「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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区切りいとこで〜って思った以上に長くなりました。


昇る朝

 その出会いは突然だった。

 

 

 マリアが旅の中、偶然立ち寄った田舎町。そこで懐かしい姿を見かけた。

 

 ご飯を何にしようか悩みながら歩いていたその時、庭で花壇に水をやる女を見つけたのだ。

 

 

「はにゃ、どっかで見覚えがあるよーな…」

 

「あら、何かご用……! マリア、マリアじゃない!!」

 

 

 首を傾げマリアが突っ立ていれば、ジョーロを投げ出し、駆け寄って来たその人。

 記憶がぼんやりとする中、唐突にその名が浮かぶ。

 

 

「シスター…?」

 

「ふふ、そうよ。今はもうシスターじゃないんだけどね」

 

「シスターが、シスターじゃない?」

 

 

 理解が追い付けないマリアに、自分の薬指を見せるシスター。

 その指には綺麗な指輪が輝いていた。

 

 つまり、シスターはめでたくゴールインしたのだ。

 

 

「ウソ!? おめでと、シスター! にしても、よくわたしって気付いたね」

 

「気付くに決まってるじゃない! 大きくなったのに…相変わらず貴方ってネガティブなのね、食以外に対して」

 

 

 なにおう、と少女が思っていれば、昼飯に誘われた。

 

 ぜひと、目を輝かせる少女にため息を溢しつつ、シスターはマリアを家に招き入れた。

 

 

「結婚てことは、もうシスターは辞めちゃったんでしょ? あの街から嫁いで来たってことで…」

 

「そういうことになるわ。それより見て、これが私の彼よ!」

 

 

 20代半ばにして、少々痛いそのテンション。苦笑いしながらマリアはその写真を見る。

 お相手は中々にハンサムだった。

 

 まぁしかし、クロスよりは劣るなと、判断基準が少しおかしい部分はある。

 

 

「…ねぇシスター、一つお願いがあるんだけど」

 

「何かしら?」

 

「あのね、今日泊まってってもいい?」

 

「それは……あの人がダメって言いそうだから、ごめんなさい。その代わり、この街の知り合いで民宿やっている人がいるから、そこの主人に話しておくわ」

 

 

 無料になるようにね、とウインクして、シスターは美味しそうなご飯を持ってくる。

 マリアは喜びながら、それを平らげた。

 

 

 そして、談笑しながら過ごす。いつのまにか陽は落ちていた。

 外から旦那であろう男の帰宅を告げる言葉と同時に、玄関の開く音が聞こえる。

 

 

「あら、彼だわ」

 

「ん? じゃあわたし帰るね。お邪魔しちゃ悪いから」

 

「…なんか、ごめんなさいね」

 

「いいのいいの」

 

 

 シスターの旦那に会釈しながら、逃げるようにマリアは帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 夜道を歩く中、少女はポツリと呟く。

 

 

「血の匂い……」

 

 

 

 

 

 *****

 

 街に滞在してから数日。

 わたしは旅行者として田舎町を物色していた。

 

 

 旅人は珍しいのか、町の人々はお節介をやいてくれる。

 

 細っこいんだからもっと食えと、餌付けもされた。

 

 

 調べてみれば、シスターは1年前に嫁いで来たらしい。

 

 美人だと、騒ぐおじさんたち。美人か? と思うわたしに、中身がいい子なんだと酒臭い男たちは言っていた。

 

 

「旦那の方はな、これまた好青年でな。偶然怪我をしていた嫁さんを助けたのが、きっかけらしい。女の方から猛アタックされたそうだ」

 

「あー…それはすごく、シスターらしいや」

 

 

 そう言えば彼女と知り合いなのかと、男たちにさらに騒がれる。

 そんな感じだと、返しておいた。

 

 

「えんらいべっぴんさんじゃ。どうだ、おれの()()()にならねーか?」

 

「いやいや、儂の愛人に…」

 

 

