「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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欠落した人間美。すなわちトルソ。


トルソ

 白い部屋の中。精神的な負荷が大き過ぎたのか、マリアはバッタリと倒れてしまった。

 ワイズリーがそんな女をベッドに横たえさせ、毛布をかけたタイミングで扉が出現する。

 

「…マリア、大丈夫だった?」

 

「正気に戻るまでは…ちと時間がかかるやもしれんな」

 

「ねぇ、ワイズリー」

 

「何だ?」

 

 ジリッと少女は距離を詰める。糾弾するような剣幕に青年のこめかみから冷や汗が流れた。

 

「ワイズリーは本当にさ、()()()()()()見せるつもりがあるの?」

 

「………」

 

「ワイズリィ〜…」

 

「……母上にとって、知らない方がいい記憶もある」

 

 青年の思惑はロードにバレバレだったようだ。

 

「それってワイズリーの都合じゃないの? 『聖母』のために──って言って、都合の良いところだけ思い出させて、ノアに引き込みたいんでしょ」

 

「都合の良いところだけ…か。ならば、「死」を求め狂った母上のところまで見せはせんだろう」

 

「今のマリアには「感情」がある。それを利用して、神への憎しみを引き出そうとしている。そうすれば一気に覚醒が近付くから」

 

「…それが悪いのか? 母上は神のものではない、ワタシたちのものだ。ワタシたちの────家族だ」

 

 

『聖母』はノアを愛して愛して、愛している。

 だが反対にノアも『聖母』を愛しているのだ。

 

 お互いが愛で縛りあっている。その関係が危ういものだと少女は気づいている。

 

 

「ボクたちが依存し続けてたらダメなんだ」

 

「依存…。違うな、ノアの本能に刻まれている性質だ。母はワタシたちを愛し、ワタシたちは母を求める。この関係は唯一無二で、揺らぐことはない」

 

「揺らいだじゃないか。マリアは壊れて、死のうとした」

 

「煩い!」

 

 針で刺した風船が割れて一気に水が溢れるように、最大まで緩められた青年の瞳から涙が零れる。

 白髪の神に触れた少女の手がヨシヨシ、とあやすように撫でた。

 

「ワイズリーはマリアを殺した罪に苛まれてたんだね。一人で……ずっと」

 

「うぅ……」

 

「だからこそ、今度こそは一緒にいたいんだよね」

 

 こういう時はちゃっかりと長子らしい一面をロードは見せる。

 ブスくれていた青年も皮肉の一つや二つを呟きはしたが、本心から慰められることを嫌だと感じているわけではない。

 

 

「それで…結局ワイズリーはマリアに全部を見せるの?」

 

「…今は少し間を置いた方がいいと思うのう。現状の母上の状態について、ワタシたちは何も分かってはおらんのだ」

 

「……そっか」

 

 懸念すべき存在はしかし残っている。ノアが一同に介した時、伯爵はAKUMA越しに14番目の覚醒を感じ取った。

 

「ヤツは母上を殺した。であるというのに、『聖母』はまた神の悪戯によって蘇った。それはつまり、ヤツが完全に殺さなかったと言っているようなものではないか……!!」

 

 神はきっと壊され尽くしても残っていた『聖母』の残骸を集めて、そこにイノセンスも仕込み、彼女に「生」を与えた。

 生きなければならない堕罪。同時に神の深い(のろい)がマリアには纏わりつく。

 

「答えはどれなんだろうね」

 

「……何がだ?」

 

「だって、アイツはマリアを愛してたから」

 

 少女の言葉の後、ワイズリーはそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 長い夢を見ていた気がする。

 

 この世の天国のような楽園で、わたしはその人と過ごしている。

「イヴ」と名を呼ばれる。わたしの半身。わたしの番。

 

 

『おいで、イヴ』

 

 

 この楽園が悠久に続けば、どんなに幸せだっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

「ねぇマリア、覚えてる?」

 

 ワイズリーが別の仕事に向かった後、ロード・キャメロットは白いベッドの上に腰かけていた。

 時折女の目尻から流れる水滴を拭って、壊れ物を扱うようにその頭を撫でる。

 

 

「ボクね、マリアが死んだ時すごく辛かったんだ。悲しくて、どうしようもなくて……ボクを置いて行ったマリアが憎くもあった」

 

 

 ワイズリーの記憶を見た当初、ロードは混乱した。

 

