「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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創生(イコール)

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

「あら? 昼食なのにネアが来ないわね…」

 

 カテリーナは首を傾げ、双子の弟の方を探すことにした。

 兄の方は生来の病弱体質もたたって最近寝込んでばかりだ。そんな兄を思い、弟の方はまた外の木に登りマナが眠る部屋を見つめているかもしれない。

 

 パタパタと忙しなく彼女が駆けていた矢先、洗濯カゴを持ったマリアと出会した。

 

「カテリーナ様、どうされたのですか?」

 

「ネアが来なくてね。もしかしたらいつものあの場所にいるんじゃないかと思って…」

 

「いつもの…あぁ、木のところですね。ならわたしが見てきましょう」

 

「…じゃあ、お願いしていいかしら?」

 

「えぇ。カテリーナ様もお忙しいですし」

 

 マリアは洗濯カゴを戻し、外へと一歩踏み出した。扉を開けるとたちまち風が彼女の髪をすくい、上へ上へと巻き上げようとする。空気を吸うと、少し冷たい感覚が肺に広がる。ほぉ、と吸った分だけ息を吐けば、白いもくもくが景色の中に溶けて消えて行く。

 

 冬の匂いがした。葉っぱがチラホラと落ちて、掃き掃除をしなければ、とメイドの女は頭の片隅で思った。

 

 すっかりと頭が寂しくなった木の上に少年はいた。無防備にさらされたその背中は心なしか、いつもより小さい。

 

 ネア様、と彼女が声をかけると、少しずつその体が振り返る。

 

「カテリーナ様が心配していらっしゃいま……え?」

 

 少年の目は真っ黒で…いや、瞳はおろかその口の中も真っ黒だ。開いたその口が動いて、音を紡ぐ。その言葉の意味を理解した瞬間、マリアの背筋が凍った。

 

 

「カテリーナは死んだダロ』

 

 

 木の上から飛び降りた子どもの肢体がぐんと伸びる。

 見覚えのある男の顔。しかしアレンのイノセンスを壊した男よりも顔の輪郭はやや丸さを残し、少年と青年の狭間にあるアンニュイな雰囲気を漂わせている。

 

「あ、あなたは誰? ネア様はどこに…」

 

『ハハッ! オレヲ覚エテイナイノカ? オマエガ?』

 

「…知りません」

 

 咎めるように、あるいはその罪を突きつけるように、男は馬乗りになって女の首を絞める。

 酷薄とした笑みは女の呻き声を聞くうちに崩れ、無表情になり、最後は堪えるように唇を噛みしめる。

 

 メイドの女は途中から抵抗をやめ、静かに肢体を投げ出した。

 

 

『オレガ憎クナイノカ』

 

「憎いわ」

 

『…ジャア何故抵抗シナイ』

 

「抵抗したらあなたが喜んでしまうでしょ?」

 

『……オレニソンナ特殊ナ趣味ハネーヨ』

 

「あら、どうかしら」

 

 ここは『聖母』の夢の中なはずだ。しかして彼女の前には侵入者がいる。その疑問に答えるように男が口を開く。

 

『オレハオ前デ、オ前ハオレダ。オレガ中ニ入レルノハ当然ダロ』

 

「夢の中に入って来るほどママが恋しいのね。まぁ、目覚めたいの一番にわたしの元へ来るくらいだもの。でも生憎大きい子どもは論が………えっ、何? 急に人をうつ伏せにし────ぐわああああっ!!」

 

『色気モクソモネェ声ダナ』

 

 所謂逆エビ固めというやつで締められた女はバシバシ床を叩き、降参の合図を送る。しかし相手が退く様子はない。

 

 両足を掴む男からはちょうどめくれたスカートの際どい部分まで見え、じとっ…とした視線が生白い太腿の先の、少し丸みを帯びた部分に注がれている。故意にその先を拝もうとスカートの裾を掴んだ男には制裁が下された。

 

 反った体をさらに反らせて男の顔に蹴りをぶち当てたマリアは、相手が退いた隙に地面を転がる。

 

「………変態」

 

()ッ……テェナ!!』

 

「メイド時代は履き忘れることも結構あったんだからやめてよ」

 

『………ハ?』

 

 男の中で宇宙が舞い降りて、ビッグバンが起こった。つまりメイド時代の姿な今の女はそういうことなのだろうか。履いてらっしゃらない? 

