最近ドロヘドロのアニメ見て、こりゃあエモいと一人滾ってました。久し振りにダークで趣味ィな作品に出会えたので漫画買いたいです。顔面ズル剥けが中々に最高でした。
青空の下、海の側に佇む一つの教会。
潮の流れに乗るように、一人の女性の声が聞こえる。
「昔々、神様に
女性は
神様は二人に言います。
『アダムよ、地を耕しなさい。イヴよ、子を産みなさい』
二人に言われた言葉は、罰でもありました。
二人はエデンから堕とされる前に、神様が食べてはならぬと言っていた禁断の果実を食べてしまったのです。
二人はしかしその罪を受け入れ、地上で自分たちの
おしまい。とは言わず、老女のシスターは本を閉じた。
すると子供たちはいつもの言葉を言う。
「「私たちを生んでくれてありがとうございます!」」
元気な子供たちを見て、シスターは皺を深くするように微笑んだ。
それから子供たちがそれぞれ遊びに行く姿を見届けると、席を立つ。綺麗に揃った白髪が、太陽の光を浴びて煌めいた。
しかし一人だけ、老女の後を追う子供の姿がある。
「あら、どうしたの?」
「母上も物好きだと思ってのう」
ターパンを頭に巻いた少年は、本を手に取る老女を見つめる。
「物好き? …そうかもしれないわね。人間を破滅に導く存在が子供を育てているのだもの、おかしいわねぇ」
何故かしらねぇ、と続ける女の姿はいつの間にか年老いたものから、妙齢の女の姿に変わっていた。
「千年公も時折世界を敵に回したとは思えぬ一面を見せるが、母上も母上だのう」
「アッハッハ! ふふ…彼は意外と打たれ弱いのよ。それにわたしはねぇ、ワイズリー。人間は嫌いだが、子供は好きなんだ」
女はワイズリーの頭をひと撫ですると、再度文字に目を移す。捲ったページにはちょうど世界地図が載っている。
「母上はそろそろ動く気なのか?」
「さぁ、どうでしょう」
コツコツと、女の指先が地図を叩く。そこはちょうど「聖地」がある場所だ。
「最近千年公が東ローマの皇帝に接近しているが、それに関係あるのだな」
「また多くの人間が死に、たくさんの悲劇が生まれることでしょう」
物騒な言葉とは裏腹に、女の顔には笑みが浮かんでいる。
そこに人間の死を悼む様子はない。鼻歌さえしそうな始末だ。
ワイズリーはそんな母をじっと見つめる。楽しそうだ、と思う反面、かすかに引っかかるものがある。それはずっと前から感じているが、正体は分からずじまいだ。
「母上、あまり無理してはいけぬぞ」
「あら、大丈夫よ。憎き神を殺すその時まで、わたしは生きるわ」
女は────『聖母』アヴェ・マリアは、そう言った。
ワイズリーはまだ、聖母の異変に気付くことはなかった。
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『
「ワタシは5番目────正確には、4番目に生まれたのだ」
時は遡ること7000年前。第1使徒『千年伯爵』を守るため、12人のノアが出現した。
しかし伯爵はハートの戦いに敗れ、大洪水が起きる。
12人のノアは箱舟に乗り、現人類の祖先ともなる第二のアダムとなった。
「おぬしは覚えていないだろう。そもそも12人の使徒とは、『聖母』によって生み出されたのだ」
聖母の能力────それは「創生」。
能力を用いてノアを生み出し、伯爵を守る存在を作り出した。
それは聖母にとってハートが天敵であり、彼女単体では抵抗し得る力を持っていなかったためである。
「…だが、「創生」には代価が必要だった。母上はずっと黙っていたが、母上にはあるべきはずのものがなかったのだ」
『
『智』の代わりには「智」を。
『夢』の代わりには「夢」を。
そうして聖母は己の感情を捧げ、伯爵を守るための
残ったのは、彼女を『聖母』たらしめる「愛」の感情。
「「愛」だけでも母上はワタシたちに微笑み、慈しんだ。「愛」するがゆえに怒りもし、泣きもした。だが肝心の中身がないのだ。少しずつ少しずつ、母上は壊れていったんだのう…」
いつからか泣かなくなった。
いつからか怒らなくなった。
いつからか、感情を見せることがなくなった。
代わりに綺麗な、透き通る目で言うのだ。
────終わらないなぁ、と。
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聖母は、悠久の時を生き続けている。
白い空間。
そこは方舟に隠された聖母の部屋であり、彼女のメモリーが眠る“ゆりかご”でもある。
聖母は「アヴェ・マリス・ステラ」の曲を弾いていたが、途中で手を止めた。
感情が動かなくなり必然と表情も変わらなくなったが、部屋に入ってきた
「ロードちゃん」
そう呼べば、『夢』の少女は嬉しそうに駆け寄り、母を抱きしめた。
「マリア!」
このゆりかごに入ることができる者は、『
寵愛、と言っていいだろう。殊にマリアは『夢』を司るということもあってか、一番子供らしいロードを好いていた。
またロードも転生する都度、聖母を思い出しては母の姿を探した。
