「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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愚か者どもの宴

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 あたり一面の黄金色。風がゴォッと吹き抜けると、まるでおしゃべりでもしているように麦畑が揺れる。

 

 その中に、一人の女が立っていた。メイドの格好をしたその人物は、ぼんやりと地平線にのぞく紅い夕陽を見つめている。

 

「私…誰だっけ?」

 

 女は自分が何者なのかわからず、ただ呆然とそこにいる。

 しかし背後でガサガサと何かが近づく音がしたので、そちらに視線を移した。

 

『…いた! おい探したぞ、()()()メイド!!』

 

 黒曜石のようなくりくりとした瞳が、彼女をいっぱいにとらえている。跳ねた髪が特徴な少年は女の腕を引いて歩き出した。

 彼女の腰ほどしか背丈のない少年は、簡単に小麦の中に埋もれてしまう。

 

『カテリーナもお前のことすげぇ心配してたんだからな!』

 

「カテリーナ?」

 

『………お前、自分を雇ってくれた主人も忘れたのか?』

 

「カテリーナって、誰?」

 

 何がおかしいのか。笑ったままの女に、少年は舌打ちをこぼして叫ぶ。

 

『カテリーナはお前の主人! そんで、おれはカテリーナの子供!! わかったか!?』

 

「ふふふ、わかんない」

 

 そう。本当に彼女は分からない。

 ここがどこなのか、なぜこの少年がいきなり現れたのかも。

 

 そもそも彼女は、自分自身の名前さえ分からない。

 

「ねぇ、少年」

 

『少年言うな、ババア』

 

「クソガキ」

 

『何でそこ悪化するんだよ!!?』

 

 女性を「ババア」呼ばわりする子供なんぞ、「クソガキ」で十分である。女の微笑みの下の怒りを察した少年は苦い顔をして謝った。

 

「でさ。私の名前、何て言うんだっけ?」

 

『……お前、とうとうそこまでボケたのか…』

 

 何か物言いたげに少年は視線をさまよわせて、つかむ手に力を込める。

 夕陽を受けて逆光のように黒く染まる女は、そのままどこかへ消えてしまいそうだった。

 

 

『「マリア」────お前は、マリアだ。うちに迷い込んで来たお前を、やさしい母さんが雇ってくれたんだよ』

 

「……あぁ。そうだ、マリアだ」

 

 カテリーナ様に拾っていただいたのだ──と、彼女はようやく思い出した。

 どうして忘れていたのだろう。屋敷で働き始めてから、もう何年も経つのに。

 

「カテリーナ様は今どちらに? ……あ! いけない私ったら、洗濯を頼まれていたのに!!」

 

『っ、ちょ、急に走るなよッ!』

 

 先ほどとは逆で、今度はマリアが少年の手を引き、麦畑の中を駆ける。

 そこでふと彼女は首を傾げた。少年の手を握る、自分の右手。

 

「私に右手ってあったかしら?」

 

『あるだろ、よく見ろよ』

 

「……あれ? あなた………ティキ・ミック?」

 

『誰だそれ? オレは────』

 

 刹那、二人の合間を縫うように一陣の風が吹く。女の長い髪をさらって、緩く結っていた紙紐が解ける。

 生き物のようにうごめく髪が目元に当たった彼女は、とっさに目を閉じた。

 

 そして開けると、なぜか口をまぬけに開けた少年が彼女を見つめている。

 

「どうしたの?」

 

『あ、う、いや……べっ、別にキレイだなんて……』

 

「確かに、この黄金の世界は綺麗ね」

 

 夕陽に彩られる黄金。

 

 きっとこの世界をはじめて見た誰もが、息を飲んで感嘆するだろう。

 それほどまでに美しくて、そしてここが世界の片隅のような、そんな寂しい空気がある。

 

『それもそうだけど、………オレはお前のことを言っ』

 

「あっ、カテリーナ様だ!」

 

 遠くにある屋敷の玄関に佇む女性。その隣には少年の双子の兄もいる。それぞれ行方知れずのメイドと、その女を探しに行った弟がなかなか帰って来ないため、心配しているようだ。

 

 メイドの女は隣の少年のことを忘れ、「ガザガザガザッ!!」と、野生の獣の方がもう少しお淑やかな勢いで突っ走る。

 

「カテリーナ様ァ!! この不肖メイドがご迷惑をおかけしましたァァァ!!!」

 