 

 というか、あの頃に接していた女は時折下着をつけ忘れていたのか。いや、思い返せばカテリーナが顔を真っ赤にして彼女を連れて行ったこともあったような。

 

「ねぇ、早く出て行きなさいよ」

 

『………』

 

「そんな、鼻血なんて出してないでさ」

 

『うっせぇ…』

 

 地べたに座り込んだ男は、いつの間にか少年の姿に戻っていた。鼻血をシャツの袖で拭おうとして、差し出されたハンカチをひったくる。

 メイドの女はその様子をわずかに口角を上げて見つめた。

 

「君はなぜ、わたしを殺したんだい?」

 

『…それは、お前が忘れている記憶の中にある』

 

「ワイズリーがまだ見せていない記憶ってこと?」

 

「違う。それはオレだけが知っている』

 

「ふーん…そっか」

 

『……あんたは』

 

「んー?」

 

『あんたはオレを殺したくないのか?』

 

 ネアはだって、マリアを殺した。

 殺したけれど、殺し損ねてしまった。だから彼は目覚めて“その気配”を感じた時、彼女を殺そうとした。すぐにアレンに戻ってしまい、殺せなかったが。

 

「家族は殺せないよ。たとえ裏切り者だとしても、わたしを殺したとしても、「愛」する以上は殺さないし、殺せない」

 

『………』

 

「君がメイドの女に向けたのも愛だろう。つーか、死ぬ前に「愛してる」って聞いたし。……よくよく思い出せば君って結構態度にラブを出してたな。どうしてわたしは気づかなかったんだ……」

 

『…それ以上言うんじゃねェ』

 

「ふふ…。まぁ、何だ。君がわたしを完全に殺せなかったのも、そこに愛があったからだろう」

 

 ピクリと少年の眉間が動く。「でも本気で殺す気だった…」と呟く声は、もごもごとした口の中で発せられたせいで聞き取りにくい。

 

 少年は本気だったとしても、無意識にブレーキが働いたのだとしたら────。

 

 

 愛ね、とメイドの女は微笑んだ。

 

 その顔を見た少年は息を飲む。あぁ、と彼は思う。女の血のような瞳はかつてと何も変わらない。未だ彼女は地獄の中で喘いでいる。

 

 そう考えた時にはすでに、ネアの手の中に大剣が握られていた。

 

 

『オレが必ず…殺すから』

 

「ふふふ……」

 

『今度こそは……絶対に』

 

「アハハッ!!」

 

『オレが壊して、壊し尽くすよ』

 

 女の瞳は真っ黒に染まり、そこから黒い血がボタボタと垂れ流しになる。

 

 剥き出しになった『聖母』に、立ち上がった少年は大剣を振りかざした。鈍い光が剣先から覗く。

 

 刺しては引いて、刺しては引いて。そんな単調的な繰り返し。

 堕罪に染まった女の血で地面が穢れていく。

 

 

 

『オレはあんたで、あんたはオレだから。同時にオレはマナで、マナはオレだけど』

 

 

『……なぁ、まるでイヴとアダムの子のようだと思わないか?』

 

 

『イヴ、神に(あい)された女』

 

 

『愛してる、マリア』

 

 

『待ってるから』

 

 

 少年は微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 白い部屋の中で起き上がる女の姿があった。

 

 その周囲では黄金のゴーレムが忙しなく飛び回る。その頭をひと撫でして、アヴェ・マリアは立ち上がった。

 

 

「行こう、あの子(ネア)の元へ」

 

 

 女の両目が一瞬、黄金の色を宿した。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 北米支部にて。

 

 現在そこに伯爵を含む数名のノアが侵入し、その場にいた人間はすべてシェリルの念動力により拘束された。

 

 また方舟のゲートから出現したアレンや、今回アルマ=カルマを目覚めさせるエサとして、意識のない神田ユウがワイズリーによって運ばれた。

 

 彼らがいるのは研究会議が行われていた場所。つまりアルマの眠る研究室である。

 

 