 少女の思考を塗りつぶすように暴走するメモリー。それでもどうにか彼女は自我を保った。

 よっぽどマリアの方が、苦しいに違いないと思ったから。

 

「マリア……マリアは何を思ってるの? ボクはわからない。どんどんわからなくなる。マリアのことなら何でも知ってるし分かると思ってたのに、今は全然わからないんだ」

 

 マリアはイヴであり、(キリスト)を産んだ処女懐胎の女であり、『聖母』だ。

 

 それでも────それ以上に、ロードにとって「マリア」は、これまで接してきた女の印象が一番強い。

 何だかんだで少女に甘くて、エクソシストとしてノアの彼女を殺す覚悟を持つこともできない。

 

 

 ねぇ、と少女は独り言のように呟く。

 

 

()()()、ボクが呼び止めたからマリアは死ねなかったの? ボクのこと、恨んでる? …ハハッ、まぁ、起きなきゃ答えてくれないよねぇ…」

 

 少女は立ち上がる。

 このまま母が苦しみのないまま眠っていて欲しいと思う傍ら、いつものように抱きしめてもらいたい気持ちを、ぐっと飲み込む。

 

「ボクもう行くねぇ。千年公と一緒に北米支部に用があるんだ。ワイズリーも今頃、第二使徒(セカンドエクソシスト)の人間を捕まえてるかなぁ…」

 

 

 ────じゃあ、行ってくるね。

 

 

 扉が閉まった後、もそもそと女の服から這い出てきたティムキャンピーはぺちぺちとマリアの頬を叩いた。

 

 まだ彼女は、夢の中。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 同時刻、世界各地で任務に向かっているエクソシストの元にノアが現れる事態が起こっていた。

 

 マリアがいた中国・黄山(ホワンシャン)は既に壊滅的な状況である。

 

 マリが現場に向かった時にはすでにブックマンとラビはノアに誘拐され、チャオジーは意識不明の状態に陥っていた。

 

 対しアレンや神田、第三使徒(サードエクソシスト)のトクサ・マダラオがいるJordan(ヨルダン)にもノアが現れていた。

 

 

「よぉ元気か、少〜〜年」

 

「っ、ティキ・ミック…!!」

 

 大量のAKUMAとの戦闘後、休憩を挟んでいたアレンたちの前に出現したのは、第7使徒の『(マーシーマ)』とティキの義兄でもある第4使徒『(デザイアス)』のシェリル・キャメロット。

 そして第3使徒『快楽(ジョイド)』を司るノア、ティキ・ミックであった。

 

 ティキは出現と同時に、近くにいたトクサの両腕を手刀で切り落とす。

 アレンは負傷した男を庇うように前に立つ。

 

「お前、生きてたのか…!!」

 

「そんな連れねェこと言うなよ、少年。まだこうしてピンピンしてるってのに、死んだことにされてたらさすがの俺も悲しいぜ?」

 

「…僕らに何の用だ」

 

「なに、大した用じゃねぇよ」

 

 

 ────ただの、エクソシスト狩りだ。

 

 

 そう告げ、ティキ・ミックは口角を上げた。

 

 

 

 一方、場所は同じくヨルダン。教団陣営の拠点があるテント付近にて。

 そこの守備を担っていたのが神田だ。

 

「…っ!?」

 

 突如感じた血臭。

 それがテントの方から漂うものだと察知した神田は急いで向かった。

 

 着けば、広がっていたのは白いテントに付着した人間の夥しい返り血の光景。地面にも鮮血が染み込んでいる。

 

 咽せるほどの死臭と血のにおいに、思わず神田は鼻を覆った。そこら中に転がる死体を避けて生存者を探すものの、かすかに息のある者もいなかった。

 

 

「おぬしが「カンダユウ」か?」

 

「────!」

 

 

 神田の後方。先ほどまでいなかったはずのターバンを頭に巻いた青年が、岩の上に腰かけている。暗闇の中で浮かび上がる黄金の瞳が怪しく弧を描く。

 

「何だ、テメェは」

 

「フム…ビンゴのようだのう。だったら話は早い」

 

 青年は腕を前に出し、開いた掌を向ける。神田はとっさに刀の鞘を握った。

 

 

「おぬしの脳、今宵のパーティーに使わせてもらうぞ」

 

 

 その青年の言葉を最後に、神田の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 ノアが世界各地で出現していた同日。

 

