すな! そんで逃げんな!!」

 

 あっけなくフォーに捕まったマリアは苦笑いを浮かべている。

 番人の外れて欲しかった予感は当たってしまう。

 

 まくられた右腕は赤黒い色で、人間の肌ではない。

 

 

「……何だよ、これ。お前のイノセンスは肋のはずだろ? なら、この腕は何なんだよ」

 

「いやあの………黒衣(ドレス)をね、こう上手く手に擬態させたの。腕がないファインダーだと目立っ──」

 

 空気が重い。黒い瞳が逃げて、二人の視線は合わない。

 そのいら立ちが番人の中で積み上がっていき、ほかの怒りも合わせて小さな体が震えた。

 

 なぜ、なぜこの女は、右腕を失ってなお、笑っているのだろう。

 

 フォーにはその理由が分かる。彼女を心配させないように、マリアは黙っていたのだ。

 いつかはバレるけれど、今はこうして二人で楽しく酒を飲むために。

 

 

「それは、違うだろ…」

 

「…違うって?」

 

「あたしはお前を友人だと思ってんだよ。友人が辛い時は、一緒に泣きもするし、怒ってやる! だからっ………だから、隠してんじゃねェよ!! お前の気持ちを!!!」

 

「………無理だよ」

 

「ハァ!!?」

 

「だって、これからもっと苦しい目に遭うかもしれないじゃない。今苦しくて泣いてたら、未来の私が本当におかしくなっちゃうよ」

 

「だから今耐えるのか? そうやってずっとお前は一人で耐え続けられんのか?」

 

「………」

 

 

 そんなもの、無理に決まっている。

 

 けれどマリアがこれから地獄に向かうのはきっと決まっているのだろう。それはもしかしたら、彼女が生まれた時から神によって定められていたものなのかもしれない。

 

 でもフォーの尖った優しさが、マリアには堪らなく嬉しい。

 

 

「………ぅ」

 

「いいよ。思いっきり泣けよ。私が受け止めてやる」

 

「うぅ……」

 

「そんでパァッと酒飲んで、また明日を生きて行こうぜ?」

 

「あ゛り゛がどぅ…!!」

 

「……ップ、ハハッ! みっともねぇ顔!」

 

 番人は子供のように泣く女を抱きしめて、あやすように背を叩いた。

 彼女も彼女で色々とこみ上げてきて、ズビッと鼻を啜った。

 

 


 

【もしもの話】

 

「もし神父様の顔に吐血したのが私じゃなくてアレンくんだったら、どうしますか」

 

「殺す」

 

「即答…」

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