「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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おてても繋げない

 場所、中国・黄山(ホワンシャン)

 

 ラビやブックマン、チャオジーやマリ、そしてマリアが任務に赴いていた。

 

 マリはレベル4の傷がまだ残っているため、今回は後方の拠点で敵の位置を把握し、前線で戦う仲間に知らせる役目を担っている。

 

「うへぇ…最近任務が多くて死にそうさ」

 

 現在教団はイノセンスを見つけようと躍起になっている。そのためエクソシストは連日仕事に駆り出され、疲労が溜まる者が続出している。

 

「……」

 

 チラ、とラビは闇の聖女とも言うべき姿の女を見る。

 黒衣(ドレス)の裾が生き物のようにうごめく。纏う影、と言っても差し支えない。そこから覗く生白い肌と紅い口元がこれまた扇情的なのだ。

 

「戦場でボケッとしとるな!!」

 

()ってェ!? 殴んなよ、ジジイ!!」

 

 

 

「あのやかましいのがブックマンの次期後継者だとは…」

 

 騒ぐ兎を胡散臭そうな目で見つめる監査官の少女。テワクもまた今回の任務に同行している。

 彼女の隣では虚空をとらえたまま動かない女がいる。

 

 マリアはこうしてもの思いに耽ることが増えた。

 

(「死」の感覚と、私を見る『ロード』と思しき少女……。あれが『聖母』の記憶なのだとしたら、恐らくはカテリーナのメイドになる前の記憶なのかもしれない…)

 

 疑問はその他にもある。

 

 

 なぜネアはマリアを殺したのか。

 

『聖母』に破滅願望があったことも気にかかる。愛している家族と別れてまで、終わることを望むその理由は何なのか。

 そんな「マリア」に、このような生き方を強制する“神の愛”というのも理解できない。これまで体験した痛みや苦しみを考えたら、愛とは程遠い。

 

(……やっぱり、記憶が戻るのを待つしかないか)

 

 記憶が戻れはそして、彼女自身も消えて行くのだろう。

 皮肉に笑った女に、側で様子を見ていたテワクが片眉を上げた。

 

「…少しは気楽に考えたらどうですの」

 

「んー? いやぁ、帰ったら何を食べようかと考えてましてね」

 

「………あなたが知っているかは知りませんけど、嘘をつく時に耳が赤くなっていますのよ」

 

「えっ!?」

 

 思わずマリアは手鏡で己の顔を確認する。赤いは赤い。AKUMAの返り血で。

 

「嘘つき…」

 

「嘘じゃありませんわ。嘘をついたさっき、耳が血で赤かったですもの」

 

「……この反抗期め」

 

「誰が反抗期ですかッッ!!!」

 

 そこでテワクは大声を出したことに気づき、ハッとする。周囲から「ニコ…!!」とした視線を注がれている。少女の顔はたちまち朱に染まった。

 

「くっくっく………ん?」

 

 チョロいな、とマリアが思った時、ふと空気の流れが変わった。

 他の人間はまだその変化に気づいていない。

 

 

「何か、変………!!」

 

 

 そして────、地面が黒い渦を描いた。

 

 そこから現れたのはおかっぱ頭が印象的な男と、ターバンを頭に巻いた青年。褐色に金の目、額に浮かぶ聖痕が二人がノアであることを示している。

 

 

「全員やるぶ?」

 

「殺さないのう、フィードラ。さてはおぬし、千年公の話を聞いていなかったな」

 

「ぶぅはちょっと寝てたぶ…」

 

「そうか…。ブックマンとその後継者は捕獲するんだのう。そこにいる男にはボワズでも仕込んでおけ。ワタシは今日やる事が多いのだ」

 

「わかったぶー!」

 

 フィードラ、というおかっぱ頭が出したその舌には、無数の目のような物が付いていた。

 思わずラビはおえ、と顔を歪める。

 

「なんちゅーグロテスクな……マリとの連絡は取れたさ?」

 

「先から試しておるが駄目なようじゃ。何かノイズのようなものに遮られておる。恐らくはあちらも儂らの音を聞き取れておらぬだろう」

 

「敵の狙いはマリアか? …つか、あのターバンって俺とキャラ被ってね?」

 