聖母は聖戦の裏に隠れた存在であり、めったに動くことはない。ノアの中で知っている者は千年公とワイズリーくらいのものだ。
しかしロードは必ず、マリアを忘れることはなかった。
「マリアだ〜〜い好き!!」
「ふふふ。わたしもい〜〜っぱい大好きよ」
聖母は『夢』に甘い。
この事実をワイズリーはどこか羨ましく思っていた。
彼とて伊達に数千年の記憶を覗けるわけではない。魂の方は老練の域をとうに超えている。
それを知っていながら、聖母は微笑むのだ。
「ワイズリー、愛していますよ」
『聖母』に、母に愛される。その度にメモリーは喜び、胸を締めつける。
これはノアが家族だけを愛する、という根幹の理由にもなっている。
その原石が聖母だと考えれば、与えられる愛は甘美であると同時に、強すぎるために毒にもなり得た。
当時のワイズリーは、
薄っすらと違和感の正体に気づき始めていても、見て見ぬ振りをして母の愛を享受した。
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いつからだろう。
聖母は「おわらない」と、何度も言うようになった。
おわらない、おわらない。まだおわらない。
その日もまた老女の姿をした聖母は、子供たちに読み聞かせていた。
「さぁ、朗読は終わりよ。みんな遊んでらっしゃい」
「「はーい!」」
子供たちはいつものように元気良く飛び出していく。そしてまたいつものように、ワイズリーだけが残る。
「母上、今日は何の本を読むのかのう?」
女は本を手に戻ったまま、自室にも戻らずただ佇んでいる。
首を傾げた少年が近づこうとした矢先、パサッ、と本が落ちた。
落ちた衝撃で本が開き、ちょうどアダムとイヴが映るページが開く。
そこには裸であることを恥じた二人が、イチジクの葉で体を隠す絵が描かれている。
「おわらない」
ただ一言、聖母は言う。
一部始終を見ていた『智』の少年は喉を鳴らす。これまで感じ続けていた違和感の正体が今、これ以上知らんぷりは許さないと言わんばかりにワイズリーの目の前に叩きつけられた。
小さな体が恐怖で竦む。頼むから違ってくれ、と『智』の子供は祈るような気持ちだった。
「わたしの堕罪、おわりません。おわりません」
聖母は微笑み、開いた本を踏み潰した。
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「Ave, Maris stella
Déi mater alma
Atque semper Virgo────」
ワイズリーと共に『智』の記憶を巡っていたマリアが呟く。「アヴェ・マリス・ステラ」を。
歌は続き、最後の歌詞に至る。
それは以下のような意味だ。
『めでたし、海の星
いと優しき神の御母──────、
めでたしの言葉を
ガブリエルの口より受け
我らに平和を与えたまえ
────
そして、歌が止む。
ワイズリーは黙り込んだ女を見て、「エヴァ」について語り出す。
「「
マリアは名を変えたのだ。そのことを人間は古くから何らかの形で伝えようとしてきた。紙が普及する前からだのう。その中で最も馴染み深かったのが、歌だった」
『聖母』の正体を後世に残すために。
だがあからさまではつまらない。だからこそ歌を詩のような形で残した。
「母上よ、思い出せ。お主の罪を。そなたの────原罪を」
ワイズリーの言葉に、ゆっくりとマリアの顔が動く。血に染まったドス黒い色の瞳が、ゆらゆらと宛もなくさまよっている。
「 堕罪を持つ……者よ。呼吸し、生きよ。神の御許しの下、我は創生する。………私は、私? ──────は、ははっ、は、ハハハ……はははは…!!」
叫ぶように笑い、ベッドを叩いて、マリアは何度も爪で腕や顔をかきむしった。
そうして何度も自傷を繰り返しても、彼女の体は再生していく。
まるで──そう。まるで、彼女の“罪”を浮き彫りにするかのように、治る。消えられず、終わることがない。
それこそが、女の“罪”。
「大丈夫。大丈夫だ、母上」
ワイズリーは自傷を続ける手を止めさせ、あやすように背中を叩く。その上で哀れな母に囁く。
「おぬしは「呼吸し」、「生きる」者であり、神によってアダムの肋から作られた存在だ」
青年の手が女の肋の位置に触れる。そこからじんわりと伝わる熱に、ワイズリーは忌々しげに舌打ちをこぼす。
「イノセンスを発動する時に唱えるその言葉も、
「………」
マリアは何も答えなかった。
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壊れた母上。
『聖母』は「呼吸し」「生きる」者。
永遠に生き続け、番のアダムを失ってなお、“堕罪”に蝕まれ生き続けている。
そんな聖母は、憎き神を滅ぼすため世界を終焉に導いているのだと、ワイズリーは思っていた。だが、それは違った。
それは古い『智』の記憶。
聖母は小鳥と戯れ、あどけない笑みをみせていた。飢饉に喘いでいる子供の手を取り、衣食住を分け与えた。
子供ではない人間にさえ、時折情をみせていた。