 酔っ払いどもめ、情報収集しに来た場所を間違ったかな。

 伸ばされる手を次々と叩き落として行く。さながらモグラ叩きだ。

 

 

 その後、総菜屋でおやつのコロッケ10個とメンチカツ20個を買ってティムに持ってもらい、食べながら歩く。

 

 向かう場所は、シスターの旦那が働く工場。

 

 

 到着すれば、汗を垂らしながら溶鉱する人物を発見。一度見たことがあったから、すぐに分かった。

 

 

「……あれ、君は確か…」

 

「こんにっちはー」

 

 

 笑顔を振りまいて来た好青年。もしかしたらシスターより若いかもしれない。

 

 

「実は、シスターとの馴れ初めを聞きに来ました」

 

「マリアちゃんだっけ? 仕事が終わってからでもいいかな」

 

「いいですよー、待ってます」

 

 

 そして、待つこと1時間。今はタオルを肩にかけた旦那と一緒に歩いていた。

 

 

「この間、彼女から君のことを聞いたよ。面白い女の子だって」

 

「照れますにゃ〜。この間は泊まりたかったんだけどなー」

 

「? 滞在してる間くらいなら、別に泊まっていっても構わないよ。旅ってのは金が掛かるからね」

 

 

 どうやら旦那は、若い頃に旅をした経験があるらしい。なるほどね。

 見たところ彼自身は、わたしが泊まるのはOKらしい。

 

 ならなぜシスターはあんな風に言って、断るような真似をしたんだろう。

 

 しかし悩みは解けぬままシスターの家に着き、答えは結局分からなかった。

 

 

「貴方、お帰りな、さ………マリア?」

 

「ただいま。君との馴れ初めが聞きたいって、話してたんだ。可愛い子だね」

 

「テヘッ!」

 

 

 ぺろっと舌を出して、可愛い子ぶった。でもシスターの顔色はよくない。

 

 いや別に、旦那を取ろうとかそういうんじゃないから…!! 

 

 

 そう思いつつ、追っ払われるように追い出された。

 

 クソ、わたしより旦那の方が大切だっていうの……。

 

 

 口を尖らせてもどうにもならない。

 

 外の寒さだけじゃないものに、身震いした。

 これ以上考えたくない。小石を蹴れば、周囲にぶつかり跳ね返る。

 

 そして、ガツンと頭にクリーンヒット。悶えながら脇の牧草に倒れ込んだ。

 

 

「あぁぁぁぁ、もう!!! 神様のイジワル!!!! 死ねっ!!」

 

 

 

 ジタバタと暴れる。

 そのとき視界に入った夕焼けと混じった夜空が、イヤに不気味で美しかった。

 

 

 

 

 

 *****

 

 街の外れの教会。

 

 そこで彼女はやはり、手を握っていた。

 

 

 ゴォーンと、鳴る鐘。やっぱり彼女は結婚した今でも、心はまだシスターなんだ。

 

 

「シスター、隣いい?」

 

「…いいわよ、どうせ貴方は祈らないんでしょうけど」

 

「うん、まぁね」

 

 

 笑って返せば、ため息を吐かれる。わたしが祈ることは一生ないのだと、彼女も分かっているんだろう。

 

 

「……ねぇ、シスター。シスターは今幸せ?」

 

「何言ってるのマリア、当然じゃない。あの人と出会えて、こんなにも幸せなのに」

 

「…そっか」

 

 

 前の祭壇を見る。

 そこに飾られているのはキリスト像。

 

 よくもまぁ、神の前でそんなことが言えるね。

 

 

「シスター、昔言ったと思うけど、わたしはシスターのことが大好きだよ」

 

「なぁに急に、真剣な顔しちゃって」

 

「シスターに何があったかは知らないけど、このまま貴女を生かすことは出来ない」

 

 

 渦巻く胸の中から、神ノ剣(グングニル)を取り出す。

 