 捕われたトクサを追い、ティキと戦闘を繰り広げながらこの場に降り立ったアレンは、一瞬理解が遅れた。

 しかしすぐに深刻な事態が起こっていると分かり、少年は軽薄な笑みを浮かべるティキの胸ぐらを掴む。

 

「説明してください! いったいこれは……」

 

「まぁ、落ち着けって。ちょっとしたパーティーだからよ」

 

「パーティーって……」

 

 アレンが騒いでいれば、棺の上に腰掛けていたシェリルが口を開く。ちなみにその棺の中にはティキに両腕を切断されたトクサもいる。

 

「二人ともさぁ、いい加減に下を見たらどうだい?」

 

「「ハァ? 下……」」

 

 二人の下にはなんと、踏んづけられて伸びている千年伯爵がいるではないか。

 戦闘中にアレンが使った方舟のゲートは、幸か不幸か伯爵の真下だった。

 

 そして千年公は吹き飛ばされ、さらに二人の踏み台になったわけである。

 

(わり)ぃ〜千年公。わざとじゃねェーんだ、マジで」

 

「すごいね、言葉にまったく謝罪の意がないよ」

 

「ちゃんと反省してるって、シェリル」

 

 ティキは退いたが、混乱の真っ只中なアレンは以前突っ立ったままだ。

 

「少年。言い忘れてたけど、俺たちはお前を迎えに来たんだぜ?」

 

「は? 迎え────」

 

 瞬間、頭を掴まれた少年の体が地面に叩きつけられる。彼の頭上には丸い巨体が鎮座していた。

 

 

「アレェン、ウォーカー♡」

 

「伯…爵ッ…!!」

 

 

 ここに因縁の二人が揃った。

 

 伯爵はすでにアレンが14番目の宿主であり、その覚醒に気づいている。むしろ伯爵の目でもあるAKUMAを通して「おはよう」と告げたのは、14番目の方だった。

 

 否定の言葉を口にするアレン・ウォーカー。その口調が、表情が、一瞬にして変わる。まるで別人のように。

 

 

「ソノ通リダヨ、兄弟」

 

 

 伯爵の体はあからさまに硬直し、首にかかる腕に手を添えて、14番目は距離を詰める。

 

 

「オ前ヲ殺シテ、オレガ「千年伯爵」ニナル────!!」

 

「…ソレが、お前の望みなのデスネ?」

 

 伯爵の言葉に14番目が頷こうとした所で、アレンの意識が戻った。少年は、吼える。

 

 

「ちっ、がう!!!!!」

 

 

 ゴツンと、鈍い音が響いた。

 

 頭突きをかまされた伯爵は後ろに倒れ、アレンはふらつきながらも立ち上がる。クロスのトンカチ打撃と比べれば、なんて痛くないのだろう。

 

 そんな二人の一幕を興味深そうに見ていたワイズリーは、人形のロードに語りかける。その一瞬、一陣の風が彼の前を横切った。

 

「あやつ中々面白いのう、ロード………んん? ロード?」

 

 

 ロードが、いない。

 

 ────ロード泥棒が現れた!! 

 

 

 ロード泥棒の犯人は人形の服のリボンを取り、長い黒髪を後頭部で一つに結わえる。神田に捕まった少女はあらぬ蛮行を受けて「えっちー!!」と騒いでいた。

 

「の、のの、の……」

 

 ワイズリーにシェリルのにっこりとした笑みが突き刺さった。

 

「し、仕方がなかろう! ワタシは戦闘タイプではないのだ……!!」

 

 そう。ワイズリーは肉弾戦をホイホイとこなせるティキなどとは違い、裏から暗躍して悪どい笑みを浮かべるような頭脳タイプだ。

 

 そんな頭脳タイプの青年は能力を使った時、ロードまで巻き込んでしまった。

 

 

「ねぇアレ、ロードも巻きまれちゃってないかい? ねぇ、ワイズリー。ねぇ、ワイズリー………?」

 

「す、すまんのだ──ッッ!!」

 

 

 蛇に睨まれたカエルのように魔眼の青年は平身低頭で謝ったのだった。

 ちなみにこの二人はそのうち義理父と養子の関係になる。

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