 草まみれになった女はカテリーナに抱きつくと、長身なのを考慮せず、主人の顔を胸で圧迫する。

 双子の兄の方は側でおろおろとしていた。

 

『ふふっ…マリアは子供みたいね』

 

「えっ、カテリーナ様は私を産んだのですか?」

 

『……え! そうだったの、母さん!?』

 

『違うわよ、二人とも…。産んではないけど、大きな娘を持った気分、ってこと』

 

 そんなやり取りが繰り広げられている間に、少年がようやく麦畑から脱した。

 とんちんかんなことを言う兄とメイドに、呆れた視線を寄越している。

 

 双子の弟に気づいたカテリーナは微笑む。

 

 

『マリアを探してくれてありがとね、────』

 

 

 メイドはその少年の名前を耳にした途端に固まった。

 

『どうしたんだ、マリア』

 

 紅い、血が凝固したような瞳が、不思議そうな少年をとらえる。

 

 少年にはその瞳から紅い液体が流れ落ちたように見えたが、それはただ夕陽に色づけされた透明な涙だった。

 

 

 

「おかえり、────」

 

 

 

 

 

 *****

 

 (しき)のノア、ルル=ベル。彼女は変身能力を持ち、万物に変化できる。それがたとえ人間であろうとも。

 

 

 彼女はオセアニア支部長であるアンドリュー・ナンセンを殺害後、教団本部に潜り込んだ。

 

 目的は「卵」の奪還。また、クロスによって減少したスカルの増員である。

 そして伯爵が怒り狂う原因となっている『新しい家族(マリア)』の奪取だ。

 

 初めは本当なのか不思議に思っていたルル=ベルも、実際に見て納得した。

 

(あぁ…「感じる」。私のノアのメモリーが、確かにそうだと告げている)

 

 彼女がノアだと分かりながらも、マリアは攻撃しなかった。

 卵の気に当てられた女は、ルル=ベルの腕の中で眠っている。

 

 ルル=ベルはマリアの髪に触れ、梳くように撫でた。途中で引っかかることもなく、さらさらと落ちる。

 

「あぁ──!! ちょっと何勝手に入ってるんですか、バク支部長!」

 

 ルル=ベルの前を素通りし、バクに詰め寄ったのは渦を巻くメガネが特徴的な科学班のジョニー・ギル。

 立ち入り禁止の文字を読まなかったのかと、青年は半泣きだ。

 

「もぉぉ! リーバー班長に怒られるの俺たちなんスよ!?」

 

「ハッハッハ! なに、優秀なこの僕が手伝ってやろうというのだぞ? 逆に喜ばないか!」

 

 アジア支部長はオレ様何様バク様だった。ジョニーの胃がどんどん痛くなる。

 レニーもバクを止めるどころか、減るもんじゃないんだから、とさらに中へ押し入ろうとする。

 

「うぅ…誰かこの二人を止めてくれそうな人は……あっ!」

 

 ジョニーが目をつけたのは、常識がありそうなナンセンだ。

 同じ支部長の立場なら、この聞かん坊二人をどうにかしてくれるかもしれない。

 

「あのっ、ナンセン支部長! バク支部長とレニー支部長を外に出してもらえません…………あっ、え゛?」

 

 ブツッと、何か貫ぬくような音が辺りに響いた。同時に、血の匂いが漂う。

 

 レニーやバクの視線が、ジョニーの腹部に集まった。

 

「な゛っ……?」

 

 ジョニーはゆっくりと視線を下げて、驚愕する。彼の腹は鋭い触手のようなものに貫かれていた。

 触手はアンドリュー・ナンセンの腕につながっている。

 

 

 かつかつと、床を鳴らす高い音が響く。

 

 倒れたジョニーを見ることもせず、ルル=ベルは本当の姿を現す。

 

 バクやレニーはあまりに突然のことで動けない。

 

 

 その間、ルル=ベルの後ろに、黒い巨大な扉が出現した。

 そこから這い出て来たのは、その扉を埋め尽くすほどのおびただしい数のレベル3。

 

 人間たちに対し、ルル=ベルは()()を抱きしめ、微笑む。

 

 

「さぁ────はじめましょう」

 

 

 人間たちの悪夢が、始まった。

 

 

 

 

 

 *****

 

 教団に敵襲の警報が鳴り響く。

 

 いち早くAKUMAの気配を察知したアレン・ウォーカーは、卵がある研究室に向かっていた。

 