 その間ブックマンがラビと連携を取り交戦に応じ、チャオジーがマリアの護衛につく。

 しかしその行手を阻むように伸びた舌が青年の体を突き飛ばした。チャオジーはあっけなく突出した岩肌に体を打ちつける。

 

「あ゛ぁっ……!!」

 

「行かせてやらないぶぅ〜〜」

 

 対しターバン頭の青年はブックマンと応戦するフィードラから視線を外し、悠然とした足取りでマリアの元へ向かう。

 

 一歩距離が縮まれば、その分だけ女の足が後ろに下がる。マリアの表情には警戒と別の感情が滲む。内側から『聖母(はは)』のメモリーが訴えかける。愛しましょう、と。抱きしめてその頭を撫でて、溢れんばかりの慈しみを捧げる。

 

「止まりなさい、ノア……!!」

 

 攻撃に転じることのできないマリアの前に、テワクが立ち塞がった。

 

「そなたに用はない、人間。疾く失せろ」

 

「無理なご相談ですわ。あなたたちに彼女を渡すわけには参りません」

 

「たかが人間の分際で……いや、待て。確かおぬしは第三使徒(サードエクソシスト)の仲間だったかのう?」

 

「…!」

 

「なるほど。そう考えれば「カンダユウ」は今回の主役であるが、おぬしでも使い用によっては面白いものが見れそうだ」

 

 青年の嘲笑う表情に、監査官の少女のこめかみがピクリと動く。

 

 

「しかし今は「マリア」の方が大事なのでな────眠るが良い」

 

 

 青年が手をかざした瞬間、テワクの脳に衝撃が走った。激しい頭痛。立っていられないほどのその痛みに、少女は涙と鼻水で顔を汚しうずくまる。

 

「っ、う……ぁ」

 

「時が来るまで、幸せな幻影を拝むといい。まぁ、千年公はおぬしの悲劇なんぞ見向きもしないだろうがのう」

 

 痛みと格闘する少女の体はやがて力を失い、地面をつかんでいた手が中途半端に開いたまま止まった。

 

 ピチャピチャと、浅い水面を踏む足音がマリアに迫る。

 青年は女の名を呼ぶ。甘えの孕んだ声にゆっくりと白い顔が持ち上がる。紅い目が、青年をとらえた。

 

「マリア」

 

「来ないで…」

 

「マリア」

 

「来ないでよっ…!!」

 

 こんな時でも呪われた女の声が聞こえる。

 戦いなさい、守りなさい、と。そして苦しみながら生き、聖戦を終わらせなさい──と。

 

 伸びた黒爪がその声から逃れるように白い肌に食い込んだ時、咎めるように青年の手が触れて。

 

 

「マリア、大丈夫だ」

 

 

 優しさを滲ませる声が女の耳元を通り、熱く茹っていた脳を落ち着かせる。ドクドクと脈打つ音は、マリアの手に触れる青年にも伝わっている。

 

「あぁ…本当に、生きておるのだな」

 

「………」

 

「そう怖がらないでくれ。ワタシは何もしない。「マリア」の味方だ。だから一緒について来てくれないかのう?」

 

「嫌、だ…」

 

「何、ノア(こちら)側に連れて行こうとしておるわけではない。少なくとも今はまだ、な。少しだけワタシと話してほしいだけなのだ」

 

「ダメかの、母上…?」と、上目遣いに青年は彼女を見た。自分がどう動けば子供らしく見えるか、計算され尽くしたようなあざとさだ。不覚にもこれに胸打たれてしまったマリアである。しかしそれでも、と抵抗を見せる女に青年は札を切る。

 

 

「よいのか? ワタシは魔眼のノア、『(ワイズリー)』だ。ワタシならば知っているぞ。おぬしを────()()の過去を」

 

「……!!」

 

「知りたくはないか、マリア。何故おぬしが今神の道具となり、憎きハートの元へいるのか。何故狂ったメイドが何も覚えていなかったのか。疑問はたくさんあるだろう。ワタシなら、おぬしが求める答えを全て与えてやれる」

 

『聖母』の────アヴェ・マリアの過去。

 