ノアであると同時に、聖母は聖人君子めいた清らかな部分を持ち合わせていた。
感情が薄まるにつれてその一面は失われていったが、元来の聖母は、どこまでも純粋な人物だった。
人間よりも、よっぽど高尚な“人間”だった。
そんな女は堕罪を受け、アダムとともに下界に園を築いた。だがアダムは消え、聖母が死ぬことはなかった。
聖母は神に愛されている。悍しいほどに愛され、結果「生きて」いる。
その愛の究極の形が、今のイノセンスを入れられ、傀儡となった彼女の姿だ。
終わらない「生」にはじめも聖母は憎悪していたのだろう。だが、その感情もすでにない。
壊れきって、「生きて」いる。
ワイズリーはもう気づいていた。
「おわらない」と呟く母が、何度も何度も終わりを求めて彷徨っていることを。何度も何度も、己が手で自分を終わらせようと血を流すことも。
だからこそ、言ったのだ。
「母上は……死にたいのか?」
震える唇を堪え、部屋を自身の血で真っ赤に染め上げた聖母に尋ねた。
女は無表情だったが、ふいに口を開く。
「わたしはずっと、おわりたいのですよ」
「それじゃあ、母上は…母上が聖戦を終わらせる意味は……」
「神が滅べば、堕罪はきえるでしょう」
「っ、母上…!!」
思わずワイズリーは母の腕を掴んでしまった。ハッとして顔を上げれば、聖母は愛おしげに微笑んでいる。
「わたしを心配してくれているのね。愛しているわ」
「…っ、やめて、くれ」
「ワイズリーワイズリー、ワイズリーワイズリーワイズリー。『智』の子よ。わたしにはあなたが必要です」
「母上、お願いだ」
「ワイズリー」
────わたしの共犯になりなさい。
甘く、どこか艶めいた声で聖母は言った。
“母”には逆らえない。逆らえば、「愛」してもらえない。
メモリーが沸騰する錯覚に陥る『智』の子は涙を流しながら、小さく頷いた。同時にこの時ワイズリーは聖母の協力者となり、ゆりかごへ渡る権限を得た。
すでに聖母は壊れきり、そこには聖母ではない「ナニカ」がいた。
それは恐らく、死に取り憑かれたバケモノだったのだろう。
バケモノはそうして、己を殺すための計画を進めた。
ノアを真の意味で「愛」してくれる聖母はもうどこにもいない。
そして、聖母は己を殺した。
殺して、殺して殺して殺して、殺し続けた。
⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎
半ば封じていた過去を思い出したワイズリーは、何も喋らず、ただ静かにマリアの手を握っている。
「おぬしにわかるか、ワタシの気持ちが。ワタシは罪を負ったのだ。母上を殺してしまった罪を……」
「…わい、ずり」
「母上なんて嫌いだ。でも、それ以上に大好きだのう……」
青年の頭が痛み出す。まだこの後にも仕事がある。まだ見せていない部分があるが、これ以上はマリアも彼自身も保たないと判断した。
「……ごめんね、ワイズリー」
女の片目が綺麗な黄金に染まっている。それに気づいた青年は息を飲んだ。しかし中途半端で、もう片方は血の色を残している。
「ねぇ、私が死ぬ前に……ロードちゃんがいたの」
「………知らん」
「私を呼んでいた」
「……母上はどうせ、ロードが一番好きなのだ」
青年の不貞腐れた声色に、マリアの目が丸くなる。
「死ねなかったのも、存外ロードの言葉が心残りになって死ねなかったのではないか?」
「私はみんなを愛しているわ」
「フンッ…どうだかのう」
「……確かにロードちゃんには特に甘いかもしれない。でも愛している中に、甲乙を付けるのは違うわ。…家族なんだもの」
「おぬしにはわかるまいよ。母に愛されることが、どれだけワタシたちにとって幸福なのか」
「…まるで、私が『聖母』じゃないみたいに言うのね」
「事実だろう。おぬしは母のメモリーこそ持っているが、まだ人間の価値観が大きく残っておる。覚醒こそすでに始まっているが」
「………」
何か言いたげな女の視線に、ワイズリーは眉を寄せた。
「あぁもう…何だ! 言いたいことがあるなら言えばいいだろう!!」
「……あなたは、『聖母』を愛してるのね。でも、
「…何?」
「あなたが見ているのは『聖母』だけ。愛し、慈しみを捧げる母を求めているに過ぎない。本当の
ワイズリーは女の物言いに嫌気がした。
彼自身はロードとは違い、少し身を引いてマリアを観察している部分がある。
まだ『聖母』としては完全ではなく人間の部分を多く持つ女を、心から受け入れる気にはならない。
そう。完全な『聖母」として覚醒するまでは。
「
「…おぬしは母上じゃない。まだ、完璧な母上じゃない」
「だから、ちがう。わたしは最初から
マリアの瞳が次々と変化していく。
紅に、黒に、黄金に────。
固唾を飲んだ青年の口から、ついと疑問の言葉が溢れる。
「おぬしは、いったい何なのだ? 『聖母』……なのだろう?」
「わからない。全部思い出したわけじゃない。でも、これだけはわかる。
『イヴ』なの。
マリアは疲れた様子で、微かに笑った。