 愚かだ。あなたって本当に、本当に、どこまで。………どこまで。

 

 

「血の匂い。気持ち悪いぐらいの血の匂いがするの、貴女から」

 

「…そう。でも大好きな私を、マリアは殺せるの?」

 

「正確には()()()()()、だよ。バケモノのお前を、わたしが愛するとでも?」

 

「あら、随分冷たくなったのね」

 

 

 そう言い、シスターは立ち上がった。

 剣を持ち構えるわたしの前に、ゆっくり歩み寄る。

 

 

「祈ったのね、伯爵に。誰を失ったの? いったい誰の名前を叫んだの?」

 

「愚問ね。あの時、伯爵様があの街を襲った時、私の唯一の肉親が死んだのよ」

 

「……!」

 

「だから祈ったの。ただ、それだけのことよ」

 

 

 冷たい目をして彼女は言う。元から温度なんて、心なんてなかったかのように、冷たい。彼女の目が。

 

 頰から伝わる汗が止まらない。神父様の話に聞いたことはある。でも遭遇したのは二度目だ。

 

 

「……レベル2。自我を得たAKUMA。どれだけ多くの人間を殺したの」

 

「さぁ、覚えてないわ。だってお腹が空くんだもの」

 

「あの青年も、シスターは殺す気なのね」

 

「彼は違ウワ!!」

 

 

 彼女の皮が完全に剥ける。その姿は正しく、AKUMA。

 

 

「彼ハコンナ私ヲ愛シテクレタ!!」

 

「その愛は認められるべきものじゃない。シスター、貴女は神に捧げたはずの純潔を、どこまで穢す気なの」

 

「煩イ!!! エクソシストガ!!!」

 

 

 いくつもの触手が、バケモノの体から現れる。

 

 

 避ければ先程までいた地面が抉れる。

 神のお膳で元シスターがやることじゃない。

 

 

 息を大きく吐いて、神ノ剣(グングニル)を握り締める。

 避けながら壁を駆け上がって、天井に到達した後、そのまま思いきり足に力を込める。

 

 

「ソンナ攻撃、効クカ!!」

 

「っ…!!」

 

 

 脳天から貫こうとした瞬間、突如壁から触手が出てくる。

 

 分離して活動出来るのか…! 

 

 

 そう思った束の間、壁に思いきり叩き付けられた。吸ったはずの空気が一瞬で口から漏れて、ジュワジュワという音が耳に入る。見れば、肌が溶かされている。

 

 

「痛っ………た!!」

 

「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ。彼トノ生活ヲ邪魔スル奴ハ、全員死ネ!!」

 

「……シス…ター」

 

 

 ああ、そっか。邪魔されたくなかったから、わたしを泊めたくなかったのか。

 

 独り占め? 独占したい気持ちってことかな? …うーん、愛か……。わたしにはまだ、よく分かんないよ。

 

 

 走った痛みに瞑った目を、大きく開く。

 

 

 首に触手が巻き付いて、ギリギリと締める。普段戦うレベル1とは比べ物にならない強さ。

 

 こんな無様な姿を晒して、よく初めてイノセンスを発動した時、レベル2のAKUMAを倒せたもんだ。

 

 

 尚も、首が締まる。

 

 ああ…これは、駄目かもしれない。

 

 

「シ、ス……」

 

「死ネェェェエエエエ!!!」

 

 

 

 

 _____ドン!! 

 

 

 

 何かがぶつかる音。

 

 

 急に自由になった肢体に驚きつつ前を見れば、シスターに突っ込んだ男性が居た。

 

 普通の人間にあの触手の溶解は耐えられないのか、すでに体の半分が溶けて、異様な色を成している。

 

 恐らくずっと、ここに来るわたしたちを尾けていたんだろう。

 

 

「ア、アァァァ、ア、アナタ……何デ……」

 

「…も、う。やめ……よう、これ以上……たのむ。殺さない……で、くれ」

 

 

 

 

 

 それはきっと、禁断の愛。

 

 

 

 

 AKUMAとヒトが、愛を誓い合った姿なのだ。

 

 二人の出会いをわたしは詳しく知っているわけじゃない。

 

 

 でも、美しいと思った。許されざる愛を神のお膳で見せ付ける、その姿は反逆者と言っていい。

 

 

「……キレイ」

 

 

 剣を握り締める。

 内では、イノセンスが禁忌を成した存在をまとめて殺せと、呟く。

 

 

 許されないからこそ、そこに一種の美しさを感じるのだろう。

 陶酔するわけじゃない、でも甘美だ。

 

 

 これ以上、シスターを苦しめたくはない。

 彼もすでに絶命している。

 

 AKUMAを生かしちゃいけない。

 このAKUMAは多くの人間を殺したんだ。

 

 

 だから…だからね、シスター。もうこれ以上、罪を重ねなくていいんだよ。

 

 

「ア、アァ、アナタ、アナタ……」

 

「お前の罪を数えよう」

 

 

 ドロドロに溶けた肢体を持ちながら、こちらを一瞬、シスターは見た。

 

 

 笑って_____「ごめんね」と、言っていた。

 

 

 それは神にか、わたしにか? それとも死んでしまった彼にか? 

 

 

 分からない、分からないけどとにかく、殺さなきゃ。壊さなきゃ。

 

 

 罪を数える間も、シスターはずっと動かなかった。

 

 ただ泣きながら、謝り続けていた。

 

 

 

 愚かな修道女、そんな言葉が頭を過ぎる。

 

 そうだ。確かに彼女は、愚かだ。

 

 

 

 

 

「おやすみ、シスター」

 

 

 

 

 

 *****

 

 穏やかな風。

 

 そこから聞こえるピアノの音に、街の人々は目を細めた。

 

 

 

 マリアは様々な思いを馳せながら、鍵盤の上で指を踊らせる。

 弾くのは眠りの歌。

 

 それは、形を無くした一人と一匹のバケモノに贈る鎮魂歌。

 

 

「禁断の恋なんて、シスターもやるじゃない」

 

「グルルル!」

 

 

 マリアが夢中になって弾く中、側にいたティムが唸り声を上げた。

 その声に気を取られ彼女が振り返れば、そこにいたのはかつて見た、千年公の姿。

 

 

「止めちゃうんデスか?」

 

「……貴方に贈っている歌じゃないもの。用がないなら帰って」

 

「残念デス♡」

 

 

 千年公はマリアに歩み寄る。その側には無数のAKUMAもいた。ただで帰す気は、向こうにはないようだ。

 少女も手を止め、己のイノセンスを取り出す。

 

 体外に出るまで気配の知れない()()に、千年公は好奇心の目を向ける。

 

 

「やはり不思議デスネェ、そのイノセンス」

 

「わたしだって知らないわ、こんなもん」

 

 

 その言葉に伯爵は大笑いした。マリアもマリアで、伯爵の側にいた傘が急に喋り出したことに驚いた。

 

 

「何それ何それ!? ちょー可愛い!!」

 

「ヒィィィィィ!! エ、エクソシストが近寄るなレロ!!!」

 

「ほ、欲し………ちょうだい!!」

 

「あげませんヨ♡」

 

 

 速攻で伯爵の後ろに隠れる傘。マリアは眉を下げ、口を尖らせる。

 

 

「ンフフ♡やっぱりこっちに来ませんカ、お嬢サン♡」

 

「やっぱり貴方……貴族さんだったのね」

 

 

 随分前に見た、夕焼けの中一瞬浮かんだ、伯爵の姿。

 彼が人間なのか、はたまたバケモノなのかは、マリアには分からない。

 

 しかし間違っても、その誘いに乗ろうとは思わなかった。

 

 例え死のうとしても、その決意は揺がないだろう。

 

 

「…どうしてわたしなの、どうせエクソシストにならなきゃいけない運命なのに」

 

「神を嫌うエクソシストなんテ、滑稽じゃないデスカ♡」

 

「………」

 

 

 伯爵は続けて、気になってしょうがないのだ、と続ける。

 

 これは新手のストーカーより陰湿だ。マリアは眉を顰めつつ、黄金に煌めく剣の先を相手に向ける。

 

 

 頭に過るのは、シスターの死に顔。

 

 

 胸に渦巻く殺意に、改めて少女は感じた。己がやはり、シスターを好いていたことに。彼女がAKUMAになっても、その気持ちは変わらなかった。

 

 

「…シスターは、わたしのお姉ちゃんみたいな人だった。なのに…千年伯爵、貴方のせいで彼女の幸せが壊れたんだ」

 

「ンフフ♡愚かな人間二、吾輩ハ救いの手ヲ差し伸べたまでデス♡」

 

 

 少女の黒い瞳が紅く煌めく。獣のような瞳に、伯爵の笑みが溢れた。

 

 壊す楽しさ。それを内に秘め、AKUMAを動かす。

 

 

 襲い掛かるは弾丸の雨。それを剣でいなしながら、マリアは走る。

 

 

 先程の傷は癒えていない。本物の戦場とはこういうものなのだ。

 死にそうだろうが、弱かろうが、死は平等に襲う。

 

 だからこそ人々は生きるために、あるいは守るために戦う。

 

 溶解され、肉が見える足に負荷をかけようが構わない。

 

 

 少女の感情と共に、剣は姿を変える。

 

 

 

 そこにあるのは強い怒り。

 

 

「人の命を玩具のように奪う貴方を、わたしは許さない!!」

 

 

 

 その脳裏に過るのは、神前で祈らないマリアにため息を吐いていたシスターの姿。

 そして少女が顔を背けた先に映っていたは、聖母マリア像。

 

 

 

 

 

 

 _____マリア、戦いなさい。

 

 

 

 そんな声が聞こえた。

 

 

 

 場が一気に神聖な空気に包まれた。

 伯爵は驚きの目を向けながら、変化して行くマリアの様子をじっと見つめる。

 

 

 

 

形状変化(フォルムチェンジ)、神ノ剣_____原罪ノ槍(オージナル・シン)

 

 

 煙の中から現れた大剣は、先程の二倍以上ある巨大な槍に変化した。

 黄金の剣には紅いラインが無数に走り、肋を模していた部分はマリアの手に巻き付くように()きている。

 

 また目元には、血を塗りたくったような縁取りがなされていた。

 

 

 伯爵はイノセンスから感じる悍しいまでの深い執着に、笑いが止まらない。

 

 

 _____ハートの存在。

 

 

 数年危惧してきたが、その可能性が一気に跳ね上がった。

 

 

「さぁ、殺シまショウ♡」

 

 

 伯爵が手を伸ばすと同時に、更なる弾丸の雨が降る。

 

 マリアは避けながら、距離を徐々に詰めて行く。

 

 

 そして立ち止まり、思い切り砲丸投げの要領で槍を投げた。

 

 それを容易く伯爵は避ける。

 後ろにいたAKUMAの数体は、飛んできた槍によって消滅した。

 

 辺りには煙が舞っている。視界の悪さに伯爵は機嫌を悪くし、弾丸で晴らそうとすれば、後ろ___それも至近距離から、音が。

 すぐそこには、マリアがいた。

 

 

「伯爵たま、後ろレロォ!!」

 

「_____ンフ♡」

 

 

 

 ガッと、呻き声が上がる。腹を蹴られたマリアは吹っ飛び、地面に叩きつけられた。

 

 

「が、はっ……」

 

「芸ガないデスねェ♡そんなものニ、騙されるわけないデショウ♡」

 

 

 きゅるんと体を一回転させ、伯爵は喋る傘_____レロを持ち踊る。

 

 

 あぁ、楽しい。エクソシストが痛みに呻く様はなんと心が躍るのだろう。

 そんな歪んだ考えだ、伯爵の内にあるのは。

 

 対してマリアは、急速に鈍っていく思考に舌打ちした。

 

 

 丸い体型の体が、まるで重力のないかのように近づく。

 

 経験も力量差も全く違うのだ。それでもと、少女は血が滲むほど強く唇を噛む。

 

 

「わたしは……思ったんだ。シスターみたいな不幸な人間を、救いたいって……」

 

 

 

 マリアは立ち上がる。震える体を何とか堪えように、掌を握りしめた。

 

 

「ちょこザイナ♡」

 

 

 

 そう言うと同時に、伯爵が持っていた傘が剣の形に変化した。

 そのまま剣はマリアの腹を貫く。ズプリ、と。

 

 

 瞬間、激痛が走る。

 

 

「あああああぁぁあぁああああああああああ」

 

 

 痛い、痛いいたい、いたい、いたいいたィいいたい

 

 続く言葉は、もはや意味をなさない悲鳴。

 

 

 辺りに響く絶叫に笑いながら、伯爵がとどめを刺そうとしたところで、一発の銃声…いや、何発もの弾丸が突如襲いかかった。

 

 反射的に伯爵は後方に下がったものの、まるで生き物のようにその弾丸が後を追いかける。

 

 

「邪魔デスネェ〜〜♡」

 

 

 伯爵は剣で追跡する弾丸を薙ぎ払う。

 そのまま華麗にAKUMAの上に着地し、犯人である人物を笑いながらも睨め付けた。

 

 ぐったりと動かなくなったマリアの前に立ちはだかるのは、赤髪の男。

 

 少女はぼんやりと瞳に映るその姿を見ながら、「神父様」と、小さく呟く。

 

 それに男は目を細め、己のもう一つのイノセンスを発動した。

 

 

「!」

 

 

 伯爵が目を見開く。

 急いで弾丸の雨を降らそうとしたものの、男のイノセンスの能力によって姿を視認出来なくなった。

 

 額に浮かぶ青筋。ハンカチを噛みながら、伯爵は地団駄を踏んでいた。

 

 

 

 

 

 *****

 

 マリアは虚ろな思考の中、香った酒の匂いに懐かしさを覚えた。

 ぼんやりとその名を呟けば、帰ってきたのは思い浮かべた人物通りの声。

 

 

 まさか。目を開ければ、そこには数年前に別れた師_____クロスの姿があった。

 

 はにゃと、疑問が浮かぶ。一体なぜこの男がここにいるのか。

 尚も湧き出る血を吐きながら、燃えるような色の髪を見やる。

 

 

「神父……さ、なんで…?」

 

「仕事だ」

 

「うそ、だ…」

 

 

 実際には、数年の余地を経て緩くなった監視をかいくぐり、任務後に逃走しただけだ。

 

 そして少女の回収を、と思いマリアの持つティムを辿って来てみれば、とある場所に滞在していた。

 

 

 エクソシストの勘で、何か怪しいと調べてみれば、そこは教団でもここ一年の間で不審な失踪が増えている街で、調査対象になっていた場所ということがわかった。

 

 

 案の定着いてみれば、街に蔓延る大量のAKUMA。

 それは伯爵の連れて来たオモチャたちであった。

 

 AKUMAを破壊しながら探れば着いた場所、それが町外れの教会。

 

 もうすでに建物は男の弾丸と、伯爵の攻撃のせいで倒壊してしまったが。

 

 

 

 マリアはクロスを見ながら、安心感を覚えた。

 強い存在、そこから来る安心感。弱い自分とは大違いだ。

 

 

「わたし……弱い…」

 

「アホか。お前ごときが千年伯爵に勝てるわけないだろ」

 

「そ、ぅ……だね」

 

 

 イノセンスを破壊するため切り開かれた腹からは、鮮血がしとどに垂れる。

 それに伴い、少女の肌はどんどん白くなっていく。

 そこに彩るように流れる紅はどこか美しい。

 

 まるで女が口紅を塗っている情景のようだ。

 

 

「美人になったな」

 

 

 あ、たらしだ。そう開こうとしたマリアの口から出たのは、血。

 

 吐かれたそれが男の肌を伝う。少女は死を覚悟した。腹の傷とはまた別の意味で。

 

 しかし不思議と、心は穏やかだった。

 

 

 重くなる瞼を瞑ろうとして_____声がした。

 

 

 

 

 

 _____戦いなさい、マリア。

 

 

 

 

 またあの声だ。

 

 

 自分を戦場に駆り立てる声なのだと、マリアは感じていた。

 

 内のイノセンスが囁くのだ。

 そしてそれは、神からの言葉でもある。

 

 

 

(嫌だ、神の僕になんてなりたくない。エクソシストになるぐらいだったら、このまま自由を失うのだったら、死んでしまいたい)

 

 そう思いながら、ついにマリアは意識を失った。

 

 

 

 沈んだ暗闇の向こうでは、ただ神へ捧げられる歌だけが頭の中に反響していた。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 _____戦いなさいマリア。

 

 

 

 

 

 どこからか響く声に、マリアは目を覚ました。

 

 

 痛みに呻きながら、己の腹を探る。

 死んだんじゃなかったっけと、クリアになって来た思考で傷の部位を撫でた。

 

 

 しかし、塞がってる。

 それに驚いて飛び起きた瞬間、激痛が走った。

 

 

「い、い゛〜〜っ!! いででで!!」

 

 

 脂汗が頰を伝う中、大人しくしてろと、頭を叩かれた。

 少女を叩いた犯人は、仏頂面で立っている。

 

 マリアが巻かれた包帯の下を恐る恐る見れば、キズが塞がっている。だが何か違和感を感じる。

 この感じは……。

 

 

「イノセン……ス?」

 

 

 思わず顔を歪める。強い執着をソレから感じたからだ。

 

 そんなに神様は彼女を戦わせたいのか。いや、だがおかしい。彼女がイノセンスを発動させようと思っても、うんともすんとも言わない。

 

 少女が混乱していると、ティムキャンピーが包帯の上に心配そうに擦り寄る。

 痛みに彼女がうめいても、なかなか離れない。

 

 相棒に悪いことをしたかなと、マリアは目を伏せた。

 

 

「発動出来ないのか?」

 

「……うん。そうみたい」

 

 

 顎に手を当て、何か考えているクロスは放っておき、マリアは腹が減ったためベッドを降りようとした。

 

 しかし襟根っこを掴まれ動けなくなり、首が容赦なく締まる。

 

 

「し、しまっ、首、しまっ…!」

 

「お前は本当に……色気より食い気か」

 

「〜〜〜!!」

 

 

 クロスは深い溜息を零すが、マリアには関係ない。三途の川が近づいてきている。

 現状はいたずらをして、首の皮を掴まれ宙にぶら下がる子猫だ。

 

 身長は伸びたものの、埋まらない差というものがある。

 

 

「とりあえず、お前は本部に連れて行く」

 

「!?!」

 

「あ?」

 

 

 クロスの有無を言わさぬ眼光に、マリアは思わず竦む。

 どうやら師の方は、勝手に逃げたことをまだ根に持っているらしい。

 

 

 そして掴まれていた体がようやく降ろされた。

 

 何やら真剣な話があるらしい。食は少し我慢だと、ベッドに座らされたマリアは自分に言い聞かせる。

 

 

「お前は伯爵に完全に目を付けられたはずだ。壊されたのに尚も形を崩しながら残ってるイノセンスなんざ、聞いたことがない」

 

「……神様が言ってるの」

 

「は?」

 

「「戦いなさい、マリア」って」

 

 

 漆黒の目から覗いた煌めきに、クロスは一瞬目を見開く。

 

 

「壊されても、戦えと言ってるの。きっと逃げた罰。死んでもなお、戦えと神様が言っている。わたしの………罰」

 

 

 まるでそれは、神に選ばれた存在というより、神に呪われた少女だ。

 

 イノセンスが使えない今、AKUMAと応戦する術はない。

 ただでさえイノセンスの存在を感じられないマリアは、ただの一般人だ。

 

 

 でもと、彼女は続ける。

 

 

「わたしは神に仕えない。これからも、一生。でもね、戦いたいと思ったの」

 

「…それは、誰にだ?」

 

無辜(むこ)の民」

 

 

 マリアは立ち上がり、窓の外を見つめた。

 

 朝露が窓を濡らしている。その奥にはまだ、暗闇が覗いている。

 

 

「シスターや子どもたち。そんな弱い人間が、伯爵のオモチャにされて死ぬのを、初めて嫌だと思った。……うぅん、違う。きっとずっと、前から思ってた」

 

「……」

 

「その考えを肯定すれば戦うことになる。わたしは目先の自由に囚われて、自分勝手な奴になっていた。でももう、そんな甘い考えはしちゃいけない。逃げちゃいけない。わたしはだって、選ばれてしまったんだから、神の道具に。だから……戦わなくちゃいけない。強制されるならわたしはわたしの意志で、この道を選ぶ。選んでやる。────この腐った現状を、ぶっ壊してやる」

 

 

 黒から一瞬、瞳が血に染まった色に変わる。

 

 神に呪われた色なのだろうとクロスは思い、目を閉じた。

 

 

「お前はきちんと、自分の道を歩けるようになったんだな」

 

「…当たり前でしょ、もう子どもじゃないもん」

 

「ッハ、ガキだろ」

 

「ぬぅ……!」

 

 

 体はでかくなっても、中身が相変わらず幼い。胸の方は指摘してやるべきではないだろう。ただ、貧相だ。

 

 吸えていた煙草をティムに押し付け、クロスは立ち上がる。

 

 覚悟が決まったなら、歩むべき道を指し示す必要がある。

 

 

「なら進め、自分の道を。エクソシストとしては戦えないが……いや、逆に隠しておいた方がいい。今の教団は不穏だ。バレたら確実に人体実験行きだ」

 

「え、怖…」

 

 

 マリアは顔を歪めて口を抑える。オーバーリアクションだが、本気でマジかと思った。伯爵に勝ちたいとはいえ、人間の倫理を超えている。

 

 

「それでもお前が戦いたいと言うなら、道はある」

 

「?」

 

「ファインダーになれ。エクソシストと共に戦う存在だ」

 

「…!」

 

 

 なるほど、その道もあるかと、マリアは頷いた。

 

 神は嫌いだが、それ以上に今は自分の見つけた理由のために戦いたいと、そう思った。

 

 

「_____分かった、わたし……ファインダーになる! 戦うわ」

 

 

 朝日がちょうどその時、昇った。

 マリアを照らすようにその姿を映す。

 

 逆光になった姿に眩しそうにクロスは目を細めながら、少女の数奇な運命を想った。

 

 

 

 神に愛され、戦うことを強いられた哀れな少女。

 

 しかし様々な色のクレヨンで塗り潰されたような色の瞳は、今は綺麗な紅色に染まっている。

 

 

 

 昇った陽のように、少女の戦いはまだ始まったばかりなのだろうと彼は思いながら、新しい煙草の火を付け紫煙を吹く。

 

 マリアはその様子を見ながら、もういいかなと、空腹の腹を摩った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _____戦いなさい、マリア。

 

 

 

 

 

 少女の運命は、動き出す。

 

 


 

【包帯】

 

「神父様って、やっぱり不器用だよね。ここら辺とか…」

 

「………ハァ」

 

「え、な、何でため息?」

 

 

 

鈍感過ぎてこいつ将来危ないなと、真摯に思ったクロスだった。

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