 マリアが知りたいと願い、しかしその記憶を思い出すたびに彼女自身が消えて行く恐ろしさに怯える日々。いくら平然を装っても、側で監視するテワクにはバレてしまっている。

 

 ただクロスの言うとおり、進む以外に彼女には道が残されていない。

 

 

 マリアはゆっくりと呼吸を繰り返し、ワイズリーの瞳を見つめた。

 

「…私は、知りたい。『聖母』のすべてを」

 

「………」

 

 ぎゅうと、青年が抱きつく。どちらも冷たい温度だった。探るようにして動く青年の右手は、女の胸骨の位置に触れる。指先がトントンと、リズムを刻むようにその場所を叩く。ここがマリアの、イノセンスがある場所。

 

 絵面的にはしかしワイズリーが女の胸に触れているので、かなりひどい。

 

 戦いの最中に一瞬その状況を見たラビは、「セクハラターバン野郎!!」と叫ぶ。ワイズリーはスルーしたが。

 

「では行こう、母上」

 

 青年が指を鳴らすと同時に、二人の下に扉が現れる。

 ロード、と紡ごうとした女の言葉は、扉の中に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 マリアが目覚めた時、白い空間が目に入った。大きさとしては6畳ほどの小さな部屋。そこにあるベッドに彼女は寝ていた。

 

「ここは…どこ?」

 

 その白さは、旧方舟の中と酷似している。一つだけある窓をのぞくと、その下には青空と一面に広がる血の色をした海がある。外の音は何も聞こえない。窓は開かないし、外につながる扉もない。

 

 しかしてはじめて来た場所であるはずなのに、妙に既視感がある。

 

 

「ここは旧方舟の中にある、母上の部屋だ」

 

 

 彼女の隣には落ちた場所が悪く、頭にでかいタンコブを作った青年が立っている。

 

「奏者であろうとも入ることは叶わず、また方舟が消失しようとも、この場所は影響を受けない。母上しか入れない特別な部屋だ」

 

「……え? キミ、思いきりいるんだけど…」

 

「母上が許可した人物だけは入れるんだのう。ワタシ、それにロードも入れる」

 

「ふーん…?」

 

「ロードは甘えただから、母上に駄々をこねて入れてもらったのだ。ワタシは…まぁ、“共犯”というところだ」

 

「……共犯?」

 

()れば、わかる」

 

 二人が横に並ぶと、女の方が高くなる。青年にとって少し見上げるその違いは甘えるのにちょうど良い。

 

「……のう、母上はもし記憶を思い出した後、どうするのだ?」

 

「…私は聖戦を終わらせる。そしたら……正直、その先はまだ考えてない。でも聖戦が終わった後には、私もこの苦しみから解放されるって信じてる」

 

「我々と戦うのか?」

 

 射抜くような青年の視線。マリアはしかし、その瞳から目を逸らさない。

 

 

「いいえ、戦わない。私はノアを愛しているから。自分に嘘は吐きたくないの」

 

「…無理だ。エクソシストとノアは相入れない。ワタシは()()()()()()過程を知っている。神が『聖母』に向ける愛の正体も知っている」

 

 憎い、とワイズリーは語る。

聖母(はは)』をノアから引き離した神が憎いと。そしてそれと同等に憎く思う男がいる。その男にマリアは心当たりしかなかった。

 

(『14番目(ネア)』か……)

 

「……“奴”のことは思い出しておるのだな。ということは、キャンベル家のメイドだった頃も思い出しておるのか?」

 

「えぇ、メイドだった頃は思────ん?」

 

「どうしたのだ?」

 

(………ティキ・ミックの顔がネアなのはどうして?)