 アメリカにある黒の教団・北米支部では、「第三使徒計画」の本格導入のため、研究会議が開かれていた。

 

 

「被験体の名称は「アルマ=カルマ」。AKUMAの卵核に唯一融合した母胎ですわ。彼の細胞が今回開発された4名の第三エクソシストに使用されています」

 

 

 説明を行うのは北米支部の支部長でもあるレニー・エプスタイン。

 被験体は地面に埋め込まれた透過素材越しにその姿を拝むことができる。全身のつぎはぎ痕が実験の痛々しさを物語っている。

 

「すでに意識はございませんので、近寄っていただいても構いませんわ」

 

 レニーは集まった面々が観察しやすいように一歩下がる。

 

「なんでこんな子供が母胎なんかに…」

 

 そう呟いたのはジョニー・ギル。

 彼はリーバー・ウェンハムの助手としてこの研究会議に参加している。

 

 研究会議にはその他にもアジア支部長のバクや、ズゥ老師も訪れている。彼らの表情は険しい。

 

 また、マルコム=C=ルベリエも鴉を引き連れこの場を視察している。

 

 そもそもレニーに「第三使徒計画」を持ち出したのがこの男であった。ゆえにこの場に同席するのは当然と言える。

 

 ただし本部を襲撃された際、ルベリエが破壊された「(プラント)」のカケラをリンク監査官に集めさせたことを知る者はいない。

 

 

「そりゃあ彼が第二(セカンド)エクソシストだからだよ」

 

 

 ジョニーの問いに答えたのは、黒の教団本部の第二班班長、レゴリー・ペックだ。よくリナリーの尻を見ている命知らずな男である。

 ペックはメガネを指でくいっ、と上げる。

 

「アルマ=カルマは九年前、教団が造り出した人造使徒なんだ。まぁしょせん()()()()()だけどね」

 

 その続きはレニーが語る。

 

「常人ならばAKUMAの卵核エネルギーに肉体が耐え切れず、壊死してしまいます。しかし高い再生能力を持つセカンドならば話は別です」

 

 詳しい情報は彼らが渡された資料にある。

 ジョニーは分厚い紙束ををめくって、該当する部分に目を通す。

 

 

「「第二エクソシスト」……。人造使徒計画で生み出された二体の被験体。その名前はアルマ=カルマと────ん?」

 

 

 その途中、言い争う声にジョニーの意識が霧散した。

 

 どうやらレニーとバクの支部長同士が口論している。二人の足元にはズゥ老師がうずくまり、アルマ=カルマを見つめていた。老人の瞳からはひっきりなしに涙が溢れている。

 

「アルマ……まだお前は現世(ここ)に留められておったのか…」

 

 ズゥ・メイ・チャンはルベリエを睨め付けた。

 

「なぜアルマの生存を知らせなかった、マルコム!!」

 

「おや…こちらとしても、そちらを気遣ったつもりなのですがな」

 

 当時セカンドの実験を行ったのはチャン家とエプスタイン家である。

 実験はしかしアルマ=カルマの暴走により、研究者職員46名が殺害された。この死亡者の中には当時チャン家やエプスタイン家の当主だった人間も含まれる。

 

 

 ジョニーは汗ばんだ手で、ページをめくる。

 

(二人の被験体は殺し合った…)

 

 

「彼らは“ともだち”だったそうですね」

 

 ルベリエの声が聞こえる。

 

 

(生き残ったのは、一人の被験体だけ)

 

 

「私たちが()()()()()を殺し合わせたんじゃぞ!!」

 

 ズゥの声が聞こえる。

 

 

(被験体の名前は────)

 

 

「っ、ゔえ゛ぇ」

 

 

 ジョニーは耐えきれなくなり、隣に居たペックの白衣に嘔吐した。

 見かねたルベリエは、彼らに退室するよう命じた。

 

 

 

「大丈夫かジョニー?」

 

「うっ…ずみまぜ…はんちょー……」

 

 リーバーに背中をさすられながらも、ジョニーの頭の中には資料の内容が離れなかった。

 

 

(被験体の名前は────YU(ユウ)

 

 

 

YU(ユウ)」は「ALMA(アルマ)」が再生しなくなるまで、友だちを殺し続けた。

 

 

 

 

 

 そしてジョニーがトイレにこもり、その周囲で追い出された面々が騒いでいた時のこと。北米支部全体に突然警報が鳴った。

 

 