 方舟を使い侵入すれば、そこには負傷し床に並べられた研究員たちと、その側で立っている数人のスカルがいる。

 

 また無数のAKUMAもおり、卵の近くでは、褐色の肌に額に浮かぶ十字痕の──、ノアらしき女がいた。

 その腕の中には見知った顔がある。

 

「マリアさん…!!」

 

 マリアは黒衣(ドレス)の操作はできるが、まだ神ノ剣(グングニル)を扱える状態ではない。

 

 一刻も早く助けなければならない。しかし、味方の戦力が圧倒的に足りない。

 おまけに次から次へとAKUMAが襲いかかる。

 

 さしものアレンでも状況は劣勢だった。

 

「……っ、まずい…!」

 

 敵の攻撃に当たりかけた少年は、針の攻撃によって事なきを得る。ブックマンが助力に入ったのだ。

 

()け、小僧!!」

 

「ありがとうございます…!」

 

 アレンはAKUMAを破壊しながら、道化ノ帯(クラウンベルト)を敵に巻きつけ、その遠心力で一気に女のノアに接近する。

 

 卵の転送準備をしていたルル=ベルは、アレンを視界に入れると忌々しげに顔を歪めた。

 

「アレン・ウォーカー……!!」

 

 マリアを卵の上に横たわらせた彼女は、アレンに肉迫する。

 

 同時にAKUMAの攻撃も彼に襲いかかり、その隙をルル=ベルがねらう。逆に彼女の攻撃で隙ができれば、AKUMAがねらう。この悪循環だ。

 

「クソッ! 悪魔の数が多過ぎる…ッ!!」

 

 アレンがAKUMAに肢体を拘束されたその時、鞭状に変化したルル=ベルの腕が振るわれる。

 頬に衝撃が走る。その衝撃音は凄まじく、遠方に隠れていたバクたちにも伝わるほどだった。

 

「まずい、ウォーカーが気絶した! このままでは……」

 

「待ちなさいバクッ! 今私たちが出ても意味がないわ!!」

 

「レニー、だがっ…!!」

 

「……元帥や他のエクソシストが来るのを待つのが懸命よ」

 

「その前に敵が卵やハートの可能性のあるマリア、それに方舟の奏者であるアレンを連れて行ってしまう! 俺たちが少しでも時間を稼がなければならないだろう!!」

 

「けどっ…! だったらどうしろっていうのよ!? たとえ出て行ったとしても…」

 

「あっ、あの…」

 

 奇跡的にも致命傷を免れ、二人の応急処置で助かったジョニー・ギル。

 彼は友人でもあるアレンのため、一つの策を語る。

 

「即席で結界装置(タリズマン)を作れば、出ることは可能だと思います…」

 

「……!! そうか、その手があったか! なら今すぐ…」

 

「待ちなさい! 作ったとしても、出た後はどうするのよ! レベル3クラスじゃ、いくら私たちの腕でもどうにかなるとは…」

 

「作る意味は、あります」

 

 ジョニーがアレンの名を呼ぶと言う。そうすれば必ず、彼は応えてくれると。

 

「どうして…そこまで言い切れるのよ」

 

 レニーの疑問に、ジョニーは笑って返した

 

 

「アレンは、俺たちの仲間だから!!」

 

 

 一瞬呆然としたレニーは、頭を押さえる。科学班のはずなのに、非科学的なことを言っている自覚があるのだろうか。この、ジョニー・ギルという青年は。

 

「でも、嫌いじゃないわ。ノってあげるわよ、私も」

 

 そして短時間の制作でありながら、強力な効果を持った結界装置(タリズマン)が発動した。

 ジョニーはありったけの声量で叫ぶ。

 

 

「アレェェェェン!! お願い、目を覚まして!!」

 

「……ッ」

 

 伏していた少年の指が動く。銀褐色の瞳が、血まみれの中でのぞいた。

 刹那、イノセンスが発動する。

 

 拘束するAKUMAを破壊し、大剣を握りしめたアレン・ウォーカーはルル=ベルに斬りかかる。

 

「ぐっ…!!」

 

 とっさに腕を硬化させたルル=ベルは、そのまま吹き飛ばされた。

 

「卵も────大切な仲間も、お前たちには絶対に渡さない」

 

「ッハ……もう遅い! 貴様を伯爵様の手向けにはできなかったが… 卵はすでに方舟の中だ!」

 

