「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

37 / 58
夢の中の夢の中の夢の中の

 目覚めは唐突だ。

 

 

 深夜真っただ中。ロンドンにある橋のたもとで、一人の青年が頭を押さえて蹲っていた。

 そこに偶然通りかかった警官二名が青年に近付く。

 

「またスラムのガキが変なもんでも食ったのか?」

 

「おい、大丈夫かよ(アン)チャン」

 

「うぅ、うぅぅ、う゛」

 

 青年はとうとう地面に倒れた。

 呆れながらも警官の男はうつ伏せだったその体を仰向けにした。

 

 すると青年の顔が露わになる。ボサボサの無精な髪の隙間からのぞく額。そこに、三つの目がある。

 

「ヒィ!!」

 

「こ、コイツ……バケモ」

 

 向けられた銃の照準が合わさることはなく。また、警官二人の悲鳴も最後まで続くことはなかった。

 男二人の穴という穴から血が吹き出す。

 

 物言わぬ死体をつまらなそうに見つめた青年は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「久しぶりだのう。…だが目覚めの空気としては、ちと血生臭い」

 

 白かった青年の肌が褐色に染まり、瞳の色も黄金に変わる。ボロ雑巾のようだった服もついで変化していった。

 

 

「35年ぶりか。随分と長い時間眠っておったようだ」

 

「ンフ♡」

 

 今度は空間そのものが変わった。青年の横にはシルクハットからのぞくウサギ耳が特徴的な、丸いフォルムの異形が佇んでいる。

 

「今回はお寝坊ちゃんでしたネ、ワイズリー♡」

 

「ムム…それもこれも「14番目」のせいだのう」

 

 青年────否、『智』を司る魔眼の持ち主、ワイズリーが現世に戻るのは35年ぶりだ。転生したノアの中では一番遅い。

 

 その原因は35年前に伯爵とロードを除くノアたちが14番目に殺され、メモリーが破壊された影響が出ていたためである。

 

 

 仲間が復活し揃ったからか、嬉しそうに跳び回る千年公にワイズリーは口元を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 ノアのメモリーは第一使徒『千年伯爵』を含め、13個ある。

 

(ラースラ)』を司るスキン・ボリックは神田ユウとの戦闘に敗れ死んでしまったが、その他のノアは全員集結した。

 

 聖戦の終止符(ピリオド)を打つべく、伯爵は進み出す。

 

 

 そんな中、ワイズリーの視線は『快楽(ジョイド)』のノア、ティキ・ミックに注がれた。

 既視感。男の姿は35年前の“ある男”を彷彿とさせる。その姿を知る者は千年公とロード、そして脳を覗きメモリーの過去を知れるワイズリーくらいだ。

 

 ロードは人差し指に口を当てる。「その件は黙ってて」ということらしい。

 少女の姿は相変わらず35年前から変わっていない。

 

 自然と二人は横に並んだ。ニコニコと笑う少女に、青年は首を傾げる。

 

「あのねぇ、ワイズリー。千年公も話すと思うけど、新しい家族ができたんだ」

 

「………新しい家族?」

 

「そう。でも()()()じゃないよ、最近発覚したの。新しく生み出された、神の仔羊。覚醒もすでに進んでる」

 

 

 ──────「マリア」って言うの。

 

 

 その瞬間、周囲の温度がグッと下がった。

 限界まで大きくかっ開かれた青年の瞳。唇はかすかに震え、褐色の手が白く塗りつぶされるほどに握られる。

 

 ドス黒いメモリーの気配を察知した千年公が声をかけ、そこでようやく我に返ったワイズリーは小さく謝罪する。大丈夫だ、と。

 伯爵はそれでも心配の色をのぞかせていた。

 

「まだ目覚めたばかりで、メモリーが安定してないのかもねぇ。ボクが様子を見とくよ」

 

「無理はいけませんヨ、ワイズリー」

 

「……承知した」

 

 

 ────マリア。

 

 その女は神に愛されながらも神を嫌う、イノセンス持ちの人間だった。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 会合が終わってからも青年の様子は不安定だった。千年公も『14番目』の声が聞こえたらしく、情緒不安定になっていた。

 ロードは千年公を眠らせてから、ワイズリーの元を訪れた。

 

「ヤツめ、奴め奴め奴め……」

 

 ブツブツと呟き、頭を抱えながらうずくまる青年。少女は徐にカラフルな包装のされたキャンディーを取り出して、カササ、と音を立ててから青年の口に放り込む。

 

「………甘いのだ」

 

「こういう時こそ糖分だよね〜」

 

 多少はワイズリーも落ち着いたらしい。食べ終わるとまたキャンディーを催促して──というやりとりが続いた。

 泣き腫らしたワイズリーの顔は鼻水と涙で悲惨だ。ロードにそれを指摘されると、彼は側にあったカーテンで顔を拭う。

 

「…ワイズリーさぁ、マリアのこと何か知ってるの?」

 

「………」

 

「反応を見てたらそうとしか思えねーもん」

 

「……アヴェ、マリス・ステラ」

 

 その後に続くのは、聖母を讃える讃歌のメロディー。

 なぜその歌をチョイスしたのかロードには分からなかったが、ワイズリーが「マリア」について何か知っているのは確実になった。

 

「“奴”が壊し損ねたのか……はたまた、神の寵愛ゆえなのか。それとも………その両方なのか」

 

「よく………分からないんだけど」

 

「当然だ。おぬしはおろか、千年公さえ覚えていないことだのう」

 

「……ワイズリーがボクらの記憶をいじったの?」

 

「おぬしらについてはな。しかし千年公は()()()()()()のだ」

 

「え…?」

 

 ロードたちの記憶に手を加えたのは「マリア」のためで、伯爵が自分から「マリア」の記憶を手放したのは、伯爵自身のためだった。纏めればそういうことらしい。

 

 千年伯爵は悪“役”だ。伯爵の弱さを知っているロードは小さく震える。

 

「ワタシはおぬしに選択を二つ掲示できる。知らないまま幸福でいるか、知って後悔するか」

 

「……チョー不穏な選択じゃん」

 

「…そうだの。だが、おぬしには「知る」権利がある。ワタシはそこを尊重したいと思う」

 

 決めるのはロードだった。

 ワイズリーの魔眼を使えば、青年のメモリーの記憶を覗くことができる。さすれば少女は「マリア」が何者なのか知るだろう。

 微睡の中にいた方がきっと幸せだ。けれど、視ない選択肢は彼女にはなかった。

 

 

「……ボクさぁ、最近夢を見るんだ」

 

「『夢』を司るおぬしが…かの?」

 

「そう」

 

 その時のロードはマリア()()()()()に抱きついている。

 女の姿はノイズのようにブレており、確とした全体を見ることは叶わない。

 

 血溜まりの中で、微笑むマリアは眠りに就こうとする。

 その眠りは、今生の別れを告げるものだ。

 

 

『ボクを置いて行かないで、マリア!!』

 

 

 そこでロードは気付く。自分が言った言葉は、箱舟の時にマリアに向けた言葉と同じであるということに。

 

 

「多分それは、ボクのメモリーの記憶。だからね、知らなくちゃいけないんだ」

 

「……」

 

 ワイズリーは何も言わず、ただ静かにロードを見つめた。

 

 

「そうしないと…マリアがどこかに行っちゃいそうで、怖いから」

 

 

 今にも泣きそうな顔で微笑む少女をワイズリーは静かに抱きしめ、頭を撫でた。

 

 

 

 そしてロードは、夢をみる。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。