 

「ム……ジョイドのことか?」

 

 マリアは部屋の隅に逃げた。きょとんとした青年は不思議そうに彼女を見ている。

 このノア、どうやら人の思考を覗けるらしい。プライバシーもクソもない。ドン引きだ。それが顔に出ていたのか、青年は慌てて取り繕う。

 

「わ、ワタシにもプライバシーくらいは守れる! だから嫌いにならないでほしいのう…」

 

「……勝手に覗かないでよ」

 

「分かったのだ」

 

 部屋の隅からベッドに移動した女は横になった。彼女の空間だと言うなら、存分にくつろいでいいだろう。

 青年はその様子を窺うようにして、端の方にちょこんと座る。

 

「ねぇ、ワイズリーくん。『聖母(マリア)』はどうして壊れちゃったの?」

 

「……母上には“罪”がある。そうして長い時を過ごした末に、壊れた。というより壊れ続けて、もう、ボロボロになってしまったのだ」

 

「罪」────。その言葉が彼女の中で引っかかる。

 

 彼女を表す罪と言ったら、ミイラが語った「堕()」という言葉だろうか。

 そう言えば、神ノ剣(グングニル)を発動する時にも「堕罪」という言葉が思い浮かぶ。

 

 

「堕罪を持ちし者よ。神のお許しの下、我は創生する……」

 

「………何の言葉だのう?」

 

「え? 私がイノセンスを発動する時に、思い浮かぶ言葉だけど…」

 

 瞬間、ワイズリーの空気が変わる。

 

 殺気のこもった殺伐とした空気が重くのしかかる。頭を押さえる青年の瞳が何重にもブレたように見えたマリアは逃げず、むしろその背をさすって青年の呼吸が落ち着くのを待つ。

 

「…大丈夫?」

 

「神は……神はどこまで母上を侮辱すれば気が済むのか……ッ!! 憎い、憎い憎い憎い!!!」

 

『智』のメモリーそのものが怒りと憎悪に震え、その宿主である青年を蝕んでいる。

 ティキ・ミックの暴走を見たマリアはすぐにそれが分かった。

 

 抱きしめて、頭を撫でて、そうしてどれだけ時間が経っただろう。

 外の光景は相変わらずで、時間の流れが分からない。この空間だけ世界から切り離されて、永遠に止まったままのような気さえしてくるのだから不思議だ。

 

 まだ鼻をズビズビとさせながらも、一応青年の荒ぶりは落ち着いたようだ。甘えた声が白い空間に響く。

 

 

「ははうえ。ワタシと、ワタシたちと一緒にいてくれ…」

 

「………」

 

「母上は神の傀儡となった。それでもやはり、ワタシたちと共にあって欲しい」

 

「……ワイズリー」

 

「愛しているならば、どこにも行かないでくれ。家族(ノア)だけを愛し、微笑み、慈しんでくれ……」

 

 それはきっと『智』の本音だ。

 また泣き出した青年の頬にそっと、死人のような手が触れる。マリアは優しく微笑んだ。

 

 

ノア(あなた)と共にいたら、『聖母()』が終わりません」

 

 

 凝固した血のような瞳が、うっそりと弧を描く。

 

 

「どれだけの月日が経ちましたか? 終わりません。私が終わりません。終わらない。いつになったらこの悠久が終わるのでしょう。終わりません。この果てしない繰り返しが続く限り私に安らぎなどありま終わらない終わりませんどうすれば私が終わ終わりません終わりません終わらない終わらない終わらない終わらない────」

 

 

 伸びた爪が、ワイズリーの肩をえぐる。白い衣装が赤く色づいた。

 

 メモリーに犯された女が、青年にグッと顔を近づける。

 

「夢を見ましょう、マリア」

 

「母上」

 

「そうしたら、マリアは一つになります」

 

「…母上」

 

「夢を見ましょう」

 

「……のう、母上」

 

「ワイズリー、夢をみせなさい」

 

「……マリア」

 

 張り付けたような笑みが先ほどの温もりを戻すことはない、

 ワイズリーは肩に食い込む指を外させ、強く女に抱きついた。唇は震え、「あぁ」と声を漏らす。

 

「ボロボロになってしまったな、母上」

 

「うふふ」

 

「すまなかった、母上…」

 

「アハハッ」

 

「ごめんのう、ごめんのう」

 

「ハ、ハハ、ふふふ」

 

 

 大好きだ、と青年が呟くと、当然のように「愛している」と返ってくる。

 体を離したワイズリーが女の顔を見ると、そこにはたっぷりと含んだ愛情と、狂気と、虚無が渦巻く紅い目があった。

 

 

 魔眼の能力を受けたマリアはそして、過去の記憶をたどる。

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