「……っ! マリアさん!!」

 

 卵に接近したアレンは、それを囲うように支えるオブジェの先端をつかむ。というより、その先端しかもう残っていない。

 そのままアレンまで引きずられかけた時、ミランダ・ロットーの能力が発動した。

 

時間吸収(タイムリバース)!」

 

 すると卵が逆再生したかのように動き、ズズ…と、浮上する。

 アレンは見えた白い腕をつかみ、一気に引き上げた。

 

「マリアさん!!」

 

 だが女の意識はない。ひどく安らかな顔で眠っている。

 

 その直後だ。アレンの頭上に方舟の別ゲートを使って、四人の元帥が到着した。

 

 一転して窮地に追い詰められたルル=ベルは、血が滲むほど唇を噛みしめる。

 

 

「私たちの家族、お前たちに奪いはさせないッ────!!」

 

 

 

 

 

 *****

 

 アレンは一旦抱えるマリアを安全圏に運ぼうと考えた。

 場所はティエドールのイノセンスによって作られた、絶対防御の内側である。

 

 そこには負傷して科学班が並べられている。彼らの中でかなりの数が選別され、術によりスカルへと変えられてしまった。

 

 アレンはマリアを下ろし、戦いに戻ろうとする。そこで、服を引っ張られた。

 

「……マリアさん?」

 

 意識が戻ったのか、彼女の目が薄っすらと開いている。

 敵の能力によるものかは分からないが、様子が少しおかしい。

 

 黒い瞳が今は血のように真っ赤で、少年は思わず息を呑む。ふらふらと彷徨うその瞳が、彼に合わさった。

 

 

「あなた、だれ?」

 

 

 舌ったらずな声だ。アレンの心臓の音がやけに早い。脈打つ血液の感覚が頭にも伝わって、無性に喉の渇きにさらされる。

 

 やはり何かの能力で、意識が混濁しているのだろう。

 

 でも、なぜ瞳が紅くなっているのだろう? 

 寄生型ゆえ、イノセンスに影響して肉体が変化しているのだろうか? 

 

「僕はアレンです。アレン・ウォーカー」

 

「あれん……。わたしは…?」

 

「あなたはマリア。僕と同じ、エクソシストのマリアです」

 

「まりあ。えくそし………す……ッ!!」

 

 その瞬間、どこか幼げに見えた表情が、「マリア」の顔を取り戻す。

 

「大丈夫ですか、マリアさん?」

 

「…う、うん。だ、大丈夫……」

 

 震える女の手を、アレンは強く握る。仲間が少しでも安心できるようにと、笑って見せる。

 

「今、伯爵側の強襲に遭っています。師匠や他の元帥が戦闘に入っているので、マリアさんはここにいてください。恐らくここが一番安全なので…」

 

「そう……なの? でも私も戦わなきゃ…」

 

「ダメです! さっきまでノアに攫われそうになってたんですよ!!」

 

「マリアは、守らなきゃ」

 

 アヴェ・マリアは戦って、守り、地獄の中で苦しみを味わい、そうして聖戦を歩まなければならない。

 

 だからマリアは、立ち上がらなければならない。

 今、この時も────、

 

 

「僕にッ、守らせてください!!」

 

 

 アレンはマリアの肩をつかんで、そう言った。少年の顔は今にも泣きそうだ。

 

「いつもマリアさんは僕らを助けようとしてくれるじゃないですか…。でも、僕らにだってあなたのことを守らせてください」

 

「……私はそんなに、弱いかな?」

 

「違います! あなたは強くて、優しくて、時折師匠みたいな一面を見せますけど………それ含めた全部があなたらしさなのだと、僕は知っています」

 

「アレンくん…」

 

「それに、弱いのは僕の方です。何か守るものがなければ、簡単に折れてしまいそうですから…」

 

「………」

 

「だから……僕が強くあるために、僕の「守る人」になってくれませんか?」

 

 真っ直ぐに見つめられたマリアは困ったように眉を下げ、小さく頷く。

 ここまで格好よく言われてしまえば、「NO」とは言えないだろう。幻聴のように聞こえるミイラの言葉は無視した。

 

 

「でもなんか、プロポーズみたいな台詞だね」

 

「………えっ!!?」

 

「あぁいや、君が好きなのはリ」

 

「じゃあ行ってきます!!!!」

 

 マリアが言い切る前に、アレンは血の上にさらに赤くした顔で戦場に戻っていった。

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