『敵襲、敵襲!! 敷地内にアンノウン。AKUMAではありません。次々に支部を包囲する結界が突破されています!!』

 

 

 その警報を聞いた全員が驚く中、()()()()は悠然と結界内を進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「アルマ=カルマはあそこだよぉ、千年公〜」

 

 

 ドレッドヘアーが特徴的な人形姿のロードは、黒いピラミッドを指差す。人間姿の伯爵はチラリとその先を見て、帽子(シルクハット)をかぶり直した。帽子の上にいた人形は「わわっ!」と慌ててしがみつく。

 

「なんか今日の千年公は上機嫌だねぇ」

 

「ンフフ、そうデスカネ?」

 

 ワイズリーがマリアを無事にゲットしたことを知った伯爵は、ぴょんぴょん跳ね飛びそうなくらいには嬉しそうだった。一回目(本部襲撃時)と二回目(孤児院の時)は失敗したので、その喜びも殊更だ。

 

 

「気を引き締めてよぉ。14番目に会うんだから」

 

「えぇ、そうデスね。14番目に会え…………」

 

 

 小躍りしそうな雰囲気が打って変わって、千年公はうずくまってしまった。おじさんがちいかわのようにプルプル震えている。

 

「どうしたのさ、千年公!」

 

「14番目に会うと思ったら怖くッテ…」

 

「もぉー情けないなぁ」

 

 そしてロードに励まされた伯爵は何とか復活した。

 

 

「…ってか、千年公はアレン(14番目)に会うのは怖いけど、マリアに会うのは平気なんだね」

 

「怖イ? どうしてデスカ?」

 

「ううん、別に…。嬉しいならボクはそれでいいんだ」

 

 

 ロードは『聖母』に関する記憶を取り戻してから、マリアに会うのが怖かった。

 

 聖母を思い出していない伯爵は、今も()()()()()と共に過ごせることを信じて疑わないのだろう。

 

 神はしかし、彼女から家族(ノア)までも取り上げようとしている。

 イノセンスを植え付けたのも、きっとそれが理由の一つだろう。

 

「大丈夫ですか、ロード?」

 

「うん……大丈夫。ボクも緊張してるのかなぁ〜」

 

 笑って誤魔化す人形に千年公は首を傾げたが、それ以上追求することはなかった。

 

 

(千年公は『聖母』のこと、思い出さない方が幸せだから)

 

 

 マリアも壊れているのだろう。

 けれど、千年伯爵も壊れている。

 

 

 

「そろそろ行きましょうカ」

 

「うん」

 

 立ち上がった伯爵の上で、ロードは微笑した。

 

 


 

【お料理】*マリアがノア側、平和時空*

 

 

 伯爵が珍しく風邪を引き、マリアは料理に奮闘した。

 

 基本その腕は伯爵と比肩するほどである。しかし完璧にこなす伯爵と違い、この母は天然とドジっ子の才能がある。

 

 ゆえに時々、ダークマターを作り出すことがあった。

 

 

 キッチンにピンクのエプロン(伯爵の)を付けて、いざ、準備万端。

 ちょうどその時、彼女の目に入ったのは一つの缶詰だった。

 

 缶詰の正体はシュールストレミング(※世界一臭い食べ物と称される)。ジャスデビがいたずら用に買ってきて、そのまま使い忘れたものである。

 

 劇物扱いされるそれを開封し、マリア本人は「あれ、なんか(にお)いキツい?」程度で済ました。さらに謎の才能で臭いを何割か消すアクアビットや、他の食材と調和させることで彼女は臭いを完封してしまった。

 

 しかし劇物は臭いが無くなっただけで、劇物のままだった。

 

 劇物の乗った皿を彼女が運んでいる最中、運悪く今回の被害者が来た。ティキ・ミックだ。

 

「おっ、美味そうじゃん」

 

 ペロッと味見した瞬間、ティキ・ミックは白目を剥いて卒倒した。

 

「ええっ!!?」

 

 焦るマリアをよそに、一連の様子を偶然見たロードが双子を呼び、三人で泡を吹く男を見ながら爆笑した。

 

 三人はその後、母に怒られた。ティキはお詫びにパーティー眼鏡をもらった。

 

 

「何スか、コレ…」

 

「え? だってあなた、そういうの好きでしょ?」

 

「「「ぎゃはははは!!!」」」

 

 ロードと双子はまたしても大爆